修道院へ行きます!
聖ヴァルハラ教国。ミッドガルド帝国の西方に位置する宗教国家である。女神フレイアを主神とするフレイア教の教えを遵守し、統治を行っている。
ヴァルハラの当主は女神が選出した聖女が執り行っており、聖女は女神の声を聞くことができるという。
アースガルズ修道院。重罪を犯した女性たちが収監される厚生施設。
『清貧』、『貞潔』、『服従』の三つの原則的な教えのもと、女神に仕えて生活する。一応、お勤め期間というものは存在しており、20年後には修道院から出られる。しかし、修道院の奉仕は過酷を極めており、ほとんどの人は20年の間に過労で亡くなる。なんとか20年奉仕に耐えても、お勤め期間が済めば、身一つで国外追放される。どうあがいても死は免れない。
「ーーーというわけだ。俺から公爵様に修道院での期間を短くしてもらえるよう掛け合ってみるから、それまでなんとか耐えてくれよ」
馬車に揺られながら、お兄さまが聖ヴァルハラ教国とアースガルズ修道院の説明してくれた。お兄さまの説明はわかりやすくて、これから心の中で万能マンと呼んでやろうかと思ったほどだ。嘘だけど。
ん?普段、あれだけ本を読んでるのになんで知らないのか、って?歴史は好きだけど、地理は苦手なの!悪いかコノヤロー。
「国外追放って、自由になるってこと?何してもいいの?」
「ん?ああ、そうだな。他の修道院だと宣教師としての名目で冒険者になることもあるが、多分そういうことじゃないか?」
「冒険者!」
願ってもない言葉が飛び込んできた。つまり、修道院で頑張って働けば当初の目的だった冒険者になれるらしい。これは俄然やる気が出てきた。
「よーし、冒険者になるために頑張るぞー」
「冒険者になりたいのか?あの底辺に?」
お兄さまが眉をしかめて、聞いてくる。おっと、この世界では冒険者はあまり尊ばれる職業ではないようだ。
「そんな良いものじゃないぞ。給料安いのに、魔物や野盗なんかと毎日命のやり取りしなきゃならない。戦争では先遣隊として使い捨てされることも多いと聞くし」
「おお、思ったより過酷」
「だから冒険者になりたがるのは、階級の低い市民か、身元を隠したい裏の住人くらいだろ」
変な世界だな。魔物も魔族もいるのに、冒険者は蔑まれる。確かに騎士はいるみたいだけど、騎士では解決出来ない問題もあるだろうから、冒険者だって重宝されるだろうに。
やっぱりゲームと現実は違うってことなのかな?
「でも、冒険者になったら、世界中を旅することが出来るんだよね?」
「まぁ、冒険者は体のいい便利屋だからな。拒む国はないだろうが」
「なら、やっぱり私は冒険者になりたい!お兄さまと一緒に色んな国を旅行したいもん!前世では旅なんて出来なかったから、楽しみだなぁ」
「ははっ、冒険者になってしたいことが旅行とか。『来訪者』は本当に思考が柔軟だな」
楽しそうに笑いながら、私の頭を優しく撫でる。なんだか誉められている気がしないぞ。
「お兄さまは楽しみじゃないの?」
つい、拗ねたようにお兄さまから顔を背けてしまう。さらにくつくつと喉を鳴らしたような笑い声があがる。そんなに笑わなくていいじゃんかー!
「楽しいよ、お前がいれば。俺はどこでも、なんでも幸せだ」
「そこまでは聞いてないぃぃぃ」
ちらっとお兄さまの顔を見れば、目を細め、優しく微笑んでいる。紡がれる言葉は砂糖菓子の30倍は甘い。お兄さま以外の人が言ってたら、砂を吐いていただろう。たまにこうやってイケメンのフル活用するのは止めてほしい。恥ずか死んじゃう!
「ははは!顔真っ赤だな、照れるお前も世界一可愛いよ」
「ぐぬぬ!おのれ、小癪な!い、いつか絶対ぎゃふんと言わせてやるからな!」
「ぎゃふん」
「そうじゃない!というかちょっとは躊躇して!」
くそぉ、お兄さまには一生叶わない気がするぞ。精神年齢は上のはずなのに、なんでや。
「全部、顔に書いてあるからじゃないか?」
「え、嘘!?」
慌てて顔を触ってみたり、窓で自分の顔を確認するが、特に何も書かれてはいない。
「くくっ、はは、ち、ちがっ、そうじゃな、ふふっ、お前は、ほんとに、あははははっ!!」
「そんなに笑わないでよ!お兄さまの馬鹿!!意地悪!!」
まるで遠足にでも向かっているかのような和気あいあいとした雰囲気でも、馬車は目的地へと向かっていく。
世界一過酷な更正施設。アースガルズ修道院へ。