図書館にお出かけです!
「わー!すごーい!でっかーい!」
「まぁこの国唯一にして世界最大の図書館だからな」
レンガ造りの2階建て、屋根には風見鶏が立っている。こう書くと至って普通の建物に見えるが、特筆すべきはその大きさである。視界からはみ出すほどの横幅、高さはお昼であれば太陽が隠れてしまうほどだ。窓は大人の男10人重ねても届かないほど大きく、それがいくつも並ぶ。
図書館を囲うように同じくレンガの壁がならび、門は鉄製で、両脇には甲冑の男が立っている。
さながら、お城のような出で立ちなのである。
「ここ、お城じゃないんだよね?人は住んでないんだよね?」
「この図書館を管理する司書は数名いるが、確か別棟があってそこで住んでるはずだ」
「じゃ、じゃあ本当に、この中は全部本なの?」
「まあそうなるな」
「ふおおおお」
ワクワクが止まらず、変な声が出てしまう。そんなアリーシャを見て、お兄さまは咳払い一つして諌める。
「アリーシャ、今のお前は大人なんだから、変な言動は控えろよ。注目されてるぞ」
「はっ!そうでした!」
そう。二人は正体を隠すため、変化魔法を使い、大人の男女に化けていたのだった。
コンセプトは貴族の夫婦らしい。なんで??
「では、まいりますわよ、あなた」
「は?なんだその喋り方」
「何って、貴族ならこうでしょう?完璧ですわ!」
オホホホと高笑いしてみせると、頭を抱えてため息を吐いた。人が頑張って貴族様やってんのに、どういう了見だ。横目でお兄さまを睨んでやるも、無視される。
「アリーシャ、今度俺が社交術を教えてやる、わかったな」
「えー、やだ」
「わかったな?」
「ハイ,ガンバリマス」
イケメンは睨むとむちゃくちゃ怖い。魔物より怖いんじゃないか?やべ、変な汗出てきた。
「とりあえず今日は全部俺が対応するから、お前は黙って笑ってればいい」
「はーい」
黙っているだけでいいならお安い御用だ。
お兄さまが甲冑の男たちに検閲されているのを聞いていると、どうやら、図書館に所蔵してある家系図に妻の名前を書き込むために入館する、という設定らしい。
なるほど、何故、図書館がここまで大きな施設なんだろうと思ったが、もしかしたら市役所のような役割も担っているのかもしれない。
「なるほど、身分証にもおかしいところはないな。通ってよし!」
「ありがとうございます。行こうか」
無事に検問は突破出来たようだ。門を潜り抜け、扉を開けると、まず、目に飛び込んでくるのは中央にそびえる美しき女神の彫像。そしてダンスホールと見間違うような広さの美しく磨かれた大理石の床。
え?ここ、図書館?図書館とは??
と混乱するアリーシャの目に次に飛び込んでくるのは、おびただしい数の本。本。本。本。
木製の棚に並べられた本はある列は乱雑に。ある列はきっちりと整頓して並べられており、個性が見受けられる。しかし、どの本棚にも共通して言えるのは、まったく空きがない。寸分の隙間もなく本で埋め尽くされていることだ。
アリーシャは堪らず、小声で話しかける。
「ね、ねぇ、お兄さま。もう選びに行ってもいい?ダメ?」
「相変わらず、待てが出来ないやつだな」
「犬じゃない!」
「わかった、わかった。ほら、選んでおいで」
「やったぁ!」
と、そっと背中を押される。アリーシャは小さくガッツポーズすると、本棚へと向かっていった。
「おい、いくら広くてもここは図書館だぞ?走るなよ」
「ま、魔物の生態図鑑だけでこんなにあるの!?え、すごい。魔物の語源だけでもこの一列全部埋まってる!うわぁ、どれにしようかな」
「聞いてねぇし」
「はー、幸せ♡」
「そりゃあ良かったな」
両手いっぱいに本を選んで、それでも持ちきれない本があれば、図書館に備え付けられた席に座り、読書に明け暮れる。お兄さまはアリーシャの席の向かい側に座ってにこにことアリーシャを眺めている。
「それにしても、どうして本を借りるだけで、こんなにめんどくさいの?夫婦になったり、兵士さんがいたりさぁ」
「図書館は本来、研究と歴史保存のために用意された施設だから、身元確認が必要なんだよ。本を読みたいので入れてくださいは通用しない。あと、兵士は普段はいないぞ」
「え!?そうなの!?」
驚きのあまり、視線を本からお兄さまへと移す。おそらくだが、と前置きしてから、
「王族クラスの来賓者が居るんだろう。特に珍しいことでもない」
「そ、それって私たちここにいていいの?」
「良いから、ここへ通されたんだ。気にせず読んでいればいい」
なんだか申し訳なくなり、そわそわするも、お兄さまに諭されて再び視線を本へと戻した。
「はー、終わったー」
「んー、もう良いのか?」
持って帰る以外の気になる本を読み終わって満足感に浸っていると、目をこすりながら、お兄さまが問いかけてきた。寝てたのかな?
「お兄さまも本、読めばいいのに」
「俺は文字を見てると眠くなる病に罹ってるから」
「そんな勉強が嫌いな中学生みたいなこと言って……」
「チューガクセー?」
お兄さまが不思議そうに首を傾げる。おおっと、つい異世界語が出てしまった。
「何でもない。お兄さまもそろそろ仕事の時間でしょう。帰ろうよ」
「それもそうだな。じゃあ、払ってくる」
「ん?払う?借りる、じゃなくて?」
それじゃあまるでお金を払うみたいじゃないか。ここ、図書館だよね?
「借りるために閲覧料払うんだろ?」
何、言ってんだこいつ。という目で見られる。いやいや、え、なんで?図書館だよね?
「図書館でしょ?無料じゃないの?」
「はぁ?ただで本が借りられるわけないだろ。じゃあどうやって司書が食べていくんだよ。ここの維持費、修繕費は誰が出すんだ?」
「え、それは国、とか?」
「なんで国が国民が借りるためのお金を代わりに出すんだよ。自分で出せ」
「はい、すいません」
異世界はなかなか厳しいところのようです。これだけ豪華な図書館なら仕方ない、のかな?
「とにかく、払ってくるからここで大人しく待ってろ」
「はーい」
お兄さまは借りる予定の本を抱えて消えていった。その間に借りずに読んでいた本を元の本棚にもどしていると、
「こんにちは」
「へ?」
振り替えると、美少女がいた。淡い藤色の髪は軽くウェーブがかかって肩まで伸びている。紺色の瞳はまるで夜空を閉じ込めたかのような美しさだ。透き通るような肌とマッチして全体的に輝いてみえる。
顔形も、高い鼻、細い眉、可愛らしいどんぐり眼、程好く膨らんだ小さい唇。年齢もおおよそ同い年くらいなこともあり、アリーシャとは対極に位置するかのような美少女であった。
そんな少女がアリーシャに話しかけてきたのだ。
「こんにちは、美しいお嬢さん。迷子かな?親御さんのところまで案内しましょうか?」
そりゃあもう、口説くに決まってるでしょ。あー、可愛いよぉ。なんなら、このまま貰っていきたい。
「大丈夫です。あなたこそ迷子ではないの?こんな小さな子が一人でいては危ないわ」
美少女はアリーシャのナンパをスルーして、心配そうに、優しく諭してくる。
「お兄さまと来ているから、だいじょ……え?」
この少女は今、アリーシャになんと言った?
『こんな小さな子が一人でいては危ないわ』
いつもならなんてことない言葉だろう。精神はともかく、肉体は8歳の女の子なのだから。
でも、今のアリーシャは大人の女性へと変化しているのだ。少女であることがバレるはずはない。はずなのだが。
「あ、あの誰かと間違えてない?ほら?私、大人だよ?」
「ええ、変化で大人に化けているのね。とても上手。さっき言っていた『お兄さま』の魔法かしら?」
「あー、いやー、あのーそれはー」
「変化がすごいのは認めるけど、ここは子どもの来るところじゃないわ。早くお家に帰りなさい」
「それならお嬢さんだって言えるでしょ?」
そうなのだ。大人っぽい発言しているが、この少女だって、自分とそう変わらない年齢のはずだ。
そこを指摘しても優しく笑うだけでまったく動じない。もしかして、この少女も魔法で変化しているのだろうか。うーん、わからない。
「私は良いの。仕事で来ているんだから」
「それって、どういう……」
「アリーシャ、誰と話してるんだ?」
いつの間にかお兄さまが戻って来たらしい。訝しげに聞いてくる。
「このお嬢さんが私のこと心配してくれてみたいで」
「お嬢さん?」
「あれ?いない!」
お兄さまに反応して振り返った間に居なくなっていた。辺りを見回してみてもさっきの少女はいない。
「え?え?なんで?さっきまで確かに……もしかして、お化け!?」
顔を青くして震えていると、お兄さまが呆れたように周囲を見渡して、目を細める。
「なわけあるか。魔術を使用した形跡がある。転移魔法でも使ったんだろう」
「え!?なんでそんなことわかるの!?」
「そりゃあ『始末屋』だからな」
「えええ、なんでもありじゃん」
「で、どうする?そのお嬢さんとやらが気になるなら仕事の合間に調べてやるが」
「ううん、大丈夫。帰ろうよ」
「わかった」
確かにあの謎の少女は気になるが、お兄さまも帰ってきたし、さっさと帰ることにした。
あの少女は結局何がしたかったんだろう?
図書館から出て帰路につく二人を少女は図書館の窓から眺めている。
「あれがシアルフィ家のご令嬢、アリーシャ・シアルフィ……。ふふ、素直な子だったわね」
意味深な笑みを浮かべると、再び図書館の中へと姿を消したのだった。