プロローグ
「ど、どういうことよ!」
ここは乙女ゲーム『世界を越えても君といたい』の舞台。ミーミル学園。
ヒロインに転生した少女は目の前の光景が信じられず、目を見開きたじろいだ。
まさか、そんなことあるはずがない。
彼女の目の前に広がるのは、ヒロインに敵対する敵キャラ、4つの魔族の王子たち。彼らは七つの大罪を背景にしたキャラデザインがなされ、見目麗しくも禍々しい雰囲気を纏う。そう、敵のはずだ。そのはずなのだ。
『憤怒』の魔族、オーガ。褐色の肌を持ち、怒りの炎を表すような深紅の瞳。人間とは一回りも二回りも違う巨躯。頭部から出た鋭い角。まさに鬼と呼ぶにふさわしい。
ヒロインに対峙するオーガの王子、ガンマ。人間に捕まって、酷い拷問を受けたことにより、人間へ『憤怒』を抱く。
「どうした、ご令嬢。顔色が青いようだが?医務室まで同行しよう」
誰!?この紳士を体現したような立ち振舞いの青年は!?人間への憤怒はどうしたの!?
『怠惰』の魔族、ドラゴン。鱗に覆われた爬虫類を思わせる体、鋭い爪と牙を具え、口や鼻から炎や毒の息を吐くと言われる。有翼で空を飛ぶことができる。
この世界のドラゴンは人型を取ることもでき、性格は『怠惰』ゆえに警戒心が強く、住みかから動こうとはしない。しかし、実力は最強と謳われ、その腰をあげようものなら世界が滅ぶという。
ヒロインに対峙するドラゴンの王子、バハムート。その戦闘力を狙われ、人間に家族を人質に取られていいように利用された。人間を憎んでいる。
「ちょっとした怪我なら僕の鱗で治してあげるよ。今なら鱗1枚500Gでどうかな」
「バハムート、そういうことじゃない」
めちゃくちゃフレンドリー!?むしろ売り付けようとしてない!?憎むとは!!?
『暴食』の魔族、ウェアウルフ。普段は人間と代わりないが、満月の夜には白銀の体毛に覆われた狼の獣人へと変わる魔族。悪食で、家畜も作物も人間すら、食い尽くす。各地にはびこるすべての魔物は彼らの支配下にあり、遠吠えの一つで魔物を自由に従えるという。
ヒロインに対峙するウェアウルフの王子、ベオグラー。魔物を従える能力を生かし、ヒロインを追い詰める。性格は残忍で卑怯。勝利のためなら、味方すら犠牲にする。
「馬鹿か!?てめぇら!!いいか!普通の人間の雌はオーガとドラゴンに話しかけられたら卒倒すんだよ!自分が魔族だって忘れてんじゃねぇぞ!!」
「そうなのか。それは失礼した。どうか無礼を許してほしい」
「違うよ!ベオグラーが怖いんだよ!だって死ぬほどエプロンが似合わないじゃん!!」
「はぁぁ!!?」
そう、口振りこそゲームと一緒だが、彼は紺色チェック柄のエプロンを身に付け、手には何やら美味しそうな料理を乗せた皿が乗っている。
うわぁ、この匂いはピザかな?美味しそ……って違う!!なにやってんの!?この狼もどきは!
「俺様のハニーが似合うってくれたんだぞ!世界一似合うに決まってんだろ!いい加減にしろ!」
似合ってないわよ!!あんたがいい加減にしなさいよ!!
『色欲』と『強欲』の魔族。ヴァンパイア。高貴魔族と自称するほどに自尊心が高く、それに比例して知恵も魔力も高い。しかし、その代償にうら若き乙女の血を吸わねばならず、日光に弱い。
ヒロインに対峙するヴァンパイアの王子、ナルヴィ。姿は白磁の肌に漆黒の髪。月を思わせる金の瞳。見た目なら振り返る程なら美青年。だが、口調こそ丁寧だが、中身は冷酷で卑劣。用意周到に幾重も罠を張り、ヒロインを肉体的にも精神的にも追い詰める。
「止めなさい。ベオグラー、バハムート。ご令嬢が怖がっているじゃありませんか」
「ちっ!」
「うっ、ごめんなさーい」
ああ、良かった。何故、彼らが学園にいるかはわからないが、ナルヴィだけはゲームのままだ。
「ところで、ご令嬢。失礼ですが、貴女の胸は素晴らしい形ですね。揉んでもよろしいですか?」
そ ん な わ け が な か っ た
なんでよ!!なにがどうなったら!そうなるの!!色欲だからか!色欲のせいか!!!
失礼すぎるわ!!あんたが一番最低よ!!
「おや、いけませんか?ではその素晴らしい形を保つ方法だけでも、教えて頂けませんか?それも無理ならせめて画家に描かせて……」
ひぃっ!!近寄るな!変態!!
「これ以上喋るな!変態!!お前の祖父さんにチクるぞ!!」
「あ、アルファ、いたんですか?いや、その、これはですね」
ムスペル伯爵子息、アルファ。ヒロインのお助けキャラ。序盤から中盤までチュートリアル役としてヒロインと行動を共にする。しかし、実はナルヴィが送り込んだ、スパイ。家族を人質に取られて人間でありながら、魔族に協力している。なのだが、
立場逆転してない!?なんでアルファがナルヴィに命令してんのよ!?
「おい!シス!お前の親友、どうにかしろよ!」
アルファがナルヴィの首根っこを掴みながら、彼を1人のとある令嬢の元に突き出す。
そのため、少女もその令嬢へと視線を移す。
そして、少女はまた度肝を抜くことになる。
令嬢は最後の魔族、アンデッド。その支配者である『不死王』の膝に乗っていたのである。
『傲慢』と『嫉妬』の不死王、ハーディン。遥か昔、罪を犯した王族が永遠の命と引き換えに、死者の地の番人として女神に封じられた。しかし、ヒロインが学園に入るのと同時にその封印が綻び、他の魔族を唆し人間の国へ侵攻を開始することで、物語が始まる。
彼の目的はすべての生きとし生きる物全てを死で埋め尽くすこと。魔族を煽ることで人間も魔族も死者へ変えようとしている。それを知ったヒロインは彼を止めるために攻略対象と、対峙する。
そう、所謂ラスボスというやつだ。彼は他の魔族と違い、何千年も死者の地で暮らしているため、死に傾倒し、思考も常軌を逸している。到底、まともではない、もう一度言おう。到底、まともではない。
「可愛い可愛いシス、私にもあーんしてほしいなぁ」
なんて、バカップルが言うようなことを決して!!言う男ではないのだ。
「黙れ、ゾンビ爺。シス、今度は俺にあーんさせてくれ、良いだろう?」
燕尾服を着た金髪碧眼の男が不死王を一瞥した後、令嬢に恭しく礼をすると、甘く語りかける。
もちろん、少女はこの男にも見覚えがある。
『世界を越えても君といたい』のパッケージにも描かれている攻略対象のメインキャラ、ミーミル学園を所有しているミッドガルド帝国王位継承権第一位、ベータ・ロア・ミッドガルド王子なのだ。
王子が執事として、この令嬢に仕え、そして甘く囁いている。
目の前のこと全てが理解の範疇を超えており、気を抜くと気絶してしまいそうだ。
一体、なにがどうなっているのか。
「どういうことよ、貴女、なにしたのよ」
少女はもう一度、令嬢に問いただす。令嬢は少女の方へ向き、不思議そうに首を傾げる。
その態度に苛つき、声を荒げる。
「貴女、転生者でしょ!?今、流行りの悪役令嬢にでもなったつもり!?この世界の、いえ!この乙女ゲームのヒロインはこの私!なんだから!!」
令嬢は驚いたように目を見開き、呟く。
「え?この世界って乙女ゲームなの?マジで?」
この令嬢、知らなかったらしい。ここが乙女ゲームであることを。知らずにこれだけのイケメンを攻略したというのか。
「は、ありえない、ああ、もう無理」
少女は堪えきれず、意識を手放してしまった。令嬢が倒れていく少女に向けて手を伸ばしているのが最後に見えた。
この物語はとある令嬢が、無自覚に悪役王子達をハッピーエンドへと修正してしまったお話である。