8話 兄貴のもてなし
「すまない。俺が悪かった。都合良すぎるかも知れないが俺の頼みを聞いてくれないか?」
あの後、2・3回地面に叩きつけてやったら兄貴は大人しくなった。しばらく動かなかったので気絶してたのかも知れないが、動き始めるなり土下座をしてきた。
「聞くか聞かないかは別として、なんか美味いもの食わせろ。話はそれからだ」
俺は茸達を還すと腕を組んで兄貴を見下ろした。こいつは乱暴なだけでそこまで害悪ではないと思うので話だけでも聞いてやろう。
兄貴が使用人を起こして料理を作らせる。俺はかつて豪勢な料理が饗されていた食卓に連れて行かれる。上座は気持ち悪いので断って適当な席に座ると目の前に椀が運ばれてきた。
「なんだこれは? 俺を馬鹿にしてるのか?」
俺は椀を顎で指す。麦粥だ。雑草のような野菜と少しの肉みたいなものが入っている。
「すまんな、アシュー。これが今の俺の飯だ。これでも贅沢な方なんだ。大飢饉と戦争で伯爵領にはほとんど食べ物が無いんだ……」
そういえば、ここに来るまでもあまり人に会わなかった。それに会った人々も痩せたヤツばかりだった気がする。
「そうか、それは悪かった。これは兄貴が食え」
「いや、これはささやかながら俺が出来うる限りのもてなしだ。お前、腹が減ってるんだろう? ここにはこれ以上の食事はないぞ」
なんか悪い気がするが、俺はその麦粥を口にした。美味い、美味すぎる。薄く味気のない粥だけど、何故か美味く感じる。久しぶりの地上の食事に俺は目頭が熱くなった。即座に俺は平らげてしまった。
「ごちそう様。兄貴、美味かったよ。困ってるのなら、親父や兄貴に頼ればいいんじゃないか?」
ケイン兄貴は顔を顰める。
「助けを求めて王都の親父や兄貴に連絡したんだが、音沙汰なしだ。あいつらは伯爵領を見捨てたんだ。しかももうじき戦争が始まる。帝国が攻めてきてるんだ。お前に助けて欲しかったけど、都合良すぎるよな。お前はここを出て行け。お前を見限った俺達のために死ぬ事はない」
ただの乱暴者だと思っていたが、そんなに兄貴は悪い奴じゃなさそうだな。
「そのつもりだったが、気が変わった。来い【10の指】、影渡りのロザリンド!」
「はい、仰せのままに」
鈴が鳴るような心地よい高い声が響き渡る。
俺の影の中から【10の指】ロザリンドが現れる。
見た目は可愛らしい幼女だが、実際は俺の倍以上は生きていて、残虐性に関しては10指の中でもトップクラスだ。
こいつの得意な能力は影渡り。影から影に移動することが出来て、主に自分の影と俺の影をつないでいる。
「ロザリンド、俺の兄貴だ。助けてやってくれ。あと食用茸を準備してやれ。あと、ここでは殺しは厳禁だ!」
「承知致しました」
最上の笑みで俺に答える。頼られたのが嬉しいんだろう。可愛い奴だ。
「アシュー、なんだそいつは? どこから現れた?」
兄貴は怪訝そうに尋ねる。
「俺の部下だ。この世界でいう所の魔王の1柱だ。しばらく兄貴に預けるから好きに使ってくれ。そうだな、落ち着いたら美味いものでも食わせてやってくれ」
「ああ、可愛らしい魔王なんだな。ロザリンドって言ったよな。よろしく頼む」
俺の強さを目の当たりにしたからか、兄貴は素直に頭を下げる。
「ケイン伯爵ですね。よろしくお願いします。アシュー様のお兄様と言うことですので、不肖ロザリンド文字通り立ちはだかる者を粉骨砕身させてもらいますわ」
ロザリンドは兄貴にスカートの裾をつまんで挨拶すると、にっこり微笑んだ。
なんか剣呑な事をほざいているが、ロザリンドは兄貴の事は気に入ったみたいだから大丈夫だろう。
「あと、兄貴、暗殺者ギルドのここでの拠点を教えてくれ」
「教えてもいいが何する気だ? あいつらは俺でも手に負えないぞ」
「ああ、世話になったから軽く挨拶するだけだ」
兄貴に場所を聞いて、俺は実家を後にした。