6話 闇の中の孤独な登攀
どれだけの時間が経ったのであろうか、上に上がるにつれて穴は細くなり、その間を風が吹き抜ける。次第に風が強くなり、どうしても先に進めなくなった。
これか、これが魔族を俺たちの世界から阻んでいた仕掛けか。
だがぬるい。
俺は魔族の王、アシュー・フェニックスだ!
「変幻茸!」
俺は自分の体の中に幾種類もの茸の胞子を埋め込んでいる。俺の左手から出た変幻茸を岩壁に突き刺す。そして変幻茸を壁に根を張らせて、光茸を還して右手でも同様に変幻茸を出して壁に根をはる。俺の体はほぼ変形茸と同化しているので、俺自身が岩壁に根を生やしているのと何ら変わらない。
まるでロッククライミングみたいな感じで岩壁に張り付き、右手、左手と闇の中じわじわと上に進んでいく。吹きすさぶ風は強いが、岩に突き刺った俺を吹き飛ばすには至らない。慎重に少し、また少しづつ上に上がっていく。
永遠にも思える時が過ぎ俺はなんとか強風地帯を乗り切った。
体感は長く感じたけど、実際は大した時間は過ぎてはいないのかも知れない。
だがまだ何かしらの障害があるかも知れない。油断せずに、俺は体を固定しながら慎重に上に進んで行った。右手、左手と闇の中手探りで上に向かう。聞こえるのはただ風の吹き荒ぶ音のみ。
しばらくして腹が減ったので、左手で岩壁に張り付いて、右手に魔界から召喚した食用茸を持ち飢えを満たす。そして、また岩壁を登り始める。
あと少し、あと少しで、夢にまでみた故郷の食事にありつける。まずくはないけど食べ飽きた茸を食べ終えて、一心不乱に上に向かう。
「………」
伸ばした右手が空をきる。何も無い。手を曲げると岩肌にあたり、とうとう崖を登りきったことを確信した。
崖の淵を登りきり光茸を出す。
「ウオオオオオオオーッ!」
俺は両手を上げて雄叫びを上げる。
やった!
ついに帰ってきた!
故郷!
故郷だ!
自然に溢れる涙を拭い、俺は感傷に浸る。
懐かしい。俺が奈落に突き落とされたまさにその場所だ。暗殺者アレックスに腹を刺されて唾をかけられた所だ。けど、それに含まれていた茸の菌糸のおかげでそれを触媒に茸を増幅させて命を取り留め、さらにその力で魔界を征服したので、ある意味感謝している。
暗殺者アレックス、茸を生でたべた後、歯磨きせずに唾をかけてくれてありがとう。
柄に茸の生えた汚いダガーで刺してくれてありがとう。
お礼に決して消える事のない恐怖を与えてやろう。
俺はマントをはためかせた後、前に踏み出した。
知らない人が多いのですが、キノコは殺菌したら生でも食べられます。