第二部 魔国統一編 また街へ
「お前様がいた所はここからかなり北。グレートバリアクリフの少し手前だったみたいかしら。ここからはかなり距離があるから」
ロザリーは話しながら歩いていく。その手は僕の左手をキュッと握っている。しかも恋人つなぎだ。僕たちは、ルシアンの後ろをついてヘブンズドアの街へと向かっている訳だが、街の住民にこの姿を見られたら少し恥ずかしい。ロザリーはどう見ても子供だもんな。
「それはいいが、手離してくれないか?」
たまにチラチラとルシアンが振り返って僕を睨む。もしかして彼女も手をつなぎたいのか?
「嫌よ。ロザリーはお腹減ってるのかしら」
けど、そこまで手を握ってるのは嫌ではない。ひんやりしていてスベスベで気持ちいい。
「なんで、腹が減ったら手をつなぐんだ?」
「そりゃ、吸い取ってるからかしら」
「何を?」
「決まってるじゃない。魔力と生命力よ。俗に言うエナジードレインってやつよ。食べ物でもある程度はいけるんだけど、やっぱり直接ドレインした方が満足できるかしら」
なんだそりゃ、さすが吸血公女。ヤバい生き物だ。生き物なのか?
「すぐに離しやがれ!」
手をブンブン振って振り払おうとするが、鳥もちでくっついたかのように引き剥がせない。
「大丈夫よ。ギリギリを見極めて吸い取るから」
「全然大丈夫じゃないわ!」
なんとかロザリーの手を振りほどく。
「お前達は呑気なもんだな。スノークィーンに追われてるんじゃないのか?」
ルシアンが立ち止まって振り返る。
「それは大丈夫かしら。アビス公国を氷漬けにするのにだいたい半年くらいかかったから、アルカディアを氷漬けにするのもだいたいそれくらいかかるんじゃないかしら。ロザリーの予想だと、次の冬まではかかると思うかしら」
ロザリーはどうにかして僕の体に触れようとするが、かわし続ける。しつこいな。
「大丈夫じゃないわよ。たたでさえアルカディアは食べ物に困ってるのに、さらに寒くなったら、冬を迎えるまでに餓死するわ」
ルシアンはその整った眉をひそめる。
「それは、俺に任せろ。良いアイデアがある」
「分かった。キノコ。キノコね!」
ルシアンの顔がパッと華やぐ。キノコを気に入ってくれて何よりだ。
「まあ、城には地下室はあるのか? そこにまずは連れて行ってくれ」
僕たちはヘブンズドアの街の城門をくぐる。衛兵は怪訝な顔をするが、ルシアンがいるから当然顔パスだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「これで問題無いだろ」
壮観だ。素晴らしい。
ここは王城の地下の牢獄だった所。今はキノコ農場と化している。総ての部屋に明かりになる光茸と、水源になる放水茸を設置して、床の下からかなりの深さまで変幻茸の菌糸を伸ばして大地の栄養を集め、そして、部屋の床から変幻茸を苗床に食用茸と肉キノコが生えるようにしている。
「この大きさになったら収穫だ」
僕は城の使用人に理想的なキノコの大きさを教える。これで半永久的にここには食用茸と肉キノコが生え続ける事だろう。変幻茸の菌糸は自動的に栄養を求めて伸びるようにしているから問題無い。この町で発生するゴミを集めるゴミ置き場を新しく作って、そこにも変幻茸の菌糸を伸ばしている。そこには新しく召喚したキノコ、名付けて『ゴミ分解茸』を設置して、ゴミを分解してキノコの栄養にするという素晴らしいサイクルが出来上がった。
「ありがとう。これで当面の食料問題は解決したよ」
僕に頭を下げて微笑むルシアンはいつもより幼く見えた。
そして、城の会議室でこれからの事を話し合う事にする。
「お前の炎の魔術でスノークィーンに対抗する事は出来ると思うが確実では無いかしら」
まず口を開いたのはロザリー。ちなみに会議室にいるのは、僕と、ロザリーと、ルシアンと、じいと呼ばれていた爺さんだ。
「そうね。スノークィーンの能力はあんまり知られていないから対策のしようが無いわ。けど、なんで今、スノークィーンが動き出したのかしら?」
「それは分からないけど、攻めて来てるからには戦うしかないかしら。ロザリーの国も取り戻したいし」
「ちょっと待て。その前に俺はただ、国に帰りたいだけなんだがな」
僕は簡単に自分の身に起こった事を話す。
「そうか、お前は他の世界から来たのか。道理でそんなに強いのか」
ルシアンの言葉に僕は首を傾げる。他の世界から来たから強いんじゃなくて、ここに来て僕は強くなった。もともと強かったなら苦労はしなかったのに。複雑だ。
「けど、お前様。多分お前様は元の世界に帰るためには、スノークィーンをどうにかしないと難しいと思うわ。この北の断崖、グレートバリアクリフの北の荒野は多分雪に覆われてるかしら。そのすぐ北には氷漬けのアビス公国の幾つかの地域があるから、多分スノークィーンは北から氷漬けにしてると思われるわ。お前様が来た洞窟は多分吹雪まみれで行くのは無理よ」
なんと、国に帰るためには、十大魔王の一人といわれる、スノークィーンをたおすなり、説得するなりしないといかんのか。




