第二部 魔国統一編 吸血公女
「あぶねぇー!」
間に合わない。思った時には右足がはしっていた。
「ウブゥ!」
情けない声を出してルシアンが吹っ飛ぶ。なんとか僕の回し蹴りが間に合った。ルシアンのたおやかな腰を見事に僕の足が振り抜く。柔らか! モロに入ったな。ルシアンがいた所を禍禍しい鎌が薙ぐ。
気持ち悪ーっ。半分にぶった切られたロザリンドの右半身が身をよじって鎌を振るってる。左半身がもぞもぞ動いてその切断面をくっつける。ニチャニチャ音をたてながら、次第に切り口が繋がっていく。いかん、気持ち悪くてつい見入ってしまった。
「ロザリーはこでくらいでじなないがじら」
滑舌悪く声を紡ぐ。僕も化け物だけど、こいつは大概だな。手をつきながら立ち上がったロザリンドは両手で頭のズレを直している。その血に塗れた服もきれいに繋がっている。魔法の服か?
「いたたたたっ。よくもやってくれたわね。結構消耗しちゃったわ。決めた。全員体中の血を吸い取って殺す。けど、まずはキノコ人間、ズタズタグズグズにしてあげる」
ロザリンドが両手を広げるとそれは皮膜がついた翼になり、その可憐だった顔の口は牙が生え耳まで裂け、耳が巨大化し、その顔が獣毛に覆われる。やっと本気を出す気になったか。
「シィイイイーッ!」
ロザリンドは僕に飛びかかる。翼から伸びた鉤爪がボクにせまる。すんでの所でかわしてお返しに槍の石突で殴りかかるが奇妙に体だけ曲げてかわされる。牽制に後ろ回し蹴りを放ち、そこから突く突く突く。だが、最小限の動きでこれもかわされる。突きから強引に薙いでも身を引きかわされる。ロザリンドの顔はずっとこっちを向いている。見えてる訳が無い。その口は常に空いていて、微妙に全身がビリビリする。
反響定位。
ロザリンドの口から放たれてる僕には聞こえない音の反射で常に動きを察知されてるのか。
それから攻撃を繰り返すが、全く当たる事無く、逆にロザリンドの爪が僕を掠めていく。槍を大振りして、一旦距離を取る。
軽く辺りを見ると、騎士達は結構遠くから僕たちを眺めていて、ルシアンはそれより近くで僕たちを見ている。さっきより騎士達が遠いな。僕らの戦いの巻き添えにならないようにか? なんか違和感を感じる。
「キノコ人間。惜しいわね。あと10年くらい戦い続けたらロザリーに攻撃が当たるようになってかかもしれないかしら」
コウモリが甲高い幼女の声を上げるのはなんか気持ち悪い。けど、なんでいきなり話し始めたんだ? 時間稼ぎか? だが、僕も少し息が上がってきたから付き合ってやる事にする。
「おいおい、なんだそりゃ? ずいぶんガキのくせに上から目線だな。じゃあお前はどれくらい生きてるのか?」
「40年よ。ロザリーはお前たちがいう所のヴァンパイア。限りなく不死に近い存在かしら」
なんか思った程生きてないんだな。ヴァンパイアとか言うから数百年とか生きてるかもと思ったんだが。
「じゃ、その不死に近いヴァンパイア様がこんな所で何してるんだ?」
「兵隊集めよ。ほぼ無限に生み出せるスケルトンは弱すぎるから。ゾンビなら少しは生前の力を使えるから強い軍が出来るわ。キノコ人間。お前にチャンスをあげるわ。ここの角人たちを全員殺したら、お前をロザリーの部下にしてあげるわ」
ルシアンたちは、角人って呼ばれてるのか。
「そうか。それで俺には何のメリットがあるんだ?」
「死ななくて済むかしら」
「お前は馬鹿か。俺の命は俺のものだ。報酬にはならない。もしかしてお前、俺より自分が強いと思ってるのか?」
「そうよ。お前はただ変なキノコを使う人間に過ぎないかしら。ロザリーは細切れにされて念入りに焼かれて灰になっても再生出来るわ。このまま戦ってたら、いつかお前は消耗して倒れる事になるかしら。その前にお前の攻撃はロザリーにかすることも出来ないじゃないの? キノコ程度で吸血公女のロザリンド様を倒そうなんて片腹痛いかしら」
「……キノコをなめるなよ……」
きたねぇコウモリの分際で。
「なんか言ったかしら?」
「キノコ程度? お前はそのキノコ程度に敗れるんだ」
「大丈夫? お前、頭の中もキノコになっちゃったんじゃないの? 頭の中お花畑じゃなくて、頭の中キノコ畑。めっちゃ頭悪そうね。ずっと一人でキノコをいじってそう」
許せん。キノコを冒涜しやがって。
「俺のキノコを舐めるなよ!」
僕は叫ぶ。これからは戦いじゃない。一方的なお仕置きだ。
「誰がお前の汚いキノコなんか舐めるかしら。頑張って自分で自分のキノコ舐めればいいかしら」
なんかロザリンドは訳が分からない事言ってるが、侮辱されているのだけは分かる。
「アシュー・アルバトロスの名に於いて命ず。出でよ、『歌い茸』! 奏でろ地獄のコーラスを!」
「うおおおおおおーん!」
誕生の叫び声を上げ、巨大なキノコがロザリンドの下から発生し突き上げる。ロザリンドはクルクル回りながらもなんとか空中で体勢を整える。
「なんで、なんでロザリーの声が?」
「『歌い茸』の歌は全ての音を飲み込む。お前の反響定位はもう使えない!」
僕はビシッとロザリンドを指差す。




