4話 落下
「お前がアシュー・アルバトロスだな」
どこからか低い声がして、僕は目を覚ます。
「そうだったらどうする?」
いつの間にか寝ていたらしい。目の前に黒装束の男が立っている。全く気がつかなかった。僕は壁に掛けている剣に手を伸ばす。
「ツッ!」
口から声が漏れる。伸ばした手に激痛が走る。手の甲に大きな針が刺さっている。力が抜けて、体が重くなる。必死に体を動かすが思ったように動かない。
「鬼人も動けなくなる麻痺毒だ。こんばんは、私の名はアレックス。暗殺者ギルドの者だ。死にゆく者にのみ名乗る事にしているのだよ。いい表情だ。お前ら坊ちゃんを運べ!」
闇の中から次々と現れた黒装束の者達が、僕を微塵も動けないようにぐるぐると縛り猿ぐつわをかませた。窓を開けると僕を持ち上げて闇に跳び出した。僕を抱えて馬車に押し込めて、どこかに向かって行く。
僕が連れて行かれたのは、奈落と呼ばれる底が見えない断崖が奥にある、人々が決して立ち寄らない洞窟の奥だった。
そして、その断崖の前で僕はいたぶられて突き落とされた………
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ウワァアアアアアーッ!」
胃の中のものが逆流するような浮遊感に包まれて僕は叫び声を上げる。
落ちる速度はどんどん加速していく。
やばい、このまま落ちていけば確実に即死だ。その前に恐怖で気を失いそうだ。
ああ、僕はなんで強いスキルを手に入れられなかったのだろう。
『茸つかい』なんて、なんの役にたつんだ……確かに茸は大好物だけど……
頼む、誰か助けてくれ!
この際、茸でもなんでもいい!
僕を、僕を助けてくれ!
『カチリッ』
気のせいだったのかも知れないが、僕の頭の片隅で何かがはまったような感触が……
暗闇の中、僕の頭に去来するのは、大小沢山の『きのこ』が生えた明るい光景。とても心が安らぐ。
「きのこ達、僕を、僕を助けてくれ!」
僕は薄れゆく意識の中、最後の力を振り絞り叫ぶ!
錯乱していたのか、僕は幻のきのこに助けを求めた。
ボコボコボコボコッ!
薄れいく意識の中、僕の顔と、腹の方から水が弾けるような音がする。何かが僕の体を覆っていっているような……
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「う、ううっ」
目を覚ますと、僕は完全な闇の中だ。目を開けていると思うが何も見えない。手を動かす。動く。どうも生きているらしい。僕を縛っていた縄はいつのまにか解けている。お腹の所が痛いけど、耐えられない痛みではない。
「なんか灯りはないのか」
僕は手足をついて辺りを探る。すると僕のお腹の所から微かな灯りが……
手にして見ると小さなキノコだ。微かに光っている。その光るキノコがみるみる発生していく。ここは洞窟の底みたいで見渡す限り何も見えない。僕の回りには数え切れないほど沢山のキノコが散らばっていてほとんどは潰れている。
「キノコが僕を守ってくれたのか……ありがとう」
キノコが僕を守る。普通だったらおかしな事だけど、今の僕にはそれは当たり前の事に思えた。僕はキノコに礼を言う。
「グルッ! グルルルッ!」
何かのうめき声が聞こえて、その声の方を見ると僕の身の丈より大きい犬、いや狼がいる。訳が解らないが、一難去ってまた一難だ。僕は拳を握り締め立ち上がる。