第二部 魔国統一編 でっかいキノコ
「フガッ。なあ、お前、これ、もっと出せないのか?」
食用茸の一欠片を口にねじ込んで、看守が上目遣いで僕を見る。オッサンがそんな目で人を見るな!
「どうだかな」
上手くいったら、交渉次第でここから出られるかもしれないので、焦らしてやる。
「そうだ、お前、なんか欲しいもの無いか?」
おいおい、分かるだろ。僕が欲しいのは自由だよ。
「べつに……」
興味無さそうに僕は看守から目を離す。
「そうだ! お前、パンツ欲しいだろ。と言っても、パンツの予備なんか持ってないし……」
クソッ、鈍い奴だな。
「そうだな……」
男は躊躇った後、決心したような目で僕を見るとコクンと頷く。なんだ?
奴は、やおらズルズルとズボンを脱ぐ。毛まみれのきったねー足が目に入る。なんか変な臭いがするようなのは気のせいか? 次はゆるゆるとパンツに手をかける。もしかして、これって貞操の危機って奴か? それとも、コイツは男にブツを見せる特殊な趣味をもつ男なのか? 人懐っこそうだったのに、まさか、高レベルの変態とは……
「お前、何をする気だ?」
「いや、しょうが無いから、俺が今穿いてるパンツをお前にやろうかと思って」
「居るか、ボケッ。早くズボンを穿きやがれ!」
「わ、わかったよ。怒鳴るなよ。ちゃんと洗ってくるから」
「洗ってもいるか、ボケッ」
「そんな怒らなくてもいいじゃねーかよ」
男は残念そうにズボンを穿く。もしかして、ただ脱ぎたかっただけなのでは?
「それで、そんなアホな事までして、お前はまだ腹減ってるのか?」
いつの間にか立場が逆転している。まるで、僕じゃなく看守が檻の中に居るみたいだ。
「いや、俺はもう満腹だ。こんなに腹いっぱい飯食ったのは久しぶり、いや、キノコで満腹になったのは生まれて初めてだ」
まあ、そうだよな。腹いっぱいになるまで生のキノコを食べる事などそうそうに無いだろう。
「家には、幼い子供と妻が待ってる。俺は自分自身が許せない。俺だけ腹いっぱいになって。自分の事しか考えてなかった。なんで妻と子供に持って帰らなかったんだ。なあ、頼む。さっきのキノコまだ出してくれないか? まだキノコ出せるんだろ?」
看守は鉄格子を掴んで僕に迫る。
「そうか、子供と奥さんか……」
コイツ、家族思いなのか?
「そうなんだよ。かみさんは美人で、ルシアン様もかくやって感じなんだよ。クラス1の美人でなぁ、みんなで取り合ってたんだが、その心を射止めたのは俺だ。やっぱり、俺の強さと賢さとこのルックスにかみさんは惚れたんだろな。まるでお人形さんのような顔に、痩せてるのにでけーんだよ胸が。そして、いっつもいー匂いがすんだよコレが。だっから、俺は毎日帰るのが楽しみで楽しみで、おい、お前どうしたんだ、死んだような目をして?」
「ほう、美人なかみさんか。そりゃよかったな。じゃ、僕は寝るぞ」
つまらん。なんでコイツののろけなんか聞かにゃならんのだ。僕は冷たい床にゴロンと寝転ぶ。
「あっ、すまん。ついつい。てことは、お前もしかして?」
そうだよ。生まれてこの方彼女なんていねーよ。
「余計なお世話だ」
「嘘、嘘だ。俺のかみさんはゴリラ、ゴリラのような美しい女だ!」
「嘘をつくな。嘘を。めっちゃ美人なんだろ。よかったな」
「すまん、つい、エキサイトしてしまった」
くそっ、しょんぼりしやがって。しょうがねーな。
「ほらよ。手を出せ10本もあれば足りるだろ。ほら、コイツは子供に食わせてやれ。特別にでっかいキノコだ。喜ばせてやれ」
普通サイズの9本は簡単に格子を通ったのだが、キングサイズはどう見ても格子より太い。それを看守が格子から手を入れてつかむ。
「おい、デカすぎだろ。これどうするんだ?」
無理やり通そうとする。そしたら傷つくだろ。
「おいおい、力を抜け。無理やりだと入るものも入らんだろう。ほら、そう力むな。ゆっくり、ゆっくりとだ。ほーら入っただろ」
「うっ、くっ、どうにか入ったぜ。お前のキノコデカすぎるんだよ」
「デカすぎて悪かったな。ゆっくり動かせ。ゆっくりとだ」
「おお、良い感じだぜ。でっけー、こりゃサイコーだな」
バタン!
勢いよく扉が開いた。
「お前たち、何してやがる! 男同士で!」
「ルシアン!」
「ルシアン様っ!」
僕と看守は扉から現れた少女を見つめる。
「何をしてるかと聞き耳を立ててたら、何をしてるんだ、何を!」
「キノコを格子にくぐらせてるんですが?」
「でっかいキノコ? 入ってる? 格子に……」
ルシアンは真っ赤な顔ででっかいキノコを見ている。食べたいのか?
「ん、どこから聞いてたんだ?」
「無理やりだと入るものも……」
ボソボソとルシアンは呟く。
「無理やりキノコを格子にねじ込んだら、大事なキノコに傷がつくよな。で、なんか問題があるのか?」
「……ない」
「じゃ、オッサン。子供と嫁さんにキノコを持って帰るんだな。ゴリラみたいな嫁さんにヨロシクな」
「ああ、ありがとう。サンキュな」
看守はキノコを抱えると小走りで逃げ去る。
「盗み聞きとは、趣味が良くないな。で、お前はここに何しに来たんだ?」
僕は気付いていた。僕のキノコがコイツらの国に対しての切り札になる事を。




