第二部 魔国統一編 ダム
僕は川縁を歩いていく。今の格好はボコボコした皮みたいな鎧、実際はキノコを胸、腰、腕、脛を覆って、棒を手にした格好だ。そして肩にはでっかい狼の毛皮を担いで引きずっている。まあ、傍から見れば間違いなく、大物を討伐した冒険者にしか見えないはずだ。
けど、ふと考える。そう言えば、さっき会った、僕を問答無用で消滅させようとした魔族少女のルシアンに、この毛皮見られたよな。もし集落とか見つけてそこにルシアンがいたらヤバいんじゃないのか?
頭をフル回転させる。うん、大丈夫。キノコ男は死んで、僕は川で毛皮を拾ったという事にしとこう。けど、なんでルシアンは毛皮を置いていったんだろう。主とか言ってたから普通なら回収するんじゃないか?
けど、その理由にはすぐ思いあたる。この毛皮、臭いし汚いから、女の子がせっかく水浴びしたあとに持ってく訳無いか。多分、仲間か部下を連れて後で回収しようと思ってたのでは?
それなら、さっきの場所で待っとけば良かったんじゃ?
それは無しだな。そしたらこの皮の所有権が無くなりそうだし、さっきの凶暴女に遭遇したら死の未来しか見えない。
毛皮を置いていく?
それも無しだ。主とか言ってたから、これは絶対売れるはずだ。今の僕にはこの身とキノコとこの毛皮しかない。なんとか換金しないとまともな飯も食えない。
けど、ふと気付く。あれ、僕ってこんなに力あったっけ? どうも狼を倒してから素の身体能力が上がったみたいだ。確かに毛皮ではあるが、少し前の僕ではこんなに軽々とは持てなかったはずだ。
そんな事を考えながら歩いていく。なんて言うか、人や生き物の痕跡が無い。という事はさっき会ったルシアンは飛んだりしてない限り、川縁を通って無かったって事だ。いや、飛んでったのかも。なんか羽根映えてたしな。
しばらく歩くと、断崖絶壁にたどり着く。僕の目は驚きで見開かれる。
なんだ、なんだこりゃあ!
目の前の景観に圧倒されてしまう。
川が幅が広く緩やかになった理由に気付く。川は謎の材質の岩みたいなものでせき止められていて、僕から見てかなり遠くで滝になって流れている。ダムだ。川をせき止めてダムが出来ている。明らかに人工のものだ。それにしてもデカい。川をせき止めている断崖は謎の材質の岩、いや岩なんだろうか? 見るところ岩に全く継ぎ目が無い。魔法で作ったのか? もしそうならば、ここにはかなりの強さの魔道士がいることになる。そんな力を持ってたら神と呼ばれても不思議じゃないな。
苔むしたその岩は歴史を感じさせる。もしかしたら大昔の遺物なのかもしれない。
けど、1つだけこれで分かったのは、これだけの事を成し得るほどの文明がここにはあると言う事だ。伯爵領では逆立ちしても無理、いや、王国でもこんなものは作れないだろう。
それよりも人が居るという事に安心する。言葉も通じるから、どうにかしてコミュニケーションを取れれば、これだけの技術力があるならば伯爵領に帰る事が出来るかもしれない。
しばらくボーッとダムを眺めていたが、何も分からない。色々な疑問も湧くが、推測しか出来ないから意味が無い。どっかで現地の人を見つけて聞くしかないだろう。
それよりも、どうやって下に降りるかだ。上流には人の集落は見当たらなかったから、戻るは無しだな。見渡す限りは見えないが、川を下ってたどったら間違いなく集落が有るだろう。
眼下に広がる大地は茶一色で、それに細い青い川が蛇行しながら緑の縁取りされて遠くへと続いている。
生物には水が必須だ。それに街は川縁にあるもんだ。その考えを信じて進む事にする。
遙か下には滝壺も見えるが、飛び込むは無理だ。間違いなく死ぬ。どっか道は無いか見渡すが、見える範囲内にはそんなものは無い。
崖はツルツルしたダムの壁を挟むように凸凹の岩壁で出来ている。見た所、こっちの岩壁とダムの奥の岩壁の高さは大差無いように見える。出来るだけ壁の短い所を降りたいけど、見たとこそんな所は無い。
そう言えば、鳥もいないな。死の大地。そんな言葉が頭をよぎる。川を挟んで緑はあるが他は見渡す限りの荒野だ。けど、人が居るのは確かだ。
僕は意を決して崖を降りることにする。
まずは装備していた鎧茸を還す。ああこれでまた全裸だ。そして、筋肉茸を召喚しマッスル化して、狼の毛皮と自作の棒を変幻茸で背中に固定する。ああ、さっきまで少しは文明人っぽかったのに、今は体は極彩色のまだら模様で、背中に毛皮が生えたマッチョマン。間違いなく人間には見えないな。
そして、そろそろ降り始める。岩の継ぎ目に指をかけて、しかも、指先から変幻茸の菌糸を出して伸ばし、出来るだけ体を固定する。両手両足の先から変幻茸の菌糸を伸ばして貼りながら、一歩、また一歩と降りていく。まあ、大丈夫だと思うが、変幻茸の菌糸で索敵もしながら降りていく。良い感じだ。以外に崖は凹凸があり、思ったより簡単に降りていく。一番は筋肉茸による筋力に負うところが多い。
どれくらいの時間が経っただろうか? 慎重に慎重に降りていき、なんとか無事に地面にたどり着いた。そして、冒険者風の元の装備に戻し、滝壺へと向かう。




