第二部 魔国統一編 洞窟から出て
まずはキノコナイトのスタイルのまま変幻茸を召喚する。そして菌糸を床に打ち込み四方八方に伸ばす。そして目を瞑り、変幻茸の菌糸に集中する。今気づいたが、変幻茸には岩を穿つ程の力は無い。変幻茸の菌糸は岩の割れ目や土の中を這っていて、それが出来ない所は露出している。岩の表面を走ってるような形だ。岩の中に入り込める程の強度があれば、見られても分からないし、色々戦術の幅が広がりそうだが、このさくてき能力だけでも十分に素晴らしい。ここは広間で上には落ちてきた穴、あと出口が1つある。壁を登って上の穴から地上にもどれないか試してみるが、僕には壁に手をかけるだけで背いっぱいだ。登る事など到底無理だ。しかも穴は天井の真ん中にあるしな。
出口っぽい所から出るしか無いか。右手にほどよい大きさの光茸を手に、デカい狼の毛皮を肩に担いで変幻茸で索敵しながら広間から出る。なんか、毛皮を肩に担ぐって、神話の英雄みたいだな。確か星座になった英雄ヘラクレスは確か獅子の毛皮を担いでたな。まさか、獅子より大きい狼の皮を担いで英雄よろしく闊歩する日が来るとは。僕が星座になるなら『キノコ使い座』だな。けど、空にはキノコに見える星なんて無いな。
そんな益体ない事を考えつつ歩を運ぶ。なんでそんな余裕あるかと言うと、この洞窟にはもう動くものは無いからだ。たまに踏みつける乾いた骨から多分ここは狼の巣穴だったと思われる。
しばらく凸凹した通路を歩くと、目の前に光が見えてきた。間違いなく太陽の光だ。歩くにつれどんどんその光が大きくなる。いつの間にか僕は駆け出していた。日の光は、闇の中にずっといた僕にとってそれほど魅力的なものだった。
「なんじゃこりゃあ!」
外に出るなり、言葉が僕の口をつく。僕が居るのは多分山の中腹。大小様々な岩の間にぽっかりと空いた洞窟。それが僕が今いた所だ。辺り一面茶褐色。僕が突き落とされた奈落がある洞窟は深い森の中にあったはず。距離的に未だ僕はその森の中に居るものだと思っていた。だが違う。辺り一面荒野。緑はほぼ見えない。ここは僕がいた伯爵領とは違う。伯爵領にこんな所は無い。
地獄……
その言葉が僕の頭に浮かぶ。もしかして僕は奈落に落ちて死んでしまって、今いるのは地獄なんじゃないだろうか? さっきの大きな狼は実は狼じゃなくて犬。神話に名高い地獄の番犬ケルベロスだったのでは? まあ、それは僕のお腹に入ってしまった訳だけど。
ヒュウウウウウウウーッ。
風が吹き抜ける。確かにそれを感じる。ここは地獄の訳がない。ぼくは確かに生きている。その証拠にうんこしたい。さっき沢山食べたからうんこしたいんだ。お腹がキリキリ痛む訳じゃないから、お腹を壊した訳じゃないだろう。食べたら出る。それは自然の摂理。この便意で僕は自分が生きている事を実感した。あまり格好よく無いけど。
多分、どういう理屈か分からないけど、伯爵領から遙か遠くに移動したのだろう。
うん、うんこしたい。ここでぶっ放してもいいが、拭くものが無い。草花は見当たらないし、岩石ばかりで砂も無い。乾燥した地域では砂でお尻拭くという話を聞いた事があるが、ここでは試す事は出来なさそうだな。
ここには狼がいた。どんな生き物でも水が無いと生活費出来ないはずだ。あの大きな体ならかなり水を飲むはず。それに食べるはず。間違いなくここから近くに川があるはずだ。それを見つけて、そこでうんこしよ。水も飲めて一石二鳥だ。
僕は岩山を登るのでも無く、下るでもなく横に歩いていく。歩くといっても大小の岩があり少しづつしか進めない。けど、次第に岩が小ぶりになり、普通に歩けるようになってきた。しかもちらほらと植物が生えている。
「ビンゴだっ!」
それからしばらくして待望の川にたどり着いた。川は山肌を大きく抉っているが、今までの岩山に比べたら大した事ない。意外に川幅は広く、浅いながらも大人2人並べたくらいの広さがある。辺りに葉っぱがついた木もあるから、わざわざ川でする事も無いが、初志貫徹、僕は川に発射する。そして、綺麗な水でお尻を洗い、少し上流で水を飲む。水が綺麗か気にはなったが、さっき食べた狼のクズ肉に比べたら安全に決まっている。
ここまでの移動だけでかなり疲れたので、しばらく休んで川縁を下って行くことにする。川のそばには生き物が集まるから、魔獣と遭遇するかもしれない。だが、それよりもここら辺に人が住んでいるならば、間違いなく川にその痕跡、運が良ければ集落もあるかもしれない。まずはここがどこなのか確かめるためにも、人を探さないとな。しかも僕は持ち物は狼の皮だけだ。生活するためにも何か手に入れないと。
僕は辺りを警戒しながら川を下る。変幻茸は出してない。変幻茸の索敵能力は素晴らしいが、移動が遅くなりすぎる。
しばし歩くと徐々に川幅が広く、水深が深くなっていく。しかも流れが緩やかになっていく。それに伴って木々も増えていく。こんな山の中でそれはおかしい。出来るだけ音を立てないように進むと、急にさらに川幅が広くなる。湖みたいだ。
バシャ、バシャッ。
水が跳ねる音がする。そちらに目をやると、こちらに背を向けている人物。真っ白な素肌に適度に肉がついたお尻。女性だ。目の前の木に服が引っかけてある。その木の根元には大剣。そして目を引くのはその僕に背を向けて水浴びしている女性の頭には大きな渦巻いた角が生えている。
魔族。おとぎ話でしか聞いた事が無い魔族ではないだろうか?




