第二部 魔国統一編 鎧茸
グーキュルルルルルッ!
僕の腹の虫が叫ぶ。人間ってこんなに大きな音を腹から出せるものなのか?
頭がクラクラする。まずい、多分貧血だ。血を失い過ぎた。咬まれた首筋はゴポゴポ音をたてながら修復していく。回復茸のお陰だな。僕は目の前にあるものをじっと見つめる。
食えるのか?
むせかえるような血の臭いを放つグズグズな不揃いな肉塊。食べたらお腹を壊す自信がある。なんか寄生虫とかもいそうだ。だが、喰うしか無い。もう極限状態だ。後の事なんか知った事か!
僕は鼻で息をするのを止めて、光茸に照らされた血塗れの肉塊を手にして口に突っ込む。臭ぇ。口から広がった臭いが鼻をつく。まるで、猪とかの野生の獣料理の臭みを最大まで強くしたみたいだ。あ、そりゃそうだこの狼は間違い無く野生の獣だもんな。それよりも、メッチャ固ぇ。噛んでも噛んでも噛み千切れない。良かった筋肉茸と同化して。歯の周りを強化して、さらに顎の筋肉を強化し、マックス力を入れて噛み付きなんとか小さくして一気に飲み込む。鏡が無いから分からないが、今の僕は顔の下半分だけやたらデカい愉快な顔をしている事だろう。
「ゲホゲホッ」
危ねー、あと少しで肉を喉に詰まらせて窒息する所だった。せっかく窮地を逃れたのに、こんな事で死んだら洒落にならない。
そして、気を取り直し、再び最低の食事を進める。
しばらくしたら血の臭いにも慣れたが、しんどいのはこの固さ。だが、筋肉茸のお陰で、でっかい肉塊も噛み千切ってやる。噛み付くコツが分かってきた。狼肉の筋肉の繊維に垂直に噛み付いたら食べやすい。この苦行のお陰で、多分今の僕なら生きている狼でも噛み千切れる。もっともそんな野蛮な事をする気も無いが。
しばらく後に僕の目の前にあるのは狼の毛皮だけになった。恐るべき事に馬くらいの大きさの狼を丸々1頭食べ尽くしてしまった。けど、ぼくのお腹は少しぽっちゃりしてるだけだ。だが、その理由は分かる。今も地中に索敵のために変幻茸の菌糸を伸ばしているのだが、明らかにさっきよりもその範囲が広がった。多分、変幻茸や筋肉茸が僕の食べたものを吸収してたのだろう。そうじゃないなら今、僕のお腹は馬並みの大きさになってるはずだ。
なんとか空腹から逃れ、今からどうするか考えてみる。
まず、自分の能力から考える。今は全裸で何の道具も無い。僕にあるのはキノコ使いとしての能力だけだ。とりあえず、今召喚しているキノコを送還できるか試してみる。変幻茸の索敵能力に引っかかるものは無いから今は安全なはずだ。
上手くキノコ達を送還する事が出来た。辺りは闇に包まれる。
まずは光茸。召喚したとたん、辺りは明るさに包まれる。小さいキノコだと小さい光、大きいキノコだと大きな光。光量は大きさに比例するみたいだ。触れてみると、人肌程度に暖かくすべすべしてて気持ちいい。僕はひとしきりキノコをなで回す。そしてその手を離すと、手が光っていてしばらくすると元に戻った。食べたら面白い事になりそうだけど、今は満腹だ。
今も僕の体の中にキノコを感じる。多分、今まで召喚したキノコの一部は体の中に残っているのだろう。試しに念じてみると指先から光茸を生やす事も出来た。ちなみに、光茸を召喚送還したが、体の中の何かを消費した気配がない。魔法を使うと、体の中にあるマナと言われる魔法のエネルギー源を使うので、少しづつ精神的に疲労するらしいが、そういうのを全く感じ無い。キノコ召喚はマナを使わないか、ほぼ使わないんだろう。さっきからかなりの回数キノコを召喚してるけどなんも無いからな。
次は回復茸を召喚してみる。白いマッシュルームみたいだ。まじまじ見るのは初めてだが、とっても綺麗だ。けど、回復する時には多分傷口をコイツが無数に覆うと思うと少し気色悪い。なんか変な病気に罹ったように見えそうだ。
あ、そう言えば、洞窟を落ちてる時に僕の体を覆ったキノコ。あれが無かったら僕はぺっちゃんこだっただろう。思い出して召喚してみる。軸が短いシメジ茸みたいだ。体からがっちり生えている。試しに右手の拳にたくさん生やしてみる。キノコが密集してモコモコした蜂の巣状になる。試しに岩壁を軽く殴る。キノコは無傷だ。思いっきり殴る。それでもキノコには傷1つ無い。こりゃあいい。検証も兼ねて筋肉茸を召喚し同化する。そしておもいっきり殴る。
ドゴムッ!
大きな音と共に壁とキノコが飛び散る。僕の手は無傷だ。こりゃあいい。さすがに渾身の一撃には耐えられなかったけど、僕自身は無傷だ。全身に今のキノコを生やしてみる。多分、今の僕はまるで金属の全身鎧を纏ったように見える事だろう。強度も多分金属鎧にひけは取らない。コイツの名前は「鎧茸」そう名付けよう。そして、最後に変幻茸を召喚する。右手に棍棒型にした変幻茸、左手に盾型にした変幻茸。それらの表面を鎧茸で覆う。
「最高だ! キノコナイトの誕生だ!」
多分、今の僕はかなり強い。筋肉茸の力、鎧茸の防御力。本当は剣が欲しかったが、流石に鎧茸でものは切れないだろうから棍棒で我慢する。そして、しばらく僕はキノコナイトの姿でその場で剣術の型をなぞり続けた。初めての装備に慣れるために。僕の頭の中で自分自身は格好いい全身鎧を纏った騎士。それが華麗に舞うかのように剣を振るう。
けど、実際は全身にキノコを生やした、二足歩行の魔物にしか見えないという事に気付くのはしばらく後の事だ。




