第二部 魔国統一編 変幻茸
「ガルルルルルルルルルルッ」
僕を見てうなり声を上げる狼。若干は知恵があるのだろう。今しがた、身の丈よりでっかいキノコを飲み込んだ僕に対して警戒してるのだろう。けど、もし僕が狼だったら一目散に逃げ出す。そんな光景を見たら、自分の頭がおかしくなって幻覚を見ているのか、それか相手がとてつもなくヤバい奴のどっちかだと思うだろうからだ。所詮は畜生だな。
僕は気が大きくなって、全く負ける気がしない。筋肉というのは、自信をもたらすものだ。
「そうか、来ないならこちらからいくぞ!」
僕はなんの技術も使わず、ただ狼に向かって駆け出す。なんだこりゃ。本当に僕の体なのか? 恐ろしいスピードで一瞬にして僕は狼の間合いに入る。見上げる程の巨躯。こちらの攻撃が届くのは奴の前足か胸。一撃で致命打を与えるのは難しい。狼が右の前足を振り上げる。遅いな、しかも俺にそれは効かない。学習能力が無い奴だ。振り下ろされた爪を狼の体の外側に回避して、ただ思いっきりその脇腹をぶん殴る。
ドゴムッ!
鈍い音と供にその巨大が地面に叩きつけられる。
「キャイン!」
狼は情けない声を上げ、地面を滑る。追撃しようかと思ったが、相手が逃げ出すかもしれないと思って止める。無益な殺生は好まない。
「ガルルルルルルルルルルッ!」
散乱している光茸の中、狼は立ち上がる。その目から闘志は消えていない。何故だ? こんなに実力差を見せてやったのに?
ヒュン!
狼がはるか間合いの外で、前足を振るう。
ドゴン!
気が付くと吹っ飛ばされていた。もんどり打って立ち上がる。胸に焼けたような痛みが走る。見ると縦に三本、まるで爪で裂かれたような傷が出来ている。さっきは僕の肉の鎧に傷1つつけられなかったのに魔法か? まだ隠し球をもっていやがったんだ。風系の魔法だろう。熟練した風魔法の使い手は風の刃を飛ばす事が出来るという。
しかも、狼の体から黒い霧みたいなものが吹き出す。それは光茸の光を浸食していく。闇魔法? 瞬く間に辺りは暗闇に包まれる。
ゴポポポポッ。
傷口のところから水が弾けるような音が
する。撫でてみると傷が塞がっている。これは多分、暗殺者アレックスに刺された傷を治してくれたもの。多分キノコだ。回復茸と名付けよう。
ヒュン!
風を切る音がして、左に大きく飛ぶ。痛みは無いからかわせたんだろう。けど、こりゃ何の無理ゲーだ? 闇の中、見えない攻撃をかわし続ける。しかも狼は闇の中位置を変え続けてるのだろう。右だと思ったら左、左かと思ったら右からその足音がする。僕は闇の中、その足音から出来るだけ距離をとる。動き続けていたら、被弾の可能性は少しは減るだろう。だが、どうやって相手に攻撃する? さっきぶっ飛ばした時に追撃しなかった事が悔やまれる。甘さ、その甘さ故に、奈落に落とされて、しかも今窮地に陥っている。捨ててやる。そんなもの捨ててやる。これからは殺れる時は殺ってやる!
ドゴッ!
鈍い音と供に僕の足が刈られる。ダメージは無さそうだが、丁度動いていたところだったので派手に転がって壁にしたたかに体を打ち付ける。
ヒュン!
咄嗟に頭を庇う。両腕に鋭い痛み。さっきの風魔法だ。狡猾だな。多分風魔法は連発は出来ない。それ故、僕の動きを止めて確実に当てにきている。
耳を澄ますが、全く気配がわからない。今の攻撃、相手には僕は丸見えみたいだ。どうやって、どうやったら相手に攻撃を与える事が出来る? どうやったら相手の位置を知る事が出来る?
暗闇の中無我夢中で動き続けるが、足を払われ、その動けない時を狙って風魔法が襲いかかってくる。
何度も何度も転倒し、斬りつけられる。回復茸で回復するスピードより、負う傷の方が増えてくる。息が上がって動きが遅くなってくる。それに貧血でフラフラしてきた。このままだとジリ貧だ。どんなに手を伸ばしても、狼には触れる事すら適わない。どうにかして、相手の位置さえ分かれば、
頭の中に去来するキノコのイメージ。つくし、春に川縁に生えるつくしのようなキノコ。つくしは目に見えてる下に長い根を生やしているという。ああ、僕がつくしだったら、その根っこで上からの振動で狼の位置も分かるのにな。そんなとりとめもない事を考えてしまう。
だが、僕の手には何かが握られていた。僕には分かっている。これはキノコだ。さっきのキノコだ。迷わず口に入れる。そして、体中にキノコの菌糸が行き渡るのを感じる。しかも動かせる。試しに足のつま先から菌糸を出して地面に差し込む。いけるいけるぞ。床の下一面に菌糸を張り巡らせる。解る。狼が何処にいるのかが。地面から足を離したら菌糸は切れるが、つくとまたくっつく。地面に体の何処かがついてる限り、情報が頭に入ってくる。しかもこのキノコは形を自在に変える事が出来る。狼の攻撃を軽くかわしながら、僕は思考する。
このキノコの名前は『変幻茸』だ!
僕は新たな力に興奮する。もう、恐れるものは何も無い。
俺のキノコの歴史に新たなる1ページが刻まれた。




