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 第二部 魔国統一編 筋肉茸


「ウワァアアアアアアーーーッ!」


 気が付いたら、僕は駆け出していた。そのでっかい狼に背を向けて。それは悪手、魔物に背を向けるなんて、殺してくれと言ってるようなものだ。頭では分かっていても、実際そういう状況に陥ると恐怖が先に立って一瞬にして理性は吹き飛んでしまった。目や鼻や口から液体を撒き散らしながら僕は走る。



「ガウッ!」

 


 狼の鳴き声に体が竦み、足下に散乱していたキノコで足を滑らせつんのめる。後ろから大きな毛むくじゃらなものにのしかかられて、僕は地面に押しつけられる。手をついて顔は打たなかったが、胸や腹が地面で擦れる。え、服が無い?


「フーッ、フーッ」


 耳元で獣のうめき声がする。右肩に狼の頭が乗っかってるみたいだ。そして、背中全体に毛皮の感触。僕の上に狼が乗ってる。

 昔、聞いた事がある。犬や狼は獲物を襲う時に狩猟本能で的確に急所を狙ってくると。

 多分キノコで滑ったから助かった。もしそうじゃなかったら延髄を噛みちぎられていたのでは? そしたら、間違い無く僕は狼の餌になっていた事だろう。僕は全身に鳥肌がたつ。全く役に立たない。いままで研鑽してきた剣技も、知識も……

 僕から狼の体が離れる。もしかして見逃してくれるのか? いや、違った大きな足だと思われるものが僕の背中を押しつぶす。


「グゥウウウウウッ」


 肺から空気が押し出され、更に、口からいろんなものが溢れる。


 僕には何も無い。


 これから多分後頭部を食い千切られて、死ぬ。


 体が全く動かない。


 何も出来ない。


 僕は無力だ……


 力が……


 力が欲しい……


 フッと、時の流れが緩やかになるのを感じる。そう言えば、人が死にそうになった時に辺りの時間がゆっくり感じられるって聞いた事あるな。


 僕の頭によぎるのは沢山のキノコが溢れる楽園。


 僕は死んだらキノコになるのかな……


 キノコの楽園の中、1つの茸が近づいて来る。極彩色の大きな立派なキノコだ。


『力が欲しいのか?』


 頭の中に声、いや声じゃないキノコの意識が流れこんでくる。


 …………?


 キノコって意思があるのか? 


 今、確かに『力が欲しいのか?』って聞こえた、感じたよな? 


 力? 


 キノコに力なんかあるのか? 


 けど、そんな事はどうでもいい。力が手に入るなら、なんでもなんでもする!



「……ああ、力が欲しい……」



『力には大きな力ほど、代償と責務が生じる。それでもいいのか?』



「…………」



「ああ、それでも欲しい。どんな代償があっても、どんな責任があっても。僕は力が、力が欲しい。こんなところで死にたくない。死んでたまるか。どんな事をしても生き延びたい」


『そうか、それならば、我らが力を貸そう。これからいつ如何なる時でも、我らは汝と供にあり、汝の力となろう』


 僕の目の前にそそり立つキノコ。そのキノコが視界からフッと消える。そして、僕の意識は現実に戻る。僕は狼に組み敷かれたままだ。何とか頭を上げると、目の前には大きな極彩色のキノコがそそり立っている。突然現れたキノコに警戒して狼は僕にとどめを刺さなかったのだろう。


 それから何をすればいいのか僕には分かっていた。


「来いっ! 筋肉茸!」


 僕の目の前にそそり立つ奇跡のキノコ、筋肉茸がその傘を下げ僕に近づく。その傘が僕に触れるや否や、めくるめく速度で僕の口に収まっていく。僕はゆっくりと立ち上がる。今の僕の力の前には、狼の手など無いのと同じだ。立ち上がった時には筋肉茸は全て僕の口から入り全身に行き渡った。


「ウォオオオオオオオオオオーッ!」


 全身に力を入れて僕はウォークライを上げる。まさに、まるで生まれ変わったみたいだ。力、僕は力を手に入れた。少し前屈みに両手を前にして全身の筋肉に力を入れる。いわゆる、ボディビルのモストマスキュラーのポーズだ。

 そしてそれから、僕は体の具合を確かめる。顔以外、青、赤、黄、緑など様々な原色のまだら模様で彩られている。

 まあ、そんなのは些事に過ぎない。同年代では、まあそこそこに筋肉はついてたけど細かった少年のようや体はもうそこに無く、はち切れんばかりの筋肉がまるで肉の鎧のように僕の体をくまなく纏っている。

 何かが僕の背中を叩く。軽く肩を叩かれてるような感じだ。誰か居たかな?


 振り返ると、巨大狼が何度も何度も僕をその鋭い爪がついた前足でひっかいている。そう言えばそんなのがいたな。多分、一撃で普通の人間を切り裂き絶命させるくらいの威力がありそうだが、今の僕にとっては子猫がじゃれついているようなものだ。所詮動物。彼我の戦力差さえも分からないのだろう。僕は狼を観察する。

 なるほど、デカいな下手な馬よりデカい。もし、こんな奴が街に出ようものなら、騎士団が出てきても討伐できるか分からないな。

 だが、所詮は獣。それに間違いなく今の僕の方が強い。なぜなら、僕はマッスルだからだ。こんな凄いマッスルは僕の人生で初めてだ。騎士団長もマッスルだったが、今の僕に比べたらモヤシだな。


「かかって来い。犬っころ。さぁ、お仕置きの時間だ!」


 僕は狼に手招きをする。一丁揉んでやるとするか!



 このお話は他サイトノベルピアさんで先行配信しております。下にリンクを張ってますので、ぜひお越し下さい。


https://novelpia.jp/novel/2658



挿絵(By みてみん)


 この表紙絵が目印ですっ!


 読んでいただきありがとうございます。


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