第二部 魔国統一編 奈落の洞窟から
「うおっ! キタキタキターッ! キノコーッ! キノコサイコーだ!」
俺の口から声がほとばしる。忘れてた。久しぶりにこれを食べたから、テンションがだだ上がるのを忘れていた。頭の中に昔の情景がめくるめく流れる。ここだ。俺が奈落の底で目覚めた所に記憶が行き着く。まるで昨日の事のように鮮明だ。さすが、俺の『忘れた事を思い出す茸』。
「おい、吟遊詩人! 来いっ!」
俺は店の入り口でしっとりとした歌を歌っていた吟遊詩人を大声で呼ぶ。
キィーン。
俺は吟遊詩人に向かって金貨を弾く。吟遊詩人はパシッとそれを受け取り演奏を止めてこちらに来る。
「おい、お前、これから俺は物語りする。その話の状況に合った曲を弾きやがれ。あと、ルシアン、俺の喉を潤すために、グラスが空になったら何か頼め」
「わかりました」
「承知いたしました」
吟遊詩人の穏やかなリュートの音が流れる。出だしにはいい曲だ。
俺はグラスを空にすると一呼吸おいて語り始めた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ウワァアアアアアーッ!」
胃の中のものが逆流するような浮遊感に包まれて僕は叫び声を上げる。
ちょっと戻り過ぎたかな。
今では魔法で空も飛べるけど、この時はなすすべもなかった。
落ちる速度はどんどん加速していく。
そう言えば、パニックに陥ってたな。そして、何とかこの時は気を失わなかった。
ああ、僕はなんで強いスキルを手に入れられなかったのだろう。なんて思ってたな。懐かしい。今ならはっきり言える。俺はキノコ使いで良かった。キノコ使いは外れスキルなんかじゃない。研鑽に明け暮れた俺に与えられた、いや顕現した、最強のスキルだ!
まあ、だけどこの頃までは、好物だったキノコがまさか食傷気味で出来るだけ食べたくないモノになるとはな。
そして、俺は願った。
頼む、誰か助けてくれ!
この際、キノコでもなんでもいい!
僕を、僕を助けてくれ!
『カチリッ』
音が聞こえたのは気のせいだったかもしれないが、多分この時、俺とキノコの世界を繋ぐゲートが開いた。
暗闇の中、俺のの頭に浮かんだのは多分幻覚ではなくキノコの世界の情景。大小沢山の『きのこ』が生えた明るい光景。とても心が安らいだのは俺がキノコ使いだからだろう。
「きのこ達、僕を、僕を助けてくれ!」
俺は薄れゆく意識の中、最後の力を振り絞り叫んだ。
そして、俺に付着していたキノコの菌糸を触媒にキノコの世界からキノコたちが現れた。俺を守るために。
ボコボコボコボコッ!
薄れいく意識の中、俺の顔と、腹の方から水が弾けるような音がする。何かが俺の体を覆っていく。今なら分かる。この時俺の体を覆い始めたのは『回復茸』。初めて現界した、キノコの世界のキノコだ。回復茸は菌糸を伸ばし、俺の傷を繋ぎ、そして、損傷を回復する。失った血だけはこの頃はどうしようもなかったが、俺の体はほぼ全快した。そして、地面に激突する事を俺は無意識に自覚してたのだろう。次にプロトタイプの鎧茸を無意識で召喚し、俺の体はプロトタイプ鎧茸で覆われていく。だが、この時の不甲斐ない俺は意識を手放してしまった。それでもその時の記憶は俺の中に残っている。暗闇の中、まるで物質のように空気が俺の体に当たる。まるで、ジェット茸にフルスピードで乗ってる時みたいだ。
ドゴン!
俺の体に激痛が走る。とうとう地表に激突したんだ。プロトタイプ鎧茸で多少はダメージを軽減出来たみたいだが、間違いなく全身の骨がバラバラだ。そして、かろうじて生きている俺の中で回復茸がその菌糸を伸ばし、休む事なく俺の体を修復していく。もし、アレックスが俺の腹をナイフで刺してくれなかったら、俺は回復茸を召喚してなかっただろう。そしたら、ここで俺の命は尽きていた。
ありがとう。暗殺者アレックス。
お礼に今度の新作キノコの実験台にしてやろう。
そして、暗闇の中回復茸が微かに音を立てながら、俺の体を癒していく。この時意識無くてよかったな。もし、意識があったら、この時の俺はショック死してたかもな。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「う、ううっ」
やっと俺は目を覚ます。闇の中目を開けて、手を動かす。生きてる事を実感している。縛っていた縄はいつのまにか解けている事に気付く。その時の俺は気付いてなかったが、身の回りのものは全て、回復茸が分解し俺を癒すエネルギー源にしていた。そうなんだよ、回復茸の唯一の弱点が、エネルギー不足だと、触手をのばして辺りのものを見境なく捕食しまくるんだよな。そして、俺は腹をさすって身を起こす。
「なんか灯りはないのか」
俺は手足をついて辺りを探る。そして、俺のお腹の所から微かな灯りが漏れてるのに気付く。そして、その光るものをむしり取る。
手にして見ると小さなキノコだ。微かに光っている。その光るキノコがみるみる発生していく。俺の光が欲しいという願いで光茸が召喚されたんだと今は分かる。俺は洞窟の底を見渡す。は数え切れないほど沢山のキノコが散らばっていてほとんどは潰れている。プロトタイプ鎧茸の残骸だ。
「キノコが僕を守ってくれたのか……ありがとう」
キノコが俺を守る。普通だったらおかしな事だが、その時の俺にはそれは当たり前の事に思えた。少しづつ、俺は王として目覚め始めていた。
「グルッ! グルルルッ!」
何かのうめき声が聞こえて、その声の方を見る。俺の身の丈よりはるかに大きい犬、いや狼がいた。今考えてもハード過ぎるだろ。




