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 野宿


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「もう日が暮れてきたわね。アシューが寄り道ばっかりするから、街にたどり着かなかったじゃないの?」


 フレイヤが道端に座り込み頬をプーッと膨らませる。俺は一瞬臨戦態勢に入るが直ぐに構えを解く。この仕草を見ると、この世界は平和だなとしみじみ感じる。俺が生き抜いた魔界では、頬を膨らませるのは威嚇行為にあたる。今からブレスで攻撃しますよって意味だ。だがここでは警戒する必要は無い。さすがにフレイヤでも殺傷能力があるブレスは吐けないだろう。

 ときに俺は常日頃思う。こういう仕草をする女って自分が可愛いとでも思っているのだろうか? まあ、実際のところ面はいいから、可愛く見えない事も無いな。中身が残念食いしん坊女じゃなければ。


「何を言ってる。お前が事あるごとに、腹減った、腹減った言って、キノコを食べてばっかだったからじゃないか。しかも言うに事欠いて、歩きながらメシ食うのは行儀悪いとかなんだ知らんが、メシ食う度に座りこんでたからじゃねーか」


「あたしはあんたと違って聖女なのよ、聖女。聖女が立ち食いしてたら、それを人が見たら幻滅しちゃうじゃないの。聖女にはみんなに夢を与える義務があるのよ」


「おいおい、こんな辺鄙な街道で人の目を気にする必要ないだろ。それに、お前が飯食ってるのを見たら、どんな人でも幻滅すると思うぞ。だいたいお前の体のどこにあんなでっかい肉キノコが入るんだ?」


 まじで、俺より体が小さいのにフレイヤは俺の3倍以上は飯を食う。だが腹を見てもそんなに膨れて無い。


「あんた、言うに事欠いて、レディーに『体のどこにでっかいキノコが入るんだ』って言葉は無いでしょ! デリカシーなさ過ぎ、いや、デリカシー皆無よ。セクハラで捕まればいいのよ。それに、人が聞いたら誤解されるじゃない!」


「誤解されるも何もここら辺人居ないだろ。それにその前にお前の腹にでっかいキノコが入るっていう言葉のどこが悪いんだ?」


「え、アシュー、本気で言ってるの? それはね、えっとねー……」


 なんかフレイヤが顔を赤くしてモジモジしてる。全く訳が分からんな。多分、何か変な妄想でもしてるのだろう。俺の部下の十指の1人に思念を映像にする能力を持った奴もいるから、今度どっかの街でフレイヤの妄想を大人数で鑑賞するのも良いかもな。


「えっ、何アシュー悪そうな顔してるのよ、も、もしかして、あたしにでっかいキノコを……」


「おいおい、もうその話は置いといて、野営の準備しないとヤバいだろ」


「そうね。日も落ちたし、これからどんどん寒くなりそうね」


 そして、俺たちは火をたいて、暖を取りながら簡単な食事を取った。


「アシュー・フェニックスの名に置いて命ず。出でよ光茸!」


 俺は寝るまでの時間潰しに読書でもしようと、光茸を召喚する。体内の菌糸から光茸を育てると若干疲れるから、召喚の方がお手軽だ。地面から神々しい大きなキノコがそそり立つ。


「凄いわね。このキノコ便利よね。1つか2つ欲しいわね。あ、そうだ。あたしって聖女で魔力高いから、あたしでも召喚出来るんじゃないの?」


 フレイヤが光茸を撫で撫でしている。光茸は適度に暖かくスベスベしてて触り心地いいからな。けど、まさか食べたりしないだろうな?


「おい、フレイヤ、それは食うなよ。一応食べられるけど、それ食うと数日間体が光り続けるからな」


「え、もしかして、触るのもダメ?」


「大丈夫だが、手を見てみろ」


 フレイヤの手のひらが微かに光っている。


「大丈夫、すぐに光らなくなるからな」


「そうなの。それで、あたしには召喚できないの?」


「まあ、無理だな。キノコと心を通わせて、キノコの世界を感じる事が出来ないとな。それより、光茸の菌糸を体に打ち込んだら、いつでも体から光茸を生やす事が出来るぞ」


「体からキノコを生やす……」


 しばらくフレイヤは黙る。また得意な妄想か?


「遠慮しとくわ。それやったら、間違いなくあたし自身も光るんでしょ。聖女のデモンストレーションにいいかもって思ったけど、人前で披露したらなんかドン引きされそうだから。それより、魔界の魔道書、この前の続き貸してよ」


「ああ」


 そして俺たちは、煌々とした光茸の下、読書を楽しんだ。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「ねぇ、今日はルシアン来ないわね」


「ああ、今日は書類仕事が夜遅くまであるらしいな」


 連日、俺たちと遊んでばかりいたルシアンは仕事を溜めすぎてとうとう部下に軟禁されてるらしい。やっぱ政治って大変だよな。


「ふうん、そうなのね」


 そして、俺たちは各々のねぐらに潜り込んだ。フレイヤはテント。俺は召喚したカプセルホテル茸の中にだ。


 コンコンッ。


 誰かがカプセルホテル茸を叩いている。多分フレイヤだろう。腹でも減ったのか?


「入っていいぞ」


 俺はカプセルホテル茸の扉を開ける。カプセルホテル茸とは、魔界でカプセルホテルとして使われている茸で中は丁度小さめなテントくらいの広さはある。中にずりずりと膝を擦る音がする。


「アシュー、寒くて眠れないの」


「そうだな。今日は冷えるからな」


「暗くて何も見えないわ」


「しょうがねーな」


 俺は小柄な光茸を召喚する。


「ウッギャアアアアアーッ! キッ、キノコー!!」


 なぜかフレイヤが大声を上げる。相変わらず五月蠅(うるさ)い奴だ。俺は上体を起こす。


「なんだ、どうした?」


「どうしたじゃないわよ。あんた、大丈夫なの? なんなのソレ」


「ああこれか? 顔に付いてるのは顔面パック茸だ。肌がツルツルになる。俺の下に生えてるのはクッション茸だ。触ってみろフカフカだろ」


「うん、フカフカだわ」


 フレイヤはクッション茸に手を沈める。


「そして、俺から生えてるのは『あったか布団茸』だ。適度な温もりの中心地よく眠れる」


 フレイヤは俺から生えてるキノコの群れに手を入れる。


「俺のキノコは暖かいだろ」


「あ、本当だ。人肌みたいに暖かい。いっぱいキノコ生えてるわね」


 フレイヤはキノコの中で手を動かす。そして、躊躇う事無く当たりを掴みやがった!


「おい、どこ触ってやがる」


「え、キノコ? 今のってもしかして……。ア、アシュー、そう言えば服は?」


「おい、よく考えろ。服からキノコが生える訳ねーだろ」


「という事は、キャアアアーーッ!」


 フレイヤは両手で顔を覆って叫ぶ。相変わらず五月蠅(うるさ)い奴だ。


「おい、フレイヤ、寒いんだろ。お前にも『あったか布団茸』生やしてやろうか?」


「そないなもん、いるか、ボケェ。気色悪くて眠れんわ!」


 捨て台詞を残してフレイヤはカプセルホテル茸から飛び出して行った。これって俺の方が被害者なんじゃないか?



 読んでいただきありがとうございます。


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