10話 複雑な乙女心
「行くわよ、アシュー」
フレイヤは涙を拭うと立ち上がる。
「どこへ?」
「伯爵様の所に決まってるでしょ!」
「なんで?」
「もうっ、帝国軍がここに向けて進軍し始めたのよ、戦いの準備始めないと!」
「あ、それは片付いたぞ」
俺は暗殺者ギルドの拠点の方に歩き出す。
「片付いたってなによ?」
「俺の部下を貸し出した。数千の軍の指揮官だ」
ロザリンドには茸兵士の指揮権を与えている。ロザリンド自体の戦闘能力だけでも多分軽く1万の兵士くらいには匹敵するのだが、殺傷は禁止しているので茸兵を使った方が安全だろう。帝国兵が。
「まあ、要は伯爵は防衛戦の準備を始めたって事ね」
なんか意見の齟齬がありそうだが、大した問題じゃないな。
「あたしはあれから、あんたを探すために強くなったのよ。戦争になってもあんたくらいあたしが守ってあげるわ」
「それは頼もしいな」
「ああーっ、信じてないでしょ」
グーッキュルルッ……
フレイヤは顔を真っ赤にする。腹の虫か? こいつもあまり血色よくないな、飯あまり食ってないのか?
「フレイヤ、俺の肉茸たべるか?」
辺りを沈黙が支配する。フレイヤはその端正な顔を赤らめて俺を凝視している。なんか変な事言ったか?
「あ、あんた言うに事かいてなんて事言ってるのよ!」
「ん、俺の肉茸は生でもそれなりに美味しいぞ? そのまま食べるか?」
なんかフレイヤは真っ赤になって怒り狂っている。なんなんだ? 女の子の考えている事は解らん。もしかしてキノコは嫌いなのか?
「うきーっ! 誰があんたの肉キノコなんかをを口にするのよ!」
「え、じゃあ『茸汁』の方がいいのか?」
「き、きのこじる……」
フレイヤは真っ赤になって俯く。怒ったり恥ずかしがったり、情緒不安定なやつだ。まあ、一応若い女性だお腹が減ってるというのが恥ずかしいのだろう。俺は立派な肉茸を召喚する。見た目はでかい松茸みたいだが、ほぼ肉と同様の栄養をもっている。
「肉茸だ。焼きと生どっちがいいか?」
「え、き、きのこ? 焼きでお願いします……」
フレイヤは俯く。すこし恥ずかしそうだ。俺は異次元収納から串をだして茸を刺すと塩を振って魔法で炙ってフレイヤに渡す。
「ゴクン!」
フレイヤは生唾を呑み込むと肉茸に噛みつく。肉茸の牛風味からはじまって、豚、鳥、しめ鯖と完食してリクエストのしめ鯖をもう一度焼いてフレイヤは満足した。よく食う奴だな、色気の欠片もないな。
「肉きのこサイコー! アシューの肉きのこサイコー!」
フレイヤは感無量みたいだ。
『アシュー様、今後は肉茸という名を牛肉茸、豚肉茸と名前を細分化しましょう』
頭の中に感情を押し殺したようなルシアンの言葉が聞こえた。
「ところで、アシュー、今まで何処にいたの?」
腹が膨れたからかフレイヤはやっと落ち着いたみたいだ。子供みたいだな。
「魔界だ。魔族達がはびこる世界にいた」
「ふーん、魔界ねー。わかったわ話したくないなら、話したくなったときに教えて」
なんか勘違いしてるみたいだが、まあいいだろう。俺はマントを翻して歩き始めた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「アシューここに知り合いがいるの?」
「ああ、でっかい借りがある奴がいる」
「でっかいかり!」
またフレイヤは真っ赤になる。
「そうだ。でっかい借りだ!」
「………」
フレイヤは俯いて黙り込んだ。むぅ、本当に女心は難しいな。




