プロローグ4・母
「え?今なんて……?」
聞き間違いだと思った。
彼は、今、自らの母の命を買ってくれと言った。
一瞬、冗談かと思ったが、彼の顔は真剣そのものだった。
「え、あ?」
「とりあえず来てくれ」
そう言って、彼は、私の手を引いた。
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「これが僕の母親だ」
僕は、彼女に紹介した。
悪臭漂う部屋にいる。髪が床まで伸びた、到底人と思えない存在と化した母親を。
「……、何があったの?」
「父親がな、借金担いだまま逃げたんだよ。毎日毎日来る借金取り、そりゃあ頭もおかしくなるさ」
「なるほどね……」
「だから、頼む」
「頼むって?」
「さっき言っただろ?彼女の残りの命を買ってくれ、と」
僅かな沈黙があった。
「本当にいいの?」
「あぁ」
「後悔しても知らないよ?」
「あぁ」
なら、と答えると、彼女は母に近づいた。
そして、そっと手を触れる。
「残りの寿命……、35年。つまり、3500万円ね。借金は返せると思うよ」
「……」
彼女は、僕を軽く睨んだ。
「見なくていいの?最期よ?」
「いいんだ」
「そう……」
そして、彼女の手が軽く光った。
残りの寿命を奪ったのだろうか。
まぁ、そんな事はどうでもいい。少しでも、その瞬間に悲しみという感情が湧くかと思ったがそんな事は無かった。
ただ。
無心。
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気が付くと、朝日は登っていた。
目の前には、母の遺体と札束があった。