第81話:バークズトゥラス
「何莫迦を云っているの、シオン。やめなさい」
ミナエ・リン・バークズは静かな声で云った。しかし対するシオン・エレク・バークズは弱冠16歳とも思えぬ眼光の強さで、似たような顔をしている母をきっと睨みつける。
「この子は洗礼聖職者よ。もう道が決まっているじゃない」
「いい加減なさい、シオン。その子にはバークズを継いで戴きます」
時は遡り、イシュタル歴473年。理智王ガタルレインダーの治世である。
バークズトゥラス家はガタルレインダーの妹ミナエを当主としてその夫クラス、彼らの一人娘シオンと、その夫デュークの4人であったが、その年一人の子どもが産声を上げた。シオンとデュークの子であった。
「お母様こそわかっていらっしゃらないの? この子は洗礼聖職者なのよ?」
トゥラスは術師になれず。そう云われても、生まれて来たのは洗礼聖職者であった。たまの偶然、何かの導きのように生まれる、生まれつき聖職者である彼らは、莫大な血の力を持ってしており、宰聖となるべく育てられるという伝説のような存在である。
生まれた子どもリアクラウドは、火種となってバークズと聖職者を襲った。
孫をリアクラウド・アクト・バークズと呼んだ当主ミナエは云う。
「バークズを継ぐのは、あんたの役目なんだよ。おまえにもう子は産めやしないんだから、その子を後継ぎになさい」
子をリアクラウド・アクト・ロスタリューと呼んだ少女シオンは云う。
「トゥラストゥラスって莫迦みたい。どうせそのうち代替わりして廃れていく家じゃあないの。だったら私だって夫と同じ聖職者になるわよ。トゥラスなんて知らないわ。今日から私は、バークズを抜けます」
16歳の少女にはその家の重さなどわからなかった。夫であるデュークはなんとか場をなだめようとしたが、結局収まることもできず、デュークは婚姻時に聖職者を抜けてはいたが元聖職者として自分の息子を育てなければならない立場にあった。
洗礼聖職者が生まれたのなら、トゥラスであろうがなるべきだ。そもそもトゥラスは王族であり、アリカラーナとの結びつきが強いのだから、聖職者になるべきだ。そんな声も上がりだしていた。それに引き込まれるように、一度は聖職者を脱退したデュークは再び聖職者へ戻り、同時にシオンもトゥラスでありながら洗礼を受けた。こうしてトゥラス初の聖職者が生まれ、それは誰もが期待するように、莫大な力を秘めていた。やはりアリカラーナと血の強いトゥラスこそ、聖職者にふさわしいと聖職者はシオンを崇めた。
対するミナエはミナエで、子孫を残そうと、バークズを継がせようと必死だった。
「お義兄様の御子が新しいトゥラスになるんだから、もう良いじゃないかミナエ。生まれもっての聖職者だというのなら、トゥラスなど無理だよ」
どんなに夫のクラスが諭しても、ミナエは首を縦に振らなかった。そうしてどうしても、リアクラウドを欲してならなかったが、シオンが既に聖職者の町に連れ込んでしまっていた。
両者が譲らず停滞していた2年後の475年、理智王ガタルレインダーが崩御された。トゥラスは代替わりとなり、バークズトゥラスは単なるバークズになった。その頃若いながらに能力を発揮したシオンは宰聖に抜擢され、彼女は姓を改めてカージナカルと付けられた。
対するミナエはシオンの頑なさからか、代替わりしたというのにトゥラスにとらわれてしまい、トゥラスでありながら聖職者になったシオンを罰するべきと王宮に願い出た。王宮も事の大きさを考え、シオンを宰聖から退陣さえようとしていたが、勢いのついた聖職者はそう簡単に譲らなかった。次第に両者の争いは国を巻き込んで激しくなった。十数年前までは法術師と召喚師の争いであったのに、今度は聖職者と元トゥラスの争いである。
「どうしてもと云うのなれば、私はもう一人子を生んで死んだ方がましよ」
病弱だったシオンの身体でもう一人の子を生むのは不可能というのが王宮医師の判断であった。だからこそ、こうして騒ぎが大きくなってしまったのである。もしシオンがもう少し健康であったなら、この悲劇は防げたのかもしれない。そんな少しの、ぼたんの掛け違えのような事件だった。
「シオン、アクラを一人にするわけにはいかないだろう。 頼むから一人で勝手に突っ走って、死なないでくれよ」
リアクラウド・アクト・バークズトゥラス。リアクラウド・アクト・ロスタリュー。リアクラウド・アクト・カージナカル。複雑な名を多く持つことになった彼は、アクラと呼ばれた。
「ええ、もちろん。わかっているわ」
そう云ったがしかし、シオンは死んだ。そして、デュークも死んだ。
事が大きくなっていた477年。
既にミナエの負けは目に見えていたが、絶対的な力を持つ宰聖シオン・カージナカルと、洗礼聖職者リアクラウドを手に入れた聖職者は奢っていた。聖職者としての根本を履き違える者が増え、シオンを筆頭にリアクラウドを祭り上げており、目に余る行動は軍が介入するにまで至った。
シオンとデュークは、トゥラスでも聖職者になって良いとの信念を貫き、自分たちのために誓約をした。だが誓約を破り自分の母ミナエを巻き添えにして死んだ。リアクラウドの前で、堂々と納得したように死んで行った。
ひとり残されたリアクラウドは、デュロウ・ライロエルと共に残された。目の前で両親が死んでしまった様を見たリアクラウドはしかし、とても冷静だった。
「ライロエル老」
「はい」
「どうしてみんな、そんなことで家族を殺すの」
「……」
「どうしてこんな、愚かしい人ばっかりなの」
「アクラ様」
「どうしてみんな、自分のことしか考えていないの」
僅か8歳にしてとんでもない力を持った少年は、一瞬にしてその莫迦さを悟った。父母と祖母。恨み合っていた自分たちが一遍に死ぬ様を見て、少年は人という生き物の愚かしさを知った。
デュロウ・ライロエルが付いていたにも関わらず、その翌日、少年は消えた。
それからしばらくして大河で少年の遺体が見つかり、例の彼ではないかと云うことで葬儀がひっそりと執り行われた。
そうして表向き、リアクラウド・アクト・カージナカルは死んだ。
そうして表向き、クラス・デュリュマ・バークズトゥラスは消えた。
カームの田舎領主が幼い子どもを拾って来たのは、その年の暑い時期であった。
・・・・・
集会の後は大騒ぎとなった。
だが尊大に座ったアクラはいつもと変わらず、さらににこにことしているのはこの城の軍師ジーク・バークズだ。
「まったく面倒なことをしてくれたねぇ、アクラ。老人は大切にしないと駄目じゃあないか」
「最初っから賭けだったからね。出て来なかったら打ち首だったけど」
「おお、怖い」
笑って云う二人の会話は大事なところが抜かされているものの、話が通っているから聞いている方も恐ろしい。
「取り込み中悪いが」
ウォレンがようやく入り込むと、二人は嬉々として彼を迎え入れる。
「どうぞ割り込んでくださいよ、殿下。話していたい相手ではありません」
「そうだよ、ウォレン。こんな子憎たらしい阿呆と話しているのも、なかなか楽しくないとは思わないかい」
「──その調子だと、おまえたち、気付いていながら触れてなかったんだな」
そこでようやく顔を見合わせた二人だが、お互いその顔はしかめっ面である。そうして見ると似ているところがあるのかもしれない。
「たぶん、気付いたのはジークズが先だと思うけど」
不本意そうにアクラが云えば、ジークズは観念したかのように両手を上げて話し出す。
「王宮から逃げたと思えば、キッドが変なもの拾って連れて来るから困ったよねぇ。アクラが来た時は本当に私のグラスの心臓は砕けそうになったね、粉々に」
相変わらず胡散臭いジークズはこの城に軍師として長居している。顔も当然知られていたが、その彼がトゥラスであった証を持って現れてしまえば、誰もがそれを信じるしかない。
本名クラス・デュルマ・バークズ。シオンの父でありミナエの夫であるその証を持って現れた。
トゥラスは代替わりして王宮貴族になるものの、どんどん増えて行く王宮貴族に対応するため、彼らは身体に証を残している。生まれた時や結婚した時、その身体に紋章を宿すことを義務付けられている。ジークズはそれを、腕に刻んで現れたのだ。
アクラはトゥラスであることを否定して出て来たため、その印はないと聞いていた。だからアクラが本当に洗礼聖職者であることを全員に知らしめる方法などない。証拠などないのだ。アクラに頼んだ時はどうするべきか悩んでいたが、アクラ自身が大丈夫だと云ったので任せてしまった。しかしまさか、こんな手駒を持っていたとはウォレンも知らなかった。
「しかしウォレンは、あまり驚いていないねぇ」
「驚いているさ、充分に」
「僕が親戚だって知った時だって、ウォレン様は驚いたりなさらなかったよ」
「そうなのか?」
「さぁ、どうったかな」
一応驚いたとは思うものの、アクラがそう取らなかったのならそれで良いだろう。
「しかし軍師の立場でよく居られたなぁ」
「最初はまずかったよ、そりゃあねぇ。びくびくしてたものさ。所詮は王宮から地域に飛ばされてるわけだからさ、雇っているのは王宮でしょ。それで身元なんて簡単にばれちまうわけだよ、うん。兵士になると。だからルジェで認めてもらって、そっからここに来させてもらったわけだよ」
一番気が抜けているのは彼の上司であるファルーンだろう。話を聞きながらも顔をしかめたり目を開かせたり、あれこれと忙しそうだ。
「ひとまずおまえのおかげでアクラが洗礼聖職者であることを証明できた、ありがとう」
「……まぁもう、みんな死んじゃったんだから、隠す意味もないしね」
そう云って笑うジークズには、重みがあった。
バークズ家の騒ぎの当時、ウォレンはルジェストーバに入学した3歳で、詳しいことは知らない。彼らの話も後に知識として知っている程度である。その頃の王宮はまだ落ち着かずに居て、バークズ家による聖職者の騒ぎが終わった後に、ルヴァガ家の事件も起きている。術師同士がまだ落ち着かない頃だったのだ。過去にするには早過ぎるが、ウォレンには当時の混乱の様はそこまで敏感に感じ取れるものではなかった。そうして今目の前に、当時の混乱に人生を狂わされた二人が居る。
ミナエの死後バークズ家は当主不在のまま消滅してしまい、その夫クラスの行方を探すまでに至らなかった。そもそも事の発端はバークズ家を残そうとするミナエの強い意思から始まっており、彼らによって国を巻き込んでの大騒動となったため、あまり歓迎はされないだろう。ただ聖職者にとってシオンが新しく名付けられたカージナカルとは偉大なるアリカラーナとの結び付きが強い血族として、今も語り継がれている。だからこそ、アクラがカージナカルを名乗ることは、この洗礼の儀式を成功させるために必要なことであった。
「でも待ってくださいよぉ、僕なんかが洗礼できる自信ありませんよ?」
困った顔をしているのはジーク・ロウマンである。何がなんだかわからぬうちに、わからぬ儀式に巻き込まれたのだ。それはしかし、アリスも然りである。
「アクラ、ジークはともかく、アリスが参加するのは……」
と思わず横から口を出してしまうが、アクラは気にした様子もない。
「おや、でもルアが一番適任で安心ですよ。今まで立ち会っていたのは召喚師五家の方でしたから」
「だが……」
「殿下がそれを個人的理由から仰っているのであれば、私は断ります」
図星を突かれてウォレンはそれ以上口を出すことができなくなる。
そうだ、これは個人的感情だ。アリスを洗礼の儀式に巻き込みたくないというのは、ウォレンの勝手な個人的な思いである。そんな危ないことをして欲しくない、我ながら勝手な望みだ。
「確かに現在アリス・ルアが居なくなると、次なる精霊召喚師が生まれるまでまた時間がかかり、 また彼もしくは彼女がこちらの味方になるとは云い切れません。それを思っての言でしたら身を引きますが、しかしウォレン様。──失敗することが、前提ですか?」
ウォレンは言葉を失う。
今回の洗礼の儀式は簡単に云ってはいるが、命懸けの儀式である。そのことを念頭に置いてアクラを引きずり出してここまで協力を頼んだくせに、負け越しでアリスを巻き込みたくないとだだをこねるのは、王太子軍を引っ張る者として当然間違っている。
だがどうしても、そう簡単にそうだなと云えない。逡巡していたウォレンの沈黙を破ったのは、アリスであった。
「構わないよ、私は。よくわかっていないけど、要するに賭けに出るんでしょう? 聖職者を助けられる力になるのなら私はやるよ」
「──すまない、アリス、ジーク。本来なら説明を先にするべきだった」
今回の洗礼の儀式をやるに当たって、すべてをアクラに託さなければ先に進めなかった。だから事後承諾の形になってしまうのは否めないが、申し訳ない気持ちも浮上する。
「普段の洗礼の儀に危険など伴わない。だが今回は、既に洗礼主が決まっているのを蹴落として洗礼主となる異例の自体だ。アリカラーナが居るのにアリカラーナになろうとしているようなものだ。それなりのリスクがかかる。向こうもおそらく、その地位を取られないよう奮闘するだろう。それに勝たねばならない」
「簡単に云えば、向こうにも迎え撃ってくる敵が居るってことだね。どれだけ力を発揮できるかによるけど、要は相手と戦って勝てば良い。それだけのことだよ」
さらりと説明してくれるアクラに、ジーマンはなおも頭を抱える。
「洗礼聖職者はそう簡単に云えるかもしれないですけど! 僕は単なる法術師ですからね!」
「あのねぇ、洗礼聖職者だって聖職者なんだよ。腹の立つことにこれでも半分以上は力が弱っているんだから」
「えーちっともそんな風に見えませんよぉ。っていうか! 僕よりずっと適任が居るでしょ適任が!」
わかり易くちらちらと視線を送るジーマンに、我関せずを通していたルークは仕方なく一言。
「まだあいつとことを構えたくないから勘弁だねぇ」
「そんなぁ……」
「出て来るとすれば誰だろうな」
「聖職者は誰でも受けるでしょう。トゥラスはそうですねぇ、王宮を歩き回れるシュベルトゥラス卿、あるいは捕われている人かもしれない。正確な人は僕には思い付かないです。召喚師はカルヴァナ卿、法術師はシュタインである可能性もなくはないけど……」
「あの人はたぶんやらないだろうから、マンチェロ辺りじゃないかな。小物だよ」
「小物だと思うならやってくださいよぉ!」
すんなりと部下に役目を譲ったルークは、そこだけは軽く口を出す。小物だと云い放ってしまう辺りがルークらしいが、あくまで役目を変わる気はないらしい。ルーク・レグホーンの存在をシュタインに堂々と知られてしまうのは問題である。彼らの確執は深く、おそらくシュタインのほうが深く関わって来るだろう。
「──あの、アクラ」
ずっと黙っていたアリスが唐突に前に出て来て、少し云い難そうに口を開く。
「どうしかしました、ルア?」
「どんな術師でも、それに出られるの?」
「まぁシュタインさえ拒まずそれなりの実力があれば誰でも出られますよ。どうかしました?」
アリスは笑いながらかぶりを振ったが、ウォレンはその表情が気にかかる。その顔を以前も見たことがある。そうだ。何か隠そうとして無理に笑うその顔は、そう、ダーク・クウォルトの話が出た時いつもする表情。
まさか、とは思う。
──突如現れた謎の天才召喚師だよ。あいつは平然としているが、召喚師の中じゃあ大騒ぎになったもんだ。アスルの田舎に凄腕が居るって。
カルヴァナの息子レイ=ルゥが云っていたことを思い出す。もしアリスがウォレンに付いて行くことを拒んだ末、王宮を目指したとしたら。
そんな皮肉なことがあってはいけない。少ない可能性ではあるが、やはりアリスにやらせてはならない。
「要するに離れたところからの、術師同士の力の戦いだよ。どうする?」
ウォレンが慌てて顔を上げた時には既に、アクラがそう口を開いていた。この件はアクラに任せているため、彼が仕切るのは当然だ。しかしやはり、止めなければならない。
「どうするもこうするもない、やるしかないだろう」
しかしウォレンが口を出すよりも、頭を抱えるジークよりも潔く答えたのは、アリスだった。その表情はさっきとは違い、何かを隠している様子もない。ただ淡々と事実を受け止めている。
「しかしアリス」
思わず口を挟むも、それ以上何を云って良いのかわからない。そもそもあの男の名前を出すことすらウォレンは躊躇う。
アリスは訝しんだようにウォレンを見たが、さも当たり前のように続ける。
「だってウォレンはアリカラーナになるんだろう?」
アリカラーナになる覚悟を決めた。アリカラーナを迎える覚悟ができた。昔の自分はそれに逃げたが、今はみんなを巻き込んでその覚悟を決めた。それは堂々と云えるはずだった。なのにどうして、少しだけそれが揺らいでしまったのだろうか。
「ならそのために、私たちががんばれば良いだけだ。私はウォレンを信じている」
自分に関わることだというのに、ウォレンを信じるそれだけですべてを吹き飛ばしてしまうのだろうか。ウォレンは出すべき言葉を失い、気が付いた時には笑ってしまっていた。真剣に話をしていたアリスは当然、笑顔をすっと隠して不満げな顔つきになる。
「何が可笑しい、ウォレン」
「いや、なんでもない」
「なんでもなくないだろう。今度私はどんな場違いなことを云ったのか、それだけでも教えてくれ」
「確かにアリスを見て笑ったよ、ごめん」
「やっぱり」
それ見たことかとアリスは声を高くする。そんな自然な表情ができるようになったことは、ウォレンを安心させている。
「だけど侮辱する気ではなかった、感心したんだ。ありがとう」
「何が云いたいのかさっぱりだけど」
「おまえはすごい奴だと、つくづく思っただけだ」
ウォレンはアリスの頭をぽんと軽く叩く。こうして接していると至って平凡な女性だというのに、内に宿す力強さは本当に心強く思う。
「殿下、僕はすごくないんですよぉ」
ちっとも心強くなれないジークは放置して、ウォレンはアクラに話を振る。
「洗礼までまだ時間がかかるのか?」
「うーん、そうですね。洗礼自体はすぐできますけど、あちらが洗礼主である間に調べたいこともあるんです。それに少し時間を戴いても良いですか?」
「ああ、かまわない。じゃあアリス、その間に堅物にかかるとしようか」
「堅物?」
ウォレンに小莫迦にされたと思い込んでいるアリスは、まだしかめっ面のままだ。
「忘れたのか、テルトスの向こうには堅物長月が眠っている」
「ああ。でも今から? フルクスルムの城塞に着いてからではなかったのか?」
「そのつもりだったが、状況が変わった。ルクスルムの城塞には寄れない。さっきセナが仕入れた情報だからまだ詳しいことは云えないが、フルクスルムのあるストンベルスは全面的にシュタインを押している。フルクスルムは早くもその波に呑まれ、今は先のテリムとの間にある、アラムの城塞を競って睨み合いだそうだ」
仲間は多いがある程度の地域は固まってシュタインに忠実だ。なぜならシュタインに従っていれば、今まで通り平和な生活が送れるからだ。もちろんそれは永遠に続くわけではないが、一般人がそんなことを知るはずもない。
「このまま睨み合いが続くのなら、ストンベルスを通らず、ロームを通って河川を回り込み、キアラミームを通ってテリスに行くというルートになる」
「だったらウォレンは、ロームにあるシリムの城塞に留まったほうが良くないか?」
実際のところ、アラムにあるラドリームの城塞でも云われたことであったが、何もウォレンが軍を率いて人霊を集める必要は何もないのである。
「それかここで待機しているか」
アリスはまだそんなことを云っている。もちろん理には適っていることは、ウォレンも承知だ。
カームは田舎と侮られてはいるものの、王都は隣である。だからわざわざ回り道をして王都を目指す必要などない。大変ではあるが大河を渡れば王都に入ることができる。
しかしウォレンは、やはりそれに対して頷くことはできない。
「今さら何を云っているんだ、アリス。云っておくがこの奪還には、人霊の奪還も含めているんだぞ。あいつらのために足を運ばなくてどうする」
「だが……」
「ルア、殿下の云うことを聞いてあげてくれませんか」
「セナ」
「殿下はまあ、人霊を自ら起こしたいという気持ちもあります。だけれどそこから生じたわがままから、一周回ることを決意したわけではありません。あまり殿下は、一箇所に留まっていない方が良いのです。留まっていれば法術師は攻撃を集中して来て、仕舞いには未熟な法術師見習いが殺したと云い兼ねません。確かに手間が増えてはおりますが、致し方のないこと。どうか付き合わせてあげてください」
珍しくセナがウォレンを擁護してくれる。何か裏があるのだろうが、今はそんなことを細かく聞いている閑はない。おそらく今王都には行かないほうが良いのかもしれない。
「──わかった、私もただ安全な方法を考えてしまっただけだから」
「ありがとうございます」
「だけど本当に大丈夫かな。今法術師は聖職者も連れていて、力がたくさんあるんだろう?」
「大丈夫ですよ、ルア」
そこでアクラが保証してくれる。
「聖職者は僕が抑えていますから、その間にどうぞ行って来てください」
だって僕は、カージナカルですからね、と自虐的に嗤った。