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精霊物語─王国の目覚め  作者: 痲時
第14章 忠臣の儀
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第79話:主のために


 エルアーム城に辿り着いたウォレンを迎えたのは、城主ファルーン・グランジェだった。巨人と云っても失礼には当たらないほど大柄な体躯、貫禄のある彫りの深い顔立ち、太い眉の下にある厳しい目、腕を組んで城門前に立ちはだかるその姿を見れば、子どもなら泣いて逃げ出してしまうだろう。しかしウォレンがその姿を認めた時に、巨人は相好を崩して不抜けた顔になった。

「おお、殿下! 本当に……よぉよぉ、お元気でしたか!」

 感極まったのか一瞬言葉に詰まりつつ、変わらないめちゃくちゃな話し方に、人霊がどっと笑う。おそらくウォレンが近寄る前なら恐ろしくて誰も笑うことなどできなかっただろう。

「相変わらずだな」

「まあそれだけが取り得ってやつっすからねぇ。ひとまず入りませんか、石頭たちもお待ちかねっすよ」

 ぽりぽりと頭を掻くその人懐こい雰囲気から、既に恐怖の巨人の影は消えていた。しかしウォレンはああと頷いてから、そこで突然膝を付いた。アリスには既に見慣れた光景になっているものの、唐突の出来事にファルーンはその巨体で動揺を顕にした。

「で、殿下?!」

「心配かけて済まなかった。──ここに入ることを許可してくれるだろうか」

「……もちろんですとも、殿下」

「ありがとう」

 ウォレンが立ち上がったところを見計らったかのように、城の中からイーリィが出て来て頭を下げる。別行動していたのは数日とは云え、無事に大河を超えられたことにほっとする。

「殿下、アリス・ルア、お待ちしておりました」

「ああ、遅くなって済まなかったな」

 出迎えに来たのはイーリィだけなのを認めると、ウォレンは肩を竦める。

「アクラが、来ないな」

「ああ。あいつのことだから真っ先に来ると思っていたんですがねぇ」

「ついに愛想を尽かされたか」

「あいつが殿下を見捨てるなんて、祠がなくなってもありませんよ。あいつはあいつなりに、対聖職者でいろいろ考えているようでしてねぇ」

「……そうか、あいつにまた、悩ませてしまったか」

 法術師に操られてしまっている聖職者を助けるには、アクラしか居ない。それがアクラの本意に添えないことでも、ウォレンは頼らざるを得なかった。だからこそこうして急いで足を向けたのだ。彼を悩ませることになっているのはわかっていたが、それでもウォレンは彼にこそ頼みたかった。いやむしろ、相談したかった。話したかっただけかもしれない。


 あ、とそこでファルーンが突然思い出したかのように、その大きな手を叩く。べしんっと大きな音が響き渡ったものの、本人はまったく気にした様子もない。

「そういえば! ジークズが勝手に入り込んでご迷惑をおかけしました!」

「……ああ、もしくはアクラの差金かと思ったが、やっぱり独断だったか」

「そうなんすよ。急に伝説のなんとかに行くとか云って、何所に行ったかさっぱりだったんす」

「え?」

 ウォレンは思わずファルーンを見つめてしまうが、見られたファルーンは咎められたと思ったようで頭をこれ以上ないぐらいに下げる。

「ほんっとうにすみませんでした!」

「あ、いや、別にジークズが来たことは別に構わないんだ。ただ……」

 少し気になったものの、この気の良い城主はわからないで聞いたままを云っている。ファルーンにこれ以上何かを尋ねたところで情報は得られないだろう。

「いや、なんでもない。気にするな」

 頭を下げる城主に、ウォレンはそれしか云うことができなかった。


・・・・・


 アクラ・ロスタリューという人物について人々が知っていることと云うのは、幼い頃前カーム領主ギルドバード・カームに拾われて、領主の地位を継いだということだけだった。加えてこのギルドバードが第2王女レディアナの婿に入ったがために、その地位は断然高くなった。

 だが王都や王宮貴族などの一部からは、白い目で見られている。と云うのは、トゥラスと云えどレディアナ王女の結婚も彼女が無理に決行したことであり、カーム領主がトゥラスに婿入りするなど考えられないことであった。その上領主の座を何所の誰とも知れない人間に譲り渡すなど、もっての他である。

 大量の見合い話を断り貧乏領主と結婚したレディアナ第2王女、領主の座を捨て血のつながらない出生不明の子どもに地位を簡単に渡したギルドバード、そんな傍から見ればめちゃくちゃなことをしているこの夫婦は、王宮貴族の中ではあまりよくない噂しか流れていなかった。

 そして正体不明のロスタリューを名乗る男は、当然王宮貴族ロスタリュー家の子だと認知されたものの、当のロスタリュー家はコメントをせず、その正体は宙に浮いたままである。



 通された応接間には、その噂の渦中の人アクラ・ロスタリューが居た。お気に入りのテラス隣の椅子に座り外を眺めるその姿は、まるで王宮内の絵画のようで踏み込むことすら躊躇させられる。今日ばかりはいつも涼やかな顔をして毒舌を吐く<毒舌人形>らしくもなく、少しばかり難しい顔をしているその姿は、見ていて痛々しいぐらいであった。


 ウォレンは空気を読まずにずかずか入ろうとするファルーンを静して、一番にその部屋に踏み込んだ。

「アクラ」

 呼ばれて振り返ったアクラは少しぼうっとしているようだった。立ち尽くすウォレンを前にしても、椅子に座ったまま動こうともしない。そんなアクラに、ウォレンは迷いもせずに近寄る。

「綺麗なところだったぞ、ヨーシャ」

 懐から大切にしまっていた緑の葉を出し、彼の机にそっと置いた。少し時が経った所為か、若干よれてしまっているなんてことのない木の葉だが、それはウォレンとアクラにとって大切なものだった。

「俺はそれを、枯らしたくはない。そう思った。だから帰って来た」

 アクラには必ず渡そうと思っていた。いつしか約束したように共には行けなかった伝説の土地ヨーシャ。彼が存在するのかどうか疑ったそのヨーシャに、不本意ながらウォレンは行った。そのことだけ、彼に知って欲しかったからだ。アクラなら、そのひなびた木の葉を信じてくれると思ったのだ。




 緑の葉を前に認めると、今まで黙りを決め込んでいたアクラは立ち上がった。そのまま叩頭するのかと思えば、アクラは軽く頭を下げて堂々と云ってのけた。

「ウォルエイリレン殿、無事のご帰還何よりです」

 一同はぎょっとし、ウォレンはきょとんとする。あのアクラがウォレンを気軽に呼ぶなど、それこそ祠が吹っ飛ぶようなものであった。

「ずっと貴殿がお帰りになるのをお待ちしておりました」

 それでもよどみなく話すアクラに、ウォレンの目がすっと細められる。

「無事のお帰り何よりです。不肖ながらアクラ・ロスタリュー、これより先は何があろうと、ウォルエイリレン殿自身に付いて行く所存でございます」

「……アクラ、おまえはやはり、変わらないな」

「もったいないお言葉、ありがとうございます」

 ウォルエイリレンという存在に初めて価値を見出してくれたのは、きっとアクラだろうとウォレンは思っている。「殿下」と呼ばれながらも「王太子」にはなれずに居たウォレンを、みんな大切にはしてくれた。だがそれは王宮内でのことだけだ。身内だからこそ大切にされている。一歩外を出れば、「殿下」としての、神たるアリカラーナの息子としての存在が浮き彫りにされた。たとえ王太子宣下されておらずとも、いつかはこの国の王になる、神になる存在。誰もが当たり前に頭を下げてしまうそのことに、疑問を抱かずには居られなかった。


 もし暴君になったら、いったいどうするつもりなのだろうか。

 王太子宣下をされずに腐って居たウォレンには、そんな考えすら過ぎった。しかしある時知り合うことになったアクラは、王太子であることなど無関係に力になってくれた。そんな彼に、ウォレンは少しの勇気をもらった。王族なんて嫌いだとばっさり云い切るアクラは、ウォレンにとって初めてできたウォレン自身の仲間だった。ガーニシシャルの権威から生まれていない、純粋な仲間だった。

 個を認めて敢えて頭を下げなかったアクラの変わらないその対応に、ウォレンは心から感謝するしかない。


 ウォレンがアリスを呼ぼうとしたところで、扉がわざとらしく音を立てて開いた。厳めしい城塞には不似合いな少女が、臆することなく自然な足取りで入って来る。彼女はウォレンを見つけると、

「ウォレンお従兄様、おかえりなさいませ!」

 と、朗らかな声を上げた。

 ラドリームで会ったショウディトゥラスの従兄弟ハードリューク、ダズクルー、マリクルーにも驚かされたが、ここではまたさらに驚くこととなった。

「──これは驚いた、ディーミアム。どうしてここに?」

 目の前に立っている14歳の少女はしかし、場に不似合いながらも悠然と微笑む。

「お父様とお母様のご指示です」

「……あの二人、いったい何所に居るんだ? 領地には居ないようだな」

「ええ、何か二人でやっているのに、私には教えてくれないのよ。ただここでアクラの手伝いをしなさいって、それだけなの」

 ご機嫌に微笑むディーミアムだが、アクラの表情はまたわかり易く不機嫌になる。彼らの兄妹のような関係はよくわかってはいるものの、いまひとつ停滞が見られる。




「それはそれは、ついにアクラも嫁を取るか」

 冗談で云っただけだったというのに、ディーミアムははにかみ、アクラがもの凄く不機嫌な顔をした。こういう時にアクラが真面目に取り合うのは、まずそれが冗談では流せない場合である。ウォレンは流石に驚く他ない。

「お……実話か?」

「そんなわけないでしょう」

 アクラは一蹴したが、ディーミアムは負けじと口を開く。

「あの、ウォレンお従兄様。領主はなるべく人間であるべきで、術師が好まれないことがあります」

「──ああ、そういうこと、か」

「ですからその、厳密に云えば違うのですけど、もし今回ウォレンお従兄様に協力するとなると、アクラはその地位を失わなければなりません」

「……迂闊だったな、俺も。済まない」

「ウォレン様が謝ることは何一つありません」

「私はもう、ルジェを卒業致しますわ。そうしたらアクラを婿に取って領主になる。そういう道も、あっては良いのではないかと思いますの」

「それじゃあ後半以外話がレディアナ叔母上と同じじゃないか」

「勘弁してください、ウォレン様」

 ただ一つの可能性に対して、アクラは不機嫌だ。

 だがウォレンは知っている。アクラに取ってディーミアムがどれだけ大切か。彼が散々反対した挙げ句に結婚した前カーム領主ギルドバード。彼とレディアナ第2王女との間にできたその娘を、アクラは本当の妹のように大切にして来た。ずっと仲が良かったはずだ。カームからそれなりに近いガーデントゥラス領と家を行き来して、赤ん坊の頃から彼にしては実に面倒見良く彼女を育てたようなものだ。


 その彼女がもう、これだけ大きくなり自分に求婚しに来れば、アクラとしても複雑な気持ちではあるだろう。

「しかし俺が追い込んでおいてこんなことを云っては悪いが、意外だな」

「何がです?」

「おまえは領主を辞めることを戸惑うのか。俺はおまえのままで居て欲しいがどうなんだ」

「まぁ持ち堪えられるかどうかは、謎ですけれどね」

「俺はおまえの決定に任せるよ、アクラ」

「そうおっしゃると思いましたよ」

 命令してくれたら楽なのに、とアクラはまるでセナのようなことを呟く。しかし命令なんて簡単なものでアクラが動かないことはよく知っている。命令でアクラの使い方を決めるのは簡単だが、そんなことをしたらアクラは今度こそウォレンを見捨てるだろう。




 出遅れていたアリスを紹介し終えたところで、アクラは気軽に訊いて来る。

「それで、僕は何をすれば?」

 なんてことのないように、アクラは核心を突いて来る。

 ウォレンに反旗を翻した聖職者のことは、当然アクラの耳に入っているだろう。そうしてそれが、不可抗力であり彼らの望みでないことも彼は重々承知している。

 聖職者たちは、自我を失い法術師の手駒になってしまった。たとえ心からシュタインに忠誠を誓っていたものたちも、勝手な行動ができない状況だ。こればかりは仕方がない。アリカラーナというものの存在価値がそうさせているのだ。


 アクラに求めることはただ一つ。

「聖職者たちを救ってくれないだろうか」

 今度は頭を下げずアクラを真正面から見つめる。これは王太子としての切なる頼みだった。

「今後おまえがどうしていくかについては、おまえに任せる。そう云っておきながらこんなことを云うのは反則かもしれない。だがリューシャンさえも耐えるのが辛い現状況で、俺にはおまえ以外に頼れる者が思いつかなかった。他に王宮へ行ってシュタインを止めるしかないが、そんな悠長に待っていられない確実な方法をするには、アリカラーナになる覚悟を決めた俺と、おまえしかいない」


 みんなどれだけ苦しい思いで耐えているのだろうか。リューシャンはまだ、耐えていられるのだろうか。いつか我慢できなくなってウォレンを捕まえに来た時、彼らを攻撃する勇気は未だない。

「どうか苦しむ聖職者たちを助けてやって欲しい。アクラ・ロスタリュー城将、アリカラーナになる覚悟を決めた私に、力を貸してくれないだろうか」

 深刻に頼んだウォレンをじっと見ていたアクラは、はぁと小さく溜め息を吐く。その綺麗な顔には苦笑さえ伺える。その瞬間にセナがウォレンの前に突然立ちはだかったが、「セナ」と呼べば彼は渋々下がった。アクラの無礼な振る舞いではあったが、ウォレンは別段気分を害したわけではない。単純にセナとアクラの相性が悪いだけだ。


「聖職者なんて莫迦ばっかりで、勝手なことして苦しんでるなら自業自得だってそう思う」

 セナには一切興味を示さないアクラは、相変わらずの毒舌を振りまく。

「でも救ってやって欲しいって、そんなこと云うウォレンさんだから、やらないわけにはいかないんだよね」

 そう云って立ち上がったアクラの顔、もう侮辱的な振る舞いは見られない。真っ直ぐにウォレンを見るその顔は、諦めとも違う、迷いが一切消えている。

「ウォレン様の洗礼の儀、僕で良ければカージナカルとして立会いましょう」

「アクラ」

「ただし、その後を決めるのは僕だからね! 外野が何を云って来ても無視だよ」

「約束しよう」

 先ほど云った言葉に嘘はない。アクラがカーム領主で居たいのならそれもあり、カージナカルを嗣ぐのならそれもあり、ディーミアムと結婚してトゥラスになるならそれもあり。彼の道は彼が決めることだ。ウォレンが決めることではない。




 あのぉ、と困った顔で出て来たのは、この城の主ファルーンである。アクラがあまりにも偉そうに構えているから、つい城の主を忘れそうになってしまう。

「殿下、さっきからいったいなんのお話です?」

 それはおそらく、アリスやイーリィたちも同感だっただろう。だがこればかりは、今簡単に説明できる問題でもなかった。これは王太子ウォレンに付いて来てくれている全員に説明する必要がある。

「みんなにはちゃんと全員そろせて説明する。ただその前にアクラの協力がないとどうにもできなくてな。それがまぁ、一番の難関だったんだが、協力してくれるとのことで安心した」

「自業自得の聖職者がどうなろうと良いのに、ウォレンさんは優しいんだから」

「おまえなぁ」

 相変わらず冷ややかな態度のアクラに、ファルーンさえもしかめっ面だ。しかし彼もそう思う根拠があって云っているため、そう簡単に意見を曲げることはしないだろう。



 アクラ・ロスタリューの協力を得て、聖職者への希望を持てた。あとはそれを実行するのみである。簡単な口調で云っていたが、アクラにとっては相当は覚悟だったはずだ。ならばウォレンも答えなければならない。


 逃げてしまった、()()()()()()()()()という覚悟を。



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