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精霊物語─王国の目覚め  作者: 痲時
第13章 みなぞこ
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第78話:うそつき


 またしても小さな軍隊がぞろぞろとアリム城塞へ向かって来たのは、クドーバが城塞前でぼんやりと葉巻を吸っていた時だった。特にこれと云ってやることはないから巡検らしくふらふらしていて良いのだが、スズガを精霊召喚師に会わせてやると云った手前、城塞に滞在することが一番の近道だった。謎の異国人が突然現れて精霊召喚師に会いたいなどと云ったところで、行軍中の王太子軍は取り合わないだろう。いくらウォレンが変わり者だとは云えど、危険度が高い今、流石にそこまで危ないことはしない。


 声をかけたのだから、最後まで面倒は見てやらなければならない。クドーバなりのけじめだった。

 なぜそんなにアカギ・スズガに興味を惹かれたかと云われても、答えはない。彼がなぜアリス・ルヴァガに会いたいのか、その理由さえ訊いていない。ただ単純に、おもしろそうだったからだ。アリカラーナでは珍しい異国人が、時の人である精霊召喚師に会いたいなどと云うのは。



 加えてクドーバには、王太子軍に会わなければならない理由がある。王太子がイーリアム城に帰還した際、イーリアム城を探った父ゼシオに教えてもらったこと。もしそれが事実ならばきっと、クドーバの求めるものは王太子と共にやって来るはずだった。



「クドーバさん」

 その異国人が城門から慌ただしく出て来たかと思えば、目を細めて前方を見遣る。クドーバも返事より先にそちらへと視線を移せば、小さな軍隊が行軍して来るところだった。

「──まぁまぁ飽きないこと」

「どうするの? 助ける?」

 子どものようなことを尋ねて来るスズガに苦笑を漏らす。それはこちらが聞きたい。ついこの間つまらない軍隊を追い払ったのは偶然だったが、今回は事情がわかってしまっている。どうしたものかと思っているうちに、軍隊の先方隊はあっと云う間にアリム城門の階段下へとたどり着いてしまう。

「アリム城主はいらっしゃるか。この先を通る許可を戴きたい」

 城塞の者だと思われたのか、法術師の男は丁重ながらやや居丈高に馬上から尋ねて来る。スズガはもちろんここで口を挟むほど莫迦ではない。

「居るけど許可は取れないと思うぜ」

「それでも我々は、ここを通らなければならない」

「なんでだ」

「宰法の命だ」

 またそれか、とクドーバは小さく溜め息を吐く。

「シュタインからの命令ってどんな感じなの?」

「宰法を侮辱するような物云い、アリム城主は王宮に敵対したと見てよろしいのか」

「駄目だろ、そんな短絡的な見方したらぁ。俺はアリム城主とは関係ない、単なる見物客だよ」

「先ほどからのらりくらりとそのような……」


「ねぇクドーバさん。それでこの人たちどうするの?」

 クドーバの態度にじれったくなったのは、どうやら軍隊だけではなかったようだ。スズガはばっさりと間に割って来る。そこで改めてクドーバを見た軍隊長は、目を丸くしている。ある程度の知識あがあれば、クドーバという名と眼帯、年齢からすればすぐにクドーバ・ローゼンだとわかるだろう。

「ク、クドーバ……クドーバ・ローゼン子卿!?」

「だいせいかーい。シュタイン宰法の忠実な下僕。巡検法術師クドーバ・ローゼンですよー」

 忠実な下僕だと申してやったにもかかわらず、軍隊長はいまいちどう判断したら良いのかわからないようだ。困ったようにクドーバとスズガを見ている。それもそうだろう。クドーバが居るからと云って、ここを攻めない理由にはならない。しかしだからと云って無視もできない。面倒くさい男が出て来たのだ。


 敵なのか味方なのか、まったくわかり難い男が出て来てしまった。


・・・・・


「クドーバって、偉いの?」

 異国の旅人スズガがクドーバと出会ったのは、性格的に惹かれたものがあったのかもしれない。スズガはだいたいが気が引けてなかなか聞けないことも、ためらうことなくすっぱりと訊いて来る。

「そりゃあそうだよ。守人管理者ゼシオ様のご子息だからな」

 しかし残念なことに、異国人のスズガにはそれがどれだけすごいことなのかはわからない。身内からある程度の知識は聞いてきたものの、この国の人ではないスズガに、実質その知識が頭に浸透するわけではない。

「あ、おまえ絶対偉そうに見えないって思ったろ」

「うん」

 即答するスズガに、クドーバは気を悪くした風もなく笑った。叱責されることも考えてはいたのだが、クドーバなら大丈夫だろうとスズガは感じていた。スズガの国ならば、実力と血だけがすべてのあの国ならば、おそらく今の発言は打ち首にすら匹敵する。スズガはアカギの者だから今までこうして素直に発言することが許されたが、他国ではそうもいかないことはわかっている。しかしスズガは、自分の性格を変えることなどできない。素直に発言することが罪ならば、自分は生きて行くことができないとさえ思う。



 だから異国で出会った奇特な人物に、もっと甘えてみることにする。

「ねえ、クドーバ、訊いても良い?」

「訊いてからじゃねぇと選べないだろ」

「そうだね。じゃあクドーバ、偉いのにどうして微妙な感じなの?」

「おまえは相変わらず率直だな」

 それ以外の生き方をスズガは知らない。だが他国でそれが通用しないことなどもわかってはいる。

 スズガは生涯国を出ることなどないと思っていたし、自身も出るつもりはない。この不思議な島国と一緒で、あの縛られた国から出ることはできない。ただ今は自分の立場のために出て来た、唯一の例外。夢みたいな、嘘みたいな時だ。


 だから素直に知ることへ躊躇いはない。クドーバ・ローゼン。偉い法術師の嫡子でありながら、その正体を知った途端、同じ法術師ですら踵を返すような人に興味を持った。

「ま、簡単に云えば、一度主を裏切ったんだ」

 その男はぽりぽりと頭を掻きながら、なんでもないことのように語り出す。

「法術師のお偉い宰法を裏切って、罪人とされた法術師に手を貸して脱出を手助けした。んで、奴は逃げ仰せ、今も宰法は例の法術師を探してんだ」

「へぇ……何かその人に恩義でもあったわけ?」

「いや、むしろ話したこともなかったな」

「え?」

「逃げた男は割と有名だったから、何度か夜会や集会で会ったことはある。逃げているあいつに会ったのが初対面だった」

「じゃあ知らない人を助けて裏切ったわけ?」

「まぁそうなるな」

 飄々と答えられるとスズガは頭に詰まる疑問をどう消化して良いものかわからない。スズガも国では変わり者だと良く云われたが、外の世界出てみればそんなことはない。実際目の前に居る男が奇特だった。奇特な男は眼帯に手をあてがうと、あくびをしながら話を続ける。


「この目はその時に自分で抉ったんだ」

「──は?」

「やぁ、宰法のところに戻ったら、殺されると思ってたんだけど、留置されてさぁ。それだけは勘弁だったから、主を裏切らない証に目を抉ったんだよ」

 まるで昨日の試験の結果を話すかのように、まるでちょっとした失恋を話すかのように、クドーバは云った。しかしその表情にまったく嘘はない。たかが片目をなんでもないことのように抉ったと語る。その異様さこそ、誰もがこの男を避ける理由なのか。


 しかしスズガは、気になったら尋ねずにはいられない。

「じゃあなんで助けたの?」

 今までなんてことなく話していたクドーバの表情が変わったのはその時だった。お調子者のように笑っていた顔をすっと引き締め、両目にも劣らない眼力でスズガを見つめた後、耐えられなくなったかのようにそっと視線を逸らした。

「だってあいつは、嘘吐きじゃなかった」

「うそつき……」

 まるで子どもみたいな言葉をスズガは復唱してしまうが、クドーバは気にした様子もない。

「嘘吐きの俺にはだから、代償が必要だった。だから目を潰した。それだけのことだ」


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