第77話:あがく
用が済めば長居する必要もない、召喚獣に乗ってアリスたちはエルアームを目指していた。イーリィたちが無事大河を渡れているか気にはなったが、分かれてから既に7日ほど経つ。大河超えで丸一日使ったとしても、一応はカームの領地に入れているはずである。
「殿下、お伝えしておくべきことが」
アリスたちもテルトスを無事抜け、カームの領地に入ったところで急いでいる時だった。いったい何所から現れたのか、音もなくウォレンの横に侍るのはセナだ。 確かイーリィたちと行動を共にしたはずであったが、こうして度々姿を現す。基本的にはウォレンの傍を離れないらしいが、普段何所に居るのかアリスにはまったくわからなかった。
「イーリィたちに何かあったか?」
「いえ、彼らも無事カームに入っております。ご心配要りません。王都でのことです」
「王都?」
「はい、下町の王太子軍がどうやら王宮に向かっているらしいのです」
現在王太子軍というものが一般国民の中から派生していて、彼らが王宮に立ち向かっている現状については聞いていた。
「大変おもしろいことですが、先陣を切っているのはディルレイン様だそうです」
「ディルが?!」
たいていの報告にそこまで大声を上げることなく、冷静に対処するウォレンだったが、この時ばかりは驚いたらしい。見開いた目がそれをよりわかり易く語っている。
「何莫迦なことをやっているんだ、止めさせろ」
「それは無理ですよ。ディルレイン様のご意志は固いですから」
「だが……」
「殿下、貴方は王座を取るのでしょう」
「……ああ」
「ならばなんの問題もないではありませんか」
まったく悪意なく、にっこりとセナは微笑んだ。
「ディルレイン様って、あの、セランティオンの?」
アリスですらその名を知る、ディルレイン・セントラ・アランダトゥラスは、アリカラーナで一番を誇る若手舞台俳優である。まるで美術品のように美しい顔立ちとその立ち居振る舞いから、女性からは絶大なる人気を誇り、今ではセランティオン王立劇団の顔として立っているほどだ。もちろんアリスが生でその姿を見たことはないが、アスルのような田舎でも都まで見に行く人は居たし、新聞でその姿を見る度に、本当にこんな美しい人が居るものかと半分おとぎ話の中の人のように思っていた。アリスの中で新聞でのできごとなんて、すべておとぎ話に過ぎなかった。しかし今目の前に正しくおとぎ話の中の人が居るのだから、現実とは不思議なものである。
おとぎ話の王子様はしかし、その美形を歪ませて答えてくれる。
「──ああ、そうだよ。俺の従弟で俳優で、そして警吏でもある」
「警吏?」
予想外の単語に驚くアリスに、ウォレンは優しい笑みを見せる。
「そう、劇団員でも居たいしでも警吏にもなりたいし、どうしようかなってずっと悩んでたよ。 警吏というものに小さい頃から憧れていたらしい」
「結局、どっちにもなったってこと?」
「みたいだな。──俺も知らなかったよ、この間まで」
ディルレインが王立劇団に入ったのは2年前のこと、当然ウォレンはそれを近くで見たことがないのだ。ウォレンがたまに後悔の念を見せるのは、ここ数年を思い返すときだ。ウォレンはなんでもできて、でもしなかった。それを悔やんでいるのか、それとも。
「あいつらしくちゃんと夢を掴んだのに、どうしてそれを無駄にするような動きをするんだろうな」
「ウォレンが大事だからでしょう?」
不思議に思って返せば、ウォレンはそれこそ不思議そうに目を瞬かせる。そんなにおかしなことを云った覚え、アリスにはなかった。
「せっかく掴んだ夢が無になるかもしれないのに、それでもこんな大きな動きをするってことは、それだけその先にあるものも大事だったんでしょう」
俳優と警吏、両立なんてアリスにはどれだけ大変か想像することしかできない。なるまでの過程だって、 相当過酷なものだろう。だがそれと天秤にかけてでも、守りたいものがあったとしたら。
「しかも警吏なんて、国の頂点が信頼できる人じゃないとできないことだと思うし」
考えてみれば、役職なんて本当になりたいと思えばいつだって戻せることができるのだ。だが大切な人は失ったらもう二度と取り戻せない。
──……また来る。必ずおまえを、迎えに行くから。
未だ引きずる、大切な幼馴染のことを思い出す。忘れた、とは云えない。だがしかし、現実は受け止めなければならない。彼は迎えに来ると云ったが、アリスはそれを断った。断ったということは、捨てたということ。それだけは、忘れてはいけないとアリスは思う。
「やれやれ、殿下よりお会いしたことのないルアのほうが、周囲の心境をよくご存知ですね」
アリスがぬかるみに浸かりかかったところで、セナが呆れたように呟く。
「みんなウォレンに甘いんだからさ、諦めて頼ったら喜ぶ奴らが多いってこと。いい加減慣れて欲しいよね」
「そうだよね、みんながウォレンを好きな気持ちが伝わるし、私もウォレンが好きだからわかるよ」
普段は気さくで話し易い印象を持つウォレンだが、時折権力者らしい畏怖を見せることもあり、それとは別に情に脆いところも感じられ、その本心は非常に難しい。おそらく本当はとてつもなく甘く優しい人なのだが、何所かしら自分のことには冷めている。その冷めたところで王太子らしく対応しようとしているから、難が出るのだろう。
しかしアリスはだからこそウォルエイリレンという王子に惹かれ、その人が作る国が見たいと思ったのだ。
そのウォレンはいつでもアリスの迷いを断ち切ってくれた。そんな彼が今は唐突に、視線を逸らした。
「ウォレン?」
「──いや。なんでも、なんでもないんだ」
そう云って伏せたウォレンの心境がわからないのは、アリスだけであったことに、侍従と人霊は目を合わせてから、小さく溜め息を吐くのだった。
・・・・・
聖職者の突然の暴動によって王太子軍は最大のピンチを迎えるはずだった。しかしそこに現れたのは、一般国民という名の、力を持たないはずの彼らによる圧倒的な力である。立派なその国民運動に感銘を受けた者も居り、王太子の支持は下がっていない。
そんな王太子軍は王都にて、本格的な力を持って動くほどになっていた。
「静まれ!ここより先に通すことはできない!」
王宮の兵がわざわざ大河向こうの下町まで飛ばされるほどに、その力は強くなっていた。大河を渡らせまいとする、王宮側の最後の作戦である。大河を渡られたら、大きくなった群衆を阻むものがない。剣士でもない、術師でもない、単なる国民を王宮が恐れるのは、ただただそれが群衆になってしまったからである。一人ならなんでもないことが、群集心理とは恐ろしいものが働くと知っているからだ。
「そう云われても困ります、私たちは王宮管理者に話があるんですから」
そう凛々しい言葉を向けるのは、群集の先頭に居る、小柄な美しい美女である。その小さな姿とは裏腹に、向ける言葉はしっかりとしていて張りと力がある。そんな彼女の言葉に、後ろから「そうだ! そうだ!」と続く声。そんな光景を見ながら、ディルレインは感心していた。
先頭に立つのは、ディルレインの従弟ルーシュベル・アルシェイラ・ショウディトゥラスである。
──クロウズから楽しいこと聞いたんだ、ご褒美に仲間に入れてよ。
そんなことを云ってディルレインの元を訪れたのは、間違いなく従弟、そう男なのである。母が全員違うショウディトゥラスの4男坊は、母アルシェイラに似た小顔の綺麗な顔立ちをしている。そのアルシェイラは若い時から有名な舞台女優であり、現在では殿堂入りクラスの女優だ。そんな彼女の気質を受け継いだのか、一人劇をメインにルーシュベルはいろいろな人間に変装するのが得意だ。むしろ趣味と云っても良い。中でも女の恰好をすれば、何所のご令嬢かと云うほどに見違えてしまう。
流石に王宮から抜け出たことはばれただろうが、一応は隠して守らなければならない。ルーシュベルをルーシュベルとして表立って立たせることができない上に、上に立つのは身内でないほうが良い。となるとこうして女性として立たせるしかなかった。そしてそれは思いの他、街の人間に受けが良かったのだった。
女に変装して幽閉されていた城から抜け出し、兵士をちょろまかして王宮から出て来たというルーシュベルは、ディルレインを手伝いたいと云った。
──ウォレンの役に、立たせてよ。
そう云って笑う彼は、何所かしら切羽つまっているようで、珍しいものでも見た気分だった。いつでも余裕の笑みを浮かべている彼は、深いところで何を考えているのかわからない。ディルレインとは違い、一人舞台の役者だからか、わかり易いようで余計に本心が覗きづらい。自力で脱出して他の誰でもない、ディルレインの元を訪れた理由など知らない。だがこうして国民の意思として前に立つことを進んでしている彼を見て、止める気にもならなかった。
それは間違いなく、彼の意思なのだとそう思えるから。
「静まれ! 静まらんか!」
今までの「ひとまず声をかけておこう」という程度の兵の声から、明らかに違う質の声が上がった。真打登場かと群衆の先を見ると、そこには非常に残念なことに、見知った顔が居た。
「あくまで王都、王太子のお収めする場でこのような行為、許すわけにはいかん!」
ティリアーニ様と頭を下げる者がちらほら出た。そう、ロゴード・ティリアーニ、 王宮貴族ティリアーニ家の3男だ。ロゴード・ティリアーニはディルレインと同級生で、大等部卒業後官吏となった。まったくよりにもよってこの男が出て来てしまったことに、ディルレインは溜め息を吐く。
「シュタイン宰法より、此度の首謀者を連れて来るよう通達を得ている。代表者は名を上げろ」
その高圧的な態度に逃げも隠れもする気はなかったが、所詮自分ができるのはここまでかと、自分の不甲斐なさにどうしようもなく情けなさが募る。もちろん、負けてやるつもりもないが。
「今の代表はあたしよ」
「はぁ、下手な冗談はよして、おとなしく家に帰って歌でも演劇でも他に楽しみを見つけたらどうだ」
「あらどっちも魅力的なお誘いですこと、流石ティリアーニ子卿。どちらも苦手でしたものね」
「なんだと、貴様」
「そこらへんにしておけ」
下手な挑発に入ったルーシュベルの口がそれ以上進まないよう、ディルレインはようやくその会話へと入る。
「でも、ディル……」
「ひとまずおまえは黙ってろ」
ディルレインの身元がバレても、一人ならまだましだ。王族がこぞって王太子を守っているとなれば、 またこの群集の意味が変わって来てしまう。加わるのは構わない、しかしなるべくなら少ないほうが良い。 所詮は身内かわいいで終わらせてしまったら、この行動の意味がなくなってしまうからだ。
「……ディルレイン」
俺と目が合ったロゴードは、新しいおもちゃでも見つけたような顔をしている。
「ほう、首謀者は貴公と云うことで構わないのか、ディルレイン」
「ああ、構わない」
「そうかそうか、ではその旨をとりあえず宰法に伝えよう。その後貴公の家がどうなるか、私の知ったところではないがな」
家に迷惑をかける行為であることもわかってはいたが、そもそも父母共々これぐらいでひるむような人たちではない。父の仕事柄、最初は遠慮もあったものの、好きにしなさいとの言葉に従ってディルレインはここに居る。
──その代わり、あたしのかわいいウォレンに何かあったら、許さないからね。
物騒な言葉の割りにはとても綺麗に微笑んで、母リナリーティーシアは見送ってくれた。そんな彼らのためにも、こんなところで負けているわけにはいかないのである。
「ロゴード、なぜおまえはエリンケさんに付いている」
「状況がエリンケ様を支持しているからだ。そういう貴公こそ、なぜウォルエイリレン様ばかり。エリンケ様も貴公の立派な従兄ではないか」
「従兄弟でも生憎と詳しく知らないものでね」
エリンケときちんと話したことがあるのは、それこそウォレンぐらいではないだろうか。同じ従兄弟と云えども、関係性がないままにここまで来てしまった。
「だったら少しは知ってから考えみてはどうだ。どうも昨今のトゥラス方々は、身内贔屓というのか、なんなのか、ウォルエイリレン様しか見ていないところがある」
「当然だろう、彼が王なんだから」
「そうだな、4年間も国を放置した、立派な王でいらっしゃる」
少し鼻につくような笑い方をした彼を、ディルレインはしっかりと見つめた。
「では訊くが、この4年間、次期王として誰が何をした」
「──は?」
「この4年、王の不在時に王になると名乗り出たエリンケさんは、国民のために何をした」
「もちろん、この国の維持を……」
「具体的な話をしろ」
「だから……」
当たり前のことだが、そのまま言葉にならず沈黙が落ちる。
確かに法術師は国を最低限守っていたかもしれない。だがそれ以上は何もしていない。
「誰も何もしていないだろう。少なくとも、次期王と名乗った連中が何かをしたことは、一度たりともない。王宮から出ることなく、高みの見物を決め込んで、下界へ下りない神のように」
ディルレインは金色の瞳で、射抜くように相手を見た。
「ウォレン従兄は、王太子殿下はずっと昔から自分の目で国の状態を見て、その上でどうすべきか考えていた。少なくとも現状を理解し国を安定させることができるのは、ウォレン従兄しか居ない」
「そう、だよ。いつだって……王太子殿下はみんなのことを考えてくれていた」
ディルレインの追撃に、ケィスが続いた。
「国民がどんな暮らしをしているかきちんと見聞きしてくれた」
「ウォルエイリレン様は一度、俺たちの工場に来てくれたことだってあるんだぞ」
「見るだけではなく手伝ってくれたこともある」
「手を出す分をきちんとわきまえてくださって、感動したよあたし」
次から次へと上がる声に、ロゴードは面倒くさいことになったと顔をしかめている。そう、これこそが群衆の力である。一人だけではそこまでではないのに、 集団になると恐ろしいほどの力を発揮するのだ。ディルレインは地道にウォレンを知ってもらってここまで来た。
「そうだよ、ウォレン従兄は誰よりも人のことばっかり考えてるんだから」
そんな群集の中からいきなり、かわいらしい少女の声が上がり、ディルレインは息を飲んだ。まさかそんなはずはないと思いながらもロゴードを見たままで居ると、その彼が決定的な言葉を口にする。
「バーテントゥラス子卿……」
その名に、ディルレインはめまいさえ起こしそうになる。どうして大人しくしていてくれないのだろう。どうしてディルレインを恰好良くさせてくれないのだろう。
「いっつも人のことばっかりで自分のこと諦めてて、ちょっと困るところもあるけど、それでもウォレン従兄はいつだってみんなのために動いてくれた。──だから私たち従兄姉弟妹だって、ウォレン従兄の力になりたいと思うんだよ」
ディルレインがゆっくりと振り返った先に居るのは、紛れもなく、バーテントゥラスの娘マリノ。
「バーテントゥラス第1子卿マリノが命じます。ティリアーニ第3子卿、この場はお引き取りください」
決定的な言葉が出されて、ロゴードは言葉も出ない。なぜならばそれよりも高い地位からの命令がないからである。宰法はもちろん王に次ぐ重職だが、決定的な意見として王族より取り沙汰されることはない。この場では明らかに不利なのである。
「お引取りを、ティリアーニ第3子卿」
ディルレインが重ねて云えば、ロゴードは肩をぴくりとさせてようやく正気に戻ったらしかった。ふんと肩を怒らせて、船着場の方へと歩いて行ってしまう。兵が慌てて追いかけて行き、その場には仲間のみが残される。
やった、と歓声に包まれる群集の中に居ながらにして、ディルレインはしかし溜め息しか吐けなかった。
「ディル従兄!」
慌てたようにやって来たマリノに、ディルレインのまゆは顰められる一方だ。
「えへへ、学院の帰りに暴動が起きてるって聞いてさ。来ちゃった」
「悪い、兄貴。止められなくて」
その後ろで申し訳なさそうにしているのが、なぜか弟のクロウズであることに、一瞬目尻が上がる。
「こいつ、云い出すと止まらないし、一人で行かせるのもあれだし……とりあえずごめん」
「……いや、ありがとう、クロウズ」
戸惑いながらも謝る弟に、ディルレインは微笑む。本当に、よくできた弟だと思う。どうしてもぎくしゃくとしてしまう最近ではあるが、それでも彼はディルレインのためになることをしてくれる。核心を付く話はまったくしていないというのに、おそらく自然とお互いわかってしまっている。
どちらも悪くはないのだ。だからディルレインがクロウズにしてあげられることは、ただ一つだけ。
まったく反省の色が見られないマリノはと云えば、にこにことディルレインを見ている。
「来ちゃったじゃないだろう、俺が叔父上に殺される」
「私だってウォレン従兄の役に立ちたいの」
「おまえは本当、ウォレンが好きだな」
「うん、でもディル従兄のことだって好きだよ」
満面の笑顔で云われて、思わず伸びそうになった手を必死で止める。
「──そういうこと云うのが、一番困るんだけどね」
苦笑で済ませることができた自分を褒めてやりたいが、マリノはまったく堪えていない。通じていないとも云える。いつものことだとわかってはいても、最近どうも欲張りになっている。
「ロート従兄もリー従兄も、ディーミアムもハードリューク従兄さんもメリーアン従姉さんもダズ従兄さんもマリ従姉さんも マリノはみんな大事だし好きだよ」
赤に近い茶色の瞳が、真っ直ぐにディルレインを射抜く。
「私だけ普通の生活送ってしまうなんて、おかしいでしょう?」
見た目はただの、普通の少女なのだ。なのにその力強い目が有無を云わせない。容赦がない。そうしてディルレインは、それにこそ一番弱い。
「……わかったよ、止めない」
「ありがとう、ディル従兄!」
ディルレインの一言に、とても嬉しそうに微笑むマリノが、とてつもなく愛おしい。
アリカラーナ一の役者と云われ、騒がれている男の弱点が、たかだか目の前の少女なのだと知ったらどうなるのだろうか。別段隠していることではないのだが、当の本人が一番伝わり難いというだけのことだ。
あ、とマリノは続ける。
「ルーシアも応援してたよ。当主命令で来れないけど、ディル従兄のこと、応援してるって」
「──ああ、ありがとう」
礼を云いつつも隣で複雑な顔をしたクロウズを見て、重たい言葉に少し気が沈む。やはりクロウズは聞き逃さず、その一言からぱっとディルレインから視線を逸した。わかってはいることだとは云え、ディルレインとしては少々辛いものもある。
そんな重たい空気を察したわけではないだろうが、ルーシュベルがねぇねぇと割り込んで来る。
「マリノもクロウズも元気そうで良かったー」
「ルー、おまえまだそんな恰好をしていたのか」
クロウズが呆れたように云えば、隣のマリノはぽかんとする。
「え!? ルーシュベル?!」
「そうだよ、マリノ。気づいてくれないなんて、淋しいなぁ……」
「うわぁ、本当にルーってすごいね。こんな変わり果てて……」
「人を化物みたいな呼び方しないでよ、マリノ。美しく変装しているんだから、マリノより綺麗でしょ?」
「失礼な!」
純粋無垢なマリノ、不器用なクロウズ、そして変人ルーシュベル。全員同い年でよくつるんでいるが、それぞれに性格がまるで違う。ルーシュベルの女装を見分けられるのは演劇科の生徒のごく一部と云うぐらい、彼の女装はうまい。
そんな彼らをも巻き込むつもりなど、毛頭なかったというのに。
もしかしたらウォレンもこんな気持ちなのだろうか、と思いながらディルレインはしっかりと前を見据える。
「進もうか、せっかく道が開いたんだ」
目の前に進めば、そこは既に王都の大河向こう。──すべての始まりで、終わらせる地である。