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精霊物語─王国の目覚め  作者: 痲時
第18章 王太子の帰還
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第104話:静かなる戦


 各々が各門へ辿り着いた合図が上がったのは、3日後のことだった。予想外に早い行動に、ウォレンもほっとする。難易度が高かっただろうイーリアム城の者たちも、問題なく弥生門へ辿り着けたようだ。振り返れば敵が居る状態の彼らは自衛する時間が惜しいだろうから、これからの行動も俊敏に行わなければならない。


 正式なる王太子軍と王宮の戦いの第一歩であった。王宮側はあくまで攻め入って来る者たちを止めるだけで、つまり王太子軍は完全なる反乱軍扱いであった。

「ふうん」

 ウォレンは呟いて何所か意地悪い笑みを浮かべている。何かを企んでいるようであった。何か考える時のウォレンは本当に嬉しそうで、その笑みは一気に幼いものへと落ちる。その顔を見ると、アリスまでつい嬉しくなってしまう。

「どうした、アリス」

 ついじっと見ていると、ウォレンがふと顔を引き締めて尋ねて来る。突然こちらに向けられた桔梗の瞳を見て、思わずどきりとしてしまう。

「いや、別に」

 まさか見とれていたなどとは云えず、アリスは興味なさそうにそっぽを向いた。


 王宮にどう乗り込むか、それが問題だった。イシュタル城へどれだけ犠牲を少なくして辿り着くか、それが一番の課題だ。まさか正面から堂々入っては、生きて行く自信がない。というのに、ウォレンは何も考えなかった。それがウォレンの、みんなへの頼み事だった。誰もが止めたというのに、ウォレンは正面から突っ込むの一点張りである。ウォレンに万一があったら意味がなく、各方面から攻めて来る者たちが犠牲になることは彼も望まない。さては何か考えがあるのかと思ったが、ウォレンは何も云わず、ただこれだけを厳かに云った。

「俺の囮を後方に入れてくれ。俺は一番に入る。それからは真っ直ぐ、イシュタル城を目指してくれ」


・・・・・


 ひたすら静かだった独房が騒がしくなり、何事かと思えばぞろぞろと人が入って来る。ついにこの命も終わりかと思うと、シャルンガーは腹は決まっていた。しかし暗がりの独房のなか、蝋に照らされやって来たのは、予想外の人物であった。

「シャルンガー兄上」

「……ダズータ」

 ルジェストーバ王立学院の理事であるダズータ・バルクオリンズを見て、なぜ彼がここに来たのか腑に落ちる。

「ナナリータか」

「妻にはこの5年会っていませんよ。私シュベルトゥラスに攻め入った謀反人ですから」

 流石のダズータも妻には勝てなかったかと思ったが、すべてを許したように苦笑された。

「ルジェストーバで有志を募り、王宮へと突入しました。ルジェストーバ開校以来の、自治町としての謀反です。申し訳ありませんが、外は戦場です。もうしばらく、ここで待機していてください」

 まるで講義をするかのようになめらかな口調で、信じられないことを云う。だがその短い言葉で彼の行動や周囲で何が起きているかシャルンガーにも理解できた。


 シャルンガーはまるで檻に閉じ込められた野獣のように、柵にすがりつく。がしゃんっと音が響き渡り、扉を開けようとしていたダズータは驚いて目を見開く。

「私が剣を持てぬと思うか?」

「シャルンガー兄上?」

「私は殺さねばならん輩が居る。剣を貸してくれ」

「ですが今はまだ……」

「頼む。ウォレンが斬られる前に、私はあいつを、斬らなければならない」

 血気迫る顔にダズータの表情も揺らいでいる。

「まさかとは思いますが、兄上……」

「ローウォルトを斬るのは、私の役目だ」

 シャルンガーは獄中、ひたすらそれだけを考えていた。頭脳は残念なことになったが、剣の腕も志もシャルンガーそっくりに育ったことに、親莫迦かもしれないが安心していた。しかしそれも、勘違いだったと知ったのはこの数年。彼が即位するなどと世迷いごとを云い出してからだ。

 シャルンガーはただひたすらに、ガーニシシャルを守る剣として生きて来た。ローウォルトもウォレンを守るための剣として生きることを志している。そう信じていたというのに。


 それからシャルンガーの目標は変わった。絶対に生き抜いてこの手で息子を斬る。それだけのために、彼はこの日まで生きて来た。

 ダズータは小さく溜め息を吐いて、重たい柵の扉を開けた。

「できるならば、平穏な会話を望みます」

「どうだか」

「ウォレンもきっと、そう望んでいるはずです」

 そう云われると、シャルンガーも言葉を噤んでしまう。唯一の主、兄の、大切な宝物ウォルエイリレン。彼を守るためなら、自分の息子などどうでも良い。ローウォルトならその答えも、わかってくれているはずだ。


 ガーニシシャルは4年居座り続けた牢獄から、ようやく腰を持ち上げた。


・・・・・


 お客様ですよと借り物の侍従に連れて来られた人を見て、クロードバルトは何が起こったのか理解できないまま目を瞬く。

「まったくもう、無理はしないでって云ってるのに」

「パルツァントゥラス卿、私はこれで、失礼しますね」

 今まで影のように寄り添っていた借り物の侍従が、笑みを漏らして去って行くが、そんなものすらどうでも良い。目の前に立つ少女に、クロードバルトはただただ困惑する。

 数歴ほど前から王宮内は静けさがなくなり、時折剣戟や法術の音が響き渡っている。剣を持てないクロードバルトは借り物の侍従に云われるがまま、安全な場所に隠れていた。時が来るのをそこで待っている予定だった。それなのに、こんな危険な場所に、またしても不似合いな少女が紛れ込んで来たのだ。


 幼さの残る娘サシャ・オルトリュースを、クロードバルトは睨みつけるしかない。

「どうしているの、何を考えているんだ」

「怒らないでよ」

「怒っていない、叱っている」

「まさか助けに来て叱られるとは思ってなかった」

 まだ14歳の少女が、剣も持てない少女が助けに来たなどと、何を云っているのか。あまりにも下らない発言に、クロードバルトは深い溜め息を吐くしかない。

「叱るに決まっているでしょう、ここがどれだけ危険だか……まさか、ウェルも来ているわけじゃあないよね」

「来てないよ」

「あっそう……」

 せめてもの救いだ、と思う。

「お母さんは家でうじうじしているの。お父さんたちの安否を心配してぐずぐずぐずぐず」

「元はと云えば坊やのあいつが悪いんだよ。僕じゃない」

「そうやって人の所為にする。──確かにお兄ちゃんが一番悪いんだけどさ」

 そう、元はといえば長男が悪い。こんな面倒くさいことに首を突っ込まなければならなくなったのは、家出など企てた長男の所為なのだ。おかげでクロードバルトは似合いもしない王宮に捕まってやることになってしまった。本来ならクロードバルトは自由に生きたいというのに、縛られるなんて本当に面倒くさいのに、何よりも大切な子どもたちのためには行動せずには居られなくなる。


 背中まで伸びた金色の髪を、サシャは邪魔そうにかきあげる。以前会った時はショートカットだったというのに、母子そっくりなその金髪は、クロードバルトが居なくなってから伸ばし始めたのだろうか。

「どうやって来たわけ」

「クルーフクス伯父さんを頼ったら、ダズータさんのところまで連れて来てくれたの」

「やっぱ兄さんか」

 王族でありながら興味ないとそっぽを向いていたクロードバルト唯一の理解者は、身内ではクルーフクスだけだ。他の兄姉弟妹がどうこうではなく、ただ単純に彼と居ると狭苦しい王宮でも自分で居ることができた。だから彼にはあまり表立って話せない家族の相談もして来た。王宮と無縁の生活をしていたサシャにとって頼ることができたのは、当然クルーフクスだけだろう。厳しい教育者としての顔を持ちながら、天然が過ぎる彼のことだ。簡単にクロードバルトのことも教えただろう。


 立ち上がったクロードバルトはしかし、早く帰りたいと願っていた場所とは逆方向へ進まなければならない。

「僕にはまだやらないといけないことがある」

 家族そろって家に。そう約束したからだ。

「わかってるよ。行こうか、お莫迦さんをお迎えに」

「何云ってんの、危ないから戻ってよ」

「何それ。お父さんだってなんもできないくせに」

 数年合わなかったというのに、やりとりはそれこそ、これまでと大して変わらないたわいもないものだ。しかし狭苦しい王宮でも耐えられたのはやはり、この何気ない暖かさのおかげだとクロードバルトは実感した。


・・・・・


 王太子軍は1軍がまず宣誓し戦う意志がないことを伝える。当然単なる「謀反人」である王太子の言などわざわざ訊く必要もない法術師たちは、攻撃へと転じる。そこへ2軍から4軍が参入し、アリスの居る5軍は真っ直ぐ留まらず王宮に向かう。元々そういう予定であった。

「落ちるなよ」

 右隣でウォレンの楽しそうな声が聞こえて、いささかむっとする。

「わかっている、足手まといにはならない」

「流石にここを一人で抜けるのは危ない。おまえが居ないと、俺はやっていけないのだ。頼むから俺の傍を離れるなよ」

「ウォレン、俺たちの存在忘れるなよ」

 アリスの左隣で神楽がしっかりと釘を刺す。

「俺たちこそ、アリスの守りなんだから」

「おまえらの戦い方は法術師に気が付かれやすい。俺が居た方が安全だ」

「やれやれ」

 あちこちからいろいろなものが飛んで来るなか、二人はそんな余裕の会話を交わしている。ウォレンは真っ直ぐ、地下を目指した。

「ところで後ろに居るリイドは大丈夫なんだろうか」

「ま、俺の影武者であることはすぐばれるだろうが、俺が王宮には入れれば、後は問題ない。イーリィたちに任せる」

 本陣にウォレンの影武者を座らせ、ウォレンが5軍に紛れ込む。そうして王宮内侵入を目指すのが、本来の目的であった。

「ワンクッションあった方が危なくないと思うんだが」

 すぐにウォレンが王宮に入ってしまうことに誰もが反対した。もし罠で嵌められてしまったら、こちらは重要な核を失うことになる。だからウォレンたちが入るより先に、1軍を向かわせて安全確認をしてからの方が良いのではないかと。しかしウォレンは頑なに大丈夫だと云い切った。

「正面突破、これしか俺たちに勝機はない」

 それだけは譲ってくれない。イーリィたちも散々諭したが、こうしないと勝機がないとまで云われてしまうと、彼らも従う他なかった。


 師走門が開かれ、ウォレンの一斉で軍が中へと入って行く。2軍、3軍、4軍。そしてついに、ウォレンたち。すぐ近くにそびえ立つラピラズリ城の周囲で、戦いは既に行なわれていた。ウォレンはそれを突っ切って、真っ直ぐイシュタル門へと向かう。

 イシュタル門の前では、戦上に似合わない人物が立っていた。

「殿下、お待ちしてました!」

「リー……」

「こちらからお入りください」


・・・・・


 アカツキ=クレナイはひっそりとした廊下をわざと音を立てて歩く。なぜこんなにもひっそりしているのだろう。外は喧騒のまっただ中、ここだけは驚くほどに静かだ。

「──ふぅん、無傷ですか」

「マスター。こんなところを助けられて、恥ずかしいですねぇ」

「まあ確かにあっけなく捕まったところで減点対象ですが、挽回の余地はありますよ?」

 暗がりで普通の人なら見えないだろう笑顔を返すと、部下トコヨ=クレナイも小さく頷く。

「エメラルド城の別棟、客間にトゥラスの御子が居ります。パルツァントゥラス卿は王宮内の自由が許されていました。自力で脱出なされたかもしれませんが、エメラルド城にいらっしゃるはずです」

「そう。──あの方は、見つけられました?」

「……おそらく、ここにはいらっしゃらないようです」

「──居ないのか、そうか。居ると思ったんだけれど、居ない、か」

 あの人ならきっと、傍観者を決め込んで何所かで高みの見物でもしているかと思っていたが、まだ来ていないだけなのかもしれない。

「マスター珍しい、手こずったんですか?」

「いえ、わざとです」

 頬に付いた血を拭いながら答える。いつもなら返り血を浴びないようにするが、今回は少しばかり嘘の証拠が必要だった。王太子軍と法術師軍、出会った敵と懸命に戦った末に倒れてしまった哀れな男。そういうストーリーを頼まれているため、一突きで殺すわけにはいかない。おかげであちこちに血が付いてしまった。面倒臭い。実に面倒。


 依頼で少し遊んだという気持ちも、なくはない。しかしそれは敢えて黙っておく。

「しかし本当に殺してしまって良かったんですか?」

「良いんです、世間には知らせたくないのでこのごたごたが都合が良いらしい」

「そうですか」

 これが最後の依頼だ。彼女から受ける、最後の依頼。

「まぁしばらく仕事は来ないでしょうけどね」

「ええ?」

「殿下はそういうお人ですから。きっと捕らえて来いとかそういう面倒な仕事になります」

「それはまあ、なんと云うか……暗殺業ではありませんね、間諜だ」

「その通り。殿下は少しだけ甘い」

「敵だ! 敵が紛れている!」

「あ、来ましたね」

「私がしましょう。トコヨはこれを」

「え?」

 突然荷物を渡されて、トコヨはきょとんとするものの、落とすことはなかった。法術が飛んで来たが、それよりも先に彼は法術を飛ばした側に居た。

「随分と動きが遅いですね」

「ひっ!」

 襲撃者の動きは鈍重で、アカツキのあまりの素早さに驚いて転んでくれる。その隣に居た別の法術師が、彼の姿を見てひっと悲鳴を上げた。

「ク、クレナイ?」

「こちらでは初めまして、ゲルデル・クッコック卿」

「え……」

「アカツキ=クレナイ、仕事をさせて戴きますね」

 恐れのあまり出された法術を、彼は吸収してしまった。

「これでも東雲国の騎士なんで、人間ですけど人間ではないのですよね。不憫なことだ」

 云って斬り裂く。隣の法術師が悲鳴を上げたが、逃げることは敵わなかった。逃げようと思ったところで、首に冷ややかな感触が走ったからだ。

 アカツキ=クレナイに会った者は居ない。なぜならその瞬間に死んでいるからだ。そういう噂が流れるのも無理はない。それほどにクレナイの仕事というのは素早いのだ。



「少し遊び過ぎではありませんか、マスター」

 倒れた者たちの後ろから突然現れた影はのんびりと云う。敵以外の気配を感じてはいたものの、無視していたのは同業者だとわかっていたからだ。

「どうもお久しぶりです、マスター」

 グラン=クレナイはそう云って頭を下げる。暗がりの血が飛び散る決して景色の良くない場所を、彼は気にも止めず近寄って来る。

「おや、いらっしゃったのですね。護衛は良いのですか?」

「当主は高みの見物ですから、この騒ぎには加わっておりませんよ」

 ましてや、と彼は続ける。

「我がダカンタトゥラスに手を出す愚か者は、ついに居なくなりましたしね」

「それは良いことです。マスターを譲りましょうか?」

「私に譲ったところで、先に死ぬのは私でしょうに。当主と云いマスターと云い、人使いが荒いですよ」

 それよりも、と彼は続ける。

「それ、ご依頼ですか?」

 トコヨの手にあるものを見て、彼は静かに問うた。

「ああ、そうです。最後の依頼で……ああ、もしかしてグラン、やりたかったですか?」

「まあ確かに鬱陶しかったのは事実ですが、貴方の方がやりたかったでしょう? そこまで私はその人に魅力を見出していないもので」

「おや、そうですか」

 大したことでもないと、セナは答える。



 アカツキ=クレナイ、もといセナ・ロウズ・アティアーズは、途中までウォレンの護衛として表向きの仕事をしていたが、ウォレンより上からの命令により、別の仕事をこなさなければならなくなってしまった。あまり気は進まなかったものの、そのついでに部下を救出して手駒を増やし、ウォレンの安全を固めることができると前向きに仕事をした。しかしこの調子だと、その必要もなさそうだ。これだけクレナイがそろっていて、誰もがウォレンの味方ならば、自然とウォレンの周りは危険性が少ない。


 血に汚れてしまった凶器をぬぐいながら、そういえば、とセナは思い出す。

「そういえば、貴方に伝えなければならないことがあったのでした。正確に云えば、そちらの御当主に」

「当主に、ですか?」

「意外ですか? ええ、私も意外なんですけどね」

 セナは楽しそうに笑う。

「アリス・ルアの幼馴染に、ダーク・クウォルトと云う召喚師が居ます。パーツはそのままで、瞳は楝色でしたよ」

「マスター、どうやってそんなこと……」

「偶然の産物ですよ。だからこそ、確実にお伝えしたかったのです」

「それはどうも、ありがとうございます」

「いえ、何か労力を遣ったわけではありませんし、その彼は今、行方知れずですから」

「行方不明?」

「この間アガット家に侵入しアリス・ルアを誘拐しかけ失敗。それ以降行方は探っていません。──会ったのはもっと前だったのですが部下が居ないもので、連絡が遅くなり、大変申し訳ありません」

「とんでもございません。私たちが20年かかって捜しているものを見つけてくださるなんて、流石ですね」

「本当に、偶然ですよ」

 彼と出会ったのは本当に偶然のことだ。そして見つけられないのも当然である。まさか探し物が召喚師の元に居るなど、予想もしないだろう。

「ああ、ではこちらも。マスターの手土産になるかわかりませんが、アサギさんが仕事しています」

「え?」

「決定打は殿下でしょうけど、うちの当主が誘ったので一応お知らせしておきます」

「そう」

 では、とグランは珍しく興奮したようにその場を音もなく去る。まるで最初から誰も居なかったかのように、その場は静かになった。アサギ・ケンゼット・ランディトゥラスはセナにとって貴重な戦力だったが、彼はウォレンと同じく「平和」を好む男だ。そんな男が自ら手を汚しに来ているとは、こんな大きな戦を起こす必要もなく王座奪還は簡単に叶うのかもしれない。


「では私は依頼主のところへ行かなければなりませんので、トコヨは引き続き王宮のトゥラスを担当してください」

「はいはい、人使いの荒いことで」

 助けたはずのトコヨはまったくと云って良いほどやる気がない。重たい荷物を持たされた不満もあるのだろう。セナに荷物を返すと軟禁されていたのが嘘のように、すっとその場から消え去る。数年サボりたくてずっと捕まっていたのではとさえ思えるほど俊敏だった。彼ならその可能性はあるが、そこはクレナイの幹部、短い会話で悟ることができた。彼は大人しく捕まったふりをして、それとなくトゥラスらを守っていたようだ。

 クレナイのメンツは、表でその他の一人に埋没し通常の仕事をしている。セナの侍従という仕事もそうだ。侍従という仮面をかぶりながら、クレナイという暗殺業を本業にしている。セナの部下も幹部5人を除き、月で変わる好みの仕事をさせている。クレナイは世界からの依頼も多々あり、世界の状況を知るため、幹部5名を各大陸に振り分けており、彼らをローテーションで回している。トコヨもその5名のうちに入っており、アリカラーナを担当していたが、たまたま王宮でシュタインを探らせている内にウォレンが追い出される謀反が起き、自然ここに居座ることになった。王宮関係者のふりをし、捕まることを選んだのだろう。そうして影ながら王族を守っていたのなら、彼の仕事はまっとうできている。次は休暇がてら、平和そうな東大陸にでも送ってあげるべきかと考える。


 つまらないことを考えていると、カツカツと音を鳴らされた。

「ここに居りますよ、私なら」

「やはり、来ていましたか」

 驚くことなく、彼女を迎える。おそらくトコヨも居ることに気が付いてはいたが、敢えて放って置いたのは、彼女だったからだ。美しく邪悪なる女神。そんな印象を感じさせる女性ルナ・ビバルディ・イシュタル、彼の最大の利用者にして雇用者。

「仕事は終わったのね」

「ええ」

 部下に手渡した荷物を、セナは彼女へと見せる。

「ゴウドウ・アティアーズの死、これで認めてくださいましたか?」

「──本当に、やったのね、セナ」

「本名はやめてください、一応は王宮内なんですから」

「誰も居ないことは、貴方がよくご存知でしょう」

「ええ、まあ」

 クレナイはアリカラーナの所有物であり、アリカラーナの命令は絶対である。だからこそ、セナはこんな面倒な依頼をこなさなければならなかった。

 ──ゴウドウ・アティアーズの暗殺。

 それが依頼の内容だった。アティアーズ家に居るゴウドウを殺害するのではなく、王宮で戦に巻き込まれて死亡したかのように見せろ、というのが条件だった。単にアティアーズ家へ行き、ゴウドウを殺すだけなら簡単な依頼だった。しかし殺害した成人男性を運ぶというのは、とんでもなく面倒なことだ。そしてここは敵陣とも云える王宮であり、そんな中に荷物を持って侵入するなど、面倒極まりない仕事だ。しかし依頼は依頼。セナは忠実に依頼をこなした。ひとまず身体全体を持ち運ぶことは効率が悪い。王宮内での荷物を頭だけにして、主に仕事の完了を見せなければならなかった。


「面倒ばかりだったので、追加料金を戴くかもしれません。簡単に捕まったとは云え一応はトゥラスを守る手助けをしていたようなので、給料に色をつけてあげたいですから」

「構いませんよ。貴方がそれで満足できるのなら」

「顔は見ました? もう捨て置いて良いですか?」

「──どうぞ」

 セナはなんの躊躇いもなく、実父の頭を廊下に捨てた。


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