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精霊物語─王国の目覚め  作者: 痲時
第13章 みなぞこ
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第75話:ゆわく


「あなた方でしたか、ストンベルスを追い払ってくれたのは」

 そう云ってクドーバを城へと出迎えてくれたのは、城塞アリムの城主ルリルム・テリングであった。アリカラーナの西に広大な土地を持つストンベルスは、法術師シュタインに忠誠を誓っており、その北側に小さな領地を持つテリスは、王太子を随分と前から支持している場所である。

 そんな二つの土地にまたがるようにして立っているのが、城塞アリムであった。自治町ではないただの領地が二分するとなると、問題になって来るのがこの城塞の存在である。法術師と王太子、どちらにつくべきかという問題が目下の議題であり、難題であった。




 城塞というのはあくまで王の持ち物であり、当然王宮の要請に従わなければならない。現状王宮に従っているのはストンベルスなので、 ストンベルスと連携を取ってテリスを説得するのが普通の流れだ。しかしテリス領主バルームはあくまで王太子を支持すると一向に意見を変えない上に、ストンベルスはストンベルスで早々に軍隊の力をテリングに、しかも高圧的に求めて来る。王宮からのお達しはと云えばどうにも釈然としないものばかりで、テリングは動く気になれないのだとか。


「そうこうしているうちに、王太子のご帰還宣言があり、こちらにも通達が来た次第で」

 王太子からの書状が届いた、ということだ。クドーバは思わずほぉ、と目を細める。ウォレンがこの城塞の主にまで書状を書いたということは、ここが落ちていないことを知っているからだ。当然風の噂としてこの現状が流れているにしろ、行動の素早さには驚かされる。ウォレンが最初にすべきことは、城塞よりも町を頼ることである。城塞というのはやはり、王宮の指示で動くからだ。その王宮の手駒にも書状を送るということは、隣町バルーム・テリスを気遣ってのことなのか、彼の考えまではわからないが、その一つの行動にクドーバは思わず笑みが漏れる。


 ──これだからあのお坊ちゃんは。


 楽しませてくれる。口元の緩みが自分でもわかった。

「まあそうだが、別に誰の味方ってわけでもないぞ。俺たちはただの通りすがりだ」

 おもしろいとは思うものの、残念なことにクドーバは現在そんな彼の敵に仕える単なる法術師である。




「ええそれは心得ております。城主としてそろそろ覚悟を決めなければならないのでしょう」

 この城主も非常に哀れではある。広大な土地を持つストンベルスの隣には、キアラミーム、ロームといった他の領地も続いている。そんな彼らも今のところは日和見な態度なのだ。加えて云うなれば、ロームにある城塞シリムも日和見を決めている。早々に対立に巻き込まれたアリムがどちらにつくかで、彼らの態度も変わるだろう。まったくもって貧乏くじを引かされたとしか思えない、かわいそうな城主ではある。

「僕としては、テリスの領主には世話になったからテリスを応援したいところだけどね」

 黙って話を聞いていたアカギ・スズガは、そこで初めて口を出した。

「あ、そうなの?」

 まぁ精霊召喚師に会いたいなどと云っているのだから、ここでストンベルスを応援しようものなら、その夢は敵として会うことでしか叶わなくなるだろうが、そういった事情はそこで初めて知る。

「うん、良い人だよね、テリスさんて」

 そう云ってにっこり微笑まれると、なんとも否定しづらい。

 バルーム・テリス、何度と会ったわけではないからそう覚えてはいないのだが、確かに飄々としたじいさんだったな、という印象はある。何を考えているかわからない、食わせ者であるとは思う。




 これでも昔はゼシオ・ローゼンの息子であり時期当主としてそれなりに政界に顔を出していたが、片目を失い巡検法術師になってから、当然と云えば当然ではあるが、あまり付き合いという付き合いをしていない。年も取り雰囲気も変わり、クドーバ・ローゼンは今、政治の世界からは罪人として抹消されている。


 極悪人と呼ばれた召喚師をかばった法術師など、法術師が許すはずもない。


「そうですね、テリス領将はお人が良過ぎる……」

「テリスには何か返事をしているのか?」

「え、いえ、テリス領将には何も求められておりません。むしろ要求して来るのは王宮とストンベルスだけです」

 双方から当たり前のように来る要求を拒んでいるのが既に答えなのだと、彼も気付いてはいるのだろう。要求と云えば聞こえは良いが、城塞は王宮の持ち物、つまり来ているのは命令だ。それを実行せずにこうして立ち止まっていることは、反逆に値する行為だ。それでも彼は敢えてテリスに力を貸すこともしない。ただ機能していないなど、反逆しても無意味である。


「阿呆だ」

「──ええ、そう思われるでしょう」

 暴言にさえ苦笑する彼は、本当にわかっているのだ。自分がなすべきことを、ただまだ踏ん切りをつけられない。彼の肩にはテリスの部下だけではなく、隣に居る二つの町や城塞、日和見な彼らも巻き込むことになる。


 しかしそんなもの、本当に莫迦らしい。


「違う、日和見な阿呆のことまで考えるなんて、ただの莫迦だって云うんだよ。日和見でこっちが負けたらあっちに付くような奴ら、かばう必要なんてねぇ。上に楯突く気があるなら、自分の部下だけに謝って自分ができる最大の罰でも用意しておけ」

 唐突にお叱りモードになったクドーバに目を丸くするテリングは、年相応に若く見えた。

「まったく阿呆らしい」

「ちょっと言葉が悪過ぎない?」

「俺が云うんだ、間違いない」

「クドーバさんて自信家だよね」

 そういう意味ではないのだが、事情を知らないスズガはそれだけで済ませてくれた。しかし若くても流石に事情ぐらいは知っているテリングは、クドーバの名を放って置いてはくれなかった。

「……あ、貴方が……クドーバ、様、なのですか」

「どのクドーバ様を云ってんのか知らんけど、俺の名前はクドーバだね」

 クドーバという男は、意地が悪いのである。そういえば適当な名前で自己紹介でもして誤魔化しておかなければならなかったのか、と今さらながら思い出す。スズガに口止めしておくのを忘れたのは、別にばれても良いと思っていたからではない。ただ忘れていただけだ。

 目を白黒させるテリングに、だからクドーバは笑いながら答えてやった。


「俺はクドーバ・ローゼンだよ。様なんてつけるもんじゃない、単なる裏切り者だ」


・・・・・


 突きつけられた書状に、メイリーシャ・メイ・アルクトゥラスは目を見開いた。

「シュタイン宰法からのご招待です。お越し戴けますね、アルクトゥラス卿?」

 王宮から離れた、唯一王宮貴族の領地に引っかかっているルダウン=ハードク領に、イシュタル紋をつけた馬車が転がり込んで来ることなど、今までにあっただろうか。時代に忘れ去れている王宮貴族は、随分と長い間、王宮から忘れ去られていたはずだ。それがいきなり、不躾にも現れる。


 未来た目をすぐに細めたメイリーシャは、静かな声で続ける。

「ご用件は」

「ですから、シュタイン宰法からのお呼び立てなのです」

 当然とでも云うように、使者は語る。そこに何が間違いがあるのかとでも云う風だ。



 メイリーシャは王弟の長女で、病弱さもあり大切に育てられて来た。自分が王族だと云う自覚はある。だがこの田舎で育った所為なのか、物心ついた時からそれは他の王族よりもぼんやりとしたものだ。ハルガンにも最近、ことあるごとに自覚を持てと叱られる。


 だから権力を盾にした覚えはない。そんなメイリーシャでも、これが明らかなる侮辱だと云うことがわかる。仮にも王のガードを務めたシャルンガー・ロッド・アルクトゥラスの後を継ぐ者に対する敬意はない。

「そのご用件をお伺いしているのです」

「そこまで我々は認知しておりません。シュタイン宰法に直接訊いて戴けますか」

 病弱なわがまま娘を、完全に下に見ているその表情。メイリーシャはぐっと拳を握りしめる。

「お断り致します」

 次の瞬間にはそう言葉が出ていた。しかし断わられたことが信じられないのか、今度は使者が驚きで目を見開いていた。

「何をおっしゃっているのですか、これはシュタイン宰法からの……」

「だから、シュタイン卿がなんだと云うの」

 自分でも驚くほど、低い声が出た。

「宰法が用事だというのなら、自分から来れば良いじゃない。私はお話することなどございません」

「アルクトゥラス卿、みなさん貴女をお待ちですよ。そうですね、たとえばローウォルト殿下など……」

 驚きも束の間、使者のにやにやとした笑いは収まらない。完全に侮り切りながら使者が云った言葉は、 確かにメイリーシャに打撃を与えた。ハードリューク、メリーアン、ダズクルー、マリクルー。そして何より、シャルンガー、ローウォルト。この5年、新年すら顔を見せることのない身内を思い出して心が揺れる。何よりも突然顔も見せずに父から与えられたアルクトゥラス卿の地位。王宮に入ることができるのなら、父に会ってしっかり話を聞きたい。何より血迷ったことを云っている兄をひっぱたいてやりたい。


 何がアルクトゥラス卿、何が王位継承権。城外に居るメイリーシャにとって、わからないことだらけだ。


「我が敬愛なる義兄上(あにうえ)殿は、腐るほど元気だと要らないほど便りは来ている」

 震える拳にそっと暖かな体温を感じ、横を見れば誰よりも信頼できる人が立っている。

「バックロウ」

「生憎と当主も忙しいのだよ。我が当主が出向く必要はないと判断しているんだ、お引き取り願おうか」

「ルダウン=ハードク子卿は黙っていてもらえませんか。私はシュタイン卿の使者で、アルクトゥラス卿に……」

「だから、たかが宰法シュタインが、いつトゥラスを呼び出せるようになった」

 ぞっとするほどのすごみは、まるで演技でも見ているようだと、鋭い視線を見ながらメイリーシャは思う。この人は本当に、時々別人かと思うほどに怖くなる。それがたいていメイリーシャ絡みなのだとわかった時は、その恐怖すら嬉しく感じられた。

「私はだから、貴様に話をしているのではない!」

バックロウの威圧に少々肝を潰されたのか、焦れたように叫んだ使者に、メイリーシャの頭も冷たくなる。

「それ以上アルクトゥラスの者に侮辱を働くのであれば、こちらも考えがありますが」

「アルクトゥラス卿」

「私の夫を貴様呼ばわりした罪は、不敬罪として訴えても良いのかしら。加えて身分さえ呼び間違えるなど、無礼にもほどがあるわ。そんな人を使者にしてくるシュタイン卿にお会いする気はありません。お引き取りください」

 にっこりと微笑んでいられただろうか。王族らしい生き方は学んだが、メイリーシャは王族らしく生きることをしなかった。縁談を蹴っ飛ばして好きな人と田舎暮らしなんて、わがままな勝手な王族らしい生き方だが、王族らしい権力の使い方を知らない。


 だがそれでも、震える手を握ってくれる手があれば、なんでもできる気がした。


 使者はまた来るとお決まりの捨て台詞を吐いて去って行った。

「……まったく、これだから身の程知らずは嫌いだよ」

 ぼそりと呟いたバックロウに、メイリーシャは弱い笑みを向ける。

「ありがとう、バックロウ。助かったわ。――本当に、情けない当主よね」

 叔母に軽んじられ、宰法に軽んじられ、使者にまで侮られている。今まで表舞台に立っていなかった上に病弱で、シャルンガーのように恐れられる要素など一つもない。ローウォルトだったら剣の力で少しは違ったのかもしれないが、メイリーシャには誇れるものが何もない。

 こんな弱気になっても仕方のないことだとわかってはいるが、たまに落ち込んでしまう。

「情けなくなんかないさ、最高に恰好良かった」

 静かに微笑んで頭を撫でてくれるバックロウに、メイリーシャも自然顔がほころんでしまう。小さな頃から、バックロウに褒められるのは嬉しかった。だから一所懸命芝居のお話も読んだ。細かいところはすぐに忘れてしまったりしたものの、バックロウが説明してくれたら頭に入った。





「玄関先でいちゃつくのはやめろ。新婚でもないくせに、通行人の邪魔だ」

 すっと二人の間に影が入り、とても静かに冷静な突っ込みを入れたのは、屋敷の主スタンダーである。

「す、すみません、スタンダーさんっ!」

「いちゃついてると思うなら、邪魔しないところだと思うけどなー」

「莫迦が。30も超えた男が気持ち悪い、6年も経ったならそろそろ現実に戻って来い」

 普段温厚なスタンダーは、バックロウには厳しい。最初はおろおろしたものの、今はそれが愛情故だとわかっているから、自然暖かい気持ちになる。



 スタンダーは花壇の手入れでもしていたのか、如雨露をぶら下げたまま、溜め息を吐いて屋敷に入ろうとする。気にした様子もなかったスタンダーだが、ふいと振り返ってバックロウを見る目は、やはりこの屋敷の主であった。

「──けじめをつけるのはおまえもだぞ、バックロウ」

「わかっているさ、云われなくても」

 バックロウがメイリーシャを抱きしめる腕に、力を込めたのがわかった。この人は、やはりまだ悩んでいる。メイリーシャの幸せを選ぶか、自分の平穏を選ぶか。


 それでもメイリーシャは、彼を責めない。責めることなどできないのだ。去って行くスタンダーをぼんやりと見つめるバックロウは、いつにもなく弱々しい。

「バックロウ」

「ごめんね、メイリーシャ。弱くてさ」

「そんなことないわ、バックロウはいつだって、最高に恰好良いもの」

 そっとバックロウの腕に手を置くと、さらに強く抱きしめられる。この腕の中に居られるのなら、メイリーシャはそれだけで幸せだった。だがそこに転がって来たのは、アルクトゥラスという大きな家。


 ──お父様、私は親不孝でしょうか。


 何度目になるかわからない呟きを、心の中でまた繰り返す。


・・・・・


 思い出した光景がある。片膝を付いて血を吐きながら、ガーニシシャルが云った言葉。


 ──それが私にできる、唯一の仕事だからだ。


 ヴァーレンキッドはふいに思い出す。ガーニシシャルが唯一できる仕事。云うまでもなく、ガーニシシャルは賢帝として名高く、内紛後の処理を実に手早く行うなど、功績は数多くある。そんな彼が漏らした唯一の仕事が気になってしまった。


 あれはいつだったろう。とにかくガーニシシャルと話さなくなって随分経った頃。あれはそうだ、葬式の後だった。あのやるせない気持ちにしかならなかった葬式の後、たまたま会ってしまったガーニシシャルをそのままやり過ごそうとした時。



 唐突に血を吐かれて、キッドは呆然としてしまった。自分の兄がもう高齢なことはわかっていたが、いつだって矍鑠としていた彼が、突然血を吐いて膝を付く、そしてそれをシャルンガーが見ているという図が、とんでもなく現実味がなかった。

 そんな彼が、自分の寿命など弟の子どもにくれてやると云った時、キッドは我慢の限界だった。どうしてそういうことを、自分の息子に云ってやらないのか。キッドにはガーニシシャルとウォレンの関係など、理解できなかった。ただ諦め切ったウォレンの顔を見て、こんなのは間違っていると思ったから、ウォレンを守ろうとしたのだ。


 ──ならどうして退位してウォレンに譲らないのです!

 死期を悟る前に、アリカラーナは子へと王位を譲る。在位中に亡くなった王など、アリカラーナに居ない。アリカラーナを譲ることが、親子関係を少しでも残せる、唯一の優しさではないのだろうか。

 ──それが私にできる、唯一の仕事だからだ。

 それに対する返答に、キッドはたぶん、何も返すことができなかった。その時のガーニシシャルの表情を、うまく言葉にすることができない。ただただ、その強い決意に、キッドは言葉を飲み込むことしかできなかったのだ。


 いったい彼は、ウォレンに何をしようとしたのだろうか。



「お父さん? どうしたの?」

 ぼんやりと考えこんでしまったところで、つんつんと肩をつつかれ我に帰る。振り返ればそこに居るのは、愛娘マリノだ。玄関先でぼんやりしていた父を心配してくれたものらしい。

「いや、なんだ、もう行っちまうのか。たまにはサボっちまえよ」

「あはは、学院行くだけなんだから、すぐ帰って来るって!」

 笑顔で親バカに返答する姿は、とても愛らしく幼い頃のままだ。しかし彼女はもう立派な大人の部類に入っていることも、キッドはわかっている。

「そうだな。──気をつけて行って来いよ」

「うん、またね、お父さん」

「何かあったら連絡するんだぞ!」

 ひらひらと手を振り馬車へと向かう娘を見ながら、キッドはまた思い返す。ガーニシシャルはルナを愛した。その子どもだ。ただ関係が歪んだだけで大事でないはずがない。しかしその彼に、いったい何をしようとしたのだろうか。


 子どものためにできる「仕事」とは、いったいなんなのだろうか。


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