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精霊物語─王国の目覚め  作者: 痲時
第17章 約束の別離
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第98話:初恋と失恋


 目的通り、ウォレンたちはルダウン=ハードク家より先にあるアセット家を訪れた。隣のティリアーニ家はウォレンと敵対しているが、接触もなく無事にたどり着けた。

「ご無事のお帰り、お待ち申し上げておりました、ウォレン様」

 まるで人形のように綺麗な金髪を揺らして現れたのは、妙齢の女性である。いかにも貴族の令嬢らしい雰囲気をまとい、頭を下げる動き一つひとつが上品だった。

「久しいな、アガット嬢」

「ご無事で何よりでしたわ」

「こいつが新しいルア、アリス・ルヴァガだ。アリス、彼女はアセット卿のご息女で、ドクトリーヌだ」

「お初お目にかかります、ドクトリーヌ・ル=ラ・アセットと申します。ウォレン様はルジェストーバからの先輩ですの」

「ああ、初めまして、アリス・ルヴァガだ」

 ドクトリーヌ・ル=ラ・アセット。以前にもその名前を聞いた覚えがあったが、見たのではなく聞いただけだったからかあまり記憶が思い出せない。ただただメイリーシャと似たところのある、令嬢らしいかわいらしい雰囲気に圧倒されている。



 そんなアリスの肩を、ウォレンはとんと叩く。

「アリス、ひとまずの挨拶はそれぐらいにして、少し休憩がてら出ないか」

「いや、遠慮しておく。大事な身体なんだ、おまえもあんまり出歩かない方が良いぞ」

「ついにおまえまで小言を云うようになったか」

「単なる保険だよ。一言ぐらい云っておかないと、後でイーリィに叱られても困る」

 苦笑して失礼を承知で軽口を叩けば、ウォレンはなぜか嬉しそうに笑った。


 友で居て欲しい。

 その言葉にほんの少しほっとしたことを、アリスは少し恥じている。これからは主従の関係を大切にしていなければならないと気を引き締めたが、逆にそれがウォレンを不穏にさせてしまった。確かにここ最近のぎくしゃくした雰囲気は自分でも良くないと思っていたが、ウォレンに対してどう接したら良いのかわからなくなっていた。


 ぞろぞろと中へと入り軍のみんなを引き入れてくれるアセット家の人たちに頭を下げながらも、ウォレンはその流れに入らない。

「──さて、アリス、行こうか」

「ウォレン、私は出ないぞ。ルークさんに顔を出したら少し休む」

「よし、じゃあ俺もルークさんに顔を出して、少し休もう」

 アリスは呆れたように溜め息を吐くと、何も云わずすたすたと歩き始めた。仮にも停留させてくれている令嬢の相手を断ってアリスに付いて来るウォレンに、溜め息しか出て来ない。最近のウォレンはこんな風に強引だ。アリスも別段嫌なわけではないから断り切ることができず、いつもこうなってしまう。

「最近やけに機嫌が悪くないか、また俺が何かしたか」

「おまえもしつこい奴だな」

「何か俺に怒っているのか」

「別に怒っていない」

「じゃあどうして俺を避ける」

「……避けるのはやめただろう」

「……アリス」

 横を追いかけるように歩いていたウォレンが、突然目の前に出て来てアリスの肩を抑える。アリスはその近さにまた驚いてしまう。

 避けていない、というのはもちろん嘘だ。しかし避けているわけではなく、できる限り近しい関係を少しずつ離して行こうとアリスなりに努力しているのだ。ウォレンから頼まれたわけではない、アリスが望んだわけではない、ただそうしなければならないと思ったからだ。


「わかった、避けているわけではないのだろう。ただ、ここ最近のおまえの態度が、やはり気になってしょうがない」

「そんなにおかしな態度を取っているか?」

 云う声が震えていないか、自信はなかった。元来嘘は下手くそだ。それでもアリスは貫かなければならないと少し自棄にもなっていた。いくら拒否してもウォレンはアリスと今まで通り付き合おうとする。そんな彼に、どうしたら良いのかわからなくなっていた。

 友で居る。そんな約束を後悔したぐらいだ。


「ウォレン、これが普通なんだ」

「普通?」

 云っている意味がわからないとばかりに眉を顰めるウォレンに、アリスは続ける。

「私はおまえの下僕で、おまえは私の主だ。それを忘れてはいけない。私はおまえの臣下だ。あまりおまえに頼ってなどいられない。もう王都だから、私は私なりのけじめをつけたい」

「アリス、俺が王になるまで、俺たちは友であるはずではなかったか」

「おまえが声をかけてくれるのは嬉しいが、やり過ぎだとも思う。少しは距離を置いた方が、良いかと思うんだ。この前話してから避けるのはやはり悪いと思ってやめた。ただおまえに頼らず、私は私で生きて行きたい。先日母を亡くした時、私は随分とおまえに甘えてしまった。もうあのようなことは二度としない。もっと、強くならなければならない」

 誰かに甘えることなどして来なかった。するとしてもラナか、ダークかその二人にしかアリスは本音を語ることができなかった。それが先日、自然と肩の力が抜けてしまった。ウォレンには、ウォレンにだけは漏らしたくなかったことまで口に出してしまった。何かを気付いた様子はないが、失敗だったとも思う。



 だがアリスの思いは、ウォレンには届かないようだ。

「俺は今のままが良いんだ。アリスは嫌なのか」

「嫌とか嫌じゃないとか、そういうものではなくって……」

「嫌なのか、と訊いたんだ」

 真剣に見つめられて、その桔梗の瞳に嘘は吐けなかった。

「嫌なわけ、ないだろう」

「なら良いじゃないか」

「ウォレン、わかってくれ。私はおまえの臣下なんだ」

「俺はアリスを臣下だと見ていない」

 ウォレンがいとも簡単に放った言葉に、アリスはがつんと頭を殴られた気分だった。セナのように、イーリィのように、そんな高望みはしていない。ただ精霊召喚師としてウォレンの部下として、少しでも役に立つことをしていきたいと思っていた。だがそれは、ウォレンにまったく伝わっていない。

「そんな、私じゃ、臣下として、駄目なの……?」

「アリス、わからないのか、俺は……!」

 いきなり大声を出したウォレンはしかし、そこでアリスを見て口をつぐんでしまう。その顔には疲れと諦めと、いろいろなものが混じっていて、いつもの自信に溢れているウォレンの表情は見られなかった。流石にその異常さは気になる。

「いや……なんでもない、大声を出して悪かった」

「ウォレン」

 引き止めても、彼は歩き続けた。無視されたのは、これが初めてのことだった。


・・・・・


 どうしてこんなことになっているのだろうと、アリスはぼんやり思う。

「お待ちしておりました、ウォレン様」

「アセット嬢、元気そうで何よりだった」

 巨木の向こうで取り交わされる貴族の挨拶を、アリスと師走はまるで演劇でも見るかのように眺めてしまっていた。ここから立ち去るべきなのだろうが、今さら動いても向こうに気付かれてしまうだろう。隣の師走を見ても、仕方がないという風に方を竦める。ちょっとぐらい場所を移るべきだと思うのだが、師走は素知らぬ顔で、アリスは苦笑するしかない。


 たまたまアセット家の庭先で、使いに出した召喚獣を待っていただけだった。そこへドクトリーヌが現れ、続いてさっき云い合いして別れたウォレンがやって来たのだ。

「ウォレン様が戻って来た時、恥じないように努めて参りましたもの」

「おまえには何一つ恥じるところなどないだろう、ずっとそうだった」

「そんなことございませんわ、いつもウォレン様にご迷惑を」

「迷惑をかけていたのは俺だろう」

 云ってウォレンはドクトリーヌの手を取る。

「治ったみたいだな」

「そんな何年越しにもなるような、大した傷ではありませんでしたわ。もしかしてお呼びたてしたのも、そのことでしたの?」

「心配……してたんだ、これでも。女性の手に傷はまずいだろう」

「ありがとうございます、でも大丈夫ですわ。ウォレン様がご無事でしたらこのドクトリーヌ、もう思い残すことはございません」

「あまり俺に期待しないでくれ」

「自分の立場ぐらい、理解しております。この4年間、お父様にも散々諭されました」

「あまりアセット卿の心配を煽るようなことはするなよ」

「でもお父様も、ウォレン様をずっと心配しておりました」

「ああ、わかっている」

 ウォレンはそこで、淋しそうに笑う。

「無事で良かったよ。アセット家はすぐに手を出されると思っていた」

「そんなことはありませんでしたわ。最初にアティアーズ家に疑惑が上がってから、すぐ他に飛び火しましたもの、グラーナ様はその渦中にずっと居られて」

「……グラーナに頼んだのは俺だ」

「お気に止むことではありませんわ、ウォレン様。グラーナ様だって覚悟の上ですもの」

 云ってドクトリーヌは微笑んだ。そのかわいらしい笑顔に、アリスは思わずどきりとする。同性の自分から見ても、とても魅力ある笑顔だったのだ。

「私もウォレン様のためなら、覚悟はできておりますわ」

「云っただろう、ドクトリーヌ。おまえに幸せを与えるのは俺の仕事だと」

「あ、ようやく呼んでくださったわ」

「……以後、気をつける」

「ウォレン様、私に気遣いなど無用です。アセット家は兄たちが居るから安泰ですし、どうせこの場で私が出ずとも、影響などございませんから」

「俺が嫌なんだ。アセット卿にも申し訳がない」

「ルアのことは、お呼びになりますのにね」

「……そこであいつを出すな」

「一番にお呼ばれした婚約者として、私、嫉妬してしまいました」

「ドクトリーヌ」

「冗談です」

「云って良い冗談ではない」

「でも嫉妬したのは本当ですわ。私の気持ちに変わりはございません。今でもウォレン様を御慕いしております」

 彼が口を開く前に、ドクトリーヌが彼の胸に飛び込んだ。

 耐え切れなくなって、アリスはその場を立つ。

「アリス?」

 胸が痛い。どうしてこんなに騒ぐのか、アリスにはわからなかった。


 ──エースに会いたかったから。

 ──御慕いしております。

 ──嫉妬したのは本当ですわ。

 そうか、アリスはようやく腑に落ちた。

 アリスはドクトリーヌに嫉妬し、そしてウォレンを、ウォルエイリレンという男を好きになっていたのだ。


 あくまで下僕にならなければならない。だから避けたのは事実だ。しかしそれ以上に、ラムでたとえであっても求婚された時に、ついウォレンを男性として意識してしまった。そのことを恥じてあまり話さないよう距離を取っていた。その時既に、本当は気付いていたことだった。

 胸が締め付けられる苦しさ。味わったのは随分と久しぶりだった。アスルを否応なしに離れなくてはならなくなった時、ダークと離れなければならなくなった時、その時からずっと忘れかけていた、大切な誰かを失う時の感情だ。


 全力で走って来た所為か、息が切れている。いったい何所なのかも把握できていない。だがそれも、今はどうでも良かった。近くにある木に寄りかかるようにずるずると崩れ落ちた。


 ウォレンが、遠くなる。


 理解していたつもりだった。彼は尊きアリカラーナであり、アリスの唯一の主だ。それはいつまでも主従の関係で、決して友情など、ましてや恋情など生まれるはずもない。


 そんなこと、理解していたつもりだったというのに──。


 ルナの告白には、アリスもさすがに動揺を隠せなかった。アリカラーナと云う名で続く魂、今はルナの中に居るそれは、近いうちにウォレンになる。それはガーニシシャルがウォレンになると云うことだ。幾らウォレンを選んだとは云え、ダークの心を、アリスは大事にし続けたい。そう思っているアリスが、果たしてそんなウォレンに恋情など抱いて良いはずがない。だが離れようとしてもウォレンに諭されてしまっては、アリスの決心も揺らぐのだ。感情はそんな簡単に諦められるものではない。


 極めつけがこのアセット家の令嬢、ドクトリーヌである。ウォレンに婚約者が居ることなど当に知っていたが、彼自身が関係ないと云っていたことを、情けないことだがアリスは心の何所かで信じていた。だがドクトリーヌがウォレンを大切に思う気持ちは痛いほどに伝わって来たし、ウォレンはウォレンで彼女には何所かしら気を遣っている節がある。



 ウォレンが好きなのだということにさっき気付いたばかりのアリスは、彼らの幸せを望むことなど、今すぐにはできなかった。ただ混乱して胸が痛くて、どうしようもない孤独感を持て余すことぐらいだ。どうしようもない現実を認めてしまったことが恥ずかしくて悔しくて、何よりも辛かった。





 荒かった息が収まるも、感情は落ち着くことをしてくれない。ただひたすらに辛いのに、その辛さが理不尽に思える。どうして。どうして大切に思ってしまったのだろう、そんなことを考えた事自体、間違いだったのだ。

 ──ガーニシシャルは今、私なのです。

 ウォレンはアリスにとって、敵だった。

「アリス?」

 突然呼ばれて思わず振り返ると、暗がりから現れたのは驚くべき人だった。

「え、ルーン……?」

「アリスだ、本物だ」

 嬉しそうに声を上げるそれは、ルフムの町で望まない別れ方をした、ルーン・ワードソウドだった。聖職者が自我を失い、彼はウォレンに攻撃を仕掛けて来た。そのままの別れとなっていた。

「ルーン……、なの?」

「うん。ただいま、アリス」

「……う、ん。良かった、無事で」

「アリスも。本当に無事で、良かった」

 心の底から絞り出された声に、ルーンの優しさを感じた。

「いつ、戻って来たの?」

「今さっき。事後処理が落ち着かなくて、ようやく。殿下がアセット家に居るって云うから来たんだ。本当は殿下にお会いしないといけないんだけど、姿が見えなかくて」

 そこでアリスはさっきのことを思い出してしまう。ウォレンとドクトリーヌが話していたことも、自分の気持ちも、心がかき乱されることばかりだった。そんな時に少しでも楽しい時を過ごすことができたルーンと会えて、少し心が救われる思いだ。


 しかしアリスの様子がおかしいことなど、彼にはすぐわかってしまったらしい。

「……アリス、どうかした? 殿下と一緒かと思っていたよ」

「せっかく会えたのにルーンごめん、今は一人にしてもらっても良いかな」

「でもアリス、流石に一人は……。人霊も居ないし」

「ううん、人霊もすぐ傍に居る。大丈夫だよ」

「──わかったよ」

 何があったのかも訊かず、ルーンは一歩下がった。変わらない優しさにほっとする。

 あの時突然攻撃して来たルーンが信じられなかった。だがそれはやはり、彼本来の気持ちではなかった。


 アリスの頭をぽんと叩くと、ルーンは踵を返した。背中を見せたルーンはしかしそこで、

「アリス、返事、聞かせてね。ゆっくりで良いから」

「あ……うん」

 と、求婚の話を持って来る。やはりあれは夢ではなかったのだと改めて思う。

 最初に求婚された時、自分がそういう対象になっていることに驚き、どうしたら良いのかわからなかった。だが今は違う。途方もない人を好きになってしまった。アリスには許されない恋は、諦めた方が良い。そんな中途半端な気持ちでも、ルーンはアリスを好きで居てくれるのだろうか。


 遠ざかる足音を耳にしてから、アリスはその場で深々溜め息を吐いた。

「どうしたら良いんだろう……」

「答えなんて簡単だろう、アリス」

「え……」

 ひとりになったと思ったところへ、馴染みの声が聞こえてアリスは肩を震わせる。ずっと待っていた声を聞き、アリスはその姿を探した。しかし辺りに人の姿は見えない。

「アリスには、俺が居ないと駄目なんだ。俺にアリスが必要なように」

 そう声が響いた瞬間、アリスの目の前は真っ暗になった。


・・・・・


 ウォレンはその時、途方に暮れていた。

 何かを反論する余裕もなく抱きついた彼女に、ウォレンはやはり嫌悪を覚える。無論ドクトリーヌにそういった気があるわけではなく、ただ純粋に動いただけなのだろうが、相も変わらずウォレンは女性というものを苦手としているようだと自覚する。

 しかしドクトリーヌ自身がそれを知らないのだから、彼女にかける言葉も見つからない。

 ──ドクトリーヌのことは好きだよ。だからどうか、幸せになって欲しい。幸せにしたい。そのために、私は在りたいんだ。

 学生の頃、そう云ったことを思い出す。あの時も確か、ドクトリーヌに告白されたのだ。その返答として傷付けない言葉を選んだつもりだった。傷付けないで、回避する方法を。ドクトリーヌもその意味をすぐに察し、淋しそうに微笑んでそうですかと呟いたのを覚えている。女性が苦手だと云うのはあくまで性に対する嫌悪であり、話したりする分は気分も悪くならない。ドクトリーヌは幼い頃から知っているからか、余計に話し易かった。その分、気を抜いていたというのもある。学生時代のウォレンには恋愛感情などさっぱりわからなかったから、 曖昧な言葉でドクトリーヌに期待を持たせるようなことをしたかもしれない。幼い頃から知っているドクトリーヌなら、もしかしたら嫌悪を持たず触れられるのかもしれない、そういったおおよそ感情とは別の面での動きもあった。



 だが今、こうしてドクトリーヌが居ることに、嫌悪を覚えている自分が居る。


 しかしそれは昔ほどではない。昔だったらとっくに突き飛ばしていただろう。相手が誰であろうと、ウォレンは後宮以外ではそうしていたはずだ。そして今感じているこの気分は、嫌悪と云うより、ただ違うということだけだった。ウォレンが求めているのは、彼女ではない、やはり彼女を受け入れてはならない。そこでウォレンはようやく、恋愛と友情の違いと云うものを理解した。

「離れてくれないか、ドクトリーヌ」

「ウォレン様……」

「昔ほどではないが、嫌悪感はやはり抜けないんだ」

 ドクトリーヌは淋しそうな顔をして、惑ったが結局離れた。

「ドクトリーヌ、済まなかった」

「……え?」

「学生の頃云ったのは本心だ。おまえのことは好きだし、幸せにしたいと思う。それは今でも変わらないし、今後俺の課題でもある。だが俺は、言葉を違えていたな」

「そんなこと……」

「傷付けないように距離を取ろうとして、俺は結局、おまえを傷付けたんだ。あの頃の俺には、そういった感情がわからなかった。唯一信じられたのは臣下からの信頼だけで、他はわからなかった」

 後宮で殺されたひとりの女性から、ウォレンの女性に対する価値観が変わった。あれ以来、恋愛などというものはわからなくなっていた。いつしか陛下の望む女性と結婚し、次なるアリカラーナを残す。それだけのことだった。ただそれまでの日を、適当に伸ばして行く。



 だが今ははっきりとわかる。

「ドクトリーヌ、俺はおまえのことが好きだし、幸せにしたいと思う。だが、この剣にかけて守りたいのは、おまえではないんだ」

 それは一人の戦士として、一人の男として守りたいものを守る。

「おまえのおかげで、俺は気が付いたよ、ありがとう」

「……もったいないお言葉ですわ、ウォレン様」

 ドクトリーヌの泣き顔を見るのは、初めてだった。これだけ長いこと一緒に居るのに、ウォレンには彼女の知らない面がたくさんあるのだ。おそらくそれは、彼女にも云えるだろう。たとえば学生時代、ウォレンと仲良くしていただけで傷つけられた手。あらゆる貴族からの嫉妬で、彼女は孤立したことがある。ウォレンは後々気付いただけで、当時はそんなこと、気付きもしなかった。彼女は凛として立ち向かっていたのだ。そういう気高い女性だった。


「ごめんなさい、一つだけ、お聞きしてもよろしいでしょうか」

「ああ、なんだ?」

「ウォレン様がお守りしたい御相手は、どなたですの?」

 ウォレンは少し惑ってから、苦笑する。

「皮肉なことに、俺を守るために居る」

「……そう、ですか」

「ドクトリーヌ、俺は、居ない方が良いか」

「……いいえ」

「これで、最後な、ドクトリーヌ」

 云ってウォレンは、彼女の手を握ってやる。彼女が落ち着くまで、ずっとそうしていた。ウォレンにできることは、他になかった。


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