第94話:切れない友人
挨拶もそこそこに、ウォレンたちはすぐラムを出立しなければならなかったが、アリスは呼ばれた通りに領主キャサリン・ウィリアムズと面会した。後ろにはウォレンとイーリィ、エリーラ、師走らが控えている。
「初めまして、アリス・ルア」
「初めまして、ウィリアムズ領将。ご挨拶が遅れて申し訳ありません」
金髪碧眼の元異国人は、アリスを上から下まで見遣り、それからふぅんと笑う。
「綺麗な方だわ、それで肩入れしたとか云ったら怒るけど」
「いえいえ、領将も負けず劣らずお綺麗ですよ」
「それは勝てないと云いたいのかしら」
「いえいえ、甲乙付けられませんと云うことです」
「まったく」
挨拶もそこそこに、領主と共に軽口を叩く青年を見てアリスは目を瞬かせた。
「シェイド?」
「うん、久しぶりだね、アリス」
そう云って笑うのは、アスルでダークの友人であったシェイドである。ハヅキ地区で一緒に召喚師を目指していた仲間の一人で、常に穏やかな青年であった。変わったのは召喚師の装束を着ているぐらいで、一年近くの月日が流れたとは思えない。
「どうして、ここに?」
「あれ、なんだ、エリーラから聞いてないのか。僕はここに仕官したんだよ」
「ああ、そっか。──そうだよね」
振り返ってエリーラを見ると、彼女は小さく微笑むだけだった。領主の手前一歩引いているのだろうが、シェイドがここに居ることを知っていたから、珍しく付いて来たのだ。
召喚師になって王宮へ行く、そう約束していたアリスは、領主に仕官することなど思いつかなかった。学業優秀だったシェイドは問題なく召喚師試験を受けて、このラム領主のもとへ仕官したということだ。召喚師には様々な道があるものの、彼らのその先までアリスは見てやることなどできなかった。
そんなシェイドはアリスを見つめ、小さく頭を下げる。
「──ラナさん、残念だったね」
「……ああ、うん」
なんと返せば良いのかわからず端的に云えば、シェイドは困ったように笑う。
「ねぇ、アリス。君が僕らをどう思っていようと構わないけど、僕らは君のことを、ちゃんと友人だと思っている。アリスもダークもエリーラもバデイルも、同じアスルの友人だ」
「──え?」
友人。予想外の台詞に思わず声を出せば、シェイドはなぜか笑い出す。
「わー、やっぱりねぇ。僕は何もダークだけの友人のつもりはないよ。アリスだって友人だ」
「シェイド……」
「まぁバデイルは友人としては認めないかもしれないけど、あいつも力になってくれるよ」
「リンちゃん、どうしているの?」
「あいつはアスル・キサラギ地区で伝承召喚師をやっているよ」
「そっか、ちゃんとなれたんだ」
もうひとりの友人バデイル・リンツェルも、召喚師試験を突破していた。研究ではなく教師になりたいと、そう云っていたことを思い出す。あのミナヅキ地区のように小さな学校で教えたいと、そう話していた夢を、きちんと叶えたのだ。
「ねぇだから、アリス。いい加減認めてくれないかな。まぁ一筋縄で行かないと云うのはわかっているけれどね。だけど友人として君のことを思っている。それだけはどうしても、伝えたかったんだ」
こんなにも優しい友人を持つことができるのに、アリスはそれを拒んでいた。そのことをまざまざと突きつけらて、よく彼らがここまで堪えられたと思う。
ダークが友人として話していた二人の男性は、異様の存在として扱われていたアリスにも不思議と顔馴染みとなった。だがアリスにとってあくまで彼らは「ダークの友人」であり、アリス・ルヴァガにエリーラと同等の友人ができるなんて思ってもいなかった。だからアリスは距離を置いて付き合っていたのだ。そんなアリスの気持ちのない態度が続いたら、人は自然と離れて行くものだ。しかし彼らは、離れることなどしなかった。それはアリスのことを友人だと思ってくれていたからである。
それをアリスは、ダークのおかげだと思っていた。ダークの友人だから、一緒に居てくれる。ダークの友人だから、話してくれる。
しかし違うのだと、今ようやくにしてわかった。アリスの友人だと思ってくれているから、彼らは一緒に居てくれたのだ。そう思った瞬間に、膝がかくんと折れた。
「アリス!」
咄嗟に駆け寄ったのは後ろに控えていた人霊ではなくウォレンだった。座り込んだアリスを、後ろから支えるが、アリスはウォレンに頓着せず、唇を噛み締めて声を搾り出す。
「みんなのアスルを、ごめんなさい……。私の所為で、あんなことに……」
「アリス、それはどういう意味?」
「私が、止められなかったから、ラナさんは止めようと、して……」
「……そっか」
それだけの言葉で、シェイドは察してくれた。アスルで何があったのか、そしてそれを、口に出すことを躊躇ったアリスの心境すべてをわかってくれた。
「ありがとう、アリス。話してくれて、ありがとう」
泣きそうな顔をしながら謝るアリス・ルヴァガを、我がことながら可笑しく思う。
アルスに居た頃は、絶対こんな弱い顔を見せなかった。いつだって自分一人で立って、手を出されることを拒んだ。普通泣いてしまうようなことも、一人堪えて耐え忍んだ。ダーク以外にまるっきり弱みを見せなかったアリスが、それを崩した。シェイドを認めたことがきっかけとなったのか、身体から力が抜けて行くようだった。
「アリス、立てるか」
友人に加えて、ウォレンの力強さに幾度助けられているのだろう。アリスの周りには、気付けば手を差し出してくれる人がたくさん居た。
「──うん、大丈夫。ありがとう、ウォレン」
そう云ったのに、ウォレンは差し出した手を仕舞わない。苦笑して仕方なく手を借りて立ち上がると、ウォレンは相変わらず心配そうな顔で見て来る。
「出発は遅れても良い。少しここで休むか?」
「ううん、大丈夫」
心配そうにしながらも笑ってくれたウォレンを見て、申し訳ない気持ちになる。昨日もただただ自分のことしか考えられないアリスに、ずっと付いて励ましてくれた。たったそれだけで、アリスの気持ちは少し軽くなっていた。現実と向き合うことができた。
「シェイド、ありがとう」
「うん。アスルは、楽しかったね」
「うん、楽しかった」
「今度また遊びに来てよ、ナイーシャと待っているよ」
既に結婚しているシェイドは、嬉しそうに妻の名を云う。そういえば召喚師になったら結婚して仕官すると話していたことを思い出す。
もう戻れない時を歩いているのは、ウォレンだけではないのだった。
・・・・・
味方に見送られて無事に王都入りを果たしたウォレンたちはしかし、関所通過を屁理屈で押し通した所為か、たくさんの法術師に囲まれた。
「イーリィ、別れよう」
「はい、殿下」
もともと決めていた通り、途中までは作戦通りうまくいった。しかしだんだんと計算よりもバラバラになってしまい、気付けばウォレンとアリス、師走と長月だけになった。
「なんでよりによって、この組み合わせなの」
「無駄口を叩くな」
ぼやく師走に長月が応戦しつつなんとか場を凌ぎ、レンガ敷きの舗装された道から、だんだんと森林が多くなり、人気も感じられなくなる。王都という場所にこんなにも自然に囲まれた場所があったのかと驚くほどに、そこは綺麗な風景だった。
「辺りを見て来てよ、長月」
「なぜ俺がアリスから離れなければならないんだ」
一番に起こしたからかアリスは師走と行動することが多かったが、長月が起きてからというものだいたいがこんなである。おかげで最近の師走は不機嫌で、アリスも長月に話したがお手上げである。師走は不満なのかふてくされていたものの、状況が先だと判断したのか、大人しくもとの道へと戻って行く。
「王都にこんなところがあるんだな」
「ああ、ここは卯月が治める地区で、この森は王宮貴族領まで続いているんだ」
王都というと煌びやかで立派な建築物が群れをなしていると思っていたが、ラムから入って来た先は思いのほか普通だった。もちろん舗装はされているし建築物は揃いたっているものの、これと云った特別感はない。下級貴族や大商人の庶民が暮らしているという。そんな王都も12の地区に分けられ担当は人霊がしている。現在はもちろん主不在の状態ではあるが、もともと領地というものはそれぞれの貴族が持っているものだ。特に問題も起こらないのだろう。
「ウォレン、どうするんだ」
「ひとまずここは安全のようだな。位置からすると……」
長月とウォレンで相談し始めた矢先、森の先から何人かの兵が隊列をなして現れた。長月が先方に出るものの、さきほど逃げて来た道は安全が確保できず後退できない。長月に続いてアリスが前に出ると、ウォレンがその手を掴む。
「アリス、俺から離れるな」
「だが、ウォレン。おまえが捕まるわけにはいかないだろう」
「軽卒な行動をするな。アリスが居なくてどうするんだ」
「でも……」
ここではウォレンの命が一番重要視されるべきで、アリスは主を守らなければならない。ならば先頭を切って前に出るべきではないのか。
そう悩んでいたって、人は待ってくれない。十名程度の歩兵たちは歩みを進めて、アリスたちの前にやって来た。
「そこまでだ、王太子殿下」
先頭に立つ上背のある男が、低い声で云い放つ。
「もう逃げ道はない、さあ、どうするんだい?」
目の前だと云うのに長月は何もしない。どうするべきだろうか。そう思っていたところで、後ろのウォレンが呆れたような声を出す。
「こんなところで何をしているんだ、バックロウ?」
ウォレンの何所か優しい声を聞いた瞬間に、警戒を解いて良いということがアリスにもわかった。上背のある男も、ウォレンの言葉に相好を崩して手をひらひら振る。
「やあやあ、一回ヘルバルク並みの悪役というものを演じてみたかっただけだよ、失礼したね」
そうして頭を下げる男の動作は何所か芝居がかっており、アリスの手を掴んでいたウォレンの力が抜けて行く。どうやら安全になったのだと理解できた。
「久しぶりのお帰り、お待ちしておりました。ウォレン殿下」
「しかしあまり悠長なことは云っていられない。早いところ移動したい」
「それならここより先には誰も手出しできませんので、ご安心を」
「どういうことだ、バックロウ」
「買い取ったのよ」
そう高らかな声が上がったのは、兵の後ろからだった。声と共に並んでいた兵が道を開け、そこから現れたのは色白の美女だった。そのゆるゆるとしながらも堂々とした歩き方は、先を急いでいたウォレンたちをなぜかほっとさせる効果があったようだ。
「お久しぶりです。ご機嫌麗しゅう、お従兄様」
にっこりと微笑む彼女を見て、ウォレンはすべてを察したらしい。大丈夫だ、とアリスに小さく頷いた。
「ギルドの云っていた、隠れて何かをしている連中はおまえたちか。メイ」
「とんでもないわ。お約束通りこのままお従兄様たちをルダウン=ハードク家にお招き致します。その前にひとまず別宅へご案内致します。徒歩で申し訳ありませんが、ご一緒してくださいますか?」
「当たり前だ、歓迎を感謝する。メイリーシャ」
ウォレンに呼ばれたメイリーシャはにっこりと微笑んでアリスを見る。
「そちらはアリス・ルヴァガ宰喚ですわね。初めまして」
「挨拶は後にしてくれ」
「あの、ウォレン」
「どうした、アリス。悪いが説明は後で……」
「うん、それは良いんだが、いい加減、手を離してくれないか」
そう云われて初めて気が付いたとでも云うように、ウォレンは握りっぱなしにしていたアリスの手を見遣る。
「今はとりあえず安全なんだろう、だったら信用して離してくれないかな」
「お従兄様、いつまでもレディの手を握っているのは破廉恥ですわよ」
「おまえに云われると、俺も形無しなんだが」
ふっとウォレンが柔らかく笑ったかと思うと、
「すっかり忘れていた。すまない、アリス」
「ううん」
ウォレんは少し、困惑した表情だった。どうやら本気で忘れていたらしい。
そんな二人を見てくすくすと笑いながら兵と共に歩き出すメイリーシャに、アリスたちはくっ付いて行く。森を少し抜けた先に、瀟洒な邸宅が一軒建っていた。邸宅の前に老齢の男性がひとり立ち、ウォレンたちが見えると恭しく頭を下げた。
「ハルガンのリリアンレードン家よ。ちょっと御借りしたの、明日は馬で移動するから、許してくれるかしら」
「なんでも良いが、ハルガン、構わないのか」
「ええ、もちろんでございますとも。イーリィ城将たちも先ほどこちらにご案内致しました。みなさんご無事ですよ」
王都に入ってからはひとまず、王宮貴族ルダウン=ハードク領に入る約束を既に書簡でしていた。それ以前の王都での行動については、貴族たちとの確約ができていなかったため、特段決めていなかった。ひとまず近しいルダウン=ハードク家に向かうこと。はぐれた場合には緊急避難場所として指定していたのだが、みんな場所は違えど無事にたどり着けたことに安堵する。
邸宅に案内されたアリスは、色白の美女にゆっくりと頭を下げられた。
「ご挨拶が遅れましたわ、私はメイリーシャ・レイ・アルクトゥラスと申します。こちらが夫のバックロウ・ルダウン=ハードクですわ。以後お見知りおきを、ルヴァガ宰喚」
かつてないほど丁寧な挨拶をされて、アリスは少しばかり緊張しながら頭を下げ返す。生まれつき病弱で、医者ルダウン=ハードク家に引っ込んで、そのままそこの長男を婿にして領地に引っ込んだと聞いている令嬢は、病気とは思えないほど朗らかに微笑んだ。少し色は白いものの、彼女の語り口調から病気であることなどわかり得ないほどに、明るさに満ちた人だった。ウォレンの親友で従弟ローウォルトの妹。彼女とはウォレンも気心知れているからか、すぐ書簡を出して協力の旨を申し込んでいた。4年の時を超えても彼女は変わらず、ウォレンを兄と慕い救ってくれたのだ。
「ちょっとはお役に立てたかしら? ふふ、明日までお待ち戴ければ馬車でルダウン=ハードク領までお送りできますからね」
ウォレンを助けたことに有頂天なのか、はしゃぐ様子のメイリーシャはアルクトゥラス卿という地位にありながらも、やはり何所かかわいらしい人だった。
先ほど見た森がルダウン=ハードク領まで続いており、木漏れ日の下を馬車で走ればあっと云う間にたどり着けるらしい。召喚獣を呼んでも良いのだが、人数も多いからと彼女らの好意に甘えることになった。
歓談をしていた場所へセナが現れ、アリスは少しほっとする。
「セナ、無事だったのか」
「ご心配をおかけ致しました、殿下がご迷惑をおかけして」
セナがだいたいの敵を排除してくれたから、こうして無事にたどり着けたことは、アリスにもよくわかっていた。最初から敵の気配を感じていたらしいセナが、あちこちで少なくしてくれていたのだ。そのうちにはぐれてしまったことを、セナは悔いているらしい。
しかしそんなセナの心配など、主はどこ吹く風だ。
「そう簡単にセナが死ぬわけないだろう」
「ええ、ルア、いつもご心配して戴いて光栄ですが、簡単には死にません。殿下が無事常識を持つまでは死にきれませんよ」
「何の話だ」
「ほら、殿下。イーリィ城将が心配していらっしゃるので、少しお顔を見せてくださいね」
「いや、少しぐらい後でも……」
「済みません、メイリーシャ様、バックロウ様。ご挨拶はまた後でごゆっくり」
「ええ、セナ。お従兄様をよろしく」
「ルアも殿下が居ない間にお休みください。部屋に水無月様がいらっしゃいますので」
「あ、ありがとう……」
止める閑もなくウォレンを連れ出してセナは部屋を出て行ってしまった。入れ替わりにやって来たのは師走だ。
「アリス! 良かった、ごめんね、離れちゃって」
「ううん、おかげで無事だった。ありがとう」
「今日こそはウォレンより先にアリスを連れて行こうと思っていたんだ。いつものごとくウォレンに呑まれてアリスがまた散歩にでも行っちゃったら困るから」
「もう王都に入ったんだから、流石にしないでしょう、ウォレンも」
「さあ、どうだか」
「じゃあ、私がしない。それなら良いだろう」
反対していたはずなのに私がきっぱり云い切ると、師走はなぜか悲しそうな顔をする。師走はきっと、わかっているのだ。このところアリスがウォレンを避けていることを。知っていて敢えて、こうして牽制をして来たのは、どういうつもりなのか。今さら表立って聞けずにいる。
アリスはさっき握られた手を見つめる。離れ難いのに離さなければならないと思った。もうウォレンとは、以前のように話せない。アリス自身、臣下としての気持ちを引き締めなければならない。
「それより師走、少し休んだ方が良い。おまえも疲れているだろう」
「じゃあ部屋に戻ろうか」
「私は少し、頭を冷やしてから行く」
「すみません、アリス・ルア」
師走との間に入って来たのは、控えめながらも凛とした声。メイリーシャはしかし、二人の視線を受けて少し戸惑ったような顔をする。
「あ、いきなり呼んでしまって失礼だったかしら」
「いや、そんなことはありません。みんな好き勝手呼んでいるから」
「良かった。よろしかったら少し、お話しませんか?」
「こちらからも頼むよ、ルア。 悪いことに、こいつの話し相手というのが年寄りしか居なかったものだからね」
「それってバックロウ、自分のことを云っているのかしら?」
「君がこんな小さい頃のことを云っているんだよ、メイリーシャ。ちびっ子メイリーシャの話し相手は親父ぐらいだったろうに」
「失礼ね、いつも居ない誰かと違って、ルジンダがいつも一緒に居てくれたわ」
「ああ、そうか、そうか。それは失礼」
小さな夫婦漫才を見せられた後にも関わらず、メイリーシャはくもりない笑顔でアリスを見る。
「よろしくて、ルア?」
「ああ、私は構いません。でも、疲れてないかな」
「ええ、私は全然。いつもより断然元気ですわ」
「だけどメイ、早めに戻るんだよ。ルアだって疲れてるだろうから」
「わかってるわ」
「自分のことも少しは考えておけよ」
「ええ、もちろんです」
云ってメイリーシャは微笑んだ。そこには共通の何かがあるように思えて、アリスは少し羨ましい。アリスにもあんな人が居たことを思い出す。何も云わずともわかってくれる家族が。
「お従兄様があんなに信頼されているなんて、私とても貴女に興味津々です」
少し暗い気持ちに落ちかけたアリスを、メイリーシャはこの世の陽をすべて取り入れたかのような、満面の笑みで迎え入れたのだった。




