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精霊物語─王国の目覚め  作者: 痲時
第16章 家族
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第91話:望まない形


「き、さま……は」

 すべてが壊れて行くその瞬間を、彼はじっと見ていた。

 いつも尊大な態度を取って弱者を貶めていた高位の者たちが逃げ惑う姿を想像すると、非常に心が躍ると思っていたのだが、意外にも彼は冷静だった。非常に冷静に、すべてが壊れていく様を見ていた。この12年間育った町、アスルの主要部が壊れていくのを。


 アリス・ルヴァガを利用し、捨てた罪に、罰を与えてやった。


「何をしているの」

 逃げるでもなくただぼんやりとその景色を眺めていた彼に、懐かしい声がかかった。罪悪感がないとは云えない。だが既に彼は、覚悟を決めてここに来た。それは彼女も同じだろう。

「──ラナさん、久しぶりだね」

 ダーク・クウォルトは、そこで笑った。しかしラナ・シリアは笑わない。養母の笑わない真剣な表情を、ダークは何度も見たことがある。それでも、こんな表情は見たことがない。こんなにも悲しそうで、辛そうな顔を。そうさせているのは自分だとわかりながらも、そんなことを思う。

「貴方がやったのね……」

「そうだよ」

「──ここから先は通さないわ」

「何庇ってんの、ラナさんだって散々こいつらに苦しめられた一人だろ」

「……そうね」

 彼女はそこで、呻いている城中召喚師を見遣る。その視線はまるで朽ちた死骸を見るかのように冷ややかだ。

「ラナさんが庇う必要なんてないよね」

「あるわ」

「なんで」

「嫌なのよ」

 ダークはそれなりに、正当なことを云っていると思う。人道的に外れていようが、ラナはそれこそこの腐り切った召喚師の町に苦しめられて来た。ならば彼らを庇う理由は何所にもない。これを機に、召喚師の席に戻ることだってできるのだ。

「嫌なのよ、もう、戦うのは。裏をかいたり読んだりなんて、そんなのもうたくさん。通さないわよ、ここから先は」

 ラナが深々とかぶっていたフードを取りさると、銀色の髪がふわりと風に揺れた。その風は少し焦げ臭く、あまり美しくはないのに、目の前に立つ養母は実に凛々しかった。あの伝説の銀髪が、今目の前で揺れている。だがそれでも、ダークは進むことをやめられない。アリスを苦しめたのはこの召喚師だけではなく、法術師もである。彼らにも鉄槌を下すと、ダークは決めていた。計画を違えるわけにはいかない。たとえアリスに軽蔑されようとも、何度だってアリスのために立ち上がる。むしろ自分のためなのかもしれないが、ダークの中ではすべてが決まっていた。


「悪いが俺は、ここを潰さなければならない。そう決めたんだよ、ラナさん」

 だからごめんね、とダークは召喚獣を呼び出す。望まぬ戦いなどしたくはなかったが、ダークは前に進まなければならなかった。道を阻害するものは、すべて排除しなければならない。


 たとえそれが、大事な養母であろうとも。


・・・・・


「突然の訪問を申し訳ございません」

 言葉とは裏腹にまるで悪気などなさそうに、にこにことグラン=クレナイは微笑む。それをどうしても冷ややかな目で見れないことが、アサギの欠点だと思う。要するに、お人好しなのだ。それはやはり父に似たのかと血の所為にしたくなるが、 たぶん関係がない。アサギの性格だ。

「ご無沙汰しておりました、変わらずお元気そうで何よりです」

「ええ、おかげさまで」

「とりあえずあの、そこに居られると少々目立つので、降りてくれませんか」

「ああ、済みません」

 今気が付いたとでも云うように、ようやく窓から中に入った。下級とは云え元貴族とは思えないこの行動に、慣れてしまったアサギも怖い。

「お招き戴けて光栄です」

「僕としては、あまり招きたくないのですが」

「それは申し訳ございません、我が当主は随分と気まぐれな質でして」

「あれ、今回は当主命令なのですか?」

 てっきりマスターの命令だと思っていただけに、少し声が大きくなってしまう。



「そうなんだよ、ケンゼット!」

「アサギ」

 とりあえず重要なところを訂正しておきつつ、

「誰かと思ったら……」

 先ほどから誰かの気配を感じては居たものの、まさか本当にその当主だとは思わなかった。スティーク・ド=レス・ダカンタトゥラスは、不機嫌なアサギのことなど気にも留めず、相変わらず綺麗な顔をした顔でにこやかに笑ってみせる。

「よお、久しぶりだが、元気そうで何よりだ」

「そちらもお元気そうで」

「領の方でケンゼット宛に伝言残したんだが、きっと伝わってないんだろうな。おまえ、帰ってないんだろう」

「アサギ」

 繰り返して云うが、相手は気にした様子もない。アサギは深々溜め息を吐きながら、

「いらっしゃるなら連絡をくださいよ」

「連絡したところで断るだろう、おまえ」

「断りませんよ。ダカンタトゥラスからの申し入れなら、ですけれどね」

 ちらとグランを見て云うが、彼はやはりのんびりと微笑んだだけだ。

「まったく何所に隠れてるかわからないから、だいぶ探したんだぜ。ダグラスにまで顔を出して」

「姉さんのところにまで押し掛けたんですか? 相変わらず図々しいですね」

 もうトゥラスから離れて大企業の顔として働いている姉シグレには、あまり迷惑をかけたくなかった。特にその夫には多大なる迷惑を被っただろう。あの人を怒らせることは、あまり得策ではない。普段から優しく情に甘い義兄だが、怒らせたら本当にまずいことになると知っているのはごく少数である。

 その性格はアサギに似ていると、いつしかシグレに云われたことがある。自分はあれほど甘くはないしそれほど怖くはないと思うのだが、こういう人たちが来ると、そういう自分を否定しなくてはならないから大変嫌な気分になる。だからこそ会いたくないのだが、この叔父と従者の組み合わせは不思議と嫌えない。



「まああんまり固いこと云うなよ、世界平和のために一発さ」

「僕の望む世界の平和と云うのは、こういう訪問がないことなんですけれどね」

「その世界を作るために、今、おまえの親父は奮闘しているんだろう?」

「──随分と情報が早いですね」

 思わず声が低くなる。それを聞いたグランが少し動いたが、 スティークは楽しそうに笑って彼に向かってひらひらと手を振る。途端グランが一瞬放った禍々しい攻撃の気配が、まるで嘘のように消えた。こんなやり取りに巻き込まれている自分が、本当に愚かしい。

「まあ負けてらんないよってグランが本気出したんだよ」

「僕は信じておりますよ、お二人を」

 しっかりと見据えて云えば、大丈夫だと云う風に手を振る。

「任せておけって。俺はおまえを裏切ったりなんかしない。俺は好きな奴にはとことん甘いからな」

「それはよく知っています。なんだかんだ云いつつ、ウォレンさんにも協力しているようですしね」

「あー、首を突っ込む気はなかったんだがな」

 かりかりと頭を掻く。

「ちょーっと捜しものついでにうろうろしていたら、巻き込まれちまったんだよなぁ」

「見つかりました?」

「見つかったらこんなところ居るわけないだろうが」

「いつまでも片意地張っていると、後悔しますよ。数年後に」

「──珍しいな、ケンゼット」

「アサギ。──何がです?」

「情報の切れ端を見せることが、だよ」

「だから信用しているからですよ」

 にっこりと微笑んでやる。

「まあ、今となってはすべて後の祭りだ」

「──構いませんけど、ね」

 彼がずっと捜しものをしていることは知っている。それがなんなのかも、その真相の一部も、アサギは自身の力を持ってして知った。探ったわけではなく、知ってしまったのだ。


 協力できないものかと鎌をかけたが、スティークは頑に自分の力で探すことを条件としている。だからアサギは何もしない。何も彼のために、教えてやることもしない。




 そしてクレナイにも、できる限り近付かない。

 アサギが望むのは平穏な生活だ。

 バラスター・ダナ・セラネートゥラスが望んだような、何事もない平和。それは父が同時に望んだことでもあり、同時に得られなかったものでもある。


「しがない商人にできることは、物品の交換です。御用がおありですか?」

「生憎と商人には用ねぇんだよ」

「──見逃してくれませんか、これでもここ数日、商会の仕事、滞ってるんですけど」

「滞らせたのは自分だろう、エリーラ・マグレーン嬢、だったな」

「商会が手不足だったので、雇っただけですが?」

「白々しいんだよ、だったらどうしてここに居ない」

「雇った相手がたまたまルアの親友だったと云ったら、信じてくださいますか?」

「信じたら、手伝ってくれるか?」

「──わかりました、わかりましたよ、手伝えば良いんでしょう」

 ばさりと書類を机に投げ捨てる。

「どっちにしろ、おまえは出るつもりだっただろうが」

「なんの話ですか?」

「ルジェだよ」

「……」

「幾らルジェったって、簡単にはいかないだろう。バラスター兄さんを丸め込んだのは、おまえだな?」

「丸め込むって、人聞きが悪いですよ。僕はただ、交渉に出向いただけですが」

「だがその結果はオーケーなんだろう、気になるなぁ、バラスター兄さんの秘密ってやつ」

「企業秘密です」

「だろうな。──ま、なんでも良いがな。頼んだぞ」

「それで、どっちをすれば良いんですか? 提供? それとも実践ですかね」

 すっと仕込んであった短剣を正面に投げつけると、グランはそっぽを向いた程度、スティークは大げさにのけぞってみせるが、演技だろう。飛んで行った短剣は見事、聞き耳を立てていた人物の胸板に刺さった。

「実践は随分と出向いていないので、ご覧のとおり腕が鈍っておりますが」

「何所がだよ」

 スティークは苦々しく、倒れた男の胸部を見る。

「心臓一つ手前で止めるなんて芸当できる奴、腕が鈍ってるって云わねぇだろうが」

 倒れた男は必死に逃げようとするが、どうやら麻痺の薬が効いているらしく、うまく動けないままにひくひくしている。あーあ、やってしまったなぁ、とアサギは思う。死んでもらうつもりもなかったが、うまく心臓にヒットするとも思わなかった。こういう時、自分の器用さを呪いたくなる。

「まったく。──一日二日で帰るかと思いきや、いつまで居るつもりなんだか」

「え、何。そんな前から居たのにおまえが見逃していたわけ?」

「いや、餌にして引っ掛けてやろうと思っていたんですけど、帰る様子がまるでないので、面倒だからそのまま放ったらかしておいたんですよ。大方、ダカンタトゥラスの来訪を見て、手柄をさらに取ろうと思ったようですが」

「もしかしてそれ、俺の所為だって怒られるわけ?」

「察しが良くて何よりです。だから片付けもそちらにしてもらおうと思っていたんですけど」

 にっこりと笑ってやると、苦虫を噛み潰したような顔になる。息の根を止めるのは簡単だが、その後の処理が実に面倒くさくてどうしようかと思っていたのだ。その矢先の訪問だったので、実際のところ来てくれて助かっているかもしれない。

「あーあー、わかったよ。こいつはグランが片付ける」

「勝手な命令しないでくださいよ。──まあ、片付けますけどね」

 グランは面倒くさそうに云う。本来彼の仕事は暗殺であって片付けではない。

「手伝いますよ、情報は合い判で」

「せっこい奴だな、おまえ。仕方ない、たまには使ってやろうじゃないの、権力って奴をな」

 はぁとわざとらしい溜め息を吐いた後に叔父が見せた顔はしかし、いつも見るふざけた様子ではなかった。たまに見せる、探し物を調べている顔と同じく、久しぶりに見るトゥラスらしい表情だった。


「トゥラス第12位ダカンタ当主より、トゥラス第6位ランディ子卿アサギ・ケンゼットに命ずる。ダカンタトゥラス及びクレナイに手を貸せ。──すべては我が主ウォルエイリレンの為に」

「──かしこまりました、ダカンタトゥラス卿。命令を承ります」

 望んだのは、ただ平穏な日々だったんだけどな。

 別の伯父バラスターの気持ちが痛いほどにわかって、その分、心の何かがひしゃげた気がした。


・・・・・


 霜月祠から一向は大河を渡りレイシュへとやって来ていた。

「懐かしいな」

 ウォレンがぽつりと呟くのを、アリスも小さく頷いた。そう、このレイシュはすべてが始まった場所。エースと名乗る青年と会い、師走祠まで連れて来られて、精霊召喚師として認められた場所だった。隣には逃げてきた故郷のアスルがある。


 しかし彼らは、アスルには寄らない。

 アリス・ルヴァガの存在は、アスルではあまり良いものではない。だからアリスも別段寄りたいとは思わない。エリーラがこちらに来てしまった以上、友人と云える者は居らず、唯一心配なのはラナぐらいである。

 大河の隣にまでキアラミームの領地は広がっている。アスルには寄らずこのままキアラミームを通ってラムへ下り、王宮を目指す予定であった。


 その時までは。


 レイシュにある城塞に挨拶をしてから南下しキアラミームを通っていた一向は、凄まじい揺れを体験した。最初地震だと思われたそれは東側からで、その後にどんっと音が鳴り響きガラガラと何かが崩れる音までが響いて来た。

「何事だ」

 ウォレンがつぶやけば瞬時にセナが戻って来た。音がした瞬間に近場の高台を見つけて様子を見て来たらしい。いつもながら行動が素早すぎて気付けないぐらいだ。

「どうやら……アスルです。ミナヅキ地区の辺りでしょうか」

「え?」

 アスルのミナヅキ地区と云えば、精霊城のある中心街だ。数える程度しか行ったことはないし、良い思い出はないものの、やはりアスルで何かがあったとなると心中穏やかでは居られない。


 そんなアリスの心中を察したのか、人霊がすぐさま動き出す。

「少し見て来よう」

「待って文月、僕も行くよ」

 アスルは召喚師の自治町だ、流石に彼らも落ち着いて居られないのだろう。文月に続いて葉月が行って来るねとアリスに云う。

「先に向かっててもらって構わないよ、様子を見て状況確認したら、あとで報告するから」

「うん、お願いね」

 冷静な文月と葉月なら安心できるが、去って行く二人を見ながらざわざわと心中穏やかにならない。その間にまたしても、強い揺れがやって来ては小さな島国を襲う。

「っと、アリス。大丈夫か」

「うん、ありがとう」

 ミナヅキ地区からアリスの居たハヅキ地区は少し距離がある。しかし唯一残して来た養母を、アリスは不安に思う。




 その情報が入ったのは、一行が少しずつ歩みを進めてラムへ入ろうという時だった。戻って来た葉月は顔色が悪く、文月の姿は見当たらなかった。

「殿下、どうやらアスルは何者かに襲撃されたようです」

「襲撃? アスルを?」

 いったいどうしてこのタイミングでアスルを襲うのか、誰がなんの目的でやったことなのか、いまいちわからない。ウォレンもそれは同じなのだろう。顔をしかめている。

 しかし葉月はそのまま、アリスへと視線を向ける。

「アリス、落ち着いて聞いて欲しい。ラナが巻き込まれた」

「──え?」

「いま文月が対処しているが、相当な深手なんだ」

 アリスの事情については知らせてあるから、アスルに居る養母の話は全員知っている。ただハヅキ地区に居るはずの彼女が、どうしてミナヅキ地区でそんなものに巻き込まれているのだろう。深手とはいったいどういう意味なのだろう。

 いくつもの疑問が頭のなかをぐるぐると駆け巡るが、葉月の目はとても冗談を云っているようには見えない。当然だろう。


 アスルで何かが起きた。

 そしてラナさんが巻き込まれた。これは事実なのだ。

「──ごめん、ウォレン」

「アリス!」

 ウォレンの止める声も無視して、アリスは召喚獣を呼び出しアスルへと向かった。

 一年前逃げ出したあの土地へ。


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