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精霊物語─王国の目覚め  作者: 痲時
第15章 最愛の人
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第90話:霜月の目覚め


 それは霜月の情景。


 木枯らしが吹き出し木々は色付きを終え、来たるべく寒さに人々が右往左往する。そんな月はしかし、彼らに季節の移り変わりを感じさせる時間でもある。


 予想しない程の速さだった。だけどみんなが消えて行っても、俺だけは、俺だけは絶対に守り抜いてやらないと。そうルウラと約束したから。



 なのにどうして、この身体は云うことを聞かないのか。

 ──早く、行け。

 抵抗したいのに、もどかしく動けないこの身体に、小さく見える背中が立ち止まってしまった。止まったら負けだと叫びたいのに、声は出ない。


 ──カグラ……!

 莫迦……早く、行けよ。


・・・・・


 その紫はとても印象的で、放って置くにはもったいなかった。

「ここで何をしているんだ?」

 声をかけたのは、それだけの理由である。

 男は声を聞いても顔を上げることもせず、ただぼうっとその荒れ果てた荒野を眺めるばかりだった。そしてぽつりと、こう漏らしたのだ。

「──この国を、どうにかできないものかと考えていた」

「国?」

 既に国とも云えない、荒廃した土地だ。ここを国と表現するものも少なくなって来ていた。元々、 西国は国というものにあまり執着がない。執着がないと云うと語弊があるかもしれないが、とにかく国というものはいつしか滅びるもので、あまり重んじていないというのが現状だ。現在レージング王国が大国で一番強大なる国と恐れられているが、それもいつまでの命かはわからない。

「ここは基点だ。このローズサウンドを動かす、基点となる大地。それだけではいけないのか?」

「ここで生まれてここで生きて来た者として、それなりの誇りがある。この国をこのまま滅びさせてはいけない気がするんだ。私は諦めたくない」

「へぇ……」

 生真面目な男だった。そしてそういう男は苦手だった。だが気が付けば、手を出してしまっていた。

「おもしろそうなことを考えてるなぁ」

 そこで初めて、男は彼を見た。

「君は、西国の人か」

「ああ、まあね」

「では反対だろう。基点となるここが国として成り立てば、おそらく他国への行き来にここを使えなくなる。今まであらゆる国へ行けていたのは、この国があまりに何もないからだ」

「でもここ、俺は嫌いじゃないぜ」

 云って踏みしめる。固く渇いた大地を。

 本当に何もない土地だった。一応は王が居て王宮があって、そういう意味では国であるが、しかし本当に何もない場所だ。欲しいと思うものはない、奪いたいと思うものもない、だから西国が手を出すことなく、ここをあらゆる国へ行く時の駐留地として使っているのだ。それに対してこの国の王は不満の声すら漏らさなかった。だから彼らも、それ以上は何も求めていなかった。


 それでも彼がこの国に足を運んでしまうのは、静かだからかもしれない。この静かさ、そして何もない不思議な居心地の良さは、争いばかりある西国では有り得ない。

「知ってるか、あっちの方。夕方に来るとすごく綺麗なんだ」

「ああ、もちろん知っている」

「後あそこにある大木も綺麗だよな。ナノクニから取り寄せたのか?」

「私が生まれた時からあったな、あれは」

「ああいうもんを育てていられると思うと、それは素直にすげぇと思う」

 西国は誕生と消滅が一緒にやって来る。誕生したらいつ滅びるか、それをどうしたって考えてしまう。

「俺で良ければ、手伝うけど?」

「え?」

「人手が居るんじゃないか?」

「でも国に戻らなくて良いのか?」

「あー、たぶん駄目だろうけど、あんまり俺、自分の国に興味ないんだ」

 このまま順調に行けばいつしか座るであろう玉座というものを、自分がきっと破壊する。それを避けたかったのもある。だったら最初から崩壊させてしまったほうが、後腐れがなくて良い。

「西国の力を借りられるとなれば大きいが……良いのか?」

「別に。戻るつもりもあんまりないからな。──俺はレギウス。レギウス・バルト・レージングだ」

「レージングの王家か?」

「え、ああ。これでも第一位の王子だ」

「国を捨てるつもりか」

「俺が居なくたって別に誰かしらが王になる。そういう国だ」

 生真面目男は顔を顰めた。西のこういった風習は、なかなか他の大陸だと理解してもらえない。そんなことはわかっていた。

「納得してくれんかな、俺はここの方が好きだし」

「まあ良い。取りあえず手伝ってくれるという君の言葉を信じる」

「ありがとう」

「私はアリカラーナ・ファウスト・イシュタル。よろしく、レギウス」

「──あんた、国王だったのか」

 始まりは、こんな些細な会話からだった。


・・・・・


 目の前に現れたのは全体を茶色にまとった、少し軽薄そうな背の高い青年だった。

「──アリス?」

「またか」

 何度目かになる驚きに、アリスも思わず苦笑が漏れてしまう。しかしそれですべてを察したらしく、起きた青年、霜月は小さくあくびをしてから、ああ、と小さく頷く。

「びっくりした、他にも云われたの?」

「まあね」

「幾ら俺たちでも、忘れられない人って居るんだよ。特に最初となればね」

 伸びをする彼にまるで緊張感はない。新しい主を見て人霊の反応は様々だが、彼は一段と軽かった。しかしアリスは、彼らとの関係を軽いものにはしたくない。かと云って、初代に頼るつもりもない。

「気持ちはわからないでもないんだけど……後でみんなにももう一度云おうとは思うが、私は今この時代に生きているアリス・ルヴァガだ。容姿や力が似ていようと、初代精霊召喚師ではまったくない。だからこの時代のアリス・ルヴァガとしてまた接して欲しい」

 身体のあちこちを伸ばし終えた霜月は、今までの動作がすべて芝居だったかのように、大仰に頭を下げアリスの手を取る。

「──誓約します。霜月を司る人霊として、貴女に仕える所存です」

「……ああ、よろしく」

 その手に落とされたのは、彼と同じ茶の輝きを放つ石。アリスの手にこれまで落とされた石の、最後の一粒だった。


 祠を出た二人を出迎えたのは、ウォレンと長月だ。行くと云って聞かない長月は、最近アリスの意見も人霊の意見も構わず、とにかくアリスに仕えている。ウォレンは霜月を見ると、小さく笑う。

「久しぶりだな、神楽」

「そうか? 俺は寝ていただけだから、寝て起きたら目の前におまえが居るだけのような気がする」

「人霊たちにしてみれば、そんな一瞬のことなのだな」

 自嘲気味に嗤ったウォレンの前で、突然霜月がその場に膝を折った。

「申し訳ありませんでした」

 ウォレンは少し驚いたようだったが、すぐに表情を引っ込めて霜月を見つめていた。

「ルウラ・ルアの命令を守ることができず殿下を放り出してしまったこと、主と主の主を守れなかったことをずっと後悔していた。殿下の御身、ご無事で何よりでした」

「……ああ、ありがとう。おまえのおかげだ」

 戴冠式の日、ウォレンと最後まで一緒に居たのは霜月だったと聞いている。彼が一番起こしたかったのはおそらく、霜月なのだろう。




 アリスは人霊たちにもらった石を眺める。最初は一つ、二つとひとりで集めていた石が、ようやく全部そろった。ウォレンと共に集めた、大切な信頼の数だった。

「ようやく全員そろったな、アリス」

「……ああ、ウォレンも、お疲れ様」

「おかげで打つ手ができた、こちらこそありがとうアリス」

 そう云って頭を下げるウォレンにアリスは戸惑ってしまう。最近ウォレンと一緒に居ることに緊張してしまう。それと同時に王都が近付いている事実に、身の上を思い知らされている。


 アリスはウォレンの、臣下なのだから。

 ずしりと心が重たくなったのを、アリスは気がつかないふりをした。


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