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精霊物語─王国の目覚め  作者: 痲時
第15章 最愛の人
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第88話:神無月の目覚め


 それは、神無月の情景。

 各地に居る神々が一同する季節、ほんのりと残っていた暑さは消え、涼やかな風が吹き渡る。食物は美味しく実り、夜は長くなり、人々の生活に活気が溢れ出す。まるで黄金の季節。



 ──カンナ、おまえには殿下を頼みたい。

 ──何を云っているのです、ルア。

 寝ぼけたことを云っている主に、反発などなかったが一応は下僕としてそう答えておくべきだと感じた。そんなふうに考えること自体がずるいのかもしれない。


 ──生まれ月として、頼むよ。

 ああそうだ、人々を豊かにする季節を象徴する自分は、彼を守らなくてはならない。


「カンナ」

 ああそうだ、彼には懐かしいものがある。


・・・・・


 その云い争いは廊下を歩いているだけで聞こえた。

「嫌です」

「クウォルト」

「嫌なものは嫌です」

 そんな子どもみたいな台詞を吐いて出て来た男に、僕は小さく溜め息を吐く。まるで出来の悪い弟でも見ているかのような気分で、少し呆れながらも微笑ましい気持ちだった。

「何をしているんだい、君は」

「──アート」

 人が居るなんて思ってもいなかったのか、彼はバツが悪そうに目を伏せる。見られたと思うと羞恥心があったのだろうと思ったが、それよりは落ち込んでいるように見えた。どうしてこう突っ走るのか、不思議で仕方ない。

「まぁたやらかしたみたいだねぇ」

「……どうして俺では駄目なんだろう」

「駄目に決まっているじゃないか」

 僕がそう答えても、彼は納得していない。当たり前のことに、彼は疑問を持っている。

「陛下がなんのためにがんばっているか、君、もしかしてわかっていなかったのかい? この国はこれから生まれ変わって発展して行くんだよ。そして君は第一位の王子だ。君が立候補してしまったら、衰退して行くばかりじゃあないか」

「レイトが居る」

「おやおや、弟君に全部押し付けてしまう気かい?」

 困った兄君だねぇと笑ったところで、彼の固い意志は変えられない。頑固もここまで来ると陛下も大変だろうなと思いながら、僕はこの困った王太子に肩入れしてしまっている。


「アートはどうして、国に帰らないんだ?」

「この国の居心地が良いからさ」

「この国の? 居心地が?」

 信じられないものを見た、とでも云うように彼は思い切り顔を顰める。

「もちろん住み心地は良くないだろうさ。だが居心地は良いんだ。なんだか落ち着くし、それになんと云ったって、ここはローズサウンドの基点。綺麗な女人がたくさん集まる」

「あのねぇ、アート……」

「まあ、冗談は置いておくとして。──確かに、母国に未練がないかと問われれば、それはもちろん違うと答えるだろうさ。僕だって仮にも王位継承権を持つ身だからねぇ。だけど君と違って王位は遥か遠いし、僕が数年ここに居たところで、御国から心配されることもない。つまり僕があの国に留まる必要はないわけで、僕が何所で何をしようが勝手だと云うことさ。僕は僕の好きなところで好きなことをする、それだけのことだ」

「──なら俺も同じだよ」

「ん?」

「俺は俺で、父上とは別のところで、またこの国を助けたいんだ。──俺もこの国は、好きだから」

 不毛の大地を見て、彼はそんなことをしっかりとした口調で云ってのけた。変わり者だなぁと思う。初めて会った時から、変わり者だった。


 こういう変わり者のことを、僕は嫌いになれない。

「じゃあさぁ、僕が君の代わりに立候補するというのはどうだい?」

「冗談を云わないでよ、今アートはやりたいことをするって云ったばかりだろう?」

「僕としては君がこの国の王位に即くところを見てみたいからねぇ。それにここに埋もれてしまえば、故国に戻らなくて済む」

「ふざけて……ないね?」

「まぁね、ちょっと本気」

「──駄目だよ」

 変わり者であるはずのクウォルトも、流石にそこは頷かなかった。当たり前だろう。自分がなりたいと云っているのに、自分はなれず周囲の者ばかりが悲願を叶えているのだ。おもしろくはない。


「やっぱり、そう云うと思ったよ」

 ぱんと手を打つ。

「さあ、行こうか、クウォルト」

「何所に」

「そりゃあ、陛下の御許さ。許しを請わなければならないだろう、二人の立候補を認めてもらえるようにね」


・・・・・


「おお、貴女が新たな主ですか」

 目覚めた神無月は非常に美しく、まるで西大陸の人形のような綺麗な顔立ちをしていた。しかしその彼は、他のどの精霊よりも流暢に語りだす。

「これはこれは、ルウラが居なくなって淋しさはあるものの、 次なる精霊召喚師がこれほど美しいとは嬉しいものだ」

 そんな神無月は近づいてアリスの手を取った。師走たちから彼の話は一応聞いている。一大事だと云うのにいつもと変わらない、女好きのどうしようもない男。精霊でなかったなら、今頃獄中に居るかもしれない。

 などと師走は酷評していたが、こうして自然とアリスの間合いに入って手を取ってしまう辺り、あながち間違いではないのかもしれない。


「それ以上は止めとけよ」

 その手を横から振り払ってのけたのはウォレンだ。そこで初めてウォレンの存在に気が付いたとでも云うように、神無月は肩を竦める。

「あれ、ウォレン。まだ生きていたのか」

「結構なご挨拶だな」

「して、新たな主へのご挨拶中に、邪魔をするのが君の趣味なのかな」

「おまえを放っておくと、後々大変なことになりそうだからな。邪魔をする」

「おやおや、嫌になっちゃうねぇ。これだから朴念仁は……」

「おまえを眠りから覚ましたのは、失敗だった気がしてきたよ、カンナ」

「そんなことを云っても良いのかな」

「──もちろん、冗談だ」

 そう云って笑うウォレンは、少しほっとしたように肩をおろしている。そんな彼に、神無月は唐突に膝を付いて頭を垂れた。

「ウォルエイリレン王太子殿下の生誕日を司る精霊として、生誕から20回目の今日、心からお祝い申し上げる。以後国王陛下として、この美しい四季にあふれるアリカラーナ王国に安寧を与えて戴きたく思う所存です」

「カンナ……」

「僕はおめでとうと、それだけは云いたかったんだ。──聞こえた?」

「……今、しっかりと聞いた。ありがとう」

 それはおそらく、聞けなかった祝いの言葉。

 ウォレンの誕生日、戴冠式当日に法術師の謀反が起き、本来なら祝うはずだった神無月の役割も取り上げられてしまった。今ここで行われているのは、あの日にできなかった誕生日のやり直しだ。


 もうすぐウォレン25回目の誕生日が来る。それだけの月日が流れたのだ。

 ウォレンが人霊を起こしたいと云った時、誰もが反対した。そんな危険で時間のかかることはするべきではないと。だがウォレンはどうしてもそれだけは譲らなかった。仕方ないと一緒に起こしてきたが、今こうしてみると、彼にとって本当に意義のあることだったのだとわかる。



 立ち上がった神無月に、アリスも頭を下げる。

「あの、神無月。アリス・ルヴァガだ、これからよろしく」

「ああ、もちろんだとも。──良いね、懐かしい目をしている。以後お見知りおきを、久しぶりのルヴァガ宰喚。カンナで結構」

 そう云って簡単に石を手渡して来る。何色と断定することのできない、光の加減であらゆる色に変色するかのような、虹色の輝きを持つ石だった。


 残す人霊はのもとへ、彼らは急いだ。


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