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精霊物語─王国の目覚め  作者: 痲時
第15章 最愛の人
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第85話:おしらせ


「まだ居てくれても良いのだぞ」

 早々に立ち去ろうとする青年に、シュタインは声をかける。一応は本音だったが、彼はそんなこと考えもしなかったとでも云うように、肩を竦め頭を振る。

「──いえ、やることがありますので。お力になれず申し訳ありません」

「いや、情けないことに貴殿の力が人一倍強かったな。助力に感謝する。また何かあればいつでも来るが良い」

「……ええ、ありがとうございます。シュタイン宰法」

 青年は後腐れなく立ち去って行く。その後ろ姿を見ながら、シュタインは少しだけもったいなかったかもしれないと思い直す。

 利害の一致、これほど信用できる手駒は居ない。だが彼が洗礼の儀式である禊の力になってくれる条件は、縛り付けないことだった。だからこれ以上深入りすることもできない。


 去って行く召喚師の青年を、シュタインはただただ見えなくなるまで見送った。それがシュタインなりの、力を認めたものへの礼儀だった。


・・・・・


 バラスターの静かに暮らしたいという要望はなかなか通り難いものなのか、今度現れたのは商売人の甥であった。

「ご無沙汰しておりまして、申し訳ございません。それもいきなりの訪問で」

「そんな恐縮する間柄でもないだろう、身内なんだから。自由にしてくれ。他の客人よりよっぽど良い」

 リズバドールの息子アサギは表向き商人をしている。もちろんそう滅多にセラネー領に来ることもない。従姉弟同士それなりの付き合いはあるものの、そう頻繁に行き交いするほどのことでもない。一応はセレナ懐妊のお祝いだと手土産を渡されたが、本題がそれでないこともわかっている。

「客人ですか?」

「ああ、煩い弟たちがな。おまえならまだ静かで構わない」

「それはどうも、済みません。しかし頼みがあって来たので、そう静かにはできませんが」

「まぁそんなことだろうと思ったよ」

 そういう素直なところが、スティークなどが来るよりずっと楽だとバラスターは感じる。

「率直に云わせて戴きます。どうかセラネーの領を王太子帰還のため、無断で通過することを、お許し願いたいのです。バラスター伯父上」


 単刀直入に要件を伝えられ、バラスターはすぐに答えることもできず虚空を見つめる。

 国を二分する内乱が起きていることは、バラスターだってもちろん知っている。それについて煩い弟たちがあれこれ動き回っていることも。だがこのセラネートゥラス領は我関せずだった。バラスターは何も関わらない、そう決めていることをシュタインもよくわかっているらしく、法術師の方からもこれと云った話はやって来ない。正しくバラスターの望む「平和」であった。


 しかしバラスターには、すべてわかっていた。

 逃げた王太子を国に据えることに異論を唱えたいことはわかる。だが法術師がこの国を滅ぼす原因になることは早々に理解していた。それでいて何もしないバラスターは、やはり卑怯なのだろうと思う。それでもバラスターは自身の平和を望む。アリカラーナに関わらないまま、そう長くない人生を終えたいとそう願う。



 ただ、王太子が逃げたことに対しては、思うところがある。

 たっぷりと長い沈黙をどうとったのか、アサギは決して急かそうとはしなかった。そういえばこの男はいったい何所まで知っているのだろう。甥とは云えそら恐ろしい。

「私はただ、ここで何も関わらず平穏に暮らしていたい。卑怯な私の結論だ」

「そう仰ると思いましたよ、伯父上」

「だができることなら、ウォレンと話したい。あいつが帰れるよう、導いてやってくれ」

「バラスター伯父上はウォレンさんが王位に即くことに反対だと窺っていましたが」

 自分から協力するように仕向けておいてそんなことを云うアサギに、思わず苦笑が漏れる。こういうずる賢いところは、父親に似たのだろうか。腹違いの弟を思い出して苦々しい気持ちになる。とても素直だというのに、変なところで意固地な弟。

「そうだな、反対とはまた違うが……あいつが居なくなった理由が、わかるから」

「それはシュタイン宰法が阻止したからでしょう」

「いや、それもあったろうが。それ以後現れなかった理由が、あいつの苦しみが、私には理解できる。他の誰にもわからないだろうが」

 私には、わかる。

 わかる。

 痛いほどにわかる。

 ──おまえは幸せになると良い。

 そう云って微笑んでくれたガーニシシャルの顔が浮かんでは、罪悪感にもだえる日々が続いた。それは特に、ウォレンが生まれて後、ガーニシシャルの気が狂ったように王位に向いた時のこと。毎日のようにその日のことを夢に見て、恐ろしさに眠れない日々を過ごした。マリークアントが居なかったら、おそらくバラスターは30歳で死んでいた。4人の娘に恵まれることもなく、あのまま死んでいただろう。今思い出すだけで恐怖が蘇り、未だ引きずっている部分もある。ウォレンとあまり関わらないようにしていたのは、彼にも罪悪感を覚えているからだ。


 もしバラスターがあの時、ガタルレインダーの言葉に頷いていれば、ウォルエイリレンはあんな辛い道のりを歩くことはなかったのだ。すべて過程の話ではあるが、彼が王太子になった時、少し話を聞いてやることもできたのに、バラスターはそれさえしなかった。ただ罪悪感を持ちつつ自分の平穏を崩したくないために、彼と関わることをしなかった。


 だから彼が迷った末に戻って来たと云うのなら、それだけの覚悟が、バラスターにはできなかった覚悟があるのなら、力になってやりたいとは思う。バラスターなりの、卑怯なやり方で。

「あいつが自分の意思で戻って来たのなら、あいつの意思を尊重しようと思う。私は相変わらず、何もしないだろう。だが、それだけ願っている」

「かしこまりました、その思い、確かに受け取りました」

 短い言葉ではっきりしたことは云わなかった。だがそれでも、充分に伝わったようだ。


 あとは彼が戻って来た時に話そう。そして一言だけ謝ろう。そう思っている。


・・・・・


 書簡を出した各貴族らの当主がしずしずと入場して来た。メイリーシャは毅然と立ったまま、入って来る彼らの顔を見て静かに頭を下げた。彼らは揃うと一斉に頭を下げて、その場に座る。メイリーシャは頷いて、

「わざわざご足労戴きありがとうございます」

 と一礼した。

「今回は唐突のお話にも関わらず、皆様しっかり考えてくれてくださり感謝しています。私たちの条件と、そちらの条件をもう一度確認の上、最終承諾をして戴きたく思います」

 貴族らからは、何も出て来ない。

 メイリーシャは落ち着いた声で、今回の件について条件を述べた。そしてその代わりこちらが融通できること、期間など詳細に説明をする。一度は承諾した彼らだ。このまま問題なく承諾がもらえると思うが、今回はそれだけのために呼んだのではない。

「──以上で説明を終わります。何か、質問がありますか」

「はい」

 アンディン卿が静かに手をあげた。軽く促すと、彼はメイリーシャの右隣に居るバックロウへと視線を移した。

「その期間が終わったら私たちはまた、元の生活に戻るということでしょうか」

 メイリーシャが試しに少しだけ場所をずれたが、彼はなんの反応を示さず、じっとバックロウを見て答えを待っていた。もちろんバックロウは答えない。

「いいえ、期間と申したのはあくまでお試し期間のようなもの。その条件であなた方が続けたいと仰るのであれば、また正式に続行させようとは思いますが」

 メイリーシャの左隣からルジンダが返答すると、アンディン卿は困ったように笑う。

「あの、今回のこと、大変助かる話ではあるのですが、その……」

「何か、不服でも?」

「バックロウ様、貴方は既にすべてご承知で?」

「我がアルクトゥラス当主であるメイリーシャがすべてを話しているのが、貴公には聞こえないのかな」

「そういうわけでは……」

 バックロウは彼らを見ようともしない。貴族らは下を向いて、居心地悪そうに顔を見合わせたりする。


 苛つく。

「アルクトゥラスとルダウン=ハードクの代表が揃っているのに、何か不満でも?」


 メイリーシャはばんっと机を叩いた。温厚静かに生きて来た彼らはその音に驚き、一瞬のうちにまた顔を上げた。

「私メイリーシャ・レイ・アルクトゥラスは、正式に父シャルンガーより、アルクトゥラス当主として認めてもらっております。その上でまだ気に食わないことでもあるのかしら。私がわがままな病弱娘だから、父が甘やかしているとでもお思いですか?」

 わかっている、そんな影口ぐらい、わかっているのだ。

「私は従兄であるウォルエイリレン・エース・イシュタルを全面的に支持します。彼が戻って来られるのならこの弱々しい命を捨てる覚悟もありますわ。今回のあなた方の判断で、私にとって、いいえ、殿下の臣下のアルクトゥラスとしての働きが出来ます。殿下のお力添えになるためにあなた方を説得できないようでは、私はトゥラスとしての品格が疑われる。こんなこともできないならば、後は死しか残らない。それだけの覚悟を持ってやっています。戦えない私なりの、これは戦です」

 メイリーシャはぽかんとする貴族らに、しっかり自分の意思を明確に話した。

「あなた方は今、貧窮している。その事実を、アリカラーナに伝えないでどうします。命を賭して自分の家を守るために、動く必要があるのではないですか。私みたいな病弱娘と、あなた方のご子息ぐらいの若造ルジンダに任せていられないと、つまらない意地で家名を捨てるつもりですか」


 啖呵を切ったメイリーシャに、彼らはしばらく無言だった。バックロウは隣で楽しそうに笑っている。それが見えるだけで、今のメイリーシャには百人力だった。


 メイリーシャはまるで何事もなかったかのように、澄ました顔で云う。

「さあ、結論を出してください。──承諾して戴けるのかしら」


・・・・・


 テリスとストンベルスの間に立つアリムは、王太子軍と法術師軍の両者の意見が絡み合い板挟みになっていたが、流浪の人々が戦をひとまず収めてくれたと情報が流れて来た。ウォレンたちは落ち着いている隙を見計らって、ウォレンたちに加勢してくれているテリス側からアリム城を目指した。


「助けてくださったのはまぁ旅の方々なんですけどね」

 そう云って苦笑するアリム城主ルリルム・テリングは、深い説明をしなかった。促されてその部屋へと向かった先に居た顔を見て、驚きを表さずには居られなかった。そんなウォレンに、彼は嬉しそうににやにやと笑っている。

「これこれは殿下、お久しぶりです。御元気そうで何よりだ」

「……どういうことだ、クドーバ」

「どうもこうもありませんよ。流れに乗ったらこうなってしまっただけで」

 そう云い訳を並べ立てる眼帯の男は、シュタインの部下であるクドーバ・ローゼン。守人であるゼシオ・ローゼンの息子であり、巡検法術師でもある。


「殿下はここで私を見たことも、お忘れになってくださいよ。でなければ動き難くて仕方がありませんから」

 シュタインの部下でありながらそう訴える彼はしかし、真っ向からウォレンに歯向かってはいない。むしろシュタインとの仲の方が疑われるが、彼は一度裏切ったシュタインに忠誠を誓って自ら目を抉った。そんな彼を敵とはできないようで、シュタインも取り扱いに困っているようだった。



「まぁひとまずは、ここを助けてくれた、礼としておまえには情報を一つ、教えてやろう。それによっておまえの今後が決まるほどの情報だ」

「雲行きが怪しいですねぇ、なんなんです?」

「今、私の指揮下にルーク・レグホーン卿が居る」

 片目をすっと細めたクドーバの顔は、いつもの冗談を装えないほどに深刻だった。それがクドーバ・ローゼンという男の、本当の顔なのかもしれない。ウォレンが今まで見たことのある彼は、だいたいがふざけていて何を考えているかわからないものばかりだった。

「……殿下のお言葉と云えど、私はそう簡単には信じませんよ」

「嘘だと思うなら確かめれば良い、共にこの城に来てくれた」

「参ったなぁ……」

 そう云って座り込むクドーバはやけに芝居がかっていて、本当に困っているようには見えない。しかし彼にとってルークが居るということは、何よりの朗報のはずだ。

「その言が本当なら、私、ようやく気に入らない上司から寝返られるってことですよね」

 しかしウォレンはその言に簡単に頷くことはできない。

 彼は巡検法術師──間諜としてシュタインからの依頼をこなして来た男だ。ウォレンは誰でも招き入れるほど莫迦ではない。彼にはまだ、簡単に内に入られてしまっては困るのだ。

「──ローゼン子卿には、寝返るというのなら、それなりの表明をしてもらいたい」

 ウォレンの鋭い声がクドーバに届いたちょうどその時、控えめなノックが響いた。


「話中にごめん、ウォレン。──あれぇ、やっぱり居ないかぁ」

「ミナ、どうかしたのか?」

 入って来た水無月はウォレンとクドーバしか居ないことを認めると、小さく溜め息を吐いた。

「うん、ちょっとアリスがどっか行っちゃってさー」

「城に入ってすぐ、文月と何所かに向かっていたな」

「そうみたいだね。その後アリスに会って待ってたんだけど来ないから。──ごめん、話の邪魔しちゃって。それじゃあね」

「待てミナ、俺も行く。心配だろう」

 ウォレンのその言に、わかり易く嫌そうな顔をした水無月はかぶりを振る。

「嫌だなぁ、アリスが居なくなるなんてしょっちゅうあることなんだから、狼狽えるのは長月だけで充分だよ。ウォレンはちゃんとここに居て」

「済まないな、クドーバ。やっぱり気になるから俺は行くよ」

「ああ、大丈夫ですよ。殿下の言が本当なら、俺も用事ができましたしね」

 水無月に云ったところで拒否されるのはわかっていた。しかし姿が見えないとあれば気になるのは当然だ。ただでさえ王都が近付いて来ており、この間のこともある。クドーバとの会談はもともと予定にはなかったものだ。ウォレンの情報でおそらく、これからも共に行動できることがわかっているから、急いで話すようなことももうない。


 勝手に決めてしまうウォレンに諦め切ったのか、水無月はやけになったように尋ねて来る。

「ウォレンさぁ、アリスの場所わかる?」

「人霊が聞くことか、それ」

「なんかアリスね、私たちの力を阻むことができるみたいで。実を云えばちょっと不安なんだ。前アリスが狙われた時、それで行方がわからなくて大変だったし」

「……そういえば、そうだな」

「アリスはルヴァガとは関係なしに、力が強くて参るよ。まあたいていウォレンと一緒に居るから良いんだけど」

「いや、最近はそうでもないぞ」

 避けられているという言葉を使わず、ウォレンは控えめに云うが、しかし水無月は気がついていないらしい。傍から見たら普通に見えるのかもしれないが、ウォレンは最近敏感に感じ取っていた。アリスは少し、ウォレンと距離を取ろうとしている。

「ちょっとは手放してよねー、アリスは私たちのなんだからさ。云っておくけど、まだ私たち、ウォレンにあげるなんて云ってないんだから」

「おまえたちの許可も要るのか、それは難題だな」

「……ウォレン、云っている意味、わかってる?」

「さぁな」

 わかっていたが、わかっていながら知らないふりをするしかなかった。ウォレンにはその時、アリスの気持ちなどまるで理解できなかった。だから確約もできない。

「まったく──。私たちがせっかく手放しで許してあげているのに、どうしてそういうこと云うのかなぁ、ウォレンは」

「……ミナ、最近アリスの様子、おかしくないか?」

 ロームで話した時はいつも通りだったが、たぶんきっかけは、あれからだとも思う。法術師の娘であった事実を今さら知り、少しばかり迷いが出たもののウォレンも腹を括った。問題は協力者が必要なことと、アリスに負担をかけてしまうことであるが、それも仕方がない。


 アリスが望んでくれたら、そういう未来を思い描く。


 未来に期待をするなど、初めてのことで、ウォレンは知らず微笑んだものだ。セナにご機嫌ですねと冷やかされながらも、どうにか協力してもらうよう頼んだ。調べてみるとはいったものの、おそらく、前例はないはずだ。



 しかし腹を括った後から、アリスの様子が少しおかしい。以前のように気軽に散歩にも付き合ってもらえなくなってしまった。アリスにべったりの長月と居ることも多く、ウォレンとしては少々つまらない。聖職者と共に居た人霊も帰って来て、最初は人霊も増えて来たから彼らとの時間も大切にするべきだと思ったが、そういうことでもないようだった。明確にわかり易く、ウォレンと過ごす時間を削っている気がする。

「うーん、なんか考えていることが多いかもね。もしかして何かしたの?」

「……何もしてないぞ、まだ」

 胡乱気に睨みつけられたが、事実ウォレンは何もしていない。

 もしかしてルーンとの結婚ことだろうか。リューシャン含むルフムで別れた聖職者は、わざわざ北上するのも大変だろうと、王都で合流することが決まっている。それまでアリスは、ずっと考えているのだろうか。それとももう決めてしまったのだろうか。まさかいきなり求婚を申し込んでいるとは、ルーンも思い切ったものである。アリスの立ち位置ではそう簡単にできるものでないと思うのだが、そういった思いすら飛び越えて軽々と云えてしまうルーンが少し羨ましくもある。


 アリスはいったい、どんな未来を望んでいるのだろうか。


・・・・・


 人霊が苦労した割に、アリスは早い段階で簡単な場所で見つけられた。城塞の入口にアリスと一緒に居たのは、セナともうひとり、紅髪の男だった。アリスは困惑したように、紅髪の男と対面している。

「アリス」

「あ、ウォレン」

 声をかければ助けを求めるようにウォレンを見て来る。状況を簡単に知りたくてセナに視線を向けると、彼までも申し訳なさそうな顔をする。

「申し訳ありません、殿下。余計な者が来てしまいまして」

「ちょっと、余計って何。余計って」

 赤髪の青年は口を尖らせて子どものように怒るその顔はまだ若々しく10代に見えたが、セナと対等に話していることからもしかするともっと年上なのかもしれない。驚くのはその髪も瞳も紅く染まっていて、人とは思えないような異様な雰囲気をまとっていたことだ。

「スズガ、殿下の前で失礼なことをしないでもらえませんか」

「ああ、それは失礼しました」

 セナに窘められた紅髪の青年は、ウォレンに向かって深々と頭を下げる。

東雲(しののめ)赤城(あかぎ)家の長男凉臥(すずが)と申します。突然の訪問を申し訳ありません、ウォルエイリレン王太子殿下」

「いや、情勢がごたごたしていて歓待できず済まない。しかしアカギ家ということは、もしかしてセナの義兄殿か」

「流石、こっちの堅物よりよっぽど話がお早いですね、殿下」

 にこにこと嬉しそうにするスズガとは別に、セナは小さく溜め息を吐く。珍しく苦々しい顔をしているのはそのためか。セナがだいたい笑っているのは、明確な表情を見せないためなのだろう。その彼がわかり易く困っているのは、割と切羽詰まっている状況だと理解できた。



 クレナイとは東雲国からの派生した力であり、元祖はその国の生まれであるとされている。その国独特の風習であるゲームというものを、クレナイマスターは行わなければならず、かの国と密接に関わっているのだ。

 加えてセナはその東雲国の王女であるアカギ家の娘シノネと婚約している。そのシノネの兄が唐突にやって来たというわけだ。セナが向こうでどのようにしているかウォレンはまったくわからないが、彼にとっては国の大事に突然やって来た身内をおもしろくは思わないだろう。

「当家の問題ですので、殿下は気にされないでください」

「ちょっと、僕はアリス・ルヴァガに会いに来たの。セナじゃないんだよ」

「アリスに?」

 それは流石に聞き捨てならない。そして当のアリスも困ったようにしているのは、その理由がわからないからだろう。

「アリス・ルヴァガの無事を確認すること、それがリィスさんから受けた僕の使命です。無事で良かった。セナとも連絡がつかないから僕が来たんだよ」

「それ以上は口を謹んでください、アリス・ルアは何も知らないのです」

 珍しく声を張り上げたセナの視線の先には、ルークが立っていた。いつから居たのか、ウォレンは気が付いていなかったが、話は聞こえていたらしく、彼はスズガを見ている。セナ動揺の理由はわからないが、ルークのその表情を見れば、関係性はなんとなく理解ができた。



 遠い東雲国の王子がアリス・ルヴァガの安否を確認するなど、そんなの理由何所にもない。唯一あの人以外には。


 ルークはゆっくりとスズガと対面する。

「突然申し訳ない。──リィスは今、幸せそうかい?」

「え……はい」

「そう、なら良いんだ。──良かった」

「ルークさん」

「あの娘が幸せなら、それで良い。ルークがそう云っていたと、彼女に伝えてくれないか」

そう云うルークの表情は、ウォレンが再会してから見たなかで、一番自然な笑顔だった。


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