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精霊物語─王国の目覚め  作者: 痲時
第14章 忠臣の儀
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第82話:長月の目覚め



 それは、とある長月の情景。

 残暑が少しずつ引き始め爽やかな風が吹き出す頃。過ごし易くなる季節は、たまに来る嵐以外は人々を幸せにさせていた。



 ──おまえは私の救いだよ、ありがとう。

 そう云って微笑んでくれた人を、忘れたことなどない。絶対に手放さない。絶対に裏切らない。絶対に共に居る。そう誓った。最期の最期まで一緒に居ることで忠誠を誓った。そのつもりだった。だが本当に、彼女は幸せだったのだろうか。ふとした瞬間に、そんな不安を覚える。


 ──ありがとう、長月。

 そう云ってくれた彼女に、果たして刀以外の役目ができていたのだろうか。彼女が向けてくれた笑顔は本当に本物だったのだろうか。居なくなってからの景色があまりにもつまらなく、そんなことさえ考えてしまう。何をしてあげられただろうか。


「目覚めなさい、長月」


・・・・・


 羽織袴で帯刀、いつもと同じだと云うのに、何所か違和感があるのは、手に持つ花束か。

 似合わないだろうと思いながらも、日々通っては活け続ける。もう良いと彼女は云うが、彼には止めることができなかった。まるで何かの習慣のように、取りつかれたようにそれをする。それを止めてしまったら、何かが終わってしまいそうな気がしていた。

「また来たのか、アキト」

 彼女は苦笑したが、文句も云わず歓迎してくれた。



「アリスは王の意思に反対なのか」

「──うん、賛成ではないかな」

 でも、と彼女は続ける。

「反対でもない」

「アリスの云うことは、たまにわからない」

「そうだろうね……、私もわかってはいるんだ」

 わかってはいるのだが、と彼女は言葉に詰まりながら云う。

「おまえは知らないかもしれないが、ここはもともと、緑にあふれた美しいところだったのだ」

「おまえは知っているのか」

「私が子どもの頃の話だからな、少しだけだが、覚えている」

 まだ20年ぐらい前の話だろう。だとしたらその美しい緑は、たったそれだけの期間で消えてしまったのか。荒廃としか云いようのない国に変わり果ててしまったのか。

「だからこの景色を守りたいと思う気持ちはわかる。だけど……そのために13も」

 普段は力強い声が震えている。

「12人では」

「アリカラーナも居れたら、13人だよ。そんなの……でも、それでも私は、何も思いつかない。アリカラーナが考えた方法以外、この国を救う方法がわからないんだ」

「アリスは結局、最終的にどちらを選ぶ」

「え?」

「アリスはどちらを選ぶんだ」

「どちらも、選びたくない……」

 私は欲張りだからと笑う彼女は、ずっと微笑んでいる。どうして微笑むのだろう。辛いと云うのに、どうして彼女は微笑んでいられるのだろう。彼にとって彼女は、不可思議な者だった。だからこそ彼女のためならば、なんでもしたいと純粋に願う。姿の見えぬ国のため、帝のため、そんな大義名分を掲げるよりも、目の前に立つ彼女のためならなんだってできる気がした。

「俺は武士だ」

「知ってるよ」

「帝に逆らう、武士だ」

 武士は帝に逆らい、新たな政治を行った。帝は放擲され監視されながらも、生かし続けられる。何かが違うと、彼は感じていた。正しいとか正しくないとか、そういうことではない。ただ違うとそう思う。だからこそ今、ここに居る。何をしているかはわからないが、彼女のわけのわからない話を聞いていると、そうした感情は消え失せて行く。


 ここに居ることを、俺は望んでいる。


「私はでも、アリカラーナを信じるよ」

 彼女の言葉を受け止めて、俺は部屋を出た。似合わない花は置いて行き、彼は彼にできることを。その帰り道でどうして、この男に会うのだろうか。彼も気遣うような表情をしてくる。



「アキト、アリスはどうしている」

「変わりはない」

「そうか……」

 アリスはこの男を信じると云った。俺は別にこの男に思うところはないが、アリスが信じるのなら信じたいと思う。

「──私は何か、あいつのためにできないのだろうか」

「王はアリスを信用するか」

「もちろんだ。私はどうしても守りたいから、この方法で国を救う。その覚悟ができた。あいつがたとえ反対しても、私があいつを信じることは変わらない」

 王とアリスの絆は深い。それぐらい知っている。嫌なほど知っている。彼女は王のためなら、自分の命を捨てようとすらするだろう。それは深い信頼から来る絆だ。本当に、悔しいぐらいだ。

「なら、俺がおまえの代わりに志願しよう」

「え……?」

「俺が、おまえの代わりとなろう」

 それで彼女の役に立てると云うのなら。犠牲と云う名の13人ではなく、この国を生かす楔になろう。


 それでアリスの役に、立てるのなら。


・・・・・


 目を覚ましたのは黒髪黒目の、漆黒の青年だった。まるで幼馴染を思い起こせそうな彼、は真っ直ぐにアリスを見つめると、

「──アリス」

 と声を漏らした。思わず、と云った風に。

「よろしく、長月。精霊召喚師アリス・ルヴァガだ」

 そう云って手を差し出したアリスを、長月はまだぼんやりと見ている。驚いているようにも見えるし、新しい主を品定めしているようにも見える。


 堅物と聞いていた分少し緊張はしていたものの、こうして返答がもらえないとさらなる緊張が高まる。人霊と云えど人格がある。主に逆らうことはできずとも、性格上合わないことだってあるだろう。それを取りまとめる中で問題が起こらない程度の関係は築きたい。

「えっと、長月の知っているアリスとは違うかもしれない。同じだけの絆を築けるとも思っていない。ただもしできるのなら、無力な私に力を貸して欲しい。この国を一緒に守って欲しい。お願いします」

 軽く頭を下げてから見た長月の表情は特に変わらない。しかしふと、口元が小さく緩んだのをアリスは感じた。

「それがアリスの願いか?」

「……私の願い? 願いは……長月たち人霊と良い関係を築きたい」

「やっぱり、アリスはアリスだ」

 長月はゆるりとかぶりを振った。

 そうして彼が出して来たのは、黒い石。かと思えばそれは、若干青みがかって光るサファイアだった。まるで長月そのもののような色をしている。


「アリスが望むなら」

 そう云って微笑む長月に、後ろに控えていた水無月が「えええええ!」と声を上げた。

「ねぇ、長月が笑った! 長月が笑ったよ?! 何これ、本物?」

「……そういえば、そうだった。大昔過ぎてちょっと忘れていたね」

「どういうこと、葉月?」

 連れて来た二人が騒ぎ出す理由もわからず、アリスはただ尋ねる。長月は仲間である二人に煩さそうに批難の視線を向けるものの、口を開くつもりはないようだ。

「長月って、アリスのこと大好きだったんだよね」

「アリスって……初代の精霊召喚師のこと?」

「それとこれとは関係ない。アリスはアリスだ」

 さっき笑った表情は何所に消えてしまったのか、厳しい表情で葉月を見る。葉月は小さく肩を竦めるに留めたが、ウォレンも少し驚いたようにしていることから、どうやら長月の一連の行動は珍しかったようだ。


「初代とは比べ物にはならないだろうが、これからよろしく、長月」

「アリスのためなら」

 そう云って頭を下げる姿に、アリスは心強く思った。気が付けばこれで10人。残る人霊は、あと2人だった。


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