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精霊物語─王国の目覚め  作者: 痲時
第13章 みなぞこ
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第73話:もがく


「この度のご即位、民一同誠に喜んでおります、エリンケ陛下」

 シュタインがうやうやしく頭を下げたが、エリンケは大人しく玉座に座ったまま無言である。いつもならば減らず口の一つや二つ落ちて来るのだが、先日の洗礼の儀式から様子がおかしい。ふと新たなる主を見てみると、今までの能なしながら自信に満ちていた顔が微塵も感じられない。

「エリンケ様」

「──シュタイン、何かがおかしい」

「おかしい、とは?」

「やはり、俺はあいつには勝てないか」

 シュタインの疑問に答えないまま、エリンケは玉座から降りてしまう。たいていのことはシュタインに従い、自分は王になるのだと息巻いていた男が、いざ王になったと教えたにも関わらず、簡単に玉座から離れてしまった。


 もともとあまり期待はしていなかったが、こうも簡単に興味をなくされると困る。

「エリンケ様」

「俺はあいつに勝つんだよ、シュタイン。勝たねばならんのだ。こんなままごとでは駄目だ」

 ままごとと云われ、シュタインも流石に怒りを覚える。これほど真剣にガーニシシャルの切なる願いを叶えようと、他の何を犠牲にしてまでやっている。シュタインは人生の中でこれほど懸命になった覚えはないほど、必死に策を弄しているのだ。


 だからこそ、慎重にいかなければならない。

 怒りをどうにか沈めて、部屋を出て行こうとするエリンケを引き留める。

「何がお気に召さないのです、エリンケ様」

 エリンケとの付き合いは、シュタインだってそう長くはないためか「傲慢で自信家な若造」という印象は抜け切っていない。まるで先代のバルバランの当主そのままだ。そういった認識で居たのだが、ふいに見せる鋭い目つきは、シュタインの唯一の主ガーニシシャルのそれに似ていることに最近気が付いた。そういえば、トゥラスの誰かもそんな目つきをする人が居た、とも。




「こんな中途半端では無理だと云っている。このままでは聖職者が元に戻るのも、時間の問題だ」

 云い捨てて去って行くエリンケを追わなかったのは、単純に驚いたからである。まさか彼がそこまで気が付いているとは思わなかった。王という存在から近しくありながらも遠ざけられていたエリンケは、儀式の詳しい方法を知らないはずだ。


 まさか。


 ここにも道化が一人居たとなっては、すべてが水の泡である。シュタインはそれでも、すべての不安を飲み込んで、唇を噛み締めた。

 すべては亡き王、ガーニシシャルのために。


・・・・・


 ルーシア・ムーア・イリシャントゥラスが食卓に入ると、既に家族全員がその場にそろっていた。

「あ、お姉さま、やっといらしたのね。おはようございます!」

 語尾に音符でも付きそうな勢いできゃっきゃと席を立ち、ロードリアは姉に抱き付いて来た。もう学院に通っている年齢だと云うのに、幼さがまだ抜けないあどけない雰囲気は、どうにも昔の自分を思い出させる。それでも実の妹はやはりかわいく感じられ、自然の笑顔が表情になって出てしまう。

「おはよう、ロードリア。──お父様、お母様、お待たせしてしまって申し訳ありません」

 ルーシアは妹の頭をなでながらも、座っている両親に向けて遅れた非礼を詫びた。ロードリアが学院に行くと云うのに、ルーシアのために朝食を待っていたのだとしたら申し訳ない。


 だが両親は、んーと気にした様子もなく微笑む。

「おはよう、ルーシア。ちっとも待ってなんかないんだよ」

「おはよう、ルーシア。ロードリアは本当に、ルーシアが大好きなのねぇ」

 おっとりまったりと返答する両親に、内心脱力しつつもルーシアは小さく微笑む。この家族に嫌気がさしているわけではない、むしろ大好きな家だ。だからこそ、この家を純粋に求めることができなくなってしまった、他にもっと欲しいものができてしまった自分を心底軽蔑してしまう。


 それに、それがどう焦がれたところで手に入らないとなると、みじめでしかない。


「おそろいになりましたので、始めさせて戴きますね」

 ルーシアの朝食が運ばれたところで、顔を出したのはエレン・スミレイアイト・ナリンシア。母アラリアンの妹でルーシアからすれば叔母に当たるのだが、イリシャントゥラスでは契約召喚師として雇っている。 気のおける叔母と云うよりは、気易い契約召喚師としての印象が強い。


 だからこそ、家族そろっての朝食の場に彼女が身分を気にせずしゃしゃり出て来るはずがない。

「お父様、いったい朝から何を思いついたの?」

 小さく溜め息を吐きながらルーシアが尋ねると、悪戯を思いついた子どものような、少し意地の悪い顔をして、レグルスアンドはにっこりと微笑んだ。

「思いついたって、大したことじゃあないんだよ。()()()()()()()()朝食にしよう、そう思っただけだから」

 当主のその言葉が合図だったのか、エレンの短い召喚が始まり、ブツブツと何所からともなく音が流れる。ルーシアの隣の空席に、質素な造りの小さな部屋がぼんやりと映し出された。なるほどと思った時には、寝台に寝ころぶ寝ぼけ眼の見知った顔がはっきり見えていた。

「……こんな朝っぱらからなんの用事だよ」

 ひたすら眠そうにあくびをしながら、兄のビルスケッタは問う。大方、エレンの召喚で起こされたのだろう。

「おはよう、ビルスケッタ。朝だね!」

 息子の不機嫌などものともせず、レグルスアンドはご機嫌そのもので挨拶する。

「朝かもしんないけど俺は寝てるの、わかる?」

「でも僕たちは起きてるからね、久しぶりの家族そろっての朝ごはんだ。楽しいねー、アラリアン」

「ええ、とっても幸せねぇ。ビルは元気そうねぇ」

 相変わらずすっとぼけて食事を始める両親に、ルーシアは深い溜め息を吐いた。流石に慣れてはいるが、たまには向かいに座っているこっちの身にもなって欲しい。


「ルーシア、どうにかしろ」

 ビルスケッタからはルーシアたちの姿は見えないはずなのだが、溜め息を聞き取ったのか、不機嫌な声がルーシア目がけて飛んで来た。実に無責任な発言に、ルーシアは小さく笑う。

「あら、おはようございますお兄様。私も今来たばかりで突然こんなことになってとても驚いてますの。連絡すら取ろうとしない息子の安否を探るには、でもちょうど良い薬じゃあないかしら」

 我が親ながら、一癖も二癖もある人たちを押し付けて、一人国外に居るビルスケッタに責められる理由はない。

「ルーシア、おまえね……」

「お兄様、おはようございます!ねぇねぇ、今は何所に居るの?」

 厭味ったらしいルーシアの言葉に辟易した様子を見せていたビルスケッタも、下の妹の声に眠そうな目を少し見開いた。ロードリアが生まれた時既に異国へと渡っていた分、たまに帰って来る兄への憧れは強い。最初は渋っていたビルスケッタも、もともとは子どもに好かれ易く妙に世話焼きである。ただ世話好きではないと云うあたり、素直ではない。

「あー……今首都から滞在先に帰る途中」

「西大陸の新首都まで行ってたのかぁ、ビルはどんどんダズータ兄上の領域に入って行くなぁ」

「別に好きで行ったわけじゃねぇよ、呼ばれたから仕方なく来ただけ」

 両親に似ているというと本人は怒るが、自由奔放で少々わがままなところはそっくりである。人に指図されても自分の気が向かなければ動くはずのないビルスケッタが、気乗りもしないのに行く。少し気になる理由であったが、突っ込んだところでおそらく教えてはくれないのだろう。


「あらあら呼ばれたって、どなたに? 異国で粗相はしていない? 大変な時期だから怒られちゃうわ」

 たまに母親らしいことを云うかと思えば、そっちの心配かと溜め息を吐きたくなるようなセリフだ。ルーシアも突っ込みたいところを我慢したというのに、母は母でまったく別の視点から切り込んでいる。

「さぁね、怒られるような事態にはならないと思うけど。こっちが怒りたいぐらい」

 相変わらずの母親に苦々しい顔をしながらも、ビルスケッタも適当な答えを出す。


 これは話を続けるチャンスかもしれない──。


 戦争ばかりだと云う西大陸で何をしているのかさっぱりわからない兄の近況を、どうにかして探り出す機会など滅多にない。父母はこれだしルーシアが聞き出すしかないではないか。


 どうすれば話を流さずに問い出せるか、割と真剣に考えていたところに、がちゃっと音がしてビルスケッタの視線がこちらから横に向けられる。扉でもあるのだろうが、ここからは見えない。エレンの召喚媒体は、レグルスアンドの相棒レイヴンという獣である。レグルスアンドの最高傑作と称されている、異国でもアリカラーナの召喚技術が利くことが、有名になった理由の一つだ。ルーシアたちはレイヴンの視点からビルスケッタを見ているため、召喚の間動けない分視界が決められてしまう。

「すごーい、ビル! 声がしたと思ったら!ねぇねぇ、レイヴンが今そうなってるの?」

「うるさい、どっかか行ってろ」

「えー、朝ごはん何が良いか訊きに来たのに。これからねぇ、ミアが作るんだよ」

 嬉しそうな様子でビルスケッタに駆け寄って来たのは、まだ幼さの少し残る少女だった。こちらに目を向けつつも、最初の任務を果たさなければならないのかひとまずビルスケッタに顔を向けている。

「要らないし、また寝るし」

「駄目だよ、ミアが怒られちゃう。今日ネイシャ忙しいから、私が代理なんだ」

「ミア、とりあえず今は出て行け」

「……はぁい、後でまた来るからね」

 ちらちらとこちらに目を向けるも、また「ミア」とビルスケッタに圧力をかけられ、ぱたぱたと出て行く。 出て行くのをじっと見つめていたビルスケッタは、またあくびを噛みしめている。


 一連の様子を見ながら、レグルスアンドは満足そうに頷いている。

「うーん、ビルスケッタは楽しそうで羨ましいなぁ。僕たちも楽しそうなところ、見せつけられないかなぁ」

「あ、じゃあ今日は新しい媒体を作りましょうか。きっとビルにも私たちの楽しさが伝わるような……」

「要らないから、見たくないから、欲しくないから」

 元召喚師であるアラリアンは、トゥラスに嫁いだが故また召喚師を名乗れずとも、知識はあるからレグルスアンドの召喚研究の手伝いをすることはできる。それは楽しそうだねと乗り気な夫婦に、ビルスケッタは冷ややかに歯止めをかける。ルーシアはビルスケッタの顔をこうして見られることに満足しているし、 向こうだけ見えないと云うのも、不安にさせている向こうへたまにの仕返しで良いと思っている。

 ビルスケッタは無愛想だが非情ではない。つながっていることに不満を覚えつつも、それでも心配はする。 要するにつながりから抜けられない自分が嫌なだけだ。それなら見えないことで心配させるのも一つの手である。


「じゃあお帰りは当分遅くなりそうね……?」

「あー……うん、まぁ。でも、近いうちに一回そっち帰る」

 期待をしていなかったというのに、ビルスケッタが自ら帰ると云った。今まで何をどうさとしても、なかなかこちらに進んで帰る気のなかったビルスケッタが、自分から帰ると云ったのだ。


 どういう心境の変化なのか、そう思ったところで、またばたんと音がして扉が開いた。こちらではない、ビルスケッタの方だ。残念ながらやはり扉は見えない。




「リュース……、わぁ本当に起きてる」

 違う声だがレイヴンの視界にまで入って来ないため、姿がわからず判断できない。声の感じがさっきの子よりも少し落ち着いていて、別の女性であることだけはわかった。

「じゃあ私出かけて来るね」

「……じゃあの意味がわかんないんだけど」

「用事がたくさんあるの。次出るまでに済ませたいから、寝ないでね。いろいろミアに頼んでるから」

「まだ目、覚めてないんだけど」

「じゃあ寝てても良いけど、戻って来るまでに起きてね」

「おまえ莫迦じゃねぇの、一人で出るなって何度云えば学習するんだよ」

「大丈夫だよ、流石にもう覚えたもん」

「いやだからそういう問題じゃねぇ」

「だからもう大丈夫だって、安心してよ、すぐ戻るから!」

 ビルスケッタの引き留めもむなしく、キィとドアの音がしてどうやら去ってしまったらしい。完全に寝ていたビルスケッタの目が、はっきりと開いたのが遠目でもわかった。

「待て、ネイシャ! …あんの莫迦。悪いまた連絡する」

 さっきまでの不機嫌が嘘のように慌てて身を起こしたビルスケッタは、レイヴンをそのままに部屋を出て行ってしまったらしく、視界はもぬけの殻になる。


「あらあらまぁまぁ、振られてしまいまったわねぇ」

 のんびりとした声はもちろんアラリアンだ。そんな彼女に、ロードリアは期待の眼差しを向ける。

「お兄様、帰って来るの?」

「うーん、みたいだねぇ。どういう風の吹き回しかなぁ」

「反抗期が終わったのかしらねぇ」

 いやビルスケッタの場合反抗期とかそういう問題ではないだろうという突っ込みは、この両親には不必要だ。もともとこうした性格ではあるが、たぶん装ってそういう風にしているところもある。

 すべてが偽物ではないが、そうして表面を塗りたくっているのが、たまに面倒くさくなる。王族、貴族なんて所詮そんなものとわかってはいながらも、ここでは家族も塗りたくらなければならない。嫌いではない、むしろ愛おしい。でもたまに、嫌気が差してしまう。




「何やら、お帰りが楽しみですね」

 召喚を終わらせたエレンがこれまたにこにこと場を和ます。

 ネイシャ。

 ビルスケッタが以前帰って来た時にも、その名前を聴いている。偶然ではあったが、それでも気にはかかる。ふと兄の腐れ縁の顔が浮かんだものの、ルーシアはすぐにそれを打ち消した。本人が居ない時に余計なことをしては、またビルスケッタがここに居たくなくなる要因になってしまう。


 ルーシアは小さく溜め息をついて、そっと窓から空を見上げる。


 ──私はいったい、どうしたら良いのでしょうか。

 答える声は、ないとわかっていながら。


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