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《番外編》世界よ極彩色であれ

〇ディオ・グランツ視点。“その前”と“その後”の話。


「あれ? ディンスター隊長?」


 守衛に挨拶をして、隊舎の正門を抜けてすぐ、ディンスター隊長と会った。隊服を着て小脇に荷物を抱えている。

 隊長は後ろの荷物を背負った――確か第2隊の隊員に「先に行っててくれ。荷物を置いたら、今日は帰っていい」と短く告げた。第2隊の隊員はディンスター隊長とこちらに軽く頭を下げると、荷物を背負い直し隊舎へ入っていった。


「早いですね、もっとかかるって聞いてたんですよ」

「ああ、その予定だった。が、こっちにやり残したことがあってな、大至急戻ってきたんだ」


 大至急。その言葉の通り、隊長の嫌味なほど整った顔には、隠しきれない疲労が見える。“やり残したこと”って、一体……と思ったところで、隊長が「ところで」と口を開いた。


「不穏な噂を聞いた。ニーナはどこだ」


 その顔が、あんまりにも作り物のような完璧な笑顔なので、血の気がさっと引いた。

 この顔を見て「素敵!」とか「美形!」とか騒げるのは、隊長のことを知らない人間だけだ。知っていればこの顔は、隊長が滅茶苦茶に苛立っている証明でしかない。


「えっと……ニーナは、」

「別れたなら、ニーナの居場所なんてどうだっていいでしょう」


 ……トナァァァーーーー!?

 突然、上司に向かって、とげとげとした煽るような言葉を投げかけた友人に、心の中で叫ぶ。一見すれば無表情なトナーだが、俺や親しい人間から見れば、明らかに喧嘩を売るような目をしている。


「あ?」


 地獄の底から這いあがってきたような隊長の「あ?」に、背筋が凍った。“死”、なんて物騒な言葉が頭に浮かぶ。

 さっきまでの笑顔が抜け落ちた隊長の真顔はすさまじい圧で、ここまで苛立った顔を見るのは年に数回だ。よくこんな顔を見て、トナーは眉一つ動かさずにいれる。驚きや呆れを通り越して、感動さえする。


「ずいぶんな言い方だな」

「はい。そうしてるんで」

「……俺達のことが、お前に、なにか関係があるか」

「ありますよ。友達なんで。フラれて落ち込んでるニーナに会ってどうするつもりですか」


 隊長は黙り、トナーは饒舌に続ける。


「ニーナに会ってこれ以上傷つけるつもりなら、いくら隊長とはいえ、俺達だってただじゃすまさない」


 俺達、つまり俺も含まれているわけだ。

 ……俺はどうかな。“ニーナを傷つけるのは許せない”という気持ちと、“隊長と喧嘩したらただじゃすまないのは俺”という気持ちが複雑に絡んで、つい渋い顔になってしまう。

 隊長は前髪をかき上げ、「はあ」とピリついた雰囲気を緩めた。


「……傷つけるつもりはない。ただ誤解を解く必要がある」

「誤解?」

「俺はニーナをフッていない」

「それって、」

「これ以上の話はまた明日だ」


 隊長はひらりと手を振って、隣を抜けていく。

 去り際に、「あ」と隊長の声。振り返ると、隊長もこちらを振り返り、俺とトナーをしっかりと見て言った。


「安心しろ、ニーナを傷つけたりはしない」


 トナーはじっと隊長を見つめた後、小さく「報告書書いてから、帰るって言ってましたよ」と告げた。


「ありがとう」

「いえ」


 今度こそ本当に、隊舎の中へと入っていった隊長の背中を見送った。胸を撫で下ろし、「はぁー」と力を抜く。

 トナーはくるりと振り返り、ノックスへと向かって歩き始める。数歩遅れて後を追いかけ、隣に立つ。その横顔を見れば、相変わらずの無表情。


「……いいのか?」


 と、無意識のうちに聞いていた。トナーが目だけでこちらを見て、「なにが」と言う。そう聞かれて、自分が一体なにを聞きたかったのか分からなくなった。「えっと……」と口ごもり、視線を足元でうろうろさせる。


「別にいいよ」


 トナーは言った。「なんのことかは知らないけど」と、小さな笑みを付け加えて。

 俺は、「そっか」と頷く。再び視線を上げると、酒場が連なる通りは暖かみを帯びた光に満ちていて、訳もなく、最初に二人に出会った時を思い出した。




 忘れもしない、入隊初日。突如行われた追加の選考試験。俺は自分の隣に、女の子がいるのに気付いていた。

 女の子に殴りかかるなんて、とてもじゃないけどできない。頼むからそっち側の隣じゃなくて、こっち側にいるごつい男と組ませてくれ~。

 俺の祈りは天に届き、俺は無事に女の子とは反対側にいた男と模擬戦闘をすることになった。腕にはそれなりに自信があった。男はしばらく戦った後、地面に腰を下ろし「まいった」と小さく言った。

 ほっとすると同時に、女の子のことを思い出した。ひどい目にあっていないといいけど。そう思い振り返って、飛び込んできた光景に血の気が引いた。


 ひょろりと細い男が、意識のない女の子に馬乗りになって、思いっきり顔を殴ったからだ。


「っ、お、おい!? お前、なにしてんだよ!?」


 慌てて間に入り、男を押し退ける。男はよろめきながら後ろに下がり、感情の抜け落ちた生気のない顔で俺と女の子を一瞥する。男は何も言わない。謝罪もない。そもそも、こちらに興味もないようだった。

 男は、慌てて駆け付けた教官にどこかに連れて行かれた。


「ねえ! 君、大丈夫?!」


 女の子に触れるが、反応がない。薄く開いた口の端から血が流れ、顔のいたるところが変色している。手当をしようにも、顔に付いた血を拭ってあげることくらいしかやることがなかった。しばらくすると、彼女もまた、駆け付けた教官によって医務室に担ぎ込まれていった。


 騎士団の隊員なんて、女の子には過酷だ。これを機に見習いなんてやめちゃえばいいのに、と思ったけれど、女の子――ニーナ・フィントは見習いを辞めなかった。それどころか、あのトナー・ローレンに感謝しているとまで言う。傷も癒えきらないうちに、彼女は訓練に合流し、血を吐くような努力を重ながら、日々を過ごしていた。

 正直、変な子だと思った。


 俺の知っている女の子はみんな砂糖菓子みたいだ。柔らかくて甘い香りがして、可愛い洋服を着て髪を飾り、華のように笑う。

 婚約者のリーゼはその最たるもの。肌は柔らかくて真っ白で、手はすべすべとしていて小さい。いつも淡い色のワンピースを着ていて、胸元まである長くてふわふわした綺麗な髪を、昔俺が贈った髪飾りで可愛くまとめている。お菓子を作るのが好きで、いつも甘い香りをさせながら「ディオくん」と、そのお菓子に負けないくらいとびきり甘い顔で笑いかけてくれる。

 ニーナはリーゼとそれほど歳は変わらない。それなのに、全然違う生き方をしている。

 体中生傷が絶えないし、いつも隊服だからおしゃれはあまりできない。髪も邪魔になるから、これ以上伸ばすつもりはないと言っていた。訓練では滅多打ちにされるし、いろんな人から嫌味を言われたり、あまつさえ死にかけたりと、ニーナの人生は決して穏やかなものではない。

 ニーナの人生だから、どう生きるか好きにしたらいいと思う。別に可愛い洋服を着るだけが幸せじゃないし、傷だらけでもニーナは素敵な人だ。


 けど。


 友達として、少しだけ心配もあったんだ。

 別に柔らかくて甘い香りがしなくてもいいし、可愛い洋服を着て髪を飾って笑わなくてもいい。でも、いつも気を張って全力で生きていかないといけない場所から少し離れて、心を預けて、穏やかになれる場所があったらいいなって。




 ノックスに入ってしばらく経ったころ、ニーナがやってきた。「ごめん、遅くなった」と、そそくさと席に着いたニーナの顔はちょっと気恥ずかしげで、頬が薔薇のように赤く染まっている。隊長とは、どうやら上手くいったらしい。


「ディオ、顔がうるさい。人の顔見てニヤニヤしないで」


 ニーナに軽くはたかれ、一応謝ったけれど、どうにも頬が緩む。

 席に着き、いつも通りお酒の注文を終えたニーナに言う。


「……よかったな」

「なにが」

「隊長と、仲直りできたんだろ?」

「……まぁ、そうだね」

「つんけんしちゃってぇ~」

「うるさいなぁ! からかわないでよ!」


 そう言ったニーナの顔は真っ赤で、少しだけ泣きそうで。

 恥ずかしさと嬉しさが混ざったその顔は、多分俺やトナーには作れない、恋に振り回される一人の女の子のものだった。

 俺はもう一度「よかったな」と笑う。

 よかったな、ニーナ。ちゃんと心を預けて、穏やかになれる場所があるんだな。




 それから俺は、この2か月ニーナの身に起こった出来事を聞いて、2度ほど椅子から滑り落ちることになるんだけど、それはまた別のお話。




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