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仲間


 ロシトに戻るまでの道すがら、ニーナはいろいろなことを考えた。

 これからの仕事のこと。家族のこと。トナーのこと。ついしてしまったカイトへの告白のこと。それぞれのことが複雑に絡み合って、出した答えを数秒後に否定したり肯定してみたり。体調は良くなったが、また熱でも出そうな気分だった。

 目下の急務は、カイトへの告白。あれはもう、嘘だとか冗談だとかで誤魔化せるようなものではなかったし、なにより今は、あの告白を誤魔化したいとも思わない。だから、ロシトに戻ったらまずその話をしなければと思っていたのだが――


「え? 隊長、出てるんですか?」


 意を決し出勤してみれば、第3隊隊長執務室はもぬけの殻だった。


「そう。戻って来てすぐに、急な問題で出なきゃいけなくなったみたいだぞ」


 近くにいた隊員にそう言われ、ニーナはほっとしたような肩透かしを食らったような気分になり、眉間に皺を寄せた。運がいいのか悪いのかよく分からない。


「急ぎの用か?」

「いえ……そういうわけではないので、大丈夫です。いつ戻られる予定ですか」

「どうかなぁ。最初の予定では1週間くらいって聞いたけど、長引けばもっと遅くなるとも言われたし」

「そうですか……」


 わざわざそんなことを言い残していくということは、長引く可能性が高いということだろう。仮に戻って来ても、また忙しい日々が続く。あの告白の話ができるのは、ずっと後になるのかもしれない。

 ニーナは隊員に礼を言って、これからの業務のため詰所を出ようと足を進めた――ところで、ぴたりと動きを止めた。「あの」と、控えめな声で再び隊員の顔を窺う。


「どうした」

「いや、あの、帰ってきた時、隊長なんか言ってませんでしたか?」

「なんかって?」

「だから、その、あれです。私のこと」

「……なんだ、お前、まさか俺にのろけようとしてるのか」

「違います!」


 どうしてそんな話になるんだと、ニーナは慌てて首も手も振った。


「冗談だよ」

「職場でそういう冗談はやめてください」

「はいはい。そうだなぁ、ニーナのことかぁ……体調崩して遅れて帰ってくるとは聞いたけど、他は別に……」

「そうですか……ありがとうございます」


 ふーん。そっか、なんにも言ってないのか。まあ、あの告白をそもそも告白だと思われていない可能性だってあるし。

 ニーナは心の中で、自分に言い聞かせるように言った。

 だいたい、普通に考えれば嘘に付き合ってただけの部下に告白なんてされたって困るよな。そう思うと、何も言わないっていうのは隊長の優しさなのかもしれない。わざわざはっきりと言葉で断られたら、ショックが大きい。

 頭の中で、気まずげで申し訳なさげなカイトに「お前の気持ちは嬉しいが、それは無理だ」と断られた瞬間を想像してしまい、あまりの生々しさに気絶しそうになった。詰所を出てよろよろと歩いていると、「おい」とぶっきらぼうな声に呼び止められる。


「仕事終わったら3人で飲みに行くから」


 いささか強引な誘いをしてきたのは、トナーだった。



***


 3人――ニーナ、トナー、ディオはいつも通りノックスの一番奥の丸テーブルを陣取った。テーブルの上には出来立ての料理と、グラスが3つ。ディオの乾杯の音頭に合わせ、中身を口に流し込む。

 ニーナは煽るように酒を体に流し込んだ。早く酔いたい。というのが本音だ。3人で――特に、トナーと飲むのは、緊張する。告白を断った時から、どうにも関係がちぐはぐのままだ。


「なんか3人で会うの久しぶりだな~!」


 そんなこちらの心を知ってか知らずか、ディオは能天気にそう言って、すぐに追加の酒を注文した。その能天気さに呆れるけれど、同時に安心もする。ニーナは「そうだね」と相槌を打ちつつ、料理に手を伸ばした。ノックスの料理は口に合う。心がほぐれるような感覚だ。


「あ、そうだ。これお土産」

「え!? お土産!?」


 そう言ってロシト土産の包みをテーブルの上に置くと、ディオが口に料理をほおばりながら目を大きくした。


「珍しい。ニーナにロシトのお土産貰うなんて、いつぶりだろう!」

「今回は二人に先に貰ったし、そのお返しだよ。大したものじゃなくて申し訳ないけど」

「いいんだよ~こういうのは気持ちの問題だからさ。ありがとな!」

「こちらこそ、両親に贈り物ありがとう。二人とも喜んでた」

「そっかそっか、よかったな~」


 土産はロシトで出た鉱石を加工した小さな置物と、日持ちのするドライフルーツの詰め合わせだ。本当に大したものじゃないし、なんなら土産はいつもドライフルーツとなにかの組み合わせなのだが、それでもディオはいつも新鮮に喜んでくれるのでありがたい。

 同じ包みを、トナーにも渡す。

 ……いつもどういう顔でトナーにお土産渡してたっけ。

 表情筋を探り探り動かしながら、ニーナはトナーに笑いかけた。


「トナーにもお土産、ありがとう」

「……変な顔」

「あ“?」

「おみやげどーも」


 こっちはこっちでなにも変わらない。3人でいると、一人で悶々としている自分が馬鹿みたいに思える。会話の話題も、いつもとほとんど変わらない。自分が休んでいる間の仕事はどうだったの、見習いの調子がいいだの悪いだの。店内のにぎやかさに身を任せ、ニーナは3人での食事を楽しんだ。

 お酒が進み、料理も大方食べ終えた頃、思い出したようにトナーが言った。


「そういえばさ、俺、王都を離れることになったから」


 あまりにも自然に、あまりにも抑揚のないいつも通りの声でそう言ったので、ディオもニーナも一瞬反応が遅れた。「……え」と声が落ちたのは、どちらもほとんど同じタイミングだった。示し合わせたようにトナーの顔を見ると、本人は暢気に「これ、うま」と残った料理を食べている。


「……え、いやいや、トナー今なんつった」


 先に現実に戻ってきたのはディオだ。顔から先ほどまでの笑顔は消え、引きつった口元が焦ったように動く。


「王都を離れるって、なんで。どっかに異動になるのか。それともまさか退団するんじゃ」

「そんなに焦るなよ。短期の異動だよ」

「あ……なんだよ~お前は本当に説明下手だな! 急に“王都を離れる”なんて言われたら焦るに決まってるだろ!」


 ディオは胸を撫で下ろし、穴の多い説明をしたトナーの腕をばしばし叩いた。けれどニーナはとてもディオのように胸を撫で下ろすことなどできない。胸がざわついている。不安が顔に出たまま、固い声で聞いた。


「それっていつからいつまで」

「10日後出る。滞在は聞いた話だと大体1年から1年半くらい」

「1年半も?」


 動揺で語尾が震えた。

 トナーは持っていたフォークをようやく置いて、こちらを見た。


「ルイドさん覚えてる」

「第2隊の副隊長だった?」

「そう。今第1にいるんだけど」


 ルイド――あのジオルド・ペンスの一味とやり合った地下倉庫の一件で、指揮を執った人物だ。そして、トナーを騎士団に特別枠で引き入れた人物でもある。

 ニーナもあの一件の後は何度か世話になったが、所属部隊が離れてからはあまり顔を合わせることもなかった。


「今度、ルイドさん、ドリステの支部を任されることになったんだ」

「ドリステって、トナーの……」

「そ。俺の故郷」


 騎士団の見習いになる前、トナーはドリステで雇われ用心棒のようなことをしていたと、聞いたことがある。

 トナーは視線をゆっくりと落とすと、「俺は今、すごく幸せな生活を送ってる」と噛み締めるように言った。


「俺はニーナとディオがいなかったら、騎士団には残ってなかった。二人にはどれだけ感謝してもしきれない」

「トナー……」


 ディオが驚きと感動の混じった、震える声で名前を呼んだ。心なしか目が潤んでいるようにも見える。

トナーはそんなディオをちらりと見て、口の端にゆるい笑みを浮かべた。


「でも、そもそも、ルイドさんが特別枠で見習いにしてくれなかったら、俺はきっと今頃どっかで野垂れ死んでた」


 一瞬の沈黙。今まで遠くにあったノックスのざわめきが、ぶわりと盛り上がり、トナーが再び口を開くと同時にまた遠のいていった。


「……今回、ルイドさんに“ドリステについて来てくれないか”って言われた時、急だし、正直迷った。でも、あの人には返しきれない恩がある。ドリステは今も昔もあまり治安のいい所じゃない。俺は、ドリステの裏側には、まあそれなりに詳しい。微力だけど、あの人の助けになれると思う」


 トナーはニーナとディオの顔を交互に見た。


「――だから俺、行くよ」


 トナーは、肩の荷が下りたようにすっきりした表情だった。再びフォークを手に取り、ぬるくなった料理を口に運び始める。ディオが「いい話じゃないか!」と涙ぐみながら、トナーの腕をまたもばしばしと叩いた。

 そんな二人を見て、ニーナは、胸がつっかえたように苦しくなった。

 この決断はトナーにとっていいものになるだろうと思う。ディオのように「いい話だね」と笑顔で背中を押すようなことを言ってあげたい。けれど同時に、言いようのない寂しさが心に広がっていく。弱気な自分が顔を出す。どうしよう、笑い方が分からない。


「ニーナ」


 突然腕を引かれ、ニーナはゆっくりと瞬きをした。腕を引いたのはディオだった。服の袖が空になった皿のソースに当たっているが、本人はそんなことを気にもせず、まっすぐにこちらを見ていた。


「安心しろ!」

「……はい?」

「俺達、いつだって目指す場所は同じだ。同じ方向に向かって歩いてる。だからこれから先、何度離れたって、何度だって会える。残念だったな、俺達の腐れ縁は死ぬまで続くぜ」


 だろ? とニッと白い歯を見せる。ディオは時々、こうやって確信をつくようなことを言う。

 ニーナは大きく目を見開いた後、「はは」と俯きがちに笑って


「……違いない」


 と肯定した。


「な。俺達の友情は永遠に不滅だ。俺はいつか故郷に帰って、かわいいかわいいリーゼと結婚するけど、お前らに呼ばれたらいつだってすっ飛んでくぜ!」

「まあ俺は呼ばないけど」

「トナーはいっつも一言多いんだよ! お前は俺を呼ばなさそうだからな、毎週手紙送るし、月に1度は元気にしてんのか見に行くからな!」

「俺はお前の恋人か」

「いや、俺の恋人はリーゼだけだから!」

「例え話だ」


 顔を上げれば、変わらず表情筋の死んでいるトナーが、ディオの話を聞いているのかいないのか分からない顔で受け流しつつ、酒の入ったグラスに口付けている。ぱちりと目が合うと、「ばぁか」と音もなく唇が動いた。

 変わるものもあれば、変わらないものだってある。ただ、それだけのことだ。ニーナは観念したような笑みを受かべ「そうだね」と頷いた。




 ノックスを出るころには、足元が若干おぼつかなくなった。知らず知らずのうちに、いつもより早いペースで多くの酒を飲んでいたらしい。明日二日酔いで出勤するわけにはいかない。帰ったら薬を飲んでおこうとニーナは決めた。

 ディオはさらにべろべろで、トナーに支えてもらわないとまともに歩けないくらいに酔っている。明日が非番だとしても、ディオがこんなになるまで飲むのは珍しいことだった。


「なぁ~トナー。もう一軒行こうぜ! もう1軒!」

「行かない」

「しばらくお前と呑めなくなるかと思うと寂しくてさぁ~。呑みだめしようぜ~」

「しない」


 誘いをバッサバッサと切り捨てられ、ディオはふにゃふにゃとトナーにしな垂れかかった。


「俺の親友が冷たい」

「親友?」

「……ふ。いいんだいいんだ。俺は分かってる。トナーは恥ずかしがり屋さんだからな」

「置いてくからな」

「っなぁ~ニーナはもう1軒付き合ってくれるよな~? ほらぁ、おれがおごるからさぁ~、ん……? あ“!? 財布がない!」


 さっきまでふにゃふにゃしていたと思ったら、今度は猫のように飛び上がり体中のポケットを探り始めた。慌ただしいな、と思いながら呆れ交じりにディオを見ていると、トナーもまさに同じ目でディオを見ていた。


「店の中かも、探してくるわ!」

「私一緒に行くよ」

「いい、いい。ちょっとそこのベンチとかで休んで待ってて。あ、帰らないでくれよ!」


 そんなにふらふらで大丈夫なわけないじゃん、と言い返す間もなく、ディオは足を縺れさせながら、また店の中に入っていった。

 ――待ってて、なんて言われても。

 ニーナはちらりとトナーを見た。呆れ顔のトナーはため息をつくと、面倒くさそうに店の脇に置かれたベンチに腰かけた。


「……ニーナも座れば」

「あ、うん」


 おずおずと、ニーナはベンチに腰かけた。

 トナーは口を開かない。組んだ足の上に肘をついて、薄眼でぼんやりと遠くを見ている。まぶたは重そうで、瞬きをするたび、再び目を開けるまでの時間が長くなっているように感じた。あ、やっぱりトナーもそれなりに酔っているんだ。

 夜風が酔いを醒ますように頬を撫でていく。ニーナもトナーにならって目を閉じてみた。体重を後ろ手で支え大きく息を吸うと、体の熱がすっと冷めていく。


「……一応言っとくけど」


 ニーナは目を開け、トナーの横顔を見た。少し硬い言葉の響きに、身構える。


「今回の決断に、ニーナとのことは関係ないから」


 ニーナは瞠目した後、一気に脱力した。


「……なんだ。そんなことか」

「気にしてるのかと思うだろ」

「まさか。トナーが私とのことで、そんな決断をするような人だとは思わないよ。そんな仕事に不誠実な人じゃないでしょ」

「あっそ」


 トナーは不貞腐れた子供のように言った。その仕草にニーナは頬を緩ませた。

 ふと見れば、すっかり酔いの回った様子の男性が二人、ふらふらとこちらにやってきた。音程の外れた歌を歌いながら、ノックスの中に吸い込まれるように入っていく。まだまだ夜は長いらしい。


「隊長とは、あれからどう?」

「あー……隊長ね。まあ、いろいろあったというか、なかったというか」

「なんだそれ」

「ていうか、トナーこんな話聞きたいの?」

「それなりに。で、ちゃんとした恋人になったわけ」

「いや……」

「なれそう?」

「……いやぁ、」


 希望はゼロではないと思いたいけれど、限りなくゼロに近い。ほぼ無だ。あんな逃げるような告白をして……

 ニーナは天を仰いだ。夜空には星が瞬く。

 大体、言うつもりはなかったのだ。あのまま、隊長とは元通りになるはずだった。それなのに、あんな風に溢れ出てしまったのは、気持ちが一人では抱えきれないくらい膨らんでしまったから。


「ふぅん」


 トナーは気のない返事をした後、視線だけをこちらに向けた。


「俺にしとけばよかったのに」

「そ、れは……」

「冗談」


 嘘つき。

 冗談かどうかなんて、目を見れば分かる。


「……あのさ、トナー」


 ニーナはトナーに向き直り、姿勢を正した。咳ばらいを一つ。


「トナーは、私の大切な人だよ」

「それはどーも」

「トナーは間違いなく私の人生を変えた人で、私はトナーのためなら命を懸けられる。背中を預けあえる相棒だと思ってる。トナーは私にたくさんのものをくれた。本当にありがとう」


 今度はトナーが瞠目する番だった。けれどすぐに、彼にしては珍しく、思いっきり苦虫を嚙み潰したような顔をした。


「……なに、俺、また振られたわけ」

「それは……まあ、うん」


 ニーナは気まずげに視線を逸らす。トナーはため息交じりに言った。


「それはどーも。でも、なんでわざわざ。あの時、ニーナはちゃんと、俺のこと拒否しただろ」

「でも、ちゃんと口に出してなかったから」


 あの時、告白を受けた時の複雑な気持ちは、次第に変化していった。自分がその立場にならないと分からない事って多い。恋ってどこまでも自己中心的な感情で、自分が嫌になる。でも、だからこそ誠実になりたいと思った。


「トナーはちゃんと私に告白してくれたから、ちゃんと言葉で返したかった」

「ふーん……酷い女」

「えぇ? 精一杯の誠実だったんですけど」

「未練も残させてくれないわけね」

「それは……」

「冗談だよ」


 トナーは柔らかな声でそう言って、それからゆっくりと体を起こし、こちらに向き直った。お互いの膝が触れている。そのまましばらく、言葉もなく見つめ合った。知らない人が見たら、恋人同士に見えるのかもしれない。けれどトナーの瞳は、彼の心の内を表わすように揺れていて、ニーナはじっと待つしかできなかった。

 瞬きと、胸の中に溜め込んだものを吐きだすようなため息の後、トナーはぶっきらぼうに言った。


「手」

「手?」

「手出して」


 言われるがまま恐る恐る手を出すと、トナーがそれを固く握った。


「……ありがとな、ニーナ」


 トナーの輪郭が、店の灯りを受けてぼうっと光っていた。表情は晴れやかだ。珍しく、顔の筋肉をしっかり使った笑顔。

 その笑顔に照らされ、ニーナも笑った。ずっと心の奥に引っかかっていた小さな棘が抜けたように、心が軽い。両手で包むようにトナーの手を握り返す。


「私も、ありがとう。トナー」


 もしも。

 もしも、あの時、地下倉庫に残ったのがトナーでなければ。もしも、ディオとトナーと友達になっていなかったら。もしも、最初の試験で、隣に立っていたのがトナーじゃなかったら。もしも、出会っていなかったら、自分の人生はどうなっていただろうか。

 ディオとトナー。私たちはたくさんの“もしも”を共に進んだ仲間だ。そしてこれから先、どれだけ離れたって、私たちはずっと仲間であり続ける。

 辛くも美しい日々の思い出が次々に溢れ、頭の中を駆け巡った。その日々を想う感情を、握った手に込める。手が温かいのは、お酒のせいだけではない。ニーナはトナーを見た。トナーもまた、言葉はなくても同じ気持ちを共有しているように見えた。夜色の瞳がキラキラと輝いている。


「あーーっ!」


 突然の締まりのない叫び声に視線を向ける。ディオが酔っ払いらしい真っ赤な顔で、握り合った手を指さして、わなわなと震えていた。


「おいおい! 俺がいない間になにしてんだよ!」

「べつに」

「“べつに”じゃないだろ! なに二人だけで友情を確かめ合ってるんだよ~」


 わざとらしい泣き顔のディオに、握手をした手を引き上げるようにして立たされる。と思うと、そのままがっしりと抱きしめられた。なかなかの酒臭さだ。「急になに」とトナーが、焦ったように言う。周囲には酔っ払いばかりだが、こんな風に道で抱き合っていれば、向けられる視線は生ぬるい。


「いや、やっぱ俺、お前らのこと最高に好きだなって思っただけだよ」

「きも」

「めっちゃ酔ってるじゃん」

「いいこと言ったのに、なんなのその反応」


 ディオは2人を抱きしめる腕をほどき、代わりに肩を組んだ。


「さーて、もう一軒行くか」

「私明日仕事だから」

「いいから行くんだよ。トナーは行くよな」

「……行ってもいいけど」

「え? さっき行かないって言ってたじゃん」

「気が変わった」


 けろりと言うトナーに裏切られた気持ちになりながらも、ニーナもため息交じりに「ちょっとだけなら行く」と誘いに乗った。二日酔いの薬は少し多めに飲むとする。

 肩を組んだまま、のろのろと次の店に向かって歩き始める。このまま行けば、次はジェナの店になだれ込むパターンだ。

 夜の空気と、お酒の香り。陽気な人々と、どこからか漏れ聞こえる音楽。


「ニーナ、隊長に泣かされたら言えよ」


 トナーが不意に言った、あまりにもキャラじゃないセリフに、ニーナは一瞬の驚きの後、口の端を吊り上げた。


「なに。助けてくれるの」

「……ディオが助ける」

「おい! 今なんで俺だよ!」

「よかった。ディオが盾になってくれるんだね」

「ならねぇよ! 隊長の前に立つなんて死んでもごめんだね!」


 3人で積み重ねてきた日々が揺らぐことはない。これから先、どんな未来が待っていたって、あの日々を思い出せば、乗り越えられないものは何もないだろう。

 酒場の灯りが、暖かな色で3人の足元を照らしていた。




***


 第一隊に届け物を頼まれ、久しぶりに王城に足を踏み入れると、メイドを引き連れた第三王女とばったり会った。ニーナが「お久しぶりですね」とにこやかに挨拶をする前に、先制パンチが飛んできた。


「まあ、ニーナさん。あれからカイト様とはどうですか?」

「うぐ」

「デートをなさっているところを、メイドが見たと言っていました。キスは、」

「わー!? そんなはしたないこと聞いちゃダメです!」


 7歳の少女からそんなことを聞かれるとは思っておらず、ニーナは第1隊への届け物をばさばさと落とした。「あらまあ」と手を出そうとする王女を制し、その場にしゃがみ込んで自分で拾う。王女の耳に入る場所で噂話をしているであろうメイド達を睨むように見たが、帰ってきたのは生暖かい視線だけ。

 ニーナはため息を押し殺し、王女と視線を合わせた。


「忘れてください」

「何をです?」

「私とディンスター隊長のことです」

「なぜ?」


 王女はこてんと首を傾げる。


「部下と上司の秘密のロマンスなんて、素敵だと思うわ」

「もう、終わりだからです」

「え?」

「マロン様、部下と上司の秘密のロマンスはもう終わりです。だから私のような者の恋愛話なんて気になさらず。お時間を取らせて申し訳ありませんでした」


 ニーナは頭を下げ、その場から立ち去った。

 部下と上司の秘密のロマンスはもう終わり。次に隊長に会ったら、ちゃんと話そう。適当な嘘で始まったこの恋をちゃんと終わらせなければいけない。そうでなければ進めないから。


.

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