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あなたはわたしの光 5


 体中、生傷が絶えなかった。訓練中に吐いたことは一度や二度じゃない。数少ない女の見習いにひどい言葉を言う人間も少なくなかった。“もう辞めよう”。何度も頭に浮かんだその言葉を意地だけで振り払って進んでいるうちに、仲間ができた。

 ディオは、いいやつだ。誰とでも友達になれるし、場の雰囲気を明るくできる。剣の腕前はもちろん、きっとこれから先も、彼のそういう力は重宝されるだろうと思った。

 ジオルドの一件が終わった後のトナーを、みんな「生まれ変わったみたいだ」と言った。でも私は、トナーは最初からそういう人間だったと思う。無愛想だけど、仲間想いで優しい。それから、同期では一番強い。明るい場所に出たトナーは、そう遠くない未来、騎士団にとってかけがえのない一人になるだろうと確信している。


 ――じゃあ、ニーナ・フィントは?


 私だって友達はいたけれど、ディオほど処世術に長けてはいない。剣の腕はそれなりだけど、トナーとまともにやり合えば歯も立たない。二人だけじゃない。見習いの中で、私の実力は、きっと下から数えた方が早い。

 二人は私を仲間だと言ってくれるけれど、いつ置いていかれることになっても不思議じゃない。


 また、置いていかれるのかもしれない。

 時々、そんな風に思った。でも、もうこれ以外の道はない。私はあの時、ジオルド・ペンスの命を奪ったのだ。責任は果たす。石にかじりついてでも、この道を行く。騎士団の隊員になる以外の選択肢はないのだ。


 そうしてやっとの思いで騎士団に入隊しても、気の抜けない日々が続いた。

 隊員になった人たちは厳しい訓練を耐え、狭き門を突破した人ばかり。自分の実力のなさを痛感する日々だった。どうにかして、この第3隊に必要な人間にならなければいけなかった。置いていかれないように、誰かに必要とされるように。


 ――お前、どうして騎士団に入ろうと思った。


 隊長にそう聞かれた時、一瞬迷った。

 人助けをしたい。誰かの役に立ちたい。そうやって、もっともらしい理由で覆い隠した下側には、誰かに必要とされたいという自分本位な欲求が静かに、でもはっきりと存在していたから。


 トナーやディオの仲間でありたい。あの地下倉庫での経験を一緒に背負ってくれた二人の隣を歩き続けたい。そのためには、二人と同じくらい強くなくちゃいけない。弱いところは見せたくない。

 騎士団の自分を認めさせたい。私を馬鹿にした人間たちに負けたくない。だから努力し続けなくちゃいけない。強くなくちゃいけない。かっこいい人間でありたい。


『ニーナは器用じゃないし、天才的ななにかもない。それなのに、かっこつけで、何でも自分で出来るみたいな顔してる。でも、だから誰よりも真っ直ぐ努力を続けられるし、誰かのために自分を犠牲にするのに迷いがない。今まで、嫌な思いをしたり、辛い思いだってしてきただろ。それでも、折れなかった。強い人間だよな』

『そうやって生きるニーナの姿を見てると、自分の人生が肯定されたような気になるんだ。勇気をもらえる。この仕事をしていると、誰にだって心が折れそうな瞬間が来る』

『……そういう時、誰かのがんばりや生き様が、勇気をくれる。強い光みたいに、導いてくれる。ニーナは俺にとって、そういう存在だ。いや……きっと、みんなにとって、ニーナはそういう存在なんだろうな』



 ――ああ。



 こんなに嬉しいことがあるんだろうか。

 こんな風に、人生を丸ごと肯定してもらうことが。


「……隊長」


 たまらなくなって、子供のように隊長の首に腕を回した。肩に顔を埋めると、ほんの少しだけ汗の香りがした。不快じゃない。むしろ安心する、いい香りだった。


「……カイト」


 絞り出すように名前を呼んだ。「ああ」と短い返事が、皮膚を伝わって返ってくる。


『俺達は、お前の努力を、決断を、剣を、強さを疑わない』


 剣技会の1回戦の後、隊長はそう言った。

 私の中の弱い部分を暴くかのように。

 心の中の弱い部分は、いつだって私を迷わせる。

 そうして迷いそうになる私を、この人は、いつだって。


「――あなたは私の光です」


 自分の心が震えているのが、はっきりと分かった。


「いつだって強く、迷いのないあなたの姿が、私にとってどれだけ……どれだけ、支えだったか」


 最後の方は、もうほとんど声にならなかった。涙がとめどなく溢れ、食いしばった歯の隙間から嗚咽が漏れる。

 きっとこの気持ちを、死ぬまで忘れない。こんなにも、叫びだしたくなるような嬉しさを、忘れられるものか。


「本当に、ありがとうございます」

「……鼻水つけるなよ」


 困ったような笑い声を聞いて、胸がいっぱいになった。本当に、私はこの人が好きなんだと思った。好きで、好きで、たまらない。

 だからこそ、伝えるべきだと思った。ニーナは顔を上げ、涙を拭いた。


「……隊長」

「ん?」

「隊長は、自分はラフィネさんへの償いのつもりで、騎士団の隊員をしているとおっしゃってましたよね」


 その名前に、ぴくり、とカイトの肩が動いた。きっと、この話をされるのはあまり気分がいいものではないだろうと思う。けれど、今、言わずにはいられなかった。


「“たくさんのものを貰ったのに、何も返せていない”。そう言っていましたけど」

「……ああ」


 カイトの短い返事は、こわばっているように感じた。

 ニーナは一度、深く息を吸ってから、ゆっくりと吐いて続けた。


「でも私は、隊長は、きっとなにかを返していたと思います」

「なにか」

「はい、なにか。それが何かは分かりませんけど……」


 ニーナはトナーの言葉を思い出した。

 ――“俺はもう、もらってるから”。

 正直なところ、自分がなにをトナーにあげたのか、はっきりと言葉で表すことはできない。いつあげたのかも覚えがない。


「でも……でも、私たち、多分そういう風にできてるんです。誰かの些細な行動とか何気ない言葉から、生き様から、勝手に愛や勇気や希望を貰って立ち直ったり、がんばったり……そして、自分でも知らないうちに誰かに勇気を与えてる」


 だから、


「貰ってばっかりだったなんて、そんなこと、絶対ありません。私は、隊長のここまでの努力を知らないし、昔のことも知らないし、何言ってんだって思われるかもしれませんけど。でも、今の隊長を形作った努力や道のりに、間違いなんてありません。きっと、ラフィネさんは、隊長からたくさんの物を貰っていたと思います……きっと」


 ニーナはそう言って、静かに瞼を閉じた。

 視界が閉ざされた分、頬を撫でていく空気や、腹の辺りから伝わってくるカイトの体温をより強く感じる。


「……そうか」


 そう小さく言ったカイトの声で、ニーナは再び目を開けた。カイトの表情は、当然見えない。歩く速度も変わらない。一定のリズムで振動が伝わってくる。

 宝石に触れるようにそろりと手を伸ばし、またカイトの首筋に顔を埋め、祈った。


 どうかこの人が、ずっとずっと幸せでありますように。


 

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