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仮初のロマンス劇場 7


 パーティー会場となっているフィント家の庭とその前の広場には、すでに多くの人が集まっていた。並んだ大きなテーブルには、所狭しと美味しそうな食事が載せられ、隙間を埋めるように酒の瓶やグラスが置かれている。吊るされたいくつものランプが夜空を彩り、至る所に二人の結婚1周年を祝う飾りが付けられていた。

 ニーナは「わぁ!」と感嘆の声をもらし、庭から広場に駆け込んだ。広場で食事をつまんでいたネネットから「あら、可愛らしいわぁ!」と声が上がる。ニーナは誇らしげに、ネネットの前でくるりと一周して見せた。


「素敵よ、ニーナ」

「ありがとう」

「旦那さんも惚れ直すわよ」

「はは……」


 もう乾いた笑いしか返せない。


「どうした?」


 少し遅れてカイトがやってきた。ニーナが言葉を返す前にネネットから「きゃあ!」と黄色い悲鳴が上がる。


「いい男!」

「どうも」

「シックな雰囲気も似合うわね~。絵画から飛び出してきたみたい」

「ありがとうございます。ネネットさんも、今晩は一段とお美しい」

「ま。やだよ、この子ったら!」


 ネネット流照れ隠しのビンタが、予想よりも強く背中に入り、カイトは咽た。

 そんなカイトの様子を気にせず、ネネットの笑顔はまぶしい。


「あっちに私が用意した料理があるから食べてよ。カイト君のためにも、腕振るったのよ」

「ええ、いただきます」

「ネネットさん、ありがとう」

「たんまり食べて、楽しむのよ! 落ち着いたら、また後で話しましょ」


 去り際にもう一丁、今度はニーナとカイト両方の背中を勢いよく叩き、ネネットはまた別の輪へと去っていった。


「……嵐のような人だな」


 カイトは背中をさすりながら言った。ニーナも小さく笑いつつ「本当に」と肯定した。勢いがよすぎるのは困るけど、彼女の雰囲気は懐かしくて、やっぱり好きだと思った。

 ネネットはすでに、違うグループの中心になって、話に花を咲かせている。


「軽くごはん、食べに行きましょうか」

「そうだな」


 テーブルの上にはいろいろな食べ物が並んでいる。王都ではあまり見ないものも多く、ニーナはカイトに一つ一つ説明しながら、食事を楽しんだ。

 両親は招待客や街の人々からのお祝い一つ一つに、丁寧に礼を返している。軽く食事を終えたニーナも、カイトと共にロシトの人々や、何人かの招待客をもてなした。

 ロシトの人達は驚きつつも、「めでたいことが倍になっていいな」と心からこの交際をお祝いしてくれた。罪悪感がすごい。ニーナは胃を痛めながら、できる限り早めに会話を切り上げた。

 が、招待客相手にはそうもいかない場面が出て来た。両親の再婚パーティーだというのを忘れたように、ディンスター家次男との繋がりを作ろうと必死になっているような人が、少なからずいたからだ。居心地が悪いのではないだろうかと、ニーナは心配したが、カイトはけろりとしていて、愛想よく、当たり障りのない会話をしていた。


「……不満そうだな?」


 人の流れが一旦落ち着いたところで、カイトにそう尋ねられ、ニーナは閉口した。


「分かりやすい顔してるぞ」

「……別に、不満ではないですが」


 そうは言いつつも、ニーナは不満げに口を尖らせた。


「もう少し、嫌そうにした方がいいんじゃないですか?」

「嫌そう?」

「随分、露骨なご機嫌取りの人には」


 カイトはきょとんとした後、小さく吹き出した。続く「そんなこと気にしてたのか」と言う声が、あまりにも軽いので、ニーナはますますふてくされた。


「気にしますよ。やな感じじゃないですか。カイトのこと馬鹿にしてるみたいで、腹が立ちます」

「……へぇ」


 カイトはニーナの顔を覗き込むように、腰を折り、ゆるりと微笑む。


「ほら、可愛い顔が台無しだ。おめでたい席なんだから笑っておくれ」

「急に好青年ぶるのやめてください」

「こら。まるで俺がいつもは好青年じゃないみたいな口ぶりだな」

「……」

「おい、そこは黙るなよ」


 沈黙は肯定。からかうように自分を見るカイトを軽く睨んで、ニーナはべっと舌を出した。


「私はカイトの部下であり、申し訳ないことに今は恋人でもあります。大切な人が馬鹿にされていたら、腹が立ちます。いけませんか」

「いや……腹が立つのは、別にいいが、」


 カイトは言葉に詰まり、口元を抑え姿勢を元に戻した。抑えた指の隙間から「あー……」と意味のない音が漏れる。


「別に、慣れてるから、気にするな」

「ますます気にしますよ。カイトが立場上難しいなら、私が後々それとなく嫌味を言うこともできますよ」

「ばぁか」


 カイトはくしゃりとニーナの前髪を乱した。

 別に冗談なんかのつもりはないのに、軽くあしらわれてしまい、ニーナの頬は膨らむ。「ばかってなんですか、ばかって」と、カイトの手を上司にするにしてはいささか乱暴に払い、前髪を直す。


「反省したよ」

「なんすか、急に」

「さっき俺、お前に似たようなこと言われて、腹立ったばっかなのにな」


 ニーナは前髪を直す手を止め、そのままの姿勢でカイトを見た。優しい目が、こちらを見下ろしていた。なぜか、一瞬その顔が、泣き顔にも見えた。


「……私も、反省します」


 カイトの唇が、ゆるい弧を描いた。


「まだまだだな、俺達」

「……カイトに、そんなこと言わせたかったんじゃありません」

「分かっているよ。俺も、悪かったな」


 ニーナは少し離れた場所で、招待客と談笑する父親とリエッタを見た。招待客から花束を受け取ったリエッタが頬を緩ませ、その様子をオルトが満たされた表情で見ていた。本物の夫婦の姿が、本当に愛し合っている人達の姿がそこにある。

 自分達はどうだろうか。

 心臓のずっと奥が締め付けられるように痛み、ニーナは無意識のうちにそこに手を置いた。

 ――場違い。

 そんな言葉が、一瞬頭をよぎった。


「あ、ニーナ! ちょうどいいところに!」

「お姉ちゃん」


 レイナが息を切らせ、駆けてきた。「どうしたの?」と尋ねると、青い顔で答える。


「私お父様とリエッタさんにケーキを作ったんだけど、うちの子ちょっと目を離した隙にかじっちゃって、思いっきりへこませちゃったの~」

「ひゃ~……」

「今更作り直すわけにもいかないから、とりあえず形だけでも整えたいんだけど」

「もちろん、手伝うよ」

「助かるわ」


 レイナからの出動要請に力強く頷いた。お菓子作りは専門外だが、形を整えるくらいなら問題ないだろう。それになにより、今、この場から離れる理由ができてありがたかった。


「と、いうことなので、少し離れます。すみません」

「構わない。気を付けてな」

「カイトも、楽しんでくださいね」


 会話もそこそこに、ニーナはレイナの後ろについて小走りに駆けだした。

 2人の背中が人込みに消えたのを確認してから、カイトは静かにその場を去った。



***

 来る前に「庭が綺麗だ」と聞いていた通り、フィント家の庭は美しかった。

 珍しい花が咲き誇っているとか、華美な装飾があるだとかそういうわけではないが、よく手入れされていて、植物が生き生きとしているように感じる。あの朗らかな女性の人となりを感じさせ、不思議と居心地がいい。

 パーティー会場となっている辺りからから少し離れたところで、背の高い植物に囲まれたスペースにテーブルセットを見つけ、カイトはそこに腰を下ろした。

 ぽってりと膨れた月が照らす夜は暖かい。

 明るい植木の向こうから、音楽に乗って絶え間ない笑い声がやってくる。いい夜だ。静かに目を閉じて、椅子の背に体を預ける。穏やかな風に吹かれ、木々や花々も笑っているようだ。


「カイト君」


 名前を呼ばれ、目を開ける。オルトがグラスを二つ手に持ち、こちらにやって来た。「どうも」立ち上がろうとするが、手で制され、カイトは腰を下ろしたままオルトを迎えた。オルトはカイトの正面の席に腰を下ろし、グラスを差し出した。


「少し話したくてね、いいかな?」

「もちろんです」


 カイトはグラスを受け取り、乾杯の意味を込めて傾けた。オルトは微笑み、同じようにグラスを傾けた。

 一口飲む。中の酒はとろりと甘い。


「パーティーの主役が、こんなところにいていいんですか」


 カイトは悪戯っぽく尋ねた。


「いいさ。挨拶は済ませたし、リエッタは女性達とおしゃべりに夢中。男たちもすっかり出来上がってる。もうこうなったら主役もクソもない。酔って騒いで、誰もが主役だよ」

「確かに」


 一笑し、カイトはもう一口、グラスの中身を飲んで、テーブルに置いた。


「すまないね。君のような立派な家の出の人には、ああいう騒がしいのはあまり好ましくないかもしれないだろうけど」

「いいえ、楽しいです。とても」

「そうかい?」

「はい。彼女も、楽しそうでしたし」


 そう言うと、オルトはふっと父親らしく表情を綻ばせた。けれどすぐに、申し訳なさげに視線を下げる。グラスを置いて、一呼吸。


「……悪かったね、君がいるのを知らず、ニーナに見合いを勧めたり、男を紹介したりして」

「……いえ」


 カイトは気まずさから視線を逸らした。自分から言い出したことではないにしろ、やはり嘘をついている申し訳なさは、かなりある。

 互いに次の言葉を見つけられず、しばらく沈黙が続いた。一つの音楽が終わり、拍手が沸き上がる。次は先ほどよりもスローなテンポの曲が始まった。

 オルトが、ぽつりぽつりと話し始める。


「最初の妻を亡くした後、すっかり精神的に参ってしまって……」

「……少し、彼女から聞きました」

「そうか。恥ずかしながら、それから何年も体の調子が戻らなくてね。家族や街の人々に助けられながら、ここまでやってきた」


 オルトは天を仰ぎ、目を閉じた。


「そのせいで、母親を亡くしたばかりの子供達に上手く寄り添ってやれなかった。私の人生、最大の後悔だ」

「……ニーナは、あなたのことを、恨んでなんかいませんよ」


 思いがけず慰めるような響きになってしまったが、事実だ。ニーナはカイトにそんなそぶりを見せたことはない。

 オルトはいびつな笑みで「分かっているよ」と小さく言った後、「ありがとう」と付け加えた。しばらく組んだ指を、沈黙の秒数を数えるように順に折り、10に達したところで再び口を開く。


「……前の妻を亡くしたとき、ニーナはまだ小さかった。強い子になったが、すっかり、甘えるのが下手になってしまってね」


 オルトはそう言って、カイトを見た。困ったように片眉を上げ、口元に寂し気な笑みを作る。


「ニーナは何も私たちに言わない。仕事はどうだ? と聞けば、いつだって“充実してる。とても楽しいよ”と返ってくる。それが心強いと同時に、時々とても不安になるんだ。騎士団での仕事は、辛いこともあるだろうから」


 噛み締めるような言葉を聞いて、カイトの頭にいつか読んだ、地下倉庫での出来事が浮かんだ。主犯のジオルド・ペンスにとどめを刺し、自らも瀕死の重傷を負ったという彼女。ある時は剣技会で不安に駆られ、女だからという嘲りに耐えていた。それでも毎日王都を駆け回り、生傷の絶えない人生。街で見かける娘達のような穏やかな生活とは程遠い場所にいる。


「そんな時も、あるかもしれません」


 カイトは控えめに肯定した。

 オルトは「そうか」と小さく言って、一瞬苦々しい表情を作った。


「……だからどうしても、安息の地を作ってやりたかったんだ」


 目を伏せ、オルトは言う。


「安直だと自分でも思っている。結婚だけが、すべてではないと思う。友情だって人を救う。でも、それでも、ニーナの側にずっと、誰かがいて欲しいと思ったんだ」


 「親バカだろう?」とオルトは自嘲したが、カイトにはその切望がよく分かった。首を振り、「いいえ」と短く返す。


「分かります」

「……そうか。ありがとう」


 どちらともなくグラスを取り、再び口に含んだ。

 カイトの胸に、甘い香りがじんわりと広がっていく。ぬるい風が髪を揺らし、庭の花を揺らした。


 ――ままならないよな、人生は。


 昼間のウェスの言葉を思い出す。本当に、人生はままならない。


「お父様!」


 植木の向こうから、ひょっこりと顔を出したのはニーナだった。目が合うと、ぱちりと目を丸くする。「あれ、カイトもいたんですね」と言いながら、こちらへと近づいてくる。

 カイトは立ち上がり、ニーナを迎えた。


「酔い覚ましに来たんだ」

「へー。とか言いながら、飲んでるじゃないですか」


 ニーナは白けた顔でテーブルのグラスを一瞥してから、キッとオルトを見上げた。今だ座ったままのオルトの腕を取り、ぐいぐいと引っ張り上げる。


「もー、主役がこんなところでまったりしている場合じゃないでしょう。もうダンスタイムです。みんなお父様待ちですよ!」

「ごめんごめん。ほら、カイト君とゆっくり話そうと思って」

「そんなことしなくてもいいですから。もー」


 ニーナはくるりと振り返り、疑うような目でじっとりとカイトを見た。


「変なこと言ってないですよね」


 理不尽ささえ感じる視線に、カイトはやれやれと手を上げ「もちろん」と頷いた。

 ニーナはカイトに疑いの視線を向けたまま、立ち上がったオルトの背中を押した。



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