いつだってあなたが世界を変える 2
「と、いうわけで、友達になろうよ」
いつだったか、そう言った時のトナーの顔が微かに歪んだのを見て、ニーナは「あ、ちゃんと表情はあるんだ」と明後日な感動をしたりしていた。
思えばあの時が、初めてトナーの目に私が映った瞬間だったのだろう。
確かあの時も言葉は返ってこなかった。トナーはくるりと振り返り、歩いてどこかへ行ってしまった。すぐにディオが飛んできて、「だから言っただろ、あいつはやなヤツなんだよ!」と耳元で叫んでいる。
けれどますます、友達になりたくなった。あんな風に殴られたのにどうして、と聞かれると少し悩むけれど。
「やっぱり、嫌いじゃないんだよな、彼」
「どういう心理なんだよ~!」
「なんか、笑った顔、見たくない?」
「俺はまっっったく見たくない!」
ディオは力いっぱい首を振った。
けれどニーナはトナーと友人になるのを諦めなかった。周囲の反対やら不安を押し切り、『トナー・ローレンお友達になろうぜ大作戦』を敢行したのだ。
大作戦なんて言っても、これと言った戦術はない。ただ、押して、押して、押しまくるのみだけど。そう言った時の、ディオの小馬鹿にしたような呆れた顔は、本当に腹立たしいものだった。
「やあ、ここ、いい?」
食堂の端の端、薄暗いテーブルで一人ぽつんと座り食事をするトナーに、ニーナは尋ねた。返事もなければ、視線も動かない。聞こえていないのかと思いもう一度尋ねたが、結果は変わらなかったので、ニーナはトナーの正面の席に腰を下ろした。
「いやー。今日は疲れたね」
「……」
「今日の教官、ちょっと厳しかったよね」
「……」
「トナー、好きな食べ物ってある?」
「……」
2人の様子を少し離れたところから見ていたディオは、繰り広げられる予想通りの光景に、小さくため息をもらした。
だからやめとけって言ったのに。
笑顔を崩さず、返事一つ返ってこない相手に話しかけ続ける姿は、いっそ哀れだ。あれじゃあ、ニーナのほうが頭のおかしい人間に見える。
結局、トナーはニーナに一言どころか、一瞥もくれることなく、食事を終えて席を立ってしまった。
これで分かっただろ。そう言ってやろうと、がっくりと肩を落としたままこちらへやってきたニーナに、ディオは視線を向ける。と、
「まだ」
ディオの口が開く前に、ニーナが口を開いた。
「まだ、あきらめてないから」
「なっ」
「一回拒否されたくらいで、折れるようなやわな精神だったら、ここまできてないから」
鬼気迫る様子のニーナに気圧されるように、ディオは「お、おう……」と弱々しい返事を返した。
そして、ニーナは宣言通り、トナーに話しかけるのをやめなかった。
「トナー、一緒に食事でもどう?」
「今度の模擬戦闘のペア、また組んでくれない?」
「休日はなにしてるの?」
「好きな色とかある?」
顔を見かければその背中を追いかけ、隙あらば話しかける。いつの間にかニーナがトナーに一方的に話しかけ、華麗に無視されるというのは、ちょっとした名物になっていた。見習いたちの間では『いつニーナが諦めるか』が賭けの対象にされ、大盛り上がりだ。
ある日、ディオは言った。
「言いたくないけど、ニーナさぁ、いい加減諦めろよ」
「……ははーん。賭けに負けそうなんだね、哀れなディオ」
「ちーがーう! 見てらんないって話だよ!」
「おおっ、心配してくれるんだ」
「友達なんだ、当たり前だろ!」
ディオはもう見ていられなかった。友人が無視され続けているのが笑いものになっているなんて。
けれどニーナは、ふっと軽やかに笑う。
「私さ、なんだかんだ、トナーに感謝してるんだよね」
「……なんで?」
「やっぱり女だからさ、訓練の時っていつも気を使われちゃうんだよね。それで相手を負かすとさ、“本気じゃなかった”とか言われて……別にそれは仕方がないことなんだけど、ああやってちゃんと本気やってもらえると、なんかさこっちも気楽で。それにトナーがああしてくれたおかげで、こうやってディオとも友達になれたから」
ニーナはにっと歯を見せて笑った。
「だから、私、トナーと友達になりたいな」
ディオはいまいち納得いかなかったが、そんな晴れ晴れとした顔をされたら、これ以上の説得は無意味だと嫌でも分かる。深いため息をついて、額に手を当てる。
「……仕方ないから付き合うよ。俺だってニーナの友達だから、助けてやる!」
「いや、別にいいよ」
「おい! そこはありがとうって言えよ!」
果たして、『トナー・ローレンお友達になろうぜ大作戦』参加者は2人となった。
ニーナとディオは隙あらばトナーに話しかけ、見習いたちの賭けはさらに盛り上がった。それでもトナーの表情は変わることがなかったが、次第に周囲の反応が変わり始めた。
当たり前のように3人1組で扱われる。複数人での作業は当然のように3人で。食事も気が付くと3人。トナー宛ての書類を預けられ、「なぁ、トナー・ローレンどこにいる?」と不在を尋ねられる。
これはもう“友達”ということでいいのでは?
ニーナは中庭の掃除から戻る最中、少し前を歩くトナーとディオの背中を見ながら、ぼんやり思った。
いつの間にか日は暮れ、空にはぼっかりと月が浮かんでいる。「置いていくぞ」ディオの声に呼ばれ、ニーナは小走りにトナーの隣に立った。
「……月、綺麗だね」
「……どうでもいい」
「どうでもいいって、そん……な……」
ニーナは足を止めた。ディオも足を止める。
二人は口をぽかんと開け、互いに顔を見合わせると、変わらず歩みを進めるトナーを見た。背中を長い髪が揺れている。
「え、ちょ!?」
「おおおおおおい、なに平然と!? いいいい今!」
「今しゃべったよね!?」
「しゃべった!」
二人は慌ててトナーを追いかけ、その腕を掴んだが、トナーはうんざりしたような表情を浮かべるだけだ。
「なぁ、今のお~ま~え~だ~ろ~」
「え、げ、幻聴!?」
「え!? おれたちの欲望が幻聴を作り出したっていうのかよ?」
「ねぇ、トナー。幻聴じゃないでしょ。そうだと言ってよ~」
結局、どれだけ問いただしても、再びトナーが口を開くことはなかった。
やっぱり幻聴だったのだろうか。いや、でも確かにあの時、トナーの声を聞いたはずだ。“「どうでもいい」事件”からおおよそ2週間。ニーナの頭の中では、何百回も同じ問答が繰り返された。
食堂の端のテーブルはいつしか3人の固定席のようになっている。今日もまた、ディオはトナーから何らかのリアクションを引き出そうと、あれやこれやと話しかけている。ニーナは野菜のたっぷり入ったスープをほおばりながら、黙々と食事を続けるトナーを見た。
――それでも、最初の頃に比べたら、ずいぶん穏やかになったと思う。
刺々した雰囲気はないし、なんだかんだ3人でいることを受け入れてくれている。少しずつでも、関係が築けていると思いたい。
ふと、トナーの視線がこちらを捉えた。濃紺の瞳は夜の色に似ている。もう視線が合っても、恐怖を感じることもない。
「ねぇ、トナー」
ニーナが話しかけたとほとんど同時に、トナーの視線がニーナの頭上に動いた。
「よお、ニーナ・フィント」
うわ、出た。
最近しょっちゅう聞く声に、ニーナはげんなりとした表情でスプーンを置いた。顔だけで振り返ると、マリド・ゼンがにたにたとした笑みを浮かべて立っている。
プライドの高い地方貴族の三男坊は、先日、模擬戦闘で負けたのが大層気に入らないらしい。あれからことあるごとに突っかかられている。そして、この男がこういう顔で来るときは、大抵ろくでもない話しかない。ニーナは無視を決め込んだ。
「なんだよ、無視かよ」
「話があるならおれが聞くよ、マリド」
ディオの声は、彼らしくない、冷たい響きをしていた。
マリドは一度ニーナを見た後、ディオとトナーを交互に見て鼻を鳴らして笑う。
「可哀想に、お前らも、長い見習い生活でおかしくなったんだな。こんな薄汚い猿みたいな女とヤるなんて」
「……はぁ?」
「よかったな、ニーナ・フィント。おかげで2人も取り巻きができた」
「お前っ、」
許せない発言だった。ディオは机を叩きつけ、勢いよく立ち上がる。後で問題になろうと、一発くらいぶん殴ってやらなければ気が済まない。
ぐっと拳に力を入れる。
いいかげんにしろよ。
そう叫んで、一発お見舞いしてやるつもりだったのに、動けなかった。
自分が動く前に、誰かの右ストレートがマリドの顔面に直撃し、マリドが吹っ飛んだからだ。
「……うるさい」
地獄の底から湧き出たような、怒りに満ちた声が、静まり返った食堂に響いた。
誰もが驚いていた。殴られたマリドでさえもだ。まさか、トナーに殴られるなんて、ちっとも予想していなかっただろう。
「――っ、な、なにすんだよ!」
はっとしてたようなマリドの声は、動揺を表わすように上擦って、ひっくり返っていた。
「うるさい」
「お、お前! こんなことして、いいと思ってんのか!?」
「うるさい」
「仲間を殴るなんて!」
「だから、うるさい」
ますます声を荒げるマリドに反し、トナーの声はどんどん冷たくなっていった。
マリドが何を言ったって、トナーには少しの傷もついていないように見える。マリドは悔し気な唸り声を上げると、顔を歪めたまま嘲笑した。
「知ってるんだからな、“犯罪者”」
「あ?」
「知ってるんだからな! お前が“特別枠”入隊だって! 騎士団に入れなかったら牢屋行きのろくでもない“犯罪者”だって!」
マリドが吠えるように言った。
トナーは一瞬の沈黙の後、薄笑いを浮かべた。歪んだ口元には狂気が滲み、周囲の温度がぐっと下がる。
「……よく知ってるな。だから俺は、お前みたいな男を殴るのに、なんの抵抗もない」
「ひっ」
指を鳴らし、こぶしを作る。トナーが一歩近づくと、マリドは飛び跳ねるように後退した。
「……っくっそ、お前、覚えてろよ!」
べなた小物悪党のような台詞を残し、マリドは逃げて行った。
ニーナもディオもあっけにとられた。いろいろなことが起こりすぎた。マリドのことはもちろんだが、何よりもトナーだ。幻覚でなけれな、トナーは大声で叫び、マリドを殴った。
しばらく時が止まっていた。
ふいに、トナーが振り返る。無表情のまま歩みを進め、ニーナの前に立つと、トナーは怒鳴った。
「黙ってんなよ!」
「……えっ?」
「あんな風に言われて、黙るな!」
「あ、う、うん……ご、ごめん……」
ニーナはぽろぽろと謝罪を落とした。
トナーはまだ不満げだ。眉根を寄せ、下唇を嚙み、瞳には怒りがまだ残っている。
そう、不満げ。
不満げなのだ、あの、トナーが!
表情一つ変えなかった、あのトナーが!
「……あの」
「……なんだよ」
「もしかして、私のために、怒ってくれたのかなー……なんて……はは」
なーんて、まさか、ははは。そう思いながらも、胸の奥から期待が湧き出てくる。
「……悪いかよ」
「えっ!?」
「悪いかよ」
「いいえ! まさか! 滅相もない! むしろありがとう!」
トナーの顔がまた歪む。「へらへらするな」とドスの利いた声が指摘するのは、ゆるゆるに緩み切ったこの表情筋のことだろう。けれど、もう言うことを聞かない。許して。
ニーナは緩み切った表情のまま、もう一度トナーを見上げた。
「ありがとう、トナー」
トナーの口が何か言おうと動く前に、強い衝撃がニーナを襲った。
「トトトットナーァ!」
ディオが10年ぶりに主人に会った犬のように目を輝かせながら、こちらに飛び込んできたのだ。
「おれ達、友達だぁー!」
耳元で響く絶叫も、今のニーナには心地いい。ディオに倣って、トナーに腕を回し「友達だぁ!」と笑う。トナーは五月蠅そうに顔をしかめたが、自分に回された腕から逃れようとはしなかった。
「ニーナ隊長、これは完全なデレですね~」
「そうですな、ディオ隊員」
「我々の“トナー・ローレンお友達になろうぜ大作戦”はついに実を結びましたな」
「ですな」
「頭の悪そうな名前……」
トナーはそう言って、小さく笑った。
ニーナも、ディオも笑った。
その後、喧嘩をしたことについてしこたま怒られたし、罰として1週間見習い業務後の食堂掃除をするように命じられたが、それも今となってはいい思い出だ。
***
二日目に予定していた分の仕事が終わったのは、予定時刻よりもずいぶん遅くなってからだった。
荷下ろしの手伝いは全く問題なかったが、次のロベア商会のロビー会長に頼まれていた書類を渡すところですべての予定が狂った。訪れたロベア商会では会長の娘さんが家出をしたとパニックになっており、なにはともあれと家出少女探しが始まった。無事に発見し、ルミナス支部に顔を出すと、今度は水漏れで資料庫が大変だとびしょびしょになりながら資料の運び出しの手伝いに駆り出される。どれも命の危険が伴うような仕事ではなかったが、とにかく疲れた。
言葉少なく宿に戻り、風呂に入った。
着替えを済ませ、ようやく一息つけた感じがする。このまま部屋に戻って眠ろうかとも思ったが、もしトナーと二人きりになったら気まずい。ニーナはしばらく考えて、1階の酒場に降りた。
時間が時間なだけに酒場に人は少ないが、騒がしい。昨日ディオが最高だと言っていた酒を注文し、なみなみに入った木樽ジョッキを片手に外に出た。
夜のひんやりとした空気が心地いい。
確か、店先にベンチがあったはず。視線を向けると、見慣れた先客がいた。
「ディオ?」
「お、ニーナじゃん」
同じく風呂上りのディオは、いつもより髪がしんなりしていた。隣に腰を下ろすと、ディオの手にもジョッキがある。中身はそれほど減っていないので、まだここに来たばかりなのだろう。
どちらからともなく乾杯をしてニーナはジョッキに口をつけた。
ああ、確かにおいしい。王都の酒よりも、さらりとしていて飲みやすい。
続けざまにもう一口。飲みやすさのわりに強いのか、すぐに体がぽかぽかし始める。
「いやー……今日は散々だったなぁ」
「ねー」
「地味~に疲れたな」
「明日はもうちょっと早く帰ってこられるといいね」
「そうだよ! おれ、ルミナスのうまい店に行きたいんだよ!」
ディオは思い出したように言った。
「せっかくこんな観光地まで来たのに!」
「別に観光目的じゃなかいからなぁ」
「なんだよ、つれないなぁ~」
「またみんなで、」
またみんなでこればいいじゃん。
そんな当たり前のことを言おうとしただけだったのに、ニーナの口はそれを最後まで言い切ることができなかった。
またみんなで、なんていう日はもしかしたら、もう2度と来ないかもしれない。そんな不穏な考えが一瞬頭をよぎる。誤魔化すように、ジョッキに口を付けた。
体温が上がったそばから、夜風がそれを奪っていく。
「……なぁ」
ぽつりと、ディオが言った。
「もしかして、トナーに告白でもされた?」
ジョッキを口に付けたままの姿勢で、ニーナは固まった。
――今、なんて。
自分の耳が聞いたものが信じられず、視線だけを隣に向ける。ディオは視線がかち合うと、自分で言ったくせに口をあんぐり開け、眼球が落ちそうになるくらい目を見開いた。
「……え、なにその顔」
「な、ちょ、ま、ニーナ、ほ、ほんとに?」
「自分が言ったんでしょ!」
「いや、そ、そうなんだけどさぁ!」
ディオはひどく動揺していた。口元を抑えた手の隙間から、まじか、ほんとに、と驚きに満ちた言葉がぽろぽろと落ちる。
自分よりも酔った人間を見ると急に酔いが醒めるような感覚で、ニーナの動揺もすーっと冷めた。本当に動揺しているのはこちらだというのに。
「……まさか、本当だとは、思わず」
「……うん」
「でも……そうか、やっぱり」
「……“やっぱり”?」
予想外の言葉を、そのまま返す。
「ああ、うん。なんか、薄々勘付いてた。トナー、ニーナのこと好きなんだろうなって」
今度はニーナが口をあんぐり開ける番だった。
本当に? キスをされたとき、好きだと言われたとき、あんなにも驚いたのに。
「いや、でも、本当に薄々。俺以外でそんなこと思ってるやついないと思う」
「……じゃあ、なんで」
「うーん……」
トナーは酒を一口飲んだ。飲むと、顔からは動揺が消えた。
「そりゃあ、10年も一緒にいればさ、分かるよ。いつからかトナー、ニーナのこと見るとき、めちゃくちゃ優しい顔してるときあるんだよ。ほんとに一瞬なんだけど、あんな顔見ちゃうと、そう思っちゃう」
ニーナは驚いた。驚きが去ると今度は、悲しくて、寂しくて、胸がぎゅっと痛くなった。
「……私、どこかで、トナーのこと、自分が1番よく知ってるみたいに思ってたのかもしれない」
最初にトナーに話しかけたのも、トナーを笑わせたのも自分だ。最初に会った時から、一番近くにいたと自負していた。
「でも、今、トナーの気持ちが全然分からない。どうしてトナーは私なんか好きになったんだろう」
投げやりな口調になってしまったのは、自分でも分かっていた。ニーナは酒をあおり、情けない気持ちごと飲み込む。こんな風に、卑屈な物言いは、誰のためにもならない。
でも、それでも、やっぱり思ってしまう。
どうして私なんか好きになったの。ずっといい友達だったのに。それともそう思っていたのは私だけだったの。
自分が情けないような、トナーに裏切られたような。でも自分を好きだと言ってくれた人をそんな風に思いたくないと、頭の中がぐるぐる回る。
酔ってるのかな。
ぼんやり思って、ニーナは背中を固く冷たい壁に預けた。天を仰ぐと、深い夜。
トナーの姿を思い出した。
「おれは、」
ディオが、言葉を探すように、ゆっくりと話し始めた。
「俺は、ちょっとわかる。トナーの気持ち」
ニーナは目だけ動かしてディオを見た。
「いや、ニーナに恋愛感情を持ってるとか、そう言うことじゃないぞ! 俺にはリーゼという愛する人がいるから!」
「分かってるよ」
そうか、とディオはほっとしたように胸を撫で下ろし、それからニーナに倣って空を見上げた。
瞳に深い夜が映る。
「……親愛とか、敬愛だとか、恋愛だとかさ……おれたちは感情にいろいろ名前を付けるけど、そういう感情の根底にあるのは相手を好きで、大切に思う気持ちじゃん? だからさ、どれだけ名前をつけて分けたって、その境界線なんてすごく曖昧だと思うんだよ」
だろ? とディオは首を傾げた。ニーナは頷く。
「トナーも最初はニーナのこと、普通に友達として好きだったのかもしれない。でも、それが何かのきっかけで恋みたいな意味の好きに変わったって、別に変だとは思わない。ニーナもそうだろ? 俺はどういうきっかけがあったのかは知らないけど、ニーナの隊長に対する敬愛が、恋人に対する愛情に変わっても、それは変なことじゃないよ。だって、ずっと好きだったんだから」
明後日の方から、がつんと頭を殴られたような気持ちだった。ニーナはのろのろと壁から背中を離し、ディオを見た。
「……だから、これは、2人の親友としてのお願いなんだけど」
ディオは眉尻を下げ、困ったように笑った。
「ニーナもいろいろあるだろうけどさ、ちゃんと考えてやって、トナーのこと」
頼むな。
ディオの手がニーナの手を固く握った。
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