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さよなら、愛しき平穏な日々よ 3


 自分の日々はとても満たされているものだと、ニーナは思っている。

 もちろん選んだ道が道だけに、普通の女の子とは違う苦労や困難もあった。けれど、いつも乗り越えてこられた。あまり一般的ではない道を選んだ娘を、見守り続けてくれた家族がいる。切磋琢磨し合いながら、共に笑い合える仲間がいる。上司にも、先輩にも恵まれた。

 やりがいのある仕事をしながら、王都で過ごす日々のなんと素晴らしいことか。



「終わりました!」


 にぎやかな第3隊の詰所の中、弾けるような声で、ニーナは先輩の机の上に書類の束を置いた。しかめっ面で報告書と格闘中だったニーナより5つ年上の隊員の顔がのろのろと上がり、自分の机の端に置かれた書類の束を補足すると、彼は目を見開いた。


「も、もう終わったのか?」

「はい!」


 朝日のような笑顔と共にかえってきた返事に、隊員は少なからず動揺した。書類の束とニーナを何度か見比べ、戸惑いがちに礼をする。「いいえ!」と、また、元気がよすぎるくらいの返事が返ってきた。

なんだ、なんだ。どうした、どうした。

なんで今日のこいつはこんなに元気なんだ。いや、元気なのはいいことだ。いいことなんだが、なんだこの違和感は。

隊員の頭の中にぽつぽつと疑問符が浮かんだ。とはいえ、仕事が早いのはありがたい。とにかく今は隊長に急かされている、提出をすっかり忘れていたこの報告書を上げなければ……

隊員は再び、報告書に目を落とし、ペンを動かし始めた。


「あの」

「ん、なんだ」

「ほかにお手伝いできることはありませんか?」


 第3隊執務室から、時を刻む秒針以外の音が消えた。

 ペンを持ったまま、隊員はかくかくした動きで顔を上げた。そこには変わらず、朝日のような眩しい笑顔を浮かべたニーナが、姿勢よく立っている。

不自然に沈黙した部屋の中、再びニーナの「ほかにお手伝いできることはありませんか?」という底抜けに明るい声が響いた。


「……お、おい……ど、どうしたニーナ」

「はい?」

「お前、ちょっと、おかしいぞ」

「はい?」


 こてん、とニーナは首を傾げた。

 たまらず隊員は立ち上がり、ニーナの肩を持った。


「お、お前まじでおかしいぞ! どうした!? 二日酔いか!?」

「いやだな、先輩。私、二日酔いで仕事になんて来たことありませんよ」


 がくがくと前後に揺さぶられながらも、ニーナの表情は笑顔のまま変わらない。それがまた恐ろしく、隊員は思わずニーナの肩から手を離し、じりじりと後退した。

 思えば、今日のニーナは出勤してきたときから変だった。

 ニーナは明るい性格だが、笑顔を絶やさない人間なわけではない。朝早くは眠そうにしている時だってあるし、疲れている日だってある。“あまり得意ではない”と言う書類仕事を片付けている時は、ずいぶん小難しい顔をして唸っている時もある。

 が、今朝のニーナは朝から弾けるような笑顔を浮かべ、恐ろしい速度で書類仕事をノーミスで片付け、倉庫の整理をし、訓練で見習いたちをしごき、このまま詰所にある仕事を全部さらってしまうのではないかという勢いで仕事をしている。

 おかしい。これじゃあまるでネジが飛んで、止まらなくなった機械のようだ。


「仕事を頼みたいんだが」


 詰所から続きになっている隊長の執務室の扉が開いて、小難しい顔をしたカイトが顔をのぞかせた。そんな表情で「仕事をたのみたいんだが」なんて、普段は思わず隠れたくなる悪魔の発言だが、今の隊員達にはカイトが救いの神に見えた。


「「「た、隊長―っ!」」」

「……なんだ、どうしたんだこの空気は」


 異常な緊張感に包まれた詰所に、カイトは眉をひそめた。


「隊長、仕事なら私が!」


 はいっ、とニーナが勢いよく手を天井に伸ばした。手はびしりと垂直。声は軽やか。カイトの眉間の皺が深くなった。


「……ニーナが?」

「はい、よき部下の私が、隊長のお手を煩わせる仕事を片付けます」

「……お前、酔ってんのか?」

「酔ってなどいません。私、ニーナ・フィント、今まで一度も二日酔いで職場に来たことなどありません」

「その喋り方はなんだ」

「敬愛する隊長との会話ですので、当然かと」


 当然じゃねぇよ。誰もが心の中でつっこんだ。そんなニーナ・フィントは、今、初めて見たわ。

 が、気付いているのかいないのか、周囲の怪訝な視線をものともせず、ニーナは垂直に上げた手を降ろそうともしない。ご主人様の命を待つ忠犬のごとく、鼻息荒く目をらんらんと輝かせている。

 カイトは深いため息の後、目の間を抑えた。


「……おいニーナ、こっちこい」

「はいっ」


 呼ばれて嬉しさを爆発させた忠犬は、飛びつくようにご主人様の前に立った。


「なんでもおっしゃってください! お役に立ちます!」

「……馬鹿か、お前」

「――え?」


 ニーナの表情が変わる前に、カイトはニーナの体を抱くようにして引き寄せた。


「ぎゃ!」


 と、叫んだのは第3隊の面々だ。突然始まった上司と後輩のラブシーン。悲鳴を上げるなという方が無理である。

 カイトは周囲の雑音を意に介さず、ニーナの額に自らの額を押し付けた。

 たまらず隊員の一人が両手で顔を覆い、叫び声を上げる。


「たたたた隊長、そそそそういうことは自宅でお願いします!」

「熱がある」

「――え、熱?」


 隊員は顔を覆っていた手を離した。

再び開けた視界の中では、ラブシーンはすでに終わりを迎えており、両肩を掴まれたニーナがカイトに「いつからだ」と問い詰められている。


「え? ね、熱、ですか?」


 ニーナは困惑しきった声を出した。


「まさか、そんな」

「だいぶ熱いぞ」

「あり得ません。私、騎士団にはいってから……というか、もう何年も風邪なんかひいたことないんですよ。めちゃくちゃ頑丈なんです」


 困り顔でほほ笑むニーナは、そう言い残すと、糸が切れたかのようにその場に倒れた。




***


「よかったな」


 カイトが穏やかにほほ笑んだ。正装姿の彼は、もう一度「よかったな」と言った。

 何がよかったんですか、とニーナは尋ねた。カイトは不思議そうに首を傾げる。


「なにって……お前の両親のパーティーだよ」


 ああ、そうか。パーティーか。ニーナはぼんやりと思った。

 カイトは大きく体を伸ばし、今まで長い間体に詰め込んでいた疲労や緊張を吐き出すように、息を吐いた。


「これでお前と俺の嘘の関係も終わりだな」

「え?」

「明日からは俺とお前はただの上司と部下だ。よかったな」


 よかった。

ニーナはその言葉を口の中で転がした。苦い。苦しい。辛い。“よかった”。その一言が、なぜか言えない。


「じゃあ、俺は行くな。明日、また、隊舎で」


 カイトは振り返った。ひらひらと手が振られ、その背中が遠ざかる。

 ニーナは慌てて、服の裾に手を伸ばした。


「いやです、行かないで!」





「……別に、どこにも行かないけど」

「…………え、」


 視界に飛び込んできたのは、真っ白なシーツとカーテン。そして、目を見開いた


「……ト、トナー……?」

「うん、俺」


 そこでようやく、ニーナはここが、医務室のベッドの上だと気が付いた。

 夢を見ていた。なんて嫌な夢だろう。あの時咄嗟に、隊長の裾を掴もうとして、寝ぼけてトナーの腕を掴んでしまったようだ。ニーナは「ごめん」と、慌てて手を離した。「別に」と小さく返し、トナーは微かに唇を緩めた。


「熱出して倒れたって聞いたけど、元気そうだな」


 椅子に腰かけ直すトナーの言葉を聞いて、ニーナは耳を疑った。


「……え……ね、熱? 倒れたの私?」

「自分のことだろ」

「なんか記憶がぜんぜん……」

「ずいぶん、面白いことになってたらしい」

「面白い……?」

「詳しくは知らないけど」


 どうにも朝、家を出た後の記憶が曖昧だ。ニーナはこめかみあたりを抑え、唸った。唸っても、残念ながら記憶は戻ってこない。こんな状態で一体どうやって仕事をしていたのか。


「倒れたニーナを、隊長が抱えてここまで運んだって」

「え“っ」


 ニーナは真っ青になって口元を抑えた。


「そそそそそんな恐ろしいこと……勤務中に倒れるだけじゃなく、隊長に抱えられるなんて……申し訳なさと恥ずかしさと罪悪感でまた倒れそう」

「ベッドの上だ。安心して倒れろ」


 優しいのか優しくないのか分からないトナーの言葉に従って、ニーナは倒れるように壁に背中を預けた。ひんやりとしていて心地いい。記憶はないが、熱があるといのは本当のようだ。体はいつもより熱がこもった感じがするし、視界はぼんやりとしている。

 吐き出した息は、随分熱い。


「ひっ………さしぶりに、熱なんか出したよ」

「俺はニーナが熱出したとこ初めて見た」


 トナーはサイドデスクに置かれた水差しからグラスに水を注いだ。グラスの中には、輪切りになった果物が沈められている。おしゃれな飲み物だ。


「食堂でもらってきた」

「ありがとう」


 それをありがたく受け取って、ニーナは一口飲んだ。ほんのりと香る甘い香りが、熱でまずくなった口にありがたい。残りを一気に飲み干すと、今度は小さく切った果物を乗せた小皿を差し出された。

 皿と無表情なトナーを見比べ、ニーナは震える声で尋ねた。


「か、神様……?」

「馬鹿。早く食べて薬飲め」

「はぁーい」


 大人しく果物を食べ、薬を飲む。粉薬は苦手だ。ニーナは顔をしかめ、べぇと舌を出した。


「苦い」

「薬だからな」


 そりゃそうだ。ニーナはもう一口薬を飲んで、コップをトナーに戻した。

 会話が途切れ、医務室の中には静寂が広がった。かすかに聞こえるのは時計の秒針が動く音。医師は不在なのだろうか。自分たち以外に人の気配もない。ふいに目に付いた、薬指のささくれが気になって、そこに触れた。


「……なあ」


 どこか思いつめたような声色に、ニーナは顔を上げた。トナーの視線も、こちらの手元に落ちている。


「やっぱり、隊長とうまくいってないんじゃないか」

「…………なんで?」

「最近悩んでるみたいだったし、急に熱が出たのもそれが原因なんじゃないのか」


 何度か繰り返された話題に、つい体がこわばった。「……そういうわけじゃ、ないけど、」曖昧な反論は、尻すぼみに消える。

 ニーナは再び手元視線を落とし、ごまかすようにささくれをつまんで引っ張った。思ったよりも深い傷がつき、小さな赤が浮かぶ。トナーの視線が厳しいものになったような気がした。


「……別に、ニーナが言いたくないなら聞かない」


 手元に注がれた視線に反して、投げかけられる言葉は優しい。前髪の隙間から覗いたトナーはどこか苦しそうで、途端に罪悪感が襲った。


「でも、悩みがあるなら言ってほしい」

「……トナー……」

「別に俺じゃなくても、ディオだっている」


 トナーの手が、そっとニーナの手の上に置かれた。

 小さな小さな傷を慰めるよう触れた指が、そのまま指に絡んで、息を飲んだ。トナーの涼やかな目元が、寂し気に揺れている。


「……俺達は、そんなに信頼できないか」

「っ違う!」


 ニーナは反射的にトナーの手を、両手で握り返した。

 信頼できないなんて、まさか。そんなことあるわけない。ディオもトナーのことは、世界の誰よりも信頼している。それだけの月日を重ねて来たし、それだけの理由を重ねてきた。二人のためになら、なんだってできると思えるほど。


 ――そう、それだけ信頼しているのに、私は二人に嘘をついてしまった。


 ニーナは下唇を噛んだ。

 でも、あの時言えただろうか。保身のためについた“隊長と付き合っている”くだらない嘘が広まってしまったと? そんな愚かな、女の嘘をついたと、二人に言えただろうか? ずっと、女だと舐められないように頑張ってきたのに、そんな馬鹿な嘘をついたと――。


「軽蔑しない」


 空いたトナーの手が、ニーナの腕に触れた。

 こわばったニーナの体から、すっと力が抜ける。


「何を言われたって、俺はニーナを軽蔑したりしない」


 だから。と、視線が請うていた。

 その優しい目に、つい視界が滲んだ。でも、涙をこぼしたりはしない。けれど代わりに、口から言葉がこぼれた。


「……、ほんとうは、恋人じゃない……」


 トナーの目がわずかに見開かれたところで、ニーナは正気を取り戻した。

 言ってはいけないことを言ってしまった。そうしてしまった自分が信じられずに、口元を抑えたが、今更なんの意味もなかった。


「……恋人じゃ、ない?」


 オウム返しに聞かれた言葉に、ニーナの肩が跳ねる。

 遅れてやって来たのは恐怖だった。目の前のトナーの表情が、呆れや侮蔑を含んだものに変わるのが恐ろしい。


「隊長と、恋人じゃないのか?」

「……」

「どうしてそんなこと……」

「…………ご、ごめん……」

「は?」

「……っ、ごめん!」


 わけもわからないままに、ニーナは頭を下げた。

 全身から、冷や汗がどっと吹き出す。今にも爆発しそうな心臓の音が、頭にがんがん響く。トナーの口から自分を見限るような言葉を聞きたくなくて、頭の中の混乱そのままに、矢継ぎ早に言葉を吐き出す。


「ちがうの。いや、ちがわなくて。でも、本当はこんなふうにするつもりはなくて、二人に、嘘つくのだめで、こんなことも、だめだって分かってるんだけど、でも、もう引き返せなくて」

「……ニーナ」

「本当にごめん。何に対する謝罪なんだよって言われても、分からないし、都合のいいことだって、分かってるんだけど、でも」


 ニーナ。

 名前を呼ばれると同時に、暖かさが全身を包んだ。大丈夫だから、と抱きしめる小さな子供をあやすように、トナーの手が背中を軽く叩く。ニーナはそこでようやく一つ、苦し気に呼吸をした。


「なあ、ニーナ。さっきも言った。俺は何を言われたって軽蔑なんてしない。なんか理由があるんだろ。ゆっくりでいいから教えてほしい。誰にも……ディオにも、言わないから」


 背中から伝わる、一定間隔のリズムに合わせて、暴れていた心臓が大人しくなっていく。ニーナは唇を固く結んでいたが、しばらくして、観念したように言葉を紡ぎ始めた。

 なんて馬鹿馬鹿しい話だろうと、途中で何度か話が途切れた。トナーから催促の言葉はなかったが、背中を叩く手は止まらなかった。ようやく事のあらましを話し終えると、背中を叩く手は止まり、自分を包んでいた熱はゆっくりと離れていった。

 ニーナは恐る恐る顔を上げた。視線がぶつかり合うと、「なんて顔してるんだよ」と、トナーは困ったように笑った。


「……で、だ」

「……うん」

「話はだいたい分かった」

「そっか……」

「で、ニーナは、どうしたい」

「……私、は……」


 なぜか、ニーナの頭の中に浮かんだのは、カイトだった。

 いや、なんでここで隊長の顔が浮かぶんだ。と自分につっこむ。どう考えても、今、この人のことを考えるタイミングではない。トナーが尋ねているのは、今後の身の振り方についてだ。


 ――“心を奪われた”のよ。自分でどうこうできるものじゃないに決まってるでしょ。


 頭の中で、ジェナがそう言って笑った。彼女の残像を振り切るように、ニーナは勢いよく頭を横に振った。

 違う。絶対にそんなことはない。隊長に心を奪われたなんて、そんなことあるわけない。私の心の中にある隊長への気持ちは、素晴らしい上司のためになにかしたいというもの以外なにものでもない。昨日だって、「いい部下だ」と言われて嬉しかった。そもそも、今の恋人同士という設定は嘘なのだ。この関係ももうすぐ終わる。そんな不毛なこと、まさか、あるわけがない。


 ――じゃあ、どうして胸が痛むの?


「……分からない」


 ニーナは泣きそうな声でもう一度、言った。「分からない」


「分からないって……」

「なんか、ぜんぜん、分かんなくなっちゃった。こんなこと今まで一度もなかったのに、どうしよう、トナー。私、自分のことが、全然分からなくなっちゃった」

「ニーナ……」

「今更引き返せない。きっとこのまま隊長と恋人のふりを続けて、パーティーが終わったら別れたことにするのが一番いい。でも、でも、」


 想像しただけで、また胸が痛い。

 胸が痛む必要なんてない。今まで通りに戻るだけなんだから。


 ――もう昔には戻れない。平穏で、満たされた日々も、心も、もうどこにもないの。


 そんなことない。そんなはずない。振り払っても振り払っても浮かぶジェナの言葉を、頭の中で何度も否定した。


「……トナーになりたい」

「は?」


 困惑するトナーを置いて、ニーナは自嘲するように続けた。


「自分がこんなにも、女々しくて弱い人間だと思わなかった。トナーみたいに、冷静で何事にも動揺しない人間になりたい。そしたら――」


 きっと昔みたいに戻れる。冷静に、表情一つ崩さずに、隊長と仕事ができる。平穏で、満たされた日々をきっと過ごせる。トナーのようだったら、どれだけよかっただろうか。また俯いて、情けないため息をつく。


「……動揺しない?」

「うん」

「俺が?」

「うん」


 話の流れにそぐわない小さな笑みが降って来て、ニーナはのろのろと顔を上げた。顔を上げて、ぎょっとする。トナーはなぜか、今にも泣きだしそうに、顔を歪めていた。


「え、ト、トナー?」

「俺が、動揺しないって?」

「え、ど、どうしたの? お、怒ったの?」


 怒ってなんかない。トナーは泣きそうな声で言って、立ち上がった。

 自分のものよりも大きな手が、両肩を掴む。


「え、な、なに?」

「するよ、動揺」

「…………え?」

「今もしてる」


 瞬間、目の前が夜色に染まる。

 トナーの髪だ。彼のたたずまいを表わすような、深い夜の色。あの日から、毎日のように見てきた。うわ。っていうか、トナーのまつ毛長。私より、長いんじゃないの。

 なんて、頭の中に浮かぶのは、なぜか明後日なことばかり。

 どれくらいの間そうしていたのだろうか。唇に押し付けられた熱は、去り際に、名残惜しそうに一度下唇を甘噛みしていった。


「……ずっと、好きだった」


 掠れた声が、唇のすぐそばで震えた。

 ゆっくりと、瞬きを一つ。


 今、ニーナの目に映るトナーは、知らない男の顔をしていた。



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