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メイリンの予想に反して、龍王は朝一で迎えに来た。
女官が鈴を鳴らして龍王の来訪を知らせている。
メイリンはいつもに増して侍女によって着飾らされていた。
たくさんつけられた簪は重く視界を遮り、豪華な金糸で刺繍された上着は動きを鈍らせる。
靴も美しいが歩く為のものではなく、数歩歩けば激しい痛みが走った。
肌には白粉を、唇と目尻には紅を。
昔話の花嫁になったようだ。
「メイリン。」
透き通った声がメイリンの名前を呼ぶ。
メイリンは差し出された手に、自分の手を重ねた。
その手はすぐに強く引かれ、気がつけばメイリンは龍王の胸の中にいた。
「今日のメイリンはなんと美しいのだろうか。」
メイリンの耳元を甘い言葉がくすぐる。
人生で初めて言われた言葉だ。
龍王ほどの美貌を持った人間が言えば嫌味にしか聞こえないが、等の本人である龍王にはその気がなく、至ってまじめに言っている。
実に残念な思考である。
お可哀想に。
龍王はあとどれくらい苦しむのだろう。
そして、苦しんだ末に手に入れるのが私なんて。
「もう手を取ってもらえないかと思った…怖がらせてしまって、すまない。」
「…こちらこそ、すみません。」
こんな番いで。
龍王は軽々とメイリンを抱える。
「帰ろう。もう離れ離れになるのは耐えられない。」
抱えられて龍王よりも目線が高くなったメイリンに、龍王が唇を重ねる。
龍王の整った唇に紅が移った。
「ハクレン様、唇に紅が…」
メイリンが龍王の唇の紅を拭おうとすると、その手は龍王に止められる。
「そのままでよい。」
そう言って、龍王はもう一度メイリンと唇を重ねた。
後宮に入ってきた時は誰一人として会うことはなかったが、今日は龍王を一目見ようと多くの者が顔を出していた。
その顔は礼儀正しく下を向いているが、メイリンと時々目が合う。
美しくて…怖い…
冷たくて射刺すような視線。
まるでメイリンが自分自身に思っていることを、それ以上のことを確実に思っている。
メイリンは龍王にしがみつく手に更に力を込めた。
それに気づいたのか、龍王がメイリンの頰を撫でる。
ハッとしてメイリンが龍王の顔を見ると、龍王は優しく微笑んでいた。
私にはこの人しかいない。
メイリンはそう思うと、龍王に身を任せた。




