1章3話 親友として
シフォンは、困っていた。
「んふふふー」
一体、どうしたと言うのだろうか。
「うふふ、えへ、えへへへへ」
寮に帰ってきた後からずっと、ルームメイトであるオルフィーナの様子がおかしい。
「んー。んふ、いひへへっ」
にへにへした顔で見覚えのない銀のペンダントを見つめては、ベッドを転がり回っている。
ちょっとおかしな娘だとは思っていたが、いよいよ本当におかしくなってしまったのだろうか。もしかすると、転んだ拍子に頭でもぶつけたのかも知れない。オリィはドジだから、よく転ぶ。いや、風邪かも知れない。さっきからずっと、顔が赤い。熱に浮かされてるんだ。きっと、そうに違いない。
どうしよう。医務所に連れて行こうか。
自分一人で運ぶのは大変だなぁ、と考えたところで、初めてオルフィーナと目が合った。
オルフィーナは、思案顔のシフォンをきょとんとした顔で見つめていたが、また頬をゆるませると、「でへへへへ」と奇妙な笑い声を上げ始めた。
ああ、もう。やっぱり重症なんだわ。
シフォンは椅子から立ち上がると、つかつかと歩み寄り、オルフィーナの額に手を当てた。
「やっぱりちょっと、熱があるね」
触った感じは、頭をやられるほどの高熱では無さそうだが。熱が内に篭もっているのかも知れない。
「へ? なにいきなり?」
驚いて、目をぱちくりさせるオルフィーナ。
「医務所に行きましょう、オリィ。一人で歩ける?」
「え!? シフォン、ひょっとして調子悪いの!? ごめん、気づかなかったよ!」
跳ね起きて、逆にシフォンの額に手を当てるオルフィーナ。シフォンは面食らって後退り、勘違いに気づいて吹き出した。
「それじゃあべこべだよ。わたしじゃなくて、オリィのこと。さっきからずっと……変だったよ」
ストレートに言って良いものか一瞬躊躇ったが、他に良い言葉も浮かばなかった。友人にきっぱりと指摘されて、オルフィーナの顔が紅潮する。勿論怒りではなく、恥じらいのためだ。
「えええ? わたし、そんなに変だった?」
「うん。すっごく。ペンダント見てニヤニヤしてるし。いきなり笑い出して身悶えするし。何て言うかその……」
気持ち悪い。
と断じるのは流石に言い過ぎかと思い、シフォンは言葉を切った。だが、オルフィーナには大体のニュアンスは伝わったようだ。とすん、とベッドに腰掛けると、照れ笑いを浮かべた。
「あー、うん。そうだったかな……。ちょっと好いことがあったから」
「へぇ、どんなこと?」
はにかむ親友を可愛いなぁ、と思いながら、シフォンはその隣にちょこんと腰掛けた。
「聴いてくれる? あのね……」
嬉しそうに、自主訓練中に出逢ったユウという魔道士のことを報告するオルフィーナ。でも、シフォンにはユウとオルフィーナのやり取りが、何一つ理解できなかった。
「でね、でね、何が起きたと思う? なんと、ベラルカ導師の光球の方だけ、二つが一つになっておっきくなっちゃったの! ね、凄いでしょ!?」
「え……う、うん。そうだね……」
「わたし、あんなの知らなかったよー」
一体、何が凄くて何に感動したのか全く共感できないが、オルフィーナにしてみれば、とにかく目から鱗が落ちた思いらしい。と言うことだけは、シフォンにも理解できた。
「それで、そのペンダントを貰ったの?」
「そうなの! 不思議なんだよこのペンダント。見てるとね、何か心が落ち着いてくるの。きっと、そういう魔法が掛かってるんだよ」
――さっきからの浮かれっぷりは、とても落ち着いてるみたいに見えなかったけど。
とは、心優しいシフォンは言わない。曖昧な相槌を打ってあげると、オルフィーナはまた締まりのない笑いを浮かべて、ペンダントに頬ずりし始めた。やっぱり重症だ。
「でも、何者だったのかしら、その人」
「ユウさんだよ」
「う、うん。それは聞いたけど……。そんなに素敵な人だったの?」
もっとユウさんのことを語りたいと顔に書いてある。シフォンが空気を読んで聞いてあげると、オルフィーナは餌を見つけた子犬のように飛びついてきた。上気した顔でこくこくと頷くと、あんなにカッコいい人見たことないよ、とオルフィーナは上擦った声でしゃべり始めた。
「こう、スラッと背が高くてね。物腰は貴族様みたいなんだけど、凄く優しくてね、笑顔が素敵なの! わたしね、学院を卒業したらユウさんの弟子になるの!」
目をキラキラさせて、どこか遠くを見つめ始めるオルフィーナ。彼女の頭の中では今、どんな未来像が渦巻いているのだろうか。
「その人、どこの魔法学校の人なの?」
「え? 聞いてないよ?」
シフォンは思わず頭を抱えた。弟子になるとまで言っておきながら、肝心なところを聞いていないじゃないか。一体、卒業した後にどうやって会いに行くつもりなんだろう。
オルフィーナは気にした様子もなく、延々とユウという魔道士の格好良さを語り続ける。シフォンには、ペンダントを餌に、体よく追い払われただけにしか思えないが。
――まあ、その内この娘も気づくでしょう……。
今は気持ち良く語らせてあげれば良いか。
シフォンは恍惚とした表情の愛すべき親友を生暖かい目で見つめながら、心の中で深い溜め息を吐くのだった。
「うう……どうしよう……」
オルフィーナがそのことに気づいたのは、シフォンが思うよりもずっと早かった。この天然さんのことだから、ひと月くらいは気づかないままかとも思ったが、意外とあの後すぐにユウとの連絡手段が無いことに思い至ったようで、一転して沈み込んでしまった。
今も、女子寮の浴場へと向かう道すがら、大きな目にいっぱい涙を溜ながら、トボトボとシフォンの後ろをついて歩いてきている。
――ホントにこの娘ってば面倒くさい……。
シフォンは暖かい気持ちになりながら、丸い溜め息を吐いた。これだから、オルフィーナの友達はやめられない。
「そんなにしょげないの。きっと何かの用事でミルズフィアに来てたんだから、学院の中にユウさんのことを知ってる人もいるはずでしょ」
シフォンが助け船を出すと、オルフィーナは、はっと顔を上げた。
「……ホント?」
「それは、多分としか言えないけど。でも、わたしも情報集めるのは手伝ってあげるから」
「わーい! シフォン大好き!」
がばっと背後から抱きつかれ、首を絞められるシフォン。慌ててパンパンと首に巻き付いた腕を叩くと、オルフィーナは腕を緩めて顔を近づけてきた。
「わたし、シフォンとお友達で良かった!」
満面の曇りのない笑顔で告白されて、シフォンは顔を真っ赤にした。廊下を歩いているのは自分達だけではない。上級生の集団が、微笑ましいものを見るように、クスクスと笑いながら通り過ぎていった。
「わた、わたしだって、その……」
入学当初、集団行動に馴染めず一人でいた自分に、明るく笑いかけてくれたオルフィーナ。魔王が復活し、不安にも包まれたこの二年間、どれだけ彼女の笑顔に救われてきたことか。感謝するのは自分の方だと、シフォンは思った。
「おっふろー!」
が、感謝の言葉はオルフィーナには届かない。落ち込んでいた少女はどこへやら。元気いっぱい浴場に飛び込んでいく親友の背を呆然と見送って、シフォンは一人で吹き出した。
浴場の更衣室には、三人の先客がいた。イザベル、リミ、それにケイラ。全員、シフォンとオルフィーナの同級生だ。三人ともハイアレン人で、金色の髪と白い肌をしている。イザベルとリミは同郷らしい。同じファーレス王国のケイラと合わせ、三人で行動していることが多い。イザベルとケイラが二つばかり年上で、今年成人の十五歳。リミはシフォン達と同い年だ。三人とも、ハイアレン人の例に漏れず、長身でスタイルが良く、中でもケイラは人目を引くほど立派な胸を持っている。比較的スレンダーな同い年のリミでさえ、出るべきところはしっかり出ていて、大人っぽい。
「あら、お疲れ様」
二人に気づいたケイラが、ウェーブの掛かった金髪を結い上げながら、気さくに声をかけてくる。胸を張るような姿勢になっているせいで、その巨峰は尚更自己主張をしているようだ。
「あああ、ケイラ様、また大きくなっておられる……!」
ショックを受けたように掠れた声を上げるオルフィーナ。口調が変だ。
「成長期だからね」
「是非、是非とも拝ませてください……」
何を血迷ったか、オルフィーナはやおらケイラの足下に跪いて、何やらサルタ式のお祈りを始めた。ケイラは、「もー、オリィってばまたぁ?」と言いながら、楽しげにコロコロと笑っている。非常に大らかだ。でも、またって。シフォンは慌てて、オルフィーナを引き剥がしに掛かった。
「あー! まだお祈りが終わってないのに!」
「わたしまで恥ずかしいから止めてよ……。はい、これ」
悲鳴を上げるオルフィーナを引きずり、脱衣かごを押しつけるシフォン。オルフィーナは不満そうに口を尖らせていたが、渋々ローブを脱ぎ始めた。
シフォンは溜め息を吐いて、自分の胸元を見下ろした。ストン、という音が響きそうなほどに平らな胸。オルフィーナも同じだ。いや、実際のところ、それでもなだらかな丘にはなっているシフォンよりも、大平原とでも言うべきオルフィーナの方がなお、深刻だ。万事お気楽なオルフィーナも、こと胸に関しては最近、非常に強いコンプレックスを持っているらしく、露わになったケイラの豊満なバストを、まだ羨ましそうに見つめている。
何もルード人やサルタ人が必ずしも貧乳と言うわけではないのだが。彼女たちに比べると、自分たちは全く子どもに見えるのは事実だ。
イザベル達は、後から来た二人が準備を終えるのを、談笑しながら待っていてくれた。五人で連れ立って浴場の扉を開けると、中に篭もった熱気が、湯気と共に顔を包んだ。
浴場の中は、ぽつぽつと人がいるだけで、随分と空いていた。時間によっては座るところもないくらいに混雑しているものなのだが、今日は流し場に上級生が数人と、奥の大浴槽に二人いるだけだ。
ミルズフィア学院には浴場が七カ所も設置されている。その内の二カ所は外部向けに開放された大浴場で、このミルズフィアの街の名物になっている。この女子寮の浴場は大浴場に比べれば小さいが、設備は決して劣っていない。ミルズフィアの浴場の特徴は、すべて魔力で稼働していることだ。地下から水を汲み上げ、浄化し、温めて湯にするところまで、魔力で動く魔道具が行っているらしい。古代イストゥール時代に開発された技術を、ミルズフィアの魔道士達が二十年かけて複製に成功した、レプリカだそうだ。稼働させるためには一台あたり一人から数人分の魔力が必要で、学院の生徒が四人から八人の当番制で魔力を供給する。オルフィーナとシフォンも、三年生になってから二回だけ、上級生と一緒に当番になったことがある。必要な魔力は微少だが、長時間魔力を供給し続けなければならないので、なかなかに重労働だった。導師達曰く、これも訓練の一つらしい。
流し場に設置された『水出し口』の取っ手を引くと、そこから暖かいお湯が溢れてくる。シフォンはオルフィーナと並んで同じ水出し口の前に座ると、水桶にお湯を溜めて、麻布で身体を洗い始めた。水出し口の横には、『石鹸』と呼ばれる、子どもの拳くらいの乳白色の塊が置いてある。植物の油と灰を煮込んで固めたものらしい。濡らした布につけるときめ細かい泡が立ち、それで身体を擦ると、好い匂いになる。また、食堂の鍋洗い――これも生徒の当番制だ――で手がベトベトになっても、この石鹸を使うと不思議なくらいに油が落ちるのだ。お湯が流れる水出し口も石鹸も、もちろんお湯がたっぷり溜められた浴槽も、田舎者であるシフォンにとってはミルズフィアに入学して初めて目にしたものだ。オルフィーナも同じだと言っていた。でも二人とも、この『お風呂』と呼ばれる設備、習慣が、今では大のお気に入りになっていた。石鹸で身体を洗うと生まれ変わったみたいにさっぱりするし、湯船に浸かると身体の芯まで温まり、ぐっすりと眠ることができる。
オルフィーナは、トレードマークの三つ編みを解いて、石鹸の泡をわしゃわしゃと髪の毛にもみ込んでいる。サルタ人の黒髪は、シフォン達ルード人の金髪よりも髪質が強いらしい。シフォンの髪は癖毛な上に細くて絡まりやすいので、少しオルフィーナが羨ましい。シフォンが石鹸の泡で髪の毛を梳いていると、左側に座っていたリミが、そう言えばさ、と声を掛けてきた。
「さっき、素敵な人がいたよ。外部の魔道士さんみたいだったけど。あなた達も見」
「その人、髪の毛赤かった!? 背、高かった!?」
シフォンを飛び越え、もの凄い勢いで食いついたのは、ケイラと談笑していたはずのオルフィーナだった。
「う、うん……」
「ステキだったよね! すっごくステキだったよねっ!?」
まるで狂犬が躍り掛かるごとく、シフォンにのし掛かりながら詰め寄る彼女に、リミは思わず身体を仰け反らせ、奥のイザベルにしがみつく。
「いたいいたい、オリィいたい……」
髪の毛を鷲掴みにされて泣き声を上げるシフォン。
「あ、ごめっふわっ!」
慌てて身体を起こした途端に、泡で足を滑らせ、オルフィーナは悲鳴を上げながら石板の床に尻餅をついた。いつもながらのドジっ娘だ。
「ユ、ユウさんはステキなんだよ……」
お尻の痛みに涙目になりながら、それでもオルフィーナはユウのステキさをアピールする。
「あら。ユウさんって言うの、さっきの人?」
イザベルが、興味津々、会話に混ざってくる。
「イザベルさんも会ったんですか?」
「ええ、三人でいる時にすれ違っただけだけど。どうして名前まで知ってるの?」
「わたしは会ってないんですけど。オリィが魔法の練習をしてたら、声を掛けられたんですって」
シフォンが答えると、オルフィーナはケイラに赤くなったお尻を撫でてもらいながら、こくこくと頷いた。
「それは本当ですか?」
声を掛けてきたのは、浴槽に浸かっていた年輩の女性だった。五人が振り向いてみると、そこにいたのは導師ベラルカだった。
「あ、ベラルカ導師! 申し訳ありません、気づきませんでした。お湯を頂いております」
挨拶が遅れたことに恐縮し、慌てて頭を下げるイザベル。シフォンもそれに倣って頭を下げる。
「構いません。浴場は無礼講です。それよりも、ユウという赤毛の魔道士から、オルフィーナさんが声を掛けられたと?」
いつも通りの堅い表情で、オルフィーナを見つめるベラルカ。
「は、はい……」
石板の床に跪き、肩を竦ませながら頷くオルフィーナ。ケイラは相変わらず、その可愛いお尻を撫でている。
「そうですか……彼が、あなたに」
ふと考え込むように、顎を撫でるベラルカ。シフォンは、おやと思った。
「ベラルカ導師は、ユウさんをご存知なのですか?」
シフォンが尋ねると、ベラルカは小さく顔をしかめた。聞いてはいけなかっただろうか。
「知人と言うほど親密ではありません。こちらに来ていたとは知りませんでした」
それは、否定の言葉ではなかった。途端にオルフィーナが、キラキラと目を輝かせ始める。まるで、大好きな餌を見つけた飼い犬だ。尻尾がついていたらブンブンと振り回していることだろう。今は代わりに、ケイラの手が伸びている。シフォンは無言で、ケイラの手をペチリと叩いた。見つかっちゃった、と悪戯っぽい表情で舌を出しながら手を引っ込めるケイラ。
「どういった経歴の方なのでしょうか」
「私も詳しくは存じません。初めて会ったのは、戦争が終わって数年経った頃……十年ばかり前に賢者の学院で催された研究会でのことです。当時彼は、賢者の学院の若手研究者でした。その後、独立したようですけれどもね」
「十年前? ……あの人、何歳なんでしょう」
イザベルが眉を顰めた。オルフィーナに聞いた話だと、ユウという魔道士は二十代の半ばに見えたそうだ。十年前に研究者――生徒ではなく――だったのだとすると、三十歳は超えているのかも知れない。少なくともミルズフィアでは、研究者と呼ばれるようになるのは、若くても二十歳をいくつか過ぎた頃からだ。
「正確な年齢は分かりませんが、その頃の彼は、恐らく今の貴女と同じ年頃でしたよ」
思わず目を丸くするイザベル。シフォンも驚いた。十五、六歳ならば、まだ成人したばかりの年齢だ。その歳で、ミルズフィアを遥かに超える伝統を誇る、あの賢者の学院の研究者の地位に就いていたというのか。
「ええ。彼は天才です。恐らく、私が今まで出逢った中では、最も魔法の才に恵まれた人間でしょう。いえ、もしかすると……」
ベラルカ導師はふと、オルフィーナに視線を遣った。また何か叱られるかと、身を竦ませるオルフィーナ。だがベラルカはすぐに視線を逸らすと、ふう、と溜め息を吐いた。
シフォンは気が引ける思いがしたが、親友のために質問を続けた。
「それからも、よく会われているのですか?」
「いいえ。最初の数年は、年に二、三度は研究会で会っていましたし、彼も何度かは、ミルズフィアに来ていましたが。ここ五年ほどは姿を見ていませんでした。そう言えば、彼ほどの研究者ならば、もっと高名になっていても不思議はないのですけれどもね」
ベラルカは、今気づいたと言う表情で首を傾げ、一体何をしに来たのかしら、と呟いた。
「もし彼に何か言われたのであれば、あまり彼を信じすぎてはいけません」
「ユウさんが悪い人ってことですか……?」
オルフィーナは、それは悲しそうな顔になった。ベラルカはそれを見て、珍しく慌てたような表情になる。
「いいえ、それは違います。彼は悪人ではありません。が、水と油、と言うのでしょうか。彼が優秀なのは理解できるのですが、私は彼を、どうしても認められません。彼の思想は、私から見ると危険でした。私が時代遅れなだけかも知れません。でも、彼の思想は進みすぎています」
まるで独り言のように、誰に答えるでもなく呟くベラルカ。
「分かりました。あまり深入りしないようにします。ベラルカ導師」
シフォンは話を打ち切るために、一方的に宣言した。ベラルカは驚いたように顔を上げると、シフォンの顔を見つめ、思慮深い顔で頷いた。
「ええ、そうなさりなさい。それで何か……この件で疑問があれば、私に相談なさい」
「はい、ベラルカ導師」
シフォンが素直に返事するのを見て、ベラルカは安心したようにもう一つ頷くと、ゆったりと立ち上がり、浴場から出ていった。
浴場の扉が閉まるのを見届け、女生徒達は一斉に息を吐いた。どうしても、ベラルカ導師と同じ場所にいると息が詰まる。
「凄い人だったみたいね、あの赤毛の人。……ベラルカ導師はお嫌いみたいだったけど」
イザベルはそう言ったきり、興味を無くしたように水出し口に向き直り、身体を流し始めた。リミとケイラも、それに倣う。オルフィーナだけが、落ち込んだような顔でベラルカが消えた戸口を、ぼんやりと眺めている。ベラルカに、ユウとの関係を窘められたのを気にしているのだろうか。
「オリィ。良かったね」
「へ?」
シフォンから声を掛けられて、オルフィーナは目をぱちくりさせた。
「ユウさんの手掛かりができたじゃない。賢者の学院に行けば、ユウさんがどこにいるか、分かるかも知れないよ」
努めて明るく振る舞うシフォンに、オルフィーナはにっこりと笑った。
「うん、そうだね。学院を卒業したら、まず賢者の学院に行ってみる」
「その前に、ちゃんと卒業しないとね、オリィ」
「う……が、頑張るもん!」
両の拳を堅く握りしめるオルフィーナに、いきなり頭からお湯がぶっかけられる。「ぎゃぱー!?」とよく分からない悲鳴を上げるオルフィーナと、大笑いする犯人。
「やったなー! こうしてくれるー!」
「わー! そこは反則ー!」
じゃれ合う二人を複雑な表情で眺めながら、シフォンはベラルカの呟きを頭の中で反芻していた。
十五歳ばかりで賢者の学院の研究者となった天才。進みすぎた、危険な思想の持ち主。
オルフィーナは、そんな人を追いかけ、師事しようとしている。
わたしは。
親友としてわたしはこれを、止めるべきなのだろうか。