表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/16

1章8話 初級魔道士

 「びっくり会」の発足から半年。クリストフの加入から三ヶ月が経った頃から、三年生の教練内容にも変化が出てきた。ベラルカ導師の汎用魔術講座でも一頻り初級魔術の伝授が終わり、今まで必須受講ばかりだった講座に、選択制の中級講座が加わり始めた。

 ただし、中級講座の受講には、初級の資格試験をパスしなければならない。試験は筆記と実技の二つ。勿論クリストフとシフォンは苦もなくクリアしたが、オルフィーナは筆記試験で大いに苦戦した。二度落ちた後、友人二人にベラルカ導師まで加わった豪華な講師陣で三日三晩補講した挙げ句、三度目の正直で何とか試験に合格した。

 これで三人は晴れて正式に、初級魔道士を名乗ることが許されるようになったのだ。すごい魔道士への第一歩だとオルフィーナはしきりに感動していたが、クリストフから見ると既に彼女の方が、そこいらの導師よりも凄い魔道士に見えていたのは言うまでもない。



 初級魔道士になると、大きく変わることがある。学院外での活動が許されるようになる点だ。

 ミルズフィア学院は、教育機関であると同時に、この地方の魔道士を取りまとめて仕事を斡旋する互助組織である、「魔道士協会」の中央機関でもある。魔道士協会は外部向けの窓口を設けており、そこには近隣の住民が、様々な困り事の相談にくる。時には遠くの街や他の国の貴族からの依頼が舞い込むこともあるらしい。それらを有償で解決することで、ミルズフィアは運営費の一部を補填している。

 ただ、一般には魔道士協会という組織名はあまり浸透しておらず、市井では単に組合(ギルド)と呼ばれることが多い。初級魔道士は、実習として、この組合に舞い込んだ依頼の解決に参加する事ができる。

 尤も、単独での活動は卒業まで許可されない。基本的には三人から六人程度のチーム制で、必ず一人、上級の資格を持つ魔道士がリーダーとして付き添わなければならない取り決めだ。リーダーには、学院卒業間近の上級生や、卒業したばかりの若い助手達が割り当てられる。

 オルフィーナは、この話を聞いて、一も二もなく飛びついた。魔法で、人の役に立てる。それが「すごい魔道士」を志す彼女にとっては、何よりも魅力的だった。勿論、シフォンとクリストフも、志願には前向きだった。二人とも、「びっくり会」で修練した成果を試したくて、うずうずしていたのだ。それから三人は、週に一件は、組合の依頼を受けるようになった。


 だが理想と現実は、得てして程遠い。初級魔道士に任せられる依頼など、些細な相談事ばかりだ。やれ、飼い猫が行方不明になっただの、やれ大事な指輪を無くしただの。それでもまだ、魔法に少しでも用途がある依頼はマシな方である。ある週など、最近頭痛が酷い、という初老の雑貨屋の相談に、ひたすら肩もみをする羽目にもなった。無論、報酬は子どもの駄賃と大差ない額だ。

 どうもこの制度は、生徒の社交性や忍耐力など、魔法とは関係ない精神面を鍛えるものではないかと。そう皆が気づき始めた頃。それでもオルフィーナだけは、全く厭な顔をせず、嬉しそうに働いていた。

 シフォンが理由を尋ねると、オルフィーナは笑顔で、「だって、人のお役に立ってるもん」と答えた。魔法が使えるとかそんな事は関係なく、依頼者の笑顔が見られれば、オルフィーナはそれで満足らしかった。

 そんな彼女達に、珍しい遠出の任務が与えられたのは、冬が始まろうかという季節の、空気が澄み渡ったとある朝のことだった。



 ミルズフィアの大鐘が、ゆったりと打ち鳴らされる。学院の南寄りに建てられた風の塔の頂上。ミルズフィアの街のシンボルのでもある大鐘の音は、街中に響き渡り、住民の生活を動かしている。

 今の鐘は、毎朝恒例の、仕事始めの鐘だ。ここから、街中の商店が動き出す。だが、オルフィーナとシフォンは、起床の鐘が鳴り終わる前から、風の塔に呼び出されていた。

 風の塔は、魔道士協会の本部がある建物だ。初級の称号を得てから訪れる機会が増えたが、全て組合絡みの用件である。ここに呼び出しを受けるのは初めてだったので、オルフィーナはシフォンと、何だろうねと言い合っていた。

 風の塔に入ると、ホールにクリストフがいた。二人の顔を見ると、やっぱりか、という表情を見せた後、笑顔でおはよう、と挨拶した。

「おはよ。クリスも呼ばれたんだ」

「ああ。用件は聞いた?」

「いえ。クリス君は?」

「僕もまだだ。この三人で呼ばれると言うことは、仕事の依頼だと思うが」

 三人は、いつも必ず一緒に行動している訳ではない。チーム編成は毎回導師が決めるので、他のクラスメートと依頼をこなすこともある。ただ、「びっくり会」の修練もあって、三人は必ず同じ日に依頼を請けに行くので、チームになる機会は当然、多かった。中でもオルフィーナとシフォンは、殆ど別チームになったことがない。

 仕事始めの鐘の残響が消える頃、ホール奥の螺旋階段から、ベラルカ導師が姿を見せた。歴史学のミランダ導師がすぐ隣にいる。そして更に二人の人物が、導師達の後ろに続いていた。

 一人は、オルフィーナ達も見覚えのある顔だった。学院の五年生で、既に上級の称号を持つ、アメリア・ローズバーグ先輩だ。シフォンと同じく、ここ商国ホルス・ロウ出身のルード人である。生家のローズバーグ家は、商国を代表する大貴族であり大富豪として名高い。アメリアは、その三女である。末席ではあるが王位継承権まで持っており、学院内で「姫」と言えば彼女の事を指す。容姿端麗で凛々しく、ミルズフィアの象徴的な生徒とされている人物だ。

 もう一人は見覚えのない、明らかに魔道士ではない男だった。ミランダ導師と同じ年頃、三十代の半ばぐらいだろうか。それほど背は高くないが、肩幅が広く、胸板も厚い。盛り上がった二の腕は、オルフィーナとシフォンを二人まとめて持ち上げられそうだ。肌は焦げ茶色に焼けており、肩まで伸びた赤茶けた髪は、ミランダと同じで、何本もの細い三つ編みにまとめられている。そして腰には、隣国ベアリスでよく使われる片刃の曲刀。砂漠の民・サンドラ人の特徴そのものだ。

「ミランダ導師の従士様だわ」

 小声でオルフィーナに耳打ちするシフォン。

 従士とは、魔道士が護衛として個人的に契約する戦士の事だ。金銭で契約する事もあるが、終身契約なのが通例で、貴族と従者のように厳格な主従関係になることが多い。従士に選ばれるのは大抵が、達人と呼ばれるほどの実力者である。

 危険がない学院内では従士を見かけることは殆ど無いのだが、今はミランダの護衛としてこの場にいるようだ。ミランダを見ると、いつも通り絹のローブを纏ったベラルカ導師と違い、彼女はマントを羽織った旅装だった。これから、街の外に出ようとしているのだと、シフォンは悟った。

「揃っていますね」

 さも当然のように頷くと、ベラルカ導師は三人を見回した。

「朝早くから来て貰ったのは、他でもありません。今日はあなた達三名には、少し特殊な任務を与えようと思います。

 最初に言っておきますが、今回の任務は本来であれば、少なくとも中級の資格を得た上級生を割り当てるべき難度です。今まであなた方がこなしてきた依頼と同じだとは思わないで下さい」

 鷹のように厳しい目で言い放たれたベラルカの警告に、オルフィーナとシフォンは息をのんだ。だが、クリストフは顔色を変えない。やっと来たか、とでも言いたげに、むしろ満足そうな笑みを浮かべている。

「あなた方にはこれから、タルダットに赴いてもらいます」

 ベラルカの宣言を聞いて、クリストフの表情も変わった。

「タルダットですって?」

 ベラルカ導師にじろりと睨まれ、クリストフはゴホンと咳払いした。

「失礼しました、ベラルカ導師。質問をよろしいでしょうか」

「何ですか、クリストフさん」

「タルダットと言えば、商国(ホルス・ロウ)の西の端……海国(マグル・ロウ)との国境の港町です」

「ええ。そのとおりです」

「随分遠出になります。ミルズフィアからは往復で二十日は掛かるのではありませんか? その間、講義を受けられなくなります」

 クリストフの抗議に、ベラルカは鷹揚に頷いた。

「馬車を手配するので、片道七日と言ったところでしょう。ですが、問題ありません。だから、三年生の中でも特に優秀(・・)なあなた達に声を掛けたのです」

「……ああ、なるほど……?」

 クリストフは、苦いものを口に入れられたような表情になって、横目でオルフィーナを見た。シフォンも同じ顔をしている。そしてオルフィーナは、優秀と言われたのが嬉しかったのか、花でも咲かせそうな、にへらとした笑顔を浮かべていた。

「今回は、ミランダ導師とアメリアさんが同行します。詳しい話は道すがら、ミランダ導師から説明して頂けるでしょう。あなた方の旅装も用意してあります。すぐに遠出の準備を整え、南門に集合なさい。私からは以上です」

 さっさと言い捨てると、ベラルカ導師は背を向けて、風の塔から立ち去っていった。極めて事務的だ。

「えっと……」

 オルフィーナが戸惑いを滲ませながら、ミランダ導師を見やる。ミランダは溜め息を吐くと、だからベラルカは、と口の中でブツブツと呟いた。

「聞こえなかったのですか。説明は後です。寮に戻って支度を整えていらっしゃい。一限が終わる前には街を出ますよ」

 代わりに厳しい声で指示を出したのはアメリアだった。三人は飛び跳ねるように返事し――意外にもクリストフも例外なく――各々の寮に向かって塔を飛び出していった。



「……出過ぎた真似でした、ミランダ導師」

 アメリアがそっと頭を下げるのを、ミランダは生返事で聞き流す。既に、心ここにあらずと言った様子だ。

 アメリアは、小さく首を振ると、再びミランダに話し掛けた。

「ミランダ導師。ひとつだけ、お耳に入れたいことが」

「何です、アメリア?」

「北のトスカー連邦のことです。南西部……砂の王国や商国との国境付近で、情勢が不安定化しているようです」

「叛乱ですか?」

「ええ。先日のダンパール平原の一件で、大国の勢いに翳りが見えます。アルフォード公国の地方領主達が、ヘンズ大公を中心に独立の動きを見せていると」

「……狐目達は、いつの時代も変わりませんね」

 呟いて、ミランダはマントを羽織りなおした。狐目、とは商国の北に国を構えるトスカー人の俗称だ。扁平な顔に細い目をしていることから、こう呼ばれる。

 魔神戦争の前までは、彼らが住まうトスカー地方は、一つの王国の体を成していた。しかし、帝国の策謀にまんまと乗せられた地方領主が叛乱を起こし、折悪しく最後の王が崩御したことで、王国は幾十もの小国に分裂する事になった。魔神戦争で最も大きな被害を受けた民族であると共に、魔神戦争後、空白となった帝国領を狙って、最も露骨に侵略を働いている民族でもある。

 だが振り返れば、トスカー人達はいつの時代も、トスカー地方が一つの王国であった時代ですら、政略と侵略を繰り返してきた。それが、彼らの本能なのだろう。

「その情報は、貴女の『耳』から仕入れたものですか?」

 ミランダの直截的な問い掛けに、アメリアは悪びれた風もなく肯いた。耳とは、間者の隠語だ。貴族や有力者の中には、常に周囲の情勢を把握しておくための間者を放っている者が数多くいる。無論、ミランダ達、魔道士とて同じ事だ。貴族の出であるこのアメリアは、どうやら若いながらに相当に強かな令嬢であるらしい。

「そこまではっきりとした情報は、私のところにもまだ届いていませんでした。タルダットは四カ国の国境に近い街です。巻き込まれないことを祈りましょう」

 ミランダが素直に言い分を認めると、アメリアは満足そうに微笑んだ。なかなかに、食えない娘だ。

「あの子達のお世話は、貴女に任せて大丈夫かしら?」

 あの子達、とは勿論、オルフィーナ達三年生三名のことだ。アメリアは腹の底が読めないいつもの微笑みで、「喜んで承ります、ミランダ導師」と丁重に頭を下げた。

 アメリアが下級生の世話役としても非常に優秀なことは、ミランダも知っている。だが、ベラルカの推薦でなければ、今回の旅に彼女を連れて行こうとは、思いもしなかっただろう。無論それは、オルフィーナ達三人についても、同じ事だ。

「アサム。先に馬小屋に行って、御者に心付けを渡しておきなさい。それと、途中でカルテナに四番を」

 ミランダの気怠げな指示を受け、従士の男が無言で動き出した。アメリアは唇に手を当てて少し考え込むと、「伝書鳩ですか?」と問い掛けた。

 ミランダは少し不機嫌そうに、「道中物騒と言ったのは貴女です」と返した。にこりと微笑むアメリア。だが、目は少しも笑っていない。

「さあ、我々も参りますよ」

「はい、ミランダ導師」

 言葉だけは従順な生徒のように返事するアメリア。そのハキハキとした声を聞いて、ミランダはまた一つ、深い溜息を吐いた。暫く頭痛が続きそうだ。

 ――帰ったら、ベラルカにはたっぷりと文句を言いましょう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ