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自己暗示

月曜日ってどんな気持ちになる?

憂鬱だ。身体が重い。化粧が乗らない。風邪気味だから休ませてくれなんて思っちゃったりするかもしれない。とにかく気力を削ぐのに完璧な環境だろう。


でも私は、実に調子がいい。


背徳感や罪悪感。危機感や焦燥感。そんな暗く濁った泥沼の奥底へ帰ってきたのだから。負の感情は人を殺すかもしれない。しかし、私にとってはそこが実家。不幸を感じるほど心は安定に近づくのだ。

不幸でいることが幸せなのか。答えは否。不幸は不幸でしかない。でも、不幸な自分に酔いしれる人間に限って、それは求めるべく存在する。可哀想な自分は、悲劇のヒロインを重ねることでイーブンになる。


きっと私は瞬間的な快楽でしか満たされない。人を気遣うのが嫌で、振り回されるのが嫌で、そもそも考えるのが嫌だ。自分のことで精一杯の人間が、どうして他人のことまで考えなければならない。私は、私一人を相手にするので忙しいのだ。

だいたい、アイツに出会ったのが何かの間違いだった。あまりにも優しい。あまりにも心が広い。何でも受け止める我慢強さに、何でもしてくれる愛情。考えれば考えるほど胡散臭い。どこかのタイミングで騙そうとしていたに違いない。


お金を持っていることを知っていた。

性欲が強いことを知っていた。

弱いことを知っていた。


全てを奪われる前に気付いて良かった。とんだ詐欺師だ。もう少し、あとほんの少し、彼の押しが強ければ私は完璧に堕とされてしまっていただろう。その詰めの甘さは高校生といったところか。大人を騙すなんてあんたには早かったんだ。


「ふふっ」


自然に笑みが零れる。ようやく勝てた。ずっと優位に付かれていたけど、もう負けない。

今度はこっちの番だ。ゴミ屑のように捨ててやる。直接なんて会わない。電話一本で、一方的にぶちまけて別れてやる。


思い通りにいかなかった事を、死ぬほど悔やめばいい。その顔を思い浮かべるだけで、軽くイッてしまいそうだ。












家に着いた私はパッとお風呂に入って、鼻歌混じりにドライヤーで髪を乾かす。冷蔵庫でキンキンに冷えたビールを飲みながらおつまみを平らげていく。

そろそろ電話しようかしら?

不誠実、不真面目。いい加減な態度であればあるほど、精神的優位であると確信していた。聞く耳を持たないと決めていたからだ。




コール音が鼓膜を揺らし、それが止む。


「もしもし?」

『はい……』

「久しぶり、元気?」

『……どう、ですかね』


電波に乗って聞こえるソイツの声は、特に変化は見られない。いつも通り低い定音。


「あのさ、別れてよ」

『…………』

「あなたは必要じゃなかった。だからもういらないの」

『…………』

「…………聞こえてんの?」

『はい』


彼の声は変わらない。

でも、あれ? なんだこれ?


「あんたさ、私を騙そうとしてたんでしょ? 残念だけど、私は何もあげないわよ」

『…………』

「だいたい、無条件で私に付き合うとかそこからおかしい話しなのよ。怪しすぎ。あんなので騙せるわけないじゃん」

『…………』

「……ねぇ! 聞いてる!?」

『はい』


変わらない。何も変わらない。

なんで、彼は何も答えないんだ。

まずい、乱される。


「まっ、まぁ、悠にとっても楽しい時間だったんじゃない? もう充分でしょ?」

『…………』

「何とか言いなさいよ! 黙ってないでさ!」

『はい』


何なんだ!! 何で言い返さない!!

悠の気持ちがわからない。悲しいのか、怒ってるのか、焦ってるのか、聞いてるのか、聞いてないのか……。

何でこっちの方が揺さぶられなければならないんだ。怒れよ、泣けよ。悔しいの一言くらい吐いてみろよ!!


まずい……まずいまずいまずい。このままだとドツボだ。もう切らないと取り返しがつかない。そんな気がしてならない。


「じゃあ、そういうことでね。さよなら」

『…………』

「き、切るからね!! いいの!?」


いいの? 何を相手に選択権を与えているんだ。一方的に終わらせるはずだろ。

なのに、何故か私は返事を待っている。指が言うことを聞かない。心臓の音がうるさい。


『はい、……おやすみなさい』

「…………っ!!」


切られた……。向こうから、切られた。

いつまでも震えが止まらず、耳から携帯が離せない。思い通りのはずなのに、無駄に話さず、別れだけを切り出したのに……。


突然視界が揺らいで、頬に違和感を感じた。


私、泣いてる……? 何で泣くんだ?

自覚した途端、濁流のように涙が溢れてきた。拭うことも出来ず、携帯も離せず、流れ出るそれを感じる事しか出来ない。

私のために、私が決めて、私が実行した。

ただそれだけだ。それだけ……なのに。




いつ泣き止んだのか、いつ寝たのかもわからない。電話の後の記憶は、涙と一緒に布団のシミとなって消えてしまった。


それから、彼の声が頭から離れなくなった。


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