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再生

頭が痛い。昨日散々喚き散らしたからだ。


「あー」


会社のトイレで、乾いた手をいつまでも拭きながら声を出してみる。掠れた声は元に戻ってきた気がする。月に一度だけど、よく叫んでいたお陰だろうか。

ただ、違和感はまだ続いている。痰のような気持ち悪い粘膜が心に張り付いている気がして、いっそ身体から取り出して焼却炉にぶち込んでやりたい。

冷静ではあるけど、正常ではない。

それを受け入れてようやく私は私に戻る糸口を掴める。


「はぁ……散財でもしてみる?」


鏡の私は笑わない。納得はしていないようだ。それもそうか。欲しいものなんて無いし、行きたい場所なんてないのだから。

携帯のアラームが鳴って、休憩の終わりを告げる。あと数時間働けば仕事が終わる。いつも待ち遠しく感じていたのに、今はいつまでも続けばいいと考えてしまう。

仕事をしていれば、何も考えなくて済むから。

そんな都合の良い話もなく、私は大人しく自分の部署に戻った。






仕事中も考えて考えて、結局行き着いたのは酒。どうせならと行ったこともない高そうなバーに入るくらいしか思いつかないのだ。脳も死んでいるらしく、寂しさも悲しさもなく、ただ空っぽなのだ。

薄暗い店内には、ポツポツと人影が見える程度で、カウンターとバーテンダー以外はモザイクが掛かっているように怪しい空間が広がっていた。

ひとまずカウンターの端っこの椅子に腰掛け、小さくライトアップされたメニューを眺める。酒を呑みたいと思うことはあれど、あまり詳しくないので何が何なのかイマイチわからない。

いちいち想像するのも面倒になり、近くに座っていた一人の男に声を掛ける。


「お兄さん」

「はい?」

「二十度くらいで流行ってるのある?」

「え〜今だと、コカレロボムかな。コカレロはショットグラスだけど、これは専用グラスが可愛いと人気らしいよ」

「甘い?」

「甘いね。色合いも綺麗だよ」

「じゃあそれにしよ。すみませーん」


決めるや否やすぐさま注文。他のドリンクを作っていたバーテンダーは片手を上げて笑顔で頷く。

胡散臭そうだなと心で悪態をついていると、先程の男が興味深そうに話しかけてきた。


「お姉さんお独り?」

「そうだけど、悪い?」

「いえ、最近はこの店もカップルばかりになってきたので、一人の方を見ると嬉しくてね」


その男は本当に嬉しそうに笑う。あぁ、そっか。こういうところで話しかけたら会話始まっちゃうのか。

これも醍醐味かと納得して、しばらくその男と雑談をすることにした。どうやら、水商売のお偉いさんらしく、私より一回りも歳上だった。よく見ると、ネクタイから靴までブランド物ばかりで、歩くだけで何百何千万の装備をしている。

話していると、あっという間に時間が経った。さすが、夜の人は会話が上手い。気がつけば目の前には例のコカレロボムが置かれていた。


「お待たせしました」

「へ〜、可愛いし綺麗ね」


小さな瓢箪のようなグラスに、黄緑と黄金の色層。置物のような光沢を放つそれは、とてもお酒のようには見えない。

男に説明された通り、ショット系と同じく一気に飲み干す。アルコールのツンとくる感覚が一瞬通り過ぎると、後から慣れ親しんだ甘みが広がった。


「んっ、レッドブル!」

「正解。コカレロとレッドブルだよ」

「私レッドブル好きなんだ! 美味しい!」

「それは良かった。でも軽いからって飲み過ぎは注意しなよ?」


好きなお酒も見つかり、酒好きのお喋りな話し相手も横にいたせいで、私は次々と注文を重ねていった。

明らかに飲み過ぎ。強くもないくせに、ペースを間違えた。いや、間違えたかったのかもしれない。トイレに立ち上がった時には、地面がスポンジのようになっていた。


「へへっ、楽しい〜」

「お姉さん大丈夫? ほら掴まって」

「お兄さんやーさーしーいー♪」

「コラコラ、静かにしないと」

「じゃあさぁ」


このお兄さんでいいや。


なんか良い人。


だって私。


すごく熱い。


「静かにしなくていい場所、いこ?」

「………………」


あ、いま反応した。やっぱり男は男だね。

紳士ぶっても、わかるよ。

私、女だから。


「お姉さん。意味は、わかってるよね?」

「もちろんだよ」

「後悔するなよ」


誰にも見えないように、彼の手は私の湿った下着をなぞった。

気がつけば会計は終わっていて、私は抱えられるように店を出た。どれだけ歩いたのか、どこを見ていたのか覚えていない。ずっと良い匂いがしていて、その人の身体が温かくて、そればかりに気が取られていた。


華やかな怪しい建物の前に立ったとき、私は思い出したように彼を見上げた。


「私、彼氏がいるの……」

「そう」

「だから、だからさ」


黒いモヤが心臓を隠す。

今日、私は返り咲く。


「ちゃんと、ナマでしてね?」











この後の事は鮮明に覚えている。

元カレに負けないくらい最低で無責任な関係は、私を完全に引き戻してくれた。

男には感謝している。休みの日を全部壊してくれて。幸せな私を全部焼き払ってくれて。

お腹に残る沢山の背徳感が私を震わせた。





あぁ、最高。


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