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直視

長いと思っていた一週間も、過ぎてみればあっという間だった。結局、私の家より神社で話すことに慣れていた私たちは、今日も横並びで古びた木板に座っていた。


あの日感じた疑念はずっと張り付いたまま、でも上手く意識せずに過ごしていた。


「最近、曇りが多いですね」

「だね。雨は降らないけど、気が滅入るよね」

「僕は嫌いじゃないですけどね」

「へ〜」


空を見上げながら彼は言う。今は本を読んでおらず、珍しく両手が空いていた。

いつもと変わらない。いつも通りの表情。なのに、なんでこんなにも居心地が悪いのだろう。

いやいや、いつまでも悩んでいたって仕方ない。今日だって私が呼び出したんだ。彼は応えてくれた。笑顔でいていいはずなんだ。


「楽しかったですね。お泊まり」

「うん! ずっと続けばいいと思ったよね!」

「ふふっ、僕も同じこと思ってました」

「だよね!」


うん、大丈夫。しっかり笑えてる。

笑いあって、ちょっとじゃれあって、いつしか静寂が訪れていた。なんてことはない、この前のお泊まり、それ以前でもよくあったことだ。


しばらく目が合ったまま時間が過ぎた。風が葉音を生み、ざわめきが絶え間無く二人を包み込む。

すると、珍しく彼は自分から身体を寄せてきた。


「キス、していいですか?」


言いながら彼の手は、私の首裏を優しく引き寄せた。赤ちゃんを抱き上げるように優しく、優しくだ。

なのに私は、彼の肩を押して拒否していた。


「え……?」

「あ……ぅ」


無意識に力強く、彼を止めていた。自分でも驚くほど頑なな拒否。受け入れなければいけない。受け入れていれていれば、そうすれば、何の問題もなかった。

拒んだことが無かったから、彼は当然慌てる。触れていた手を上げたまま、どこを見ていいのか分からなくなっていた。


「あの、すみません……」

「いや! なんて言うかさ! 違くてっ」


言い訳を考える思考が止まらない。彼の寂しそうな目が焦りを助長させる。考えれば考えるほど、ある言葉に吸い寄せられていく。


でもそれは、ずっとせき止めていた言葉。これだけは口にしてはいけないのに、他に何も浮かんでこない。


「あの、さ」

「はい?」


やめろ、それだけはダメだ。



「私のこと、好きかな?」



言って、しまった。口が勝手に言葉を紡ぎ、雁字搦がんじがらめにしたはずの心から漏れ出した。

頼む……好きって、即答より速く……。


「……………………そうですね」







呼吸が乱れた。



これ……嘘、だ……嘘をついている……。







どうしようもない確信をしてしまい、急激に体温が抜け落ちる感覚に悪寒が止まらない。魚眼レンズを覗くように、彼が遠く小さく映った。


心の、距離が離れた。


どうして隠すのか。どうして嘘をつくのか。

考えられるのは、一つだけだ。






こんな私を。



病的な私を。



愛する理由なんて。



ある訳ないじゃないか。



いつも、騙されてきたじゃないか!!






どうして、気づかなかったんだ。

光があれば影がある。光が強ければ、影が深くなる。当たり前だ。影で生きてきたくせに、そこから目を逸らした。最高の幸せをくれるという事は、気まぐれで、死ぬほどの不幸を叩きつけることが出来るのだ。


傲慢だった。

怠慢だった。

私は私であることから逃げていたんだ。

逃げられるはずがないのに、なんで逃げていたんだ。




怖い。




そこにいる彼が、何より怖くなった。今まで愛してくれた誰よりも、自分を傷つける可能性を秘めているんだ。今までだってそうだ。するりと回避する言葉を何度も吐いていた。

知りたくない。でも知りたくて。

理解したくない。でも理解したくて。



違う…………したくない!!



身体は理解していた。だからキスをしなかった。だからセックスをしなかった。一歩距離を置くことを、こんなにも暗示していたのに、馬鹿な私は見向きもしなかった。


「…………ん、……はるさん、……美春さん!!」

「はぁ、はぁっ、はぁっ!」

「どうしました!? どこか……」

「嫌っ! 触らないで!!」


不気味に跳ね上がる鼓動に身体が殴られた。伸ばされた手を跳ね除けて立ち上がる。私は頭を抑えてふらつきながら、ボヤける視界の端に《《ソイツ》》を入れようとする。


ダメだ、もう見れない。


何かを叫ぶソイツから逃げた。走って、走って、ぐちゃぐちゃのまま逃げ出した。

ソイツは私の心へ容易に滑り込んで来た。至極簡単に心を溶かした。幸せという《《地獄》》へ……拐われてしまっていた。




まだ間に合う。元の場所へ、早く。



全力で死神を振り切った私は、家に帰るなり携帯の電源を落として、着替えもせず布団に潜り込んだ。

咽び泣く。恐怖を突き放す大声で、近所迷惑も考えずに。ただひたすら声をひり上げた。







早く、早く、元の自分へ……。

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