1.6
クーンハイトが大尉達とともに出ていこうとしたときだった。話声が気になったのか、それとも別の用があったのか、トレスがその場にやってきた。
「お父さん、どうしたの? お客さん?」
彼女は勉強のノートとペンを手にしていた。
突然の声の存在に、全員が彼女の方を向いた。子供ながらトレスはその場のただならぬ雰囲気を感じ取った。小銃を担いだ兵士が自分の父親を囲むようにして立っているのが目についた。
「トレス、父さんは今はちょっと手が離せないな」クーンハイトは娘に心配させないようにと思いながら言った。「部屋に戻ってなさい」
「お父さん誰なのこの人たち」トレスは怪訝そうな顔で言った。「それにさっきセトハウサがどうこうって聞こえたような気がし……」
「おい、彼を連れて行け」大尉は小声で部下に言うとトレスの方に向き直った。
「お嬢ちゃん、大したことじゃないさ」大尉は愛想笑いを浮かべなが言った。「それに子供が大人の話に首を突っ込んだりしたら駄目だよ」
だが、トレスは聞いてはいなかった。
「ちょっと! お父さんをどこに連れていくつもり!」
トレスは早合点した。それは恐怖心か、怒りに似た感情か、それとも父親が危ないと感じたのか……あるいはその全てだったのだろうか、彼女自身もよくわかっていなかった。ただ、気付いた時には手に持っていたペンを投げ放っていた。
投げた瞬間は大したことのない状態だった。普通なら、いくら先のとがったペンとは言えども子供が投げたところで大してケガもするものではない。そもそも投げ放った時点では狙いが逸れていた。だが彼女の持つ能力をもってして、まるで野球の変化球のようにペンは飛ぶ軌道を変えた。
ペンは彼女に向き合っていた大尉の左目に突き刺さった。大尉は子供の投げる物など大したことは無いと思い、まったく警戒していなかった。咄嗟に顔を庇おうとした手の動きも間に合ってなかった。
大尉は突然の出来事と、直後の激痛のあまり、その場に膝をついて呻いた。
傍にいた兵士は、あまりの出来事に呆然と状況を見ていた。
「トレス! 逃げなさい!」
クーンハイトは叫ぶように言った。トレスはハッと我に返ったような表情になると素早く踵を返して走り出した。それからクーンハイトは近くの兵士に飛びかかった。
大尉の部下と取っ組み合いが始まった。
「おい、貴様ら! 止めらんか!」
大尉の怒号が飛んだ。
「とにかく、衛生兵を呼んでこい! 他に何人か応援も来させろ。それから逃げた小娘を連れ戻せ!」
怪我をしているにも関わらず、大尉は的確に指示を飛ばした。
「はっ!」部下の一人は了解すると家を飛び出して行った。