エピローグ_1
パ連邦の首都、アファルソエソルの街並みは夕日のオレンジ色で染まっていた。通りには帰宅を急ぐ人やディナーやバーに向かう人々が行き交っていた。
大通りから一つ奥へ入ったところの、玄人好みな雰囲気の入り口をしたバーに一人の男が入って行った。じっさい、一般のサラリーマンよりも政府関係者や、時折それに混ざってプレスの記者が出入りすることの方が多いバーだった。男は一歩入ると店内を一瞥した。客はまばらで、カウンターのバーテンとウェイターは暇そうに構えていた。それから一番奥のボックス席に黒縁眼鏡、口髭の人物を見つけると、男はゆっくりとした足取りでその方へ向かった。店内にはジャズレコードの音楽に混ざってラジオ放送の声も流れているようだった。夕方のニュース、おそらく先日からのシスタルービをめぐる外交情勢についてのことのようだった。
「あまり飲みすぎるなよ。明日も仕事だろう?」男は近づくと聞いた。
「いいえ、まだ一杯目です」ぼそりとした口調で答えた彼は、諜報局の局長だった。
「そうか、それは失礼した」男はテーブルをはさんだ向かい側に座りながら続けた。「それはそうとだ。先日の乱射事件、諜報局としてはどう見ている? 国内の過激派? それともボズロジデニアが仕組んだか? あるいは……」男は少しためらった。「もしかして、あれは博士を狙ったものだったのだろうか?」
「さあ、なんとも」局長は少々上の空という様子だった。「現在、連邦捜査局が主導権を握ってます。それでそこの知り合いに問い合わせました。聞くところによるとマシンガンは国内のもので、製造元から出荷直前に盗難されたものだそうです。それと、襲撃者の身元はまだ判明していないらしいです。もっとも……最近国内の過激派組織の活動が活発になり始めたのは事実ですが、」
「そうか」それから男は話題を変えた。「聞いたよ。博士とはかなりの知り合いだったんだそうだね。お悔みを」
「お気遣いをどうも。博士は古い付き合いの友人でした」疲れを隠せない様子だった。「それに危うく部下も失うところでした」局長は大きくため息をついた。
「まあ、民間で死傷者が出たのはいたたまれないが、局の人員に被害がなかったのは不幸中の幸いだ」男は淡々とした様子で続けた。「それにしても、諜報局の局長がこんなところで呑気にしてていいのかい?」
「長官の方こそ、どうなんです?」
局長のところに出向いてきた男は連邦国防軍の長官だった。
「いや、私はまたすぐに庁舎へ戻るよ。明日からは忙しくなるなるだろう。君も御多分に漏れずだ。政府は明日、声明を発表する。ボズロジデニア共和国に対する何らかの行動を起こす必要があることは誰もが思っている」
「厄介なもんです。どうにも今回はエテク共和国も裏で関わってる様子ですし、」局長はグラスの中に視線を落とした。「長官、それにしても、あの任務の本当の目的はいったい何だったのですか?」
「本当の目的ね……」長官はその質問を予期していたというかのような顔をした。「仮にあったとしても、君に話すことはできないだろう」
「この私でも知ることができないことなんてあるんですね」
「いずれにせよ、詳細については機密解除がなされたときに知ることになるだろう。実をいうと、私も詳しく知っているわけじゃなんだ」
「それは、」局長は少々驚いた顔をした。「いったいどれほどの機密レベルです?」
「さあ、分らんよ」長官は気持ちを切り替えろとでも言いたげな様子だった。「ともかく、得たものも多いだろう。関係国の情報機関の動きを少なからず知ることできただろうし、ここ最近、いろんな噂の立っている大企業ドミナーレ重工の動向も、僅かのようだがうかがうことができた。博士とも話はできたのだろう。それだけでも上出来だと考えるのはどうかな?」
「それでいいんでしょうか? そういう考え方で」納得していないような口調であった。
「なに、今に始まったことじゃないさ」長官は自嘲的な乾いた笑みを浮かべた。「割り切れないことは、これまでにも沢山あっただろう? 私だってそうだ。私だって昔、友人や戦友を亡くした。世の中は不条理なことのほうが案外多い。この仕事に就いて身を持って分かっているだろ?」
それから長官は席を立った。
「これからも、ですか?」局長は背中を向けようとしている長官に向かって訊いた。
「そうだ、これからもずっと」長官は短く答えるとそのまま行ってしまった。
長官がいなくなった後もしばらく、局長はぼんやりとした表情でグラスの中の溶け行く氷を見つめていた。




