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逆2乗法則の力を持つ女  作者: 菅原やくも


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8.4

 トレス・レペンスと彼女の伯父ゲヴィーセン・ベローダ博士の二人は、アファルソエソルの中央駅改札前の広間で数年ぶりの再会を果たしていた。そして、マルティグラとウルバノ大尉はその様子を少し離れたところから見守っていた。

「いいねぇ。感動の再会。絵になるなぁ」ウルバノ大尉はカメラを構えるようなそぶりをしてつぶやいた。

「なるほど、最初から考えていたのですか? それと貴方なりの二人への気遣いですか?」

「ま、そういうことだな。俺だってたまには気が利くだろう? このために先に首都へ来たんだから。まあ、あの二人には俺が演出したってことは言わなくていいからな」

「わかってますよ」


 その時、駅の外では黒い色の自動車が一台やってきて、少しばかりタイヤを軋ませがら停車した。その助手席に乗っていた男が駅の出入り口の方を一瞥すると、乗っていたいた他の男に何か合図をした。それから四つの扉がそれぞれ開くと男たちは車を降りた。帽子を目深に被り、丈の長いトレンチコートを身にまとっていた。彼らは慎重にゆっくりとした足取りで駅の広間へと向かった。


 最初に気付いたのはウルバノ大尉のほうだった。持ち前の観察眼と直観力のおかげだった。駅広間の入り口で立ち止まった四人の男たちを視界に捉えると違和感を覚えた。さらにその中の一人、コート裾の下からわずかにサブマシンガンの銃身の先端らしきものが覗いているのを彼の意識は認識した。大尉は直後になにが起きるかを予感した。

「伏せろ! 銃だ!」

 男たちがコートの下からサブマシンガンを取り出したのと、大尉が大声を上げたのは同時だった。

 大尉の大声は駅の広間全体に伝わった。大尉もマルティグラも頭で考えるより早くホルスターから拳銃を抜いていた。が、発砲はコート姿の男達の方が早かった。その時の瞬間は、二人には目の前の出来事がスローモーションで展開していくように感じていた。


 構内に爆発的な銃の発射音が響きわたった。その場に居合わせた客たちの悲鳴があがり、パニックが起きた。大尉は構わず、サブマシンガンを構える四人組に向かって狙いを定めて銃弾をお見舞した。そして、その中の一人がその場に崩れ落ちるように倒れた。コート姿の男達は、反撃されることなど予想していなかったのか、撃ち尽くしたサブマシンガンをその場に投げ捨てるとすぐさま駅の外へ向かって逃げ出した。

「逃がすものか!」

 大尉は素早く弾倉を二十連発のものに取り換えると、逃げた男たちを追った。

「レペンス君! ベローダ博士!」

 マルティグラの方は倒れているレペンスとベローダ博士のもとに向かった。床には血だまりが広がり始めていた。

 ベローダ博士がトレス・レペンスをかばうような恰好で倒れていた。マルティグラは急いで二人の意識を確認した。博士は頭部への直撃弾を受けていた。どうにも、誰が見ても即死だと分かった。

 その時レペンスの方がつぶやくような声を発した。

「ど、どうした?」彼女は意識があった。が、撃たれていることに変わりはなかった。

「レペンス君!」マルティグラは声をかけた。

「ファリード、何が起きた?」

 彼女は胸に銃弾を受けていた。おそらく一発だけではない様子だった。服には血が滲んで大きなシミをつくっていた。

「クソっ! 取り逃がした!」大尉の声が聞こえた。「救急車を呼べ!医者か看護婦はいないか!誰でもいい、手当を出来る者がいたら怪我人の相手をしろ!」

 他にも負傷者がいる様子で、泣き声や叫び声が上がっていた。混乱は収まりそうになかった。だが、マルティグラは周囲のことは気にかけていない様子だった。

「マルティグラ……何が起きた?」レペンスはか細い声で聞いた。

「大丈夫ですよ。しっかりしてください」

 ファリードは自分の上着を脱ぐと、彼女の傷口に押し当てた。どうやら銃弾の一つは肺を貫通しているようだった。そうしている間にもレペンスは咳き込んで少し血を吐き、苦しげに大きく息を吸い込んだ。

「待ってください」

 ファリードは肺に血が溜まらないよう、彼女の上半身を起こして抱えた。

「これでどうです?」

「さ……、むい」レペンスは何か言いかけた。

「どうしました?」マルティグラは聞き返した。

「胸に……触るつもりか?」

 このような状況でも、そのような発言をするレペンスにマルティグラは思わず笑いそうになってしまった。

「しっかりしてください! レペンス君、貴女は撃たれたのです」

 マルティグラはそう言った後で、その一言は言わない方がよかったかもしれないと思った。だが、レペンスはまた咳き込むと、小さな声で続けた。

「……たれた? そうか……」レペンスはゆっくりと深呼吸をした。

「伯父は? ……ゲヴィーセンは?」

「レペンス君。痛みますか?」マルティグラはその質問は無視した。

 さきほどから出血を抑えるために上着を彼女に胸元に強く押し当てていた。

「痛みは……い。眠い……」

 レペンスは少しまどろんだ表情で、どこか遠くを見ているようだった。

「レペンス君! しっかりしてください!」マルティグラはあたりを見た。「救急車はまだですか!」

「ファリード……」再びレペンスはつぶやいた。

「どうしました?」マルティグラは再び彼女の顔に耳を近づけた。

「旅……だったな……、伯父に……会……」言葉は途切れた。

「しっかりしてください! トレス!!」マルティグラは叫ぶように名前を呼んだ。

 だが、彼女は小さな声で「ありがとう……」とだけ言い、ゆっくりと目を閉じた。

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