8.3
翌日も博士は、同じように図書館で書き物をしていた。伍長も博士の隣に座り、本の続きを読んでいた。博士は少しテンポの速い足音を響かせながら近づいてくる人物に気がついた。それから、ペンを持っていた手の動きを止めると眉をひそめた。
近づいてきたのは紛れもないウルバノ大尉だった。伍長もその姿に気づくと反射的に立ち上がった。
「これは大尉殿、お疲れ様であります」近づいた大尉に軽く敬礼をした。
「よう、ご苦労だな」大尉はいつもの軽い調子で伍長に言葉をかけた。「まあ、楽にしてなって」それから博士の方を向いた。
その大尉の姿を見た博士は少しわざとらしくため息をついてみせた。
「なんだね。もう私の前には姿を見せないものかと思っていたよ」
「冗談はよしてくれ、博士。まだ仕事が残ってるんだ」
「そうか、」それから博士は思い出したように言った。「そう言えば、君は姪のトレスと合わせてくれるようなこと言っていたが、ほんとうなんだろうね?」
「もちろんだ。忘れてないさ。ただ、移動中少しトラブルでね。時間がかかってたのがさらにかかっている」
それを聞いて博士は厳しげな表情を見せた。
「大丈夫さ、移動に使った飛行機が少しトラブルを起こしたんだ。無事だよ。到着少しが遅くなるだけの話だ。それで、明日の午後、中央駅で待ち合わせでどうだい?」
「そうかい。つまり今、列車に乗ってこちらへ向かっているということか」
「その通りだ。俺と同じくらい優秀なエージェントと一緒だから他は心配することはないさ」
「君のようにいけ好かん若造じゃないといいがな」
「その点は問題なしだな」大尉は含み笑いをした。「これは保証するよ。彼は言うならば物静かな紳士だからな」
「そうか。まあ、いずれにせよ今日はまだ時間があるということだな?」
「そうだ」ウルバノ大尉は博士の前にあるレポート用紙に目を落とした。「なんだい?書き物なんかして。大学にでも通うつもりかい?」
「この大学は、かつて私が通って、立派に卒業した場所だが」
「それは失礼した」大尉は軽く咳ばらいをした。「まあ、いずれにしても書き物や読書にはうってつけだよな。図書館は」
大尉があまりにも軽口を叩いてばかりなので博士はもちろん、伍長も怪訝そうな顔をした。
「嫌味じゃないさ」二人の表情に気づいた大尉は弁明がましく言った。「羨ましいのさ。俺はそのどっちも苦手だからな」それから大尉は体の向きを変えた。
「それじゃ、明日の昼に中央駅の改札前広間で会おう」
それだけ言うと大尉はまた来た時のように早足で図書館をあとにした。
「まったく」博士はすこし呆れたような笑みをこぼした。「あれが優秀なエージェントの一人だというのか……」
ベローダ博士はそれか書きかけの書類に向き直り、伍長の方も読んでいた本の続きに戻った。




