8.2
レスフリアード局長とベローダ博士の二人が話し合う時間があるのはもっぱら、夜中か早朝くらいなものだった。とはいえ、多忙を極める局長ということもあり、じっくり話ができたのは初日だけだった。そして日中、取り立ててすることのない博士は首都の観光をするくらいしか用がなかった。もちろん伍長の護衛はいつもついていた。
それから博士が向かったのは、かつて自身が学んだことのある大学だった。さすがに首都の大学ともあって規模も大きく、構内には多くの学生たちや講師、教授の姿があった。
「懐かしいな……」構内の様子を見ながら博士はつぶやいた。
構内を歩き回って着いた先は図書館だった。こちらも学生の姿が多く見られた。それに一般にも開放されており、誰でも利用できるようだった。
「ドシール君、校内の売店でレポート用紙の束と、鉛筆も買ってきてくれるか」博士は小声でそう言って少額紙幣一枚といくらかの小銭を伍長に手渡した。
「来る途中で見かけただろう」
「ええ、しかし……」
「心配するな。私は医学か化学の分野の本棚のところにいる。逃げたりなどはしないさ」博士は軽く笑った。
「わ、分かりました。すぐ戻るであります」そう言うと急ぎ足で図書館の外へ出て行った。
博士はその姿を横目に見ながら、本棚の方へ向かった。どうせ時間を持て余すのならと、いろいろと思うことや頭の中で考えていることを書き出して整頓しようというつもりだった。博士の研究、もちろんクリル半島の彼の過ごしていた小屋は実験ができるようなスペースもなければ研究には不向きなところだった。が、彼がその構想を練ったり思考を巡らすのには妨げになるものではなかった。そして、それらをアウトプットするのに、図書館ほどぴったりな場所があるだろうか? それと友人であるドブレズに伝えておきたいことも紙に書いておけば、彼が時間のあるときに読んでくれるだろう。と、そう考えたのだった。
まばらに学生たちがいる中に混ざり、並んでいる長テーブルの一角で二人は並んで席についていた。博士はレポート用紙に向かって黙々と文字を綴っていた。
「君は普段、本を読むかね?」博士は鉛筆を持っていた手を止めると、手持ち無沙汰な様子の伍長に言った。
「ええ、多少は」
「私は見ての通り、しばらく書き物をする。夕方までするつもりだ」博士は軽く笑った。「まだまだ時間はかかる。君は何か本でも読んで過ごしたらどうだ? この図書館は首都の中でもそれなりの規模だ。君好みも本もきっとあるだろう」
「ええ、ですが、」
「君が真面目なのはわかる。が、ここは図書館だ。君の仕事が私の護衛とはいえ、細かいことを君の上司に言う真似は、私はするつもりはない」
「そうですか。では、そうさせてもらうことにします」
伍長はそう言ってしばらくその場を離れたが、数冊の本を抱えてじきに戻ってきた。




