8.1
列車は定刻の発車だった。クステグの駅を出ると首都まで途中停車なしの特急だったが、それでも夕方に出る便とあって到着は翌日だった。二等席とはいうもののコンパートメントで、壁には折り畳み式の簡易寝台が備えられていた。二人がほかの乗客とともに乗り込んだ時には、ちょうど車掌が各部屋の寝台を準備して回っているところだった。
「いよいよ旅も終わりですね」マルティグラは寝台の上段に上りながらつぶやいた。
「だが、私にとってはまだ終わりではないだろう?」レペンスは憮然とした口調で答えた。
「ええ、そうですね。でも、首都ではベローダ博士が待ってます」マルティグラは上段から顔をのぞかせた。レペンスは窓べりに座って外の景色に目を向けていた。空は黄昏の色に染まっていた。
「そうだな。できることな伯父とそのまま屋敷に戻りたいものだ」
「おそらく、さほど長くはならないと思います。またじきに戻れますよ」マルティグラは何となく思ったことを口にした。
「保証があるわけではないだろう?」レペンスは即座に聞き返した。
「ええ、」マルティグラは少し言いよどんだ。首都に着けば自分の仕事はいったん一区切りとなるに違いはなかった。おそらく少しの休暇があってからまた、次の仕事に取り掛かることになるだろうと思った。しかしレペンス君にとってはこれからなのだ。それから少し考えて言葉を続けた。
「ですが、もし困ったとき、多少の手助けならできるかもしれません」
「君がか? マルティグラ」レペンスはマルティグラはの方を見て意外そうな顔をした。
「まあ、私も常に時間があるわけではありませんが」マルティグラはそう言いながら、紙切れにメモを記して差し出した。「私が首都で使っている私書箱の住所です。何かあれば手紙でも寄こしてください」
「本気なのか? それとも、私を口説こうとしているのかい?」
「いえ、なんとなく申し訳ない気がするだけです」
「そうか」そしてレペンスはメモ書きされた紙切れを受け取った。「だが結局のところ、ファリード君でなくとも別の誰かが私のとこに来て、私が首都に向かうことになるのは変わりなかったのだろう?」
「わかりません。もし私が嘘の報告をしていれば、貴女は今も屋敷で静かに過ごしていたかもしれません」
「嘘の報告?」
「貴女が屋敷におらず、詳しい情報もつかめなかったと本部に伝えれば、もしかすると、それで終わっていたでしょう。そして貴女もいつものように屋敷での日常を過ごしていたかもわかりません」
「君がそれを実行できたのかどうかは、甚だ疑問だがな」レペンスは小さく笑った。「いずれにせよ、ここまで来てしまった。今更引き返すわけにもいくまい。それにあの様子じゃ屋敷もずっと安全とは限らなさそうだしな」
「そうですか……」
「まあ、気にするな。それにこれが君の仕事だろう」
それから少し間をおいて、レペンスは別の話題を口にした。
「以前、そう、あれはまだトレギシェ村にいた時のことだ。牧師のアフェットというのがいてな。彼の言っていたことで、今も覚えていることが二つある」
「なんです?」マルティグラは尋ねた。
「神は、越えられない試練は与えない。それからもう一つ。たいていの問題は、時間が解決してくれる。と」
「レペンス君はそれについてどう思っているのです?」
「さあ……、ときどき自分に言い聞かせることもあるが、どうかな、実感したことはない」
「そうですか」
「ともかく、何か相談事でもできた時は、君に手紙を書いてよこすことにすよう」
「ええ、そうしてください」




